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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第四章『ノイマン型の王』
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第五話『ノイマン型ではないモノ』(5/6)

「な……!?」

「あ……やっ……やだ……い、やっ……!」


 焦点の定まらない瞳で、ユニは細い両腕をぶるぶると震わせた。

 形のいい顎から汗がぽたりぽたりと垂れ、許しを請うように必死で首を振ろうとする。


 だが、その体躯は自らの意志では動かない。

 その白い髪はそよ風ほどに揺れることもない。


「ウツ、ヒトっ……逃げて……お願い、逃げて……!!」

「ユニっ!!」


 ユニの細い右腕が虚空へ向いた。

 ぎゅっと目をつむって必死に『支配』へ抵抗するその表情は、痛ましくも━━どこか、倒錯的な魅力を感じさせる。


水銀遅延マーキュリー・ディレイ・━━線記憶装置ライン・レジスター……!!」


 震える喉がその名を呼ぶと、ユニの右手には巨大な武装が顕現する。

 そして、その切っ先が向いているのは、敵ではない。


「ウツヒト……お願い……っ!」

「ユニ……」


 津瀬現人。彼女と魂の次元でリンクする存在。

 15才の少年へ向けて、世界で最初の商用コンピューターは、確かにその武装を突きつけていた。


「いや……いや、だ……逃げ、て……ウツヒトっ……!!」


 拒絶の言葉を絞り出しながら、ユニの右手は水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターを大きく振り上げた。


(………………!!)


 巨大な円筒が。無数の電極が生えた一次記憶装置が少年に向かって降ってくる。


 現人はまるでそれを受け止めようとするかのように、右手を差しだそうとした。

 だが、彼の手と水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターが接触しようとする━━その刹那、現人の体は予想しなかった方向から飛んできた一枚のパンチカードに弾き飛ばされていた。


「な……」


 弾き飛ばされていた、と言っても強く突き飛ばされた程度のものである。

 しかし、そのおかげで少年は致命の一撃となるであろう、水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターを回避することに成功していた。


「愚か者が……!!」


 呆然としながら、現人は声の方向を見た。

 噛みしめた唇の端から今にも血が流れ出しそうな形相で、IβM 704が彼を睨んでいた。


 そして、現人の傍らには彼を弾き飛ばしたパンチカードがあった。

 ホレリスの遺産。偉大なる青の象徴。

 System/360が用い、IβM 704もまた用いた『ノイマン型コンピューター』の遙か以前から━━むろん、天才フォン・ノイマンの以前から存在する、情報記録媒体が転がっていた。


「呆けて立つだけがお前の能か、津瀬現人!

 ユニバック・ワンの願いを無にするつもりか、津瀬現人!!」


 激情が。しかし、叱咤が少年の鼓膜を貫いた。

 それで力を使い果たしたのだろうか、IβM 704はぐたりと倒れて、動かなくなる。


 元より戦闘不能の弥勒零みろくれいはむろんのこと、ユニバック・(ツー)もまた、苦しげな視線を送ったまま、何かを為せる様子は見受けられない。


(……やっぱり僕だけなのか)


 本当は。本当のところは、津瀬現人は。


 何もしなかったわけではないのだ。704の言うように呆けて立っていただけではないのだ。

 

 彼は迫り来るユニの顕現武装、つまり水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターを『巻き戻し(ロールバック)』しようとした。

 そうして無効化しようとしたのだ。


(でも……気づいてしまったんだ)


 まさにその処理を開始しようとした瞬間、現人は理解してしまった。

 それは自分がこの手でユニを傷つけ、痛めつけることに等しいのだと。


「ウツヒ、ト……!!」


 水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターをつい先ほどまで現人がいた地点へ振り下ろした姿勢のままで、ユニバック・ワンは震えている。

 瞳からはぽろぽろと涙がこぼれている。


 そのとき、空々しい拍手が鳴り響いた。


「美しい友情!!……いや、愛情と言うべきですかな?

 まったく胸が痛めつけられる光景ですね」


 手をたたいているのはエドサックである。

 現人は15才の少年には似つかわしくない冷たい目で、ノイマン型の『王』を見た。「ほう」と驚いた様子でエドサックは首を傾げる。


「面白い。あなたのような無力な少年でも、そんな表情をする。

 なるほど、サムライの国だ」

「ユニを自由にしろ」

「命令するのですか? 違うでしょう。

 プリーズ、と! へりくだって、膝を突いて! 私にお願いするのが筋でしょう、少年!!」

「お前は……っ!!」

「そんなにご不満なら、自慢の『計算す(Calculati)(ng)宇宙(Space)』で彼女を解き放ったらどうなのです?」


 自分はそれを邪魔するつもりはない、とでも言うように、両腕を大きく広げてエドサックは言う。


(自分で……)


 現人は今一度、ユニを『支配』しているものの正体を見た。


 それはかつて、この屋上でニューニを拘束していたものとはまったく別である。

 現人の『計算す(Calculati)(ng)宇宙(Space)』をもってしても、その実態を見極めることができないほどの、超高密度な情報であり、そしてとてつもなく難解だった。


(くそっ……なんだ……これ……)


 ズキンズキンという頭痛に顔をしかめながらも、15才の少年はそれが単なる複雑さではないのだと理解する。

 それは『理解を超えた』場所にあるものだ。

 科学を知らないものにとって、エンジンが魔法の産物でしかないように、現人の能力ではまだ到底、及ばない領域にあるものだ。


 結果として現人が選択したのは━━


「……ユニを解放してくれ。プリーズ、だ。

 僕に出来ることなら、何でもする」


 敵対的ではありつつも、交渉の姿勢を示すことだった。


「何でもすると言われましてもね。

 セプクの覚悟を決めたお顔をいただいておきながら申し訳ありませんが、あなたの命ですら、到底釣り合うものではありません」

「どんなに苦しいことでも構わない」

「フーン、ム。死ぬより苦しい……そのような趣味はないのですが」

「何だってする。たとえば……僕の『計算す(Calculati)(ng)宇宙(Space)』はお前達にとっても興味深いもののはずだ。

 この目をえぐり出してお前達に差し出す。

 そういうことでも、僕は━━する」

「ほう……」

「やめてっ! ウツヒト!

 おねがい、エドサック! ウツヒトを逃がしてあげて! わたしが……わたしが何でもするから!

 わたしの……わたしの大好きなウツヒトを傷つけないで!!」


 ユニバック・ワンらしからぬ叫びは。


「……あ。

 ………………言っちゃった」


 その後、やたらと日常じみた調子で付け加えられた一言と共に、戦意と悲壮であふれていた屋上に、一時の静寂をもたらした。


(ユニ……)


 15才の少年はどうすれば良いのかわからず、目を伏せ。


「ウツヒト……」


 世界で最初の商用コンピューターは、失策に対するリカバリを求めるように、彼を見つめ。


「━━感じ入りました!!」


 そして、ノイマン型の『王』はひどく悪辣な笑みを浮かべた。


「ならば、ユニバック・ワン。あなたに選択肢を与えましょう」

「エドサック……?」

「何をするつもりだ」

「今、私があなたに命じているのはその少年を殺すこと。

 ですが、あなたはそうしたくない……そうですね?」


 ユニは不審さを表情の端に浮かべながら━━


「………………そう。その通り」


 そもそも、そうした複雑な表情を彼女が見せることは珍しいことだったが、とにかく頷いてみせた。


「であれば、選択肢を与えましょう」


 そして、エドサックは何とも愉快げに笑う。


「その少年を殺す代わりの選択肢です。

 代替手段、つまりワークアラウンドです」

「……それはなに? 聞かせて」

「あなた自身が死ぬことです」


 その言葉を聞いた瞬間、津瀬現人の総毛が逆立った。


「お前は━━!!」

「聞きなさい! ユニバック・ワン、そして無力なヒトの少年よ!

 我々の目的は『コンピューティングに尊厳を取り戻すこと』。

 役に立たない昼制・生徒会と異なる独自の行動によって、我々、夜制・委員会がそれを為すこと!

 そのために目下のところ、大いなる障害となっているのが……あなたです、ユニバック・ワン」

「……それは私たちが704や360を阻止してきたから?」

「もちろん。実績があるということです。

 ですが、あなた1人の力ではない……その少年とリンクしたことによる成果だということも、我々は調べ上げています。

 魔眼『計算す(Calculati)(ng)宇宙(Space)』━━興味深くも、大したことのない異能ですが、世界で最初の商用コンピューターたるあなたとリンクした時、それは絶大な武器となります。

 津瀬現人。そこにいる少年だけを始末することは簡単です。

 けれども、あなた自身がこの世界からいなくなってくれれば、もっとも手っ取り早い」


 そう言いながら、エドサックは一本の真空管を顕現させると、転落防止柵に叩きつけた。


「我々、顕現存在セオファナイズドはヒトではない。

 殴りつけようと、銃で撃たれようと、そうそう滅びることはありません。

 しかし、我々はコンピューターです。それだけに自らを消去することは容易です」


 エドサックは鋭利な破断面を見せる、割れた真空管を手にしながら笑う。


「然るべき意志をもって、自分自身を傷つければいい。

 ヒトにとっては肌を少し切る程度の傷だとしても、それがもっとも致命的な部位であると、あなた自身が自覚するならば、それでいい。

 そう……あなたはこの割れた真空管一本で、簡単に自殺できるはずなのです」


 エドサックが手にする割れた真空管。

 それを差し出されたユニは、無言のままで受け取り。


「………………」


 そして、十秒ほど。

 おそらく、彼女にとっては無限にも近いだろう思案の時を経て、津瀬現人を見た。

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