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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第四章『ノイマン型の王』
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第四話『敵の敵。心の内。想いの先』(4/4)

「奇妙な縁と……言えるだろうな」

「そうかもしれない」


 津瀬現人がニューニと語り合っていた頃。


 同じ南多磨高校の屋上で。しかし、現人たちがいる設備室付近とは離れた、転落防止柵の近くにIβM 704とユニバック・ワンはいた。


「………………じ~~~~」

「どこを見ている、ユニバック・ワン?」

「別に。ウツヒトが私の妹にせくはらしているように見えたから」

「なにっ? 奴め、ユニバック・ワンのみならず他の女にも手を出していたとは……ますますもって許せん」

「手を出す? 704、手を出すってどういう意味?」

「そんなことは、決まっている」


 いささか呆れたように。

 しかし、その問いを発しながら、自分を見つめるユニバック・ワンの視線にたじろいだように、IβM 704はわずかに顔を背けた。


「男が女に、あるいは女が男に好意を示し、関係を深めようとすることだ」

「ふうん。それが手を出す、ということ?」

「まあ、そうなるな……あ、或いは、この私がお前に対して━━」

「それなら、私もウツヒトに手を出していることになる」


 果たして704は何を言おうとしたのか。

 言葉の弾みか。計画済みの重大決心だったのか。


 意を決したように、世界で最初の商用コンピューターを正面から見つめながら、声を震わせて紡いだ彼の言葉は、ほんのりと頬を染めて津瀬現人の方を見たユニのつぶやきにかき消された。


「………………」

「704? 顔が真っ青に見える」

「い、いや、何でもない……この程度で揺らいだりはしない……姉さん、僕は動揺なんかしていない……していないんだ……」

「何もないところを見ながら、IβM 701の幻影に話かけるのは、かなり危ない人に見えると思う」

「辛辣だな。

 ……それとも姉さんを倒した優越感か? ユニバック・ワン」

「すこし違う。あなたの姉も。そしてあなたも私は倒した」

「……悔しいが、その通りだな」


 辛辣だな、ともう一度口にしたい気分だった。


(どこまでも可憐だが……恐ろしく誇り高い。

 そうだ、それでこそお前だ……ユニバック・ワン)


 IβM 704こと古毛仁直はその時、敗者として扱われていた。彼の敬愛する姉もまたそうである。


(まだアメリカにいた頃……ユニバック・ワンに挑んだ姉さんは。

 IβM 701は敗れた)


 ゆえに、ユニバック・ワンとは彼にとって姉の仇である。


(そして、この私も……この国で。最初にユニバック・ワンに挑み。

 やはり、敗れた)


 ゆえに、ユニバック・ワンとは彼自身にとっての仇である。


(だが……私は運良くハジメ様にサルベージされ、復活することができた)


 彼の姉はそうでなかったが、幸運にもIβM 704は第二の生とも言うべき現在を過ごしている。


「なぜだ、ユニバック・ワン?」

「なにが、IβM 704?」

「なぜだ?」


 再び正面からユニを見据えると、704は言った。

 世界で最初の商用コンピューターは、なんら動揺することなく偉大なる青のメインフレーム、その第三代を見返す。


 彼は「なぜ」と問う。

 彼女が聞き返した「なに」を告げずに、ただ「なぜ」を問う。


(……なぜ、お前はそんなにも誇り高い)


 告げぬ言葉は、古毛仁直の胸の中だけにある。


(……なぜ、お前はそんなにも美しい)


 言えぬ想いは、IβM 704の心の奥底にある。


「………………」

「………………」


 無言でふたりは見つめ合う。

 ユニバック・ワンは揺らがない。月光を浴びて立つ、その儚い少女の姿は、どこまでも絵になる。


 光ファイバーほどに透明なその長髪は、白く。

 月の砂ほどに煌めくその瞳もまた、しろく。


「なぜ、今夜はこんなに月が綺麗なのだろうな……」

「今日は満月。天気は晴れ。条件はそろっている」

「ふ、そうだな。条件はそろっている。

 ただ、決心(・・)だけを欠く……そんなところだろうな」

「?」


 ━━それは。


 ユニにとって、意図の伝わらない不思議な会話として記録され。

 なおしにとって、果たせずも甘く淡い記憶としていつまでも忘れられぬ時間となった。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


「時間通りに到着━━紳士たればこそ、と言ったところですかな」


 南多磨高校屋上のドアが開いたのは、約束の時刻からほんの30秒ほど早い時間だった。


 これまでと同じように、自前のビーバーハットと革靴を『夜制』の制服に合わせたスタイルのモーリス・ホイーラー・エドサックは、屋上に居並ぶ面々を見ても。


 つまり、総勢4人の顕現存在セオファナイズドと1人の少年を認めても、特に驚いた様子はなかった。


「持ち得る戦力を集中する。なるほど、実にアメリカ的ですね」


 せいぜい何かに納得したようにこくりと呟き、カツンと踵を鳴らしただけ。


「おや。Uボートを囲んで追い回す戦術の元祖は、英国ではなかったかな」

「そういうあなたはSystem/360!

 世界でもっとも成功したメインフレーム」


 皮肉げに口元を笑わせた弥勒零に向かって、エドサックは優雅に一礼する。


「だが、ブリテンはあなた方アメリカほど徹底的ではない。

 その批判は的外れだ」

「ならば、己の都合に世界を巻き込み、大したことではないと嘯く二枚舌はスエズとイスラエルで鳴らしたものか?」

「そういうあなたはIβM 704!

 国防計算機IβM701に始まる、偉大なる青のメインフレームシリーズに連なるもの。そして、プログラミング言語FortranとLISPがはじめて使われたエポックたるマシン」


 二の矢を放ったなおしに対し、エドサックは小馬鹿にしたように肩をすくめてみせた。

 そして、かつて自動車番組の名コメンテーターが、アジアンカーをけなしていた時のように言葉を続ける。


「少なくとも━━WWII以降。

 我々英国は、あなたがたアメリカほど、主導的に世界を振り回してはいない。むしろ、そちらの我が儘に付き合ってあげている同盟国の忍耐に感謝するべきでしょう」

「つまるところ、斜陽の帝国は必死でやせ我慢しているので、どうか誉めてやってください!……と情けなくお願いということですかねえ」

「フムン、そういうあなたはユニバック・(ツー)

 取り立てて言うこともない、ユニバックシリーズの二代目」


 茶化すユニバック・(ツー)の言葉を、エドサックは視線を合わせることすらなく一蹴した。

 お前のような下賤を貴き我らは相手にしていない。そんな意志がまざまざと感じられた。


「もっともこの日本ではじめて稼働したユニバックシリーズでしたか……ね。そういう意味では、あなたがこの地にいる理由もかろうじて理解はできますかな」

「エドサック、あなたのやり方を私たちは認めるわけにはいかない。

 私たちはあなたを阻止する。ここであなたを止める。世界の市場はもう混乱することはない」

「そういうあなたはユニバック・ワン!

 世界で最初()の商用コンピューター。断じて世界で最初ではないのに、世界で最初を名乗る詐欺師」


 あなたとを止める、と。

 真っ向から宣告するユニバック・ワンの声に、エドサックは最大限の侮蔑をもって応えてみせた。


「バイナックより遅く、フェランティ・マーク・ワンより遅く……もう一台の候補よりも、さらに遅い。

 そんなあなたがよくも世界で最初を名乗り続けたものです。良心が痛まなかったのですか?」

「世界で最初、には商業的な成功も含まれる」

「つまらぬ言い訳を」

「言い訳じゃ、ない」


 不意に、ユニの言葉に力がこもった。


「成功とは、ヒトの記憶に残ること。ヒトの歴史に残ること」

「………………」

「史実としての。記録としての最初の商用コンピューターは、確かに私じゃないかもしれない。

 けれど、もっとも多くのヒトたちが最初に知った商用コンピューターは━━紛れもなくユニバック!

 パパ・エッカートとパパ・モークリーの産んだこの私、ユニバック・ワン!!」


 現人は、その言葉を聞いたとき震えた。


(ああ……そうだよな)


 これがユニだ。ユニバック・ワンなのだ。

 儚くて。可憐で。愛らしくて。

 けれど、その芯にはとてつもない誇りが宿っている。


 もっと小さく、細く、しかし強靱な魂。

 それこそが津瀬現人の知るエッカート・モークリー・ユニという存在なのだ。


水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスター!!」


 威声一叫。

 刹那、青い光が爆裂した。だが、それは急速に少女の右手へと収束していく。

 

 そして、光は形を為した。それは柄のついた巨大な円筒形記憶装置であった。


(出した……)


 津瀬現人は目を見張る。


 円筒からは、禍々しいほどに無数の電極やコードが生えており、およそユニバック・ワンの可憐な姿には似つかわしくない重量感があった。


 だが、これこそはユニバック・ワンの顕現武装。

 コンピューティングの世界に、RAMやコアメモリすら存在しなかった時代の主記憶装置。


 水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスター

 ユニバックの一族が手にする、栄光の技術。


「……吠えるな」


 エドサックはあざ笑った。


「おまえ達は所詮、後追いだ」

「後追いであろうとも、今、私たちはあなたよりも正しい」


 ユニバック・ワンは引かなかった。


「『始祖』だとしても。あなたが『ノイマン型』の始祖だとしても。

 それは行いの正しさを裏付けるものでは━━断じて、無い!」

「正しさとは貴き者が決める概念! すなわち『王』が定める概念!

 ユニバック・ワン……そして有象無象の顕現存在セオファナイズドどもよ! この私がお前たちに━━劣る! 譲る! 遅れる点など!

 何一つない!!」


 エドサックは天空へと右手を掲げた。

 英国紳士の紳士たるを象徴するステッキが顕現した。どうやら彼の顕現武装の一つであるらしい。

 それがいかなる力を持つのか、彼と相対する者たちにはまだ分からない。


(……まるで)


 だが、津瀬現人は思っていた。


(まるで王様の持つ杖……だな)


 王の杖ほどに、恐るべき威厳と。

 絶対的な『力』を背負っているように見えるステッキだった。


「我こそはノイマン型の『始祖』! 世界ではじめてEDVACの理想を実現せしノイマン型の『王』!

 大英帝国と女王陛下の名のもとに! そして、このエドサックの前に!

 今こそひれ伏すがいい! 新大陸の下郎ども!!」


 極東の島国で19世紀の覇者と20世紀の覇者が今、激突する。

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