第四話『敵の敵。心の内。想いの先』(3/4)
(……いよいよだな)
その日の深夜、南多磨高校の屋上に現人は立っていた。
人通りがあるわけではないとはいえ、あまりにも人目につきすぎる場所である。
(本当なら……屋内の体育館でも良かったれど)
現人は思い出す。エドサックを呼び出す場所。それを決める時のやりとりを。
「バイナックの時のように、体育館内がいいだろう」
まず、704がそのように提案した。ニューニが同意した。
「深夜の学内は無人とはいえ、隔離された屋内であるにこしたことはないからな」
「まあ、そもそもユニ姉様やSystem/360さんはともかく、ワタシや704は一般人から見えませんけどね。
それでも、やっぱり屋内の方がいいと思うんですよねえ」
だが、ユニが困惑したように眉をひそめた。現人も嫌なことを思い出したように、唇を噛んだ。
そして、360がこう言ったのだ。
「あの屋内体育館は縁起が悪い」
結局、3対2の多数決で屋内体育館はなくなった。
そして、校舎内を戦いの舞台にするわけにもいかず。さりとて、通行人からも見えてしまう校庭も候補にならず。
(こうやって、屋上にみんなで来ているわけだ……)
少し風が肌寒い。15才の少年はぶるりと身を震わせた。
そんな彼の視界の先には、悠々とたたずむ弥勒零の後ろ姿がある。
(縁起が悪い、か……なんていうか、日本文化に理解があるっていうか、むしろ……)
彼女が米国製メインフレームの顕現存在であることを思えば、むしろかぶれというか。
(……どっちにせよ、体育館じゃなくて良かった)
ふう、と現人が溜め息をつくと、360が振り返った。
ポニーテールにまとめた長い髪が、映画のワンシーンのようになびき、何も考えず写真に収めるだけで、一つの芸術品になるのではないかと思える。
「ん、どうした津瀬現人くん」
その淡々とした声に。うっすらと微笑む余裕ある表情に、現人は春の日を思い出す。
まだ━━否、今もだが、敵同士であったころのIβM System/360との初対面を。
「い、いや、何でもない」
「不安なのか? まあ心配するな。
私が本気を出せば勝てぬ相手などいないさ。なあに、それがノイマン型コンピューターの『始祖』であろうとな」
くすくすと笑うその表情には、演技の匂いはまったくない。心の底からそう信じていることが嫌というほど伝わってくる。
(凄い自信だな……でも、彼女にとってすれば、当然なのかな)
IβM System/360。
この世界で、つまりコンピューターの歴史の中で、もっとも成功をおさめたメインフレームシリーズである。
その偉大さは単に売れた、評価されたなどという次元ではない。
System/360が発表されてから半世紀以上あとの遠い未来、つまり21世紀に至ってもそのアーキテクチャは生き残り続けている。
さらには100年以上が経過した2085年の現在も、その直系たる子孫は現役である。
これはユニ達のような世代の商用コンピューターとしては、唯一の事例である。
(100年以上前に書かれたプログラムコードが……エミュレーションとか、変換とかなしでそのまま動く……)
それがSystem/360の偉大さ。コンピューターとしての『格』。
(……それがあるから、ここまで言い切れるんだ)
自分が本気を出せば勝てぬ相手などいない。
堂々、そう言い切ってのける弥勒零の姿は、今の現人にとって何よりも頼もしいものだった。
「いやー、今回ばかりはワタシ以外の皆みなさまに期待ですねー。
どうなっちゃうことやら」
そして、現人にとって頼もしいといえば、もう1人いる。
「……ニューニも何か、隠してるんだろ」
「およ? どういうことですか、現人さん」
「いや、なんだかやたら平然としているからさ。
あのエドサックに対抗する……なんていうか、必勝法みたいなものがあるんじゃないか?」
「あーっはっはっはーっ。そんなものありませんよぉ。
今回の戦いではワタシなんか弾避けになればいい方じゃないですかねえ。こう、どかーんと爆発したあと、後々まで語り継がれるようなポーズで倒れて、し……しんでるっ! くらいが関の山ですよぉ」
「………………」
赤髪の女。ユニの妹。
すなわち、ユニバック・Ⅱの顕現存在であるニューニは、目尻に涙すら浮かべて、げらげらと笑い、その髪と肩と巨乳を揺らしている。
「……おい」
「あっふん!! 現人さん、脇はダメです!
ワタシのクリティカル領域! 単一障害点をそんな情熱的にぃ!!」
「ちょっと突っついただけだろ!
……待て。どういうことなんだ。お前、本当に何も作戦とかないのか?」
「えー、まー、それはですねー。
大臣としてはー、記憶にー、ございませんでしてー」
「……さっき僕が最後の切り札だって言ったじゃないか。
僕は何をすればいいんだ? あのエドサックの『始祖の力』を片っ端から断ち切ればいいのか?
お前がやれるって言うなら、やってみせるから」
「およよ、なんだか今日の現人さんはとっても男らしいですね」
「まだ━━借りを返せていないからな」
じっ、と。
顔を近づけて、単眼鏡ごしにニューニを見つめる現人の右目。
「………………ふふ」
その中に、何か懐かしいものでも見つけたかのように、ふとユニバック・Ⅱ29号機の顕現存在は目を細めた。
「そうですねえ……うん。
それもいい考えです。ワタシ達が戦う。エドサックが『始祖の力』を使う。
で、現人さんがそれを片っ端からキャンセルしてしまう。
とてもいい戦術です。それでうまくいったとしたら、万々歳ですね」
「……うまくいったとしたら?」
「でも、それはワタシが言った『最後の切り札』じゃあないんですよ。
たぶん、今のところユニ姉様も、偉大なる青の2人も気づいてないやり方……ワタシとあのフェランティ・マーク・ワンだけですかねえ。
まあ、他人に話したりはしてないと思うんですが……」
「ユニも知らない? ニューニとフェランティだけ?
何のことだ?」
「現人さん。こういう時は単純に考えてくださいよ」
少年の問いに答えることなく、へらへらと笑いながら。
「相手が『始祖』ならば。『ノイマン型』の王ならば。
そんなこと一切関係なしに戦えるやり方があると思いませんか?」
「え……?」
「ワタシ達は『ノイマン型コンピューターである』から、エドサックに対して不利なんです。
だったらですねえ━━」
そして、ニューニは最後に。
その時だけ、教師の顔でアドバイスした。
「『ノイマン型コンピューターでない』誰かが戦えばいいんですよ」




