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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第四章『ノイマン型の王』
47/62

第三話『圧倒する"始祖の力"』(2/6)

「それじゃあ話を続けますが……ユニ姉様、問題ないですか」

「ん、だいじょぶ。聞いてるから」


 こくりこくりと頷きながらも、ユニは続く動作で現人の肩に頭を預けると、気持ちよさそうに目を閉じる。


「起きてるからだいじょぶ。続けて、ニューニ」

「くぅぅぅ、なんとうらやましい!! おのれ、現人さん!」

「僕が恨まれるのかよ」

「まあ、そんな愛と憎しみの一大ストーリーはさておいてですね。

 さっきフェランティ・マーク・ワンから連絡が来たわけです。今夜会いたいと。

 で、実はもう一通メール届いてまして……会う相手に指定があるんです。

 1人はもちろん、メールを受け取った相手━━つまりこのワタシ、ユニバック・(ツー)ですが、もう1人いまして」

「もう1人、か」


 そのとき、現人は自然とユニを見ていた。


(まあ、妥当だよな……)


 ニューニと並んで指名される相手といえば、ユニしかいない。

 世界で最初の商用コンピューター、ユニバック・ワンしかいない。


 そう思いこんでいた。


「現人さんです」

「………………は?」

「ワタシと現人さんに会いたいそうです」


 津瀬現人は一瞬、ニューニがまた自分をからかっているのかと思った。しかし、妙に真剣なその口調とまっすぐにこちらの目を見る瞳は、冗談ではないことを示している。


「フェランティ・マーク・ワンがウツヒトを指名する……それはすこし意外」

「ええ、ユニ姉様。ワタシもそう思います。

 別に彼とは敵対しているわけでもありませんし、罠というわけではないでしょうが━━」


 ニューニの『罠』という言葉には、どこか相手を気遣うようなニュアンスが込められていた。


(っ……)


 現人の胸の奥で嫌なものがドクン、と音を立てる。

 大切な人が落下してきた重量物に押しつぶされる光景が、フラッシュバックする。


(……いや、違う)


 だが、フェランティ・マーク・ワンはそんな悲劇から、志保を守ってくれた恩人そのものだ。


 彼がいたからこそ、志保は命に関わる怪我をすることもなく━━そしてこの前、ようやく通院も終わったように、後遺症の類がのこることもなかったのだ。


「どうしますか、現人さん。場所は南多磨高校の屋上です」

「……体育館じゃないんだな」

「気が進まないならワタシが1人で行きますよ」

「いや、僕も行くよ」

「ウツヒト……」


 ユニの声には。


「……大丈夫」

「……………………でも」


 そして、今にも泣き出しそうなユニバック・ワンの表情には、制止のニュアンスが込められている。

 行かないで良いのだと、言っている。


(……ユニにとっても嫌な記憶だもんな)


 初敷志保という大切な人を守れなかった悔恨。それは現人のみならずユニとっても共通の感情である。


 それを止めることができていたなら。

 もっと強烈に、即時に。ためらうことなく、圧倒し、トドメを刺していたなら━━


(あの後、ユニはやられ放題だったもんな……)


 結局のところ、バイナックを打ち倒したのは現人だったが、ユニからすれば後悔だけが残る一戦だったとしても不思議はない。


(だから……今でも気にしてるのか)


 もっと、うまくやれなかったのか、と。

 もっと、強く挑めなかったのか、と。

 もっと、迅速に動けなかったのか、と。


 それはコンピューターに関わる問題を解決するサポートチームが、重大なトラブルと向き合いつつも、力及ばず、第三者の手で解決されてしまったときの無力感にも似ている。


「心配しないでくれ。危険なことはしないから」

「で、でも、ウツヒトにまで何かあったら……私は……」

「平気だって。

 それにさ。今回はまあ……性格はともかく、護衛としては頼れる相手も一緒だし、さ」

「んっんん、ん~、遠慮ないですねえ。

 まあ……ワタシも男性としてはともかく、顕現存在セオファナイズド相手には頼れる相手かもしれないなー、とか。

 そんなふうに思っていますよ、現人さん」

「そりゃどうも……ニューニさん」


 穏やかならざる視線を交わしあう、15才の少年とその教師。

 しかし、どこか認め合うような空気に、不思議そうな顔をする教師の姉たる少女。


「決まりですね。

 フェランティ・マーク・ワンと会う時間は今夜9時です。

 今日は夜制の課外実習をやっていますから、その後で……ということでしょうかね。

 ワタシは先に校舎に入っておかしなことがないか、少し調べておきます。現人さんは職員用通用口から入ってきてください」

「わかった」

「それでは後で~」


 ひらひらと手を振ると、仕事に出かけるような足取りで玄関から出て行くニューニ。


 その背中には何の迷いもなく、気負いも見られなかった。


(頼れる……か。でも、ほんとにそうだよな)


 全面肯定はできない。しかし、核心のところでは強く信頼できる。


(僕にとってのニューニはそういう相手だ……)


 だが……今、津瀬現人の胸にある感情はそれだけではない。


(だからって……世話になりっぱなしでたまるかよ)


 ニューニには借りがある。


 志保が怪我をしたあの照明の落下を、誰にも迷惑がかからない形で処理してくれたこと。

 現人にもユニにも知らせることなく、無数の面倒な調整を黙々とやってくれたであろうこと。


(そうやってニューニが走り回ってくれたからこそ……僕もユニも……もちろん志保も。

 いつも通り、生活できているんだ)


 ご都合主義よろしく、何か見えない力によって、彼の日常は保たれたわけではないのだ。


(それがニューニに対する借りなんだ)


 ━━そして、その借りを返すためならば。


「構うもんか」


 少年は決意を込めて呟く。

 しかし、その先はユニが心配するかもしれないので、心の中だけで呟く。


(これが罠だったとしても、さ)


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


「へえ、時間ぴったりじゃないか。

 日本人は15分前に現地へ到着して、5分前にノックをするものだと思っていたけど、すこし違うようだね」


 その夜、21時。


 教師であるニューニがついているとはいえ、いささか悪いことをしているような思いで、津瀬現人が南多磨高校屋上のドアをあけると、フェランティ・マーク・ワンはボトルの紅茶を口にしながら、転落防止用の柵にもたれかかっていた。


「やあ、津瀬現人くん。そして、ユニバック・(ツー)

 よく来てくれたね。ナチスの爆撃機がロンドンにやってきても、許せそうなくらい心地よい夜だね」

「その……減らず口とまでは言わないけど、独特の物言いは相変わらずだな、フェランティ・マーク・ワン」

「はははは、国民性というものさ。

 気にしないでくれていい」


 気にしないでいい、ではなく、気にしないでくれていい(・・・・・)、と。


(相変わらず上から目線って言うか……)


 それが当然であるといでも言わんばかりの口調で、英国の顕現存在セオファナイズドは言った。

 現人としては心の中が刺激されないわけではなかったが、いちいち感情を波立てても仕方ないと思う。


(それに……)


 傍らにいるニューニを見る。

 困惑している現人がおもしろいのか、ニヤニヤと笑っている。

 あるいは、生徒同士の喧嘩を見物する時も、こんな顔をしているのだろうか。


(ひどい教師に、ひどい夜制の生徒、か)


 苦手なタイプ2人に挟まれてしまったな、と現人は思う。

 だが、同時に━━


(ここにいるのは……2人とも僕にとって恩人なんだよな……)


 照明の落下という事態から、身を呈して志保を守ってくれたフェランティ・マーク・ワン。

 そして、そんな大事故を現人達にいかなる迷惑もかからないように、裏側で収拾してくれたニューニ。


 どちらも、津瀬現人にとっては紛れもない恩人と言える。


「その……志保なんだけど」

「うん? なんだい、津瀬現人くん」

「いや、フェランティがかばってくれた子がさ。

 この前、やっと通院が終わったんだ。ちょっとだけ傷跡は残ったけど、後遺症もなかった。

 お礼を言いたい。ありがとう」

「そうか……それは本当によかったね」

「そっちは体とか大丈夫なのか?」

「ははははははは」


 本当によかった、と。言葉通りの安心したような笑顔を見せて。

 ははははははは、と。舌の根も乾かないうちに、からかうような笑い声をあげて。


「君は面白いよ、津瀬現人くん。そんなだから、放っておけなくなる」

「……言ってる意味がわからない」

「そもそも、僕たちは顕現存在セオファナイズドだ。

 ヒトじゃあない。怪我をしようがしまいか━━もっといえば、そこに存在していようが、消えようが。

 あるいは、生きていようが、死のうが。

 君にとってはどうでもいいことじゃないかい?」

「っ━━そ、そうは言っても、志保をかばって大けがをしたんだろ!?

 ニューニからも聞いてる。しばらく動けなかったくらいだって。

 そのことを僕が心配するのはおかしなことなのか?」

「おかしいさ。

 バイナックを━━顕現存在セオファナイズドを1人、屠っている君が。そんな小さいなことを気にするのは、おかしなことさ」

「………………っ」


 胸の奥にあったフェランティへの感謝が、急速にしぼんでいくのを現人は感じていた。


(なんだよ……)


 せっかく感謝を告げのに。見返りに何かしてもいいと思ったのに。


(そんなに……おかしなことかよ)


 ヒトと顕現存在セオファナイズドの区別をしないことが。


(そんなにおかしなことかよ……!!)


 顕現存在セオファナイズドを1人、屠っていることが━━


 つまり、ヒトと区別しないのであれば、殺人に等しい行為を犯していることが。


顕現存在セオファナイズド殺しは、やっぱりおかしなことなのか……)


 15才の少年の右目の奥から、じわりと液状の何かが滲みそうになった、そのときだった。


「ちょーーーーーーーーーーーーーーっと、フェランティ?

 いくらなんでも意地悪すぎじゃないですかぁ?」


 やれやれとため息をつきながら、横やりを入れてきたのはニューニである。

 右腕を伸ばして文字通り現人の肩を持つと、半眼で彼女はフェランティ・マーク・ワンを見る。


「ほーら、現人さんショック受けちゃってますよぉ?

 あーあーやだやだ。どうしてイギリス人っていうのは回りくどいんだか。

『自分のことは気にしなくていい』って言うだけなのに、遠回りしすぎでしょう」

「ふふふ、それは失礼。

 何しろ現人くんの理解が……あまり迅速ではなかったものでね」

「僕の……理解?」


 くすりと笑うフェランティに、津瀬現人は首をひねる。

 そして、答えを求めるようにニューニを見る。


「つまり、こういうことです。

 現人さんはバイナックを殺━━消去(デリート)しましたよね。

 でも、それは殺人でもないし、犯罪行為でもありません。

 なぜなら、ヒトと顕現存在セオファナイズドは本質からして違うモノだからです。

 ということは。

 志保さんの怪我とフェランティの怪我は同列に扱えないわけです」

「あ……ああ……な、なるほ……ど?」

「まだわかっていないという顔だね。

 つまり、僕には愉快だったのさ、現人くん。君がヒトと顕現存在セオファナイズドを同列視していることが。

 だから笑った。だからいじった。

 君自身がきちんと考えながら、僕の言葉を受け止めてくれていたなら━━あるいは、厳しい指摘が飛んでくるかもしれないとわくわくしながら、ね。

 ところがそうはならなかった。これはますますおかしいことさ。あははははは」

「そのう……す、すまないが、もっと単純化して言ってくれないか……」

「ヒトの怪我と顕現存在セオファナイズドの怪我は同列に語れない。僕たち顕現存在セオファナイズドの怪我は、放っておけば基本的に治る。

 ヒトの殺人と顕現存在セオファナイズド消去(デリート)もまた同じ。まして、敵対関係あったのならそれは正当な行為だ。

 君は僕が怪我をしたことに負い目を感じる必要なんてないし、バイナックを滅ぼしたことについても同じさ……これで分かったかな?」

「わ、わかった……よくわかった……ありがとう」

「あはははははは」


 ぺこりと頭を下げる現人がフェランティ・マーク・ワンはよほどおかしかったらしく、体を『く』の字に折りながら笑い転げる。


「現人さんは真面目ですからねー。

 ついつい、いじりたくなるんですよー。うりうりー」


 不満そうに眉をひそめていると、ニューニの拳がぐりぐりと頬に押し当てられる。

 15才の少年はますますどんな顔をしていいのか分からなくなる。


(苦手だ……こいつら……)


 よくわからないが、とにかく自分は反撃の余地がないほどやりこめられているらしい。

 よくわからないが、言葉の対決をふっかけたとしてもこの2人にはカケラほどの勝機も見つけられないらしい。


 理解に余る圧倒━━という15才の少年には厳しすぎる状況を強いられながら、現人にできるのはぐったりと肩を落とすことだけだった。


「さて、ウォーミングアップはこのくらいにして」

「……これでウォーミングアップ……」

「ははは、ここからは真面目な話だよ。

 現人くんも知っていると思うけど━━ここのところ、世界中の金融市場で大混乱が起こっているね?」


 まだいじられるのだろうか。そう早合点して落胆しかけた現人は、思わず息をのんだ。


(その話か……!!)


 ニューニは察しがついていたのか、あるいは察しがついていたふり(・・)をしているだけなのか、うむうむと頷いている。


「混乱の原因とその影響は知っているかな?」

「その……友達に教えてもらって、うっすらと」

「そうか。それなら話が早い。

 原因は金融市場の取引を司るコンピューターの不具合。簡単にいえば、ハードウェア障害が多発したことだ。

 そして、その影響は……世界的にとてつもない富が失われたこと。

 概算だけれど━━」


 フェランティは事も無げに宇宙旅行の100回や1000回くらいはできるだろうという額を述べてみせた。


「聞いただけで、頭がクラクラする話だね……」

「そうかもしれないね。

 もっとも、金融の世界で言う『富』なんてものは、ひとたび状況が上向くだけで、一桁も二桁も増えたり減ったりするものさ。

 気にしないでくれていい」

「……今回ばかりはそういう上から目線の方が気楽だよ」

「あはは、今度はきちんと考えながら聞いているじゃないか。

 そういうところは好きだよ、現人くん」


 よほど楽しいのか。さもなくば、嬉しいのか。

 ぱちぱちと手を叩きながら、フェランティ・マーク・ワンは言う。


「考えながら聞いている、ね……」

「そうさ。とても重要なことさ」

「あんまり慣れていなくてね。

 わざわざ僕にそんな話をするってことは……世界的な金融市場の混乱は顕現存在セオファナイズドのせいなんだな?」

「ご名答。ひょっとして最初から予想していたのかな?」


 米国人なら口笛を吹きそうな声で、フェランティ・マーク・ワンは言った。

 だが、現人は黙って首を振る。


(そもそも……顕現存在セオファナイズドのせいだって考える以前の問題だ……)


 現人にとって、金融市場の混乱など遠い空の向こう側の出来事だったのだ。


(どんな影響があるかなんて知らないし……億とか兆って言われても……)


 その意味が。実感がまともにわかない。


 それが15才の少年の感覚である。

 ユニをはじめ、数々の歴史的な商用コンピューター、その顕現存在セオファナイズドと出会った上で、なお現人の持てる感覚はその程度なのである。


「とにかく、放っておいちゃいけない事態が起こっていることはわかったよ」

「正しい認識だね。

 そうさ。難しいことは分からなくてもいい。けれど、これは放っておいちゃいけないんだ。

 善か悪か……正義かそうでないかは、正直、僕にもわからない。おそらく誰にもイエス・ノーとは言えないだろうと思う。

 ただ、放っておいちゃいけない」

「……その口振りだと、何かしらの目的があって、行われているみたいだけど━━」

「そう、目的があるのですよ」


 不意に、一声。

 同時に夜空からひらりとビーバーハットが舞い降りてきた。


(紳士帽……?)


 現人が眉をひそめると、ハットは縦に一回転する。


「どうもはじめまして、庶民の日本人」


 そして、ずっと前からそこにいた時のような自然さで、闇の中から男子生徒の姿が現れた。


 夜制の制服と、磨き上げられたブーツ。右手に持ったステッキ。

 カツリ、と踵を鳴らしてその男は一礼してみせた。


「我が名はモーリス・ホイーラー・エドサック。

 この南多磨高校で夜制『委員会』の副委員長を務めています。以後、お見知り置きを」


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