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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第一章『顕現存在━セオファナイズド━』
6/62

エピローグ『これが始まり』

「彼は負けた━━か」


 金髪の者、久礼一くれい はじめはそのとき、南多磨高校の一室にいた。


 昼制と夜制の二部で構成されているこの高校では、夜になっても学舎から明かりが絶えることはない。


 いや、学舎だけではない。

 かつての時代に比べて、夜間に生活する人間の割合が増大している2085年の日本では、昼に遜色ないほど夜の社会・経済活動を大規模化することで、大国の地位に踏みとどまっている側面もあるほどだった。


「残念ながらあなたの言った通りになってしまいましたね」


 円卓の向こう側へむかって、久礼一くれい はじめはそう言った。

 昼はテーブルとしての機能しか果たしていなかったはずの円卓、その中心には今、どこか古典SFのような匂いを感じさせるコンピューターの姿がある。

 それは俯瞰してながめるならば、『C』の形をしていた。


「けれど、あなたはこう言った。

 IβM 704はユニバック・ワンより優れている。……だが、相手にささやかな後押しがあれば逆転する、と」


 久礼一くれい はじめが視線を向ける先には、どうやら季節外れのコートを着た一人の男が立っているようだった。

 しかし、うっすらとうかがえるその外見は、およそ高等教育の場にはふさわしくない。長い銀髪、さらには口元のタバコ。考えようによっては、今すぐ叩き出すべき存在にも思えた。


「禁煙、ですよ。僕たちはデリケートなのでね」


 ライターを取りだそうとした銀髪の男を、久礼一くれい はじめはやんわりと制止する。


「まあ……704はなんとかレストアを試みますよ。

 それにしても、あなたは僕たちに何をさせたいのです?

 元々、僕たちは等しく過去の彼方へ消え去ったはずの存在だった。

 僕も704も、まもなくやってくる彼女も、ユニバックも━━夜制の彼ら彼女らについても。

 遠い昔、歴史の一ページになった僕たちに何をさせようと言うんです?」


 銀髪の男は沈黙だけを返した。


「……ならば、僕たちは好きに行動しますよ」


 肩をすくめる久礼一くれい はじめに、銀髪の男はうなずいて背を向けた。


 かくしてこの一室には久礼一くれい はじめだけが残された。

 ぐおんぐおんと鳴り響く冷却装置の駆動音。『C』の形をしたコンピューターの内部では、フレオンが絶え間なく発生する熱を運んでいる。


(フレオン……つまりは、フロン。

 分解整備するだけでも、ちょっとした騒ぎになってしまうところでしょうね)


 僅かに微笑みを浮かべると、彼は手元の資料に目を落とす。


「……会長職。

 昼制生徒の久礼一くれい はじめは劣勢であり、夜制生徒のトミー・コロッサスの当選が有力視されている」


 それは生徒会選挙投票予測、と書かれていた。


「1952年のようになればいいのですが」


 久礼一くれい はじめは笑う。最初からすべてを知っているかのように笑う。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


「私の名前はユニ。フルネームではエッカート・モークリー・ユニと言う。

 ユニと呼んでほしい。どうかよろしく。ぺこり」


 翌朝のこと。


 津瀬現人と初敷志保、そして京の在籍するクラスの教壇には、制服姿もどこか初々しい一人の少女がお辞儀をしていた。

 光ファイバーほどに透明なその長髪は、白く。

 月の砂ほどに煌めくその瞳もまた、しろかった。


「え~、実は今日、ユニさん以外にも転校生がいます。

 と言っても、二年生ですから、皆さんには関係ありませんが……席は津瀬君の隣が空いてるから、そこでいいわね?」

 担任教師の里沙がそう言うと、どこか嫉妬めいた視線が自分に集中したことを現人は感じ取った。

 ユニはてしてしと小さな歩幅で近づいてくると、穏やかに微笑んで言った。


「今日からよろしくウツヒト」

「……よろしく」


 津瀬現人は窓の外をむいたままそう言った。

 ユニは気にした様子もなく、指示された席にすわる。志保がにこにこと笑っていた。京は楽しげな視線を送りながら、扇子を仰いでいる。


(本当に転入してくるなんてな……)


 しかも自分のクラスというのだから驚きだ。

 一緒に住んでいるなどと知られたら、いろいろと面倒なことになるだろう。

 何はなくともまず京の口を封じなければ━━そんなことを考えながら、現人はそっぽを向いたままで問いかける。


「なあ、ユニ」

「なに、ウツヒト」


 世界ではじめての商用コンピューター。その顕現存在セオファナイズドは明らかにうきうきとした喜びを声に含ませていた。


「夢……じゃないよな。今、ここにいて。今こうして喋ってて」

「夢じゃない。ウツヒトはここにいる。私もここにいる」


 ホームルームの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いていた。だから、この会話は恐らく志保や京には届いていないだろうと、現人は思っていた。


「私たちはあのときからつながっている。

 だから、私はみんなにも見える。私はウツヒトとおんなじになっている」


 振り向かなくても津瀬現人には分かった。

 ユニバック・ワンは今、とびきりの笑顔でそう言ってるのだと。


「私はとてもうれしい」

「……そうか」


 これからどうなるにせよ。


(ユニが嬉しいならそれでいいか……)


 春の穏やかさの向こう。夏がじわりと近づいてきていた。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


 そして、二年の教室では。


「……それでは自己紹介をお願いします」


 教師にうながされて教壇にあがったのは、長い髪をポニーテールにまとめた美しい少女だった。


 背が高い。

 顔立ちは凜として、立ち居振る舞いには威厳があり、古き良家の子女と説明されて納得しないものはいないだろうと思われた。


弥勒零みろく れいだ」


 その声はもっとも冷武なる波長で、教室に響き渡った。


「本日よりこのクラスへ転入と相成った。

 ……今日は欠席しているが、このクラスの古毛仁直こもに なおしとはイトコにあたる。

 どうかよろしく頼む」


 何か得意なことは、と担任がうながした。彼女は微笑んでこう言った。


「およそ……全て。

 360度が我が得手である」


 教室内はただ、しんと静まりかえっていた。


(超電脳のユニバック 第一章・了)

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