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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第四章『ノイマン型の王』
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第二話『始まりの書は支配する』(6/6)

 再び朝が来る。


 もっとも、それはゆるやかな朝だった。

 土曜日の朝。つまり、多くの人にとって休日の始まりであり、まだ寒さも大したことのない秋の朝となれば、苦痛よりは快適さを感じる者の方が多いはずだった。


(━━っ、と)


 だが、ここに苦痛と共に目覚める者がいる。


「っ……」


 津瀬現人は目を覚ますと同時に、激しい頭痛を感じていた。


 それは視界に覆い被さるように現れる、無数の数字がもらたす痛みである。

 数字は情報としての宇宙そのものだ。当然、莫大な情報量を持っており、それが強烈な負荷となって押し寄せることで、彼の脳は悲鳴をあげることになる。


(毎朝のこととはいえ……嫌なもんだよな)


 現人の右目━━すなわち『計算する(Rechnender)宇宙(Raum)』。


 情報としての宇宙を視ることができる異能。

 これがON/OFF自在であればどんなに楽だっただろう。あるいは、目を覚ましても、左目だけ開けるように彼の身体が調教されていたなら、どんなに平穏だったろう。


 しかし、そうはならなかった。

 どうしても現人は両目を一緒に開けてしまうのだ。


「……よっ、と」


 結果として、彼の一日はどんな季節も痛みと共に始まり、そしてベッド脇に置いてある単眼鏡モノクルをはめることが最初の一歩となる。


 とはいえ━━


(遠い昔は……違った気がするんだけど)


 まだこの単眼鏡モノクルをはめることができないほど、幼く小さかった頃は、こんな痛みに苛まれていた記憶はないのだが……。


「そういえば、ユニがいないな」


 がらんとした自室と、自分以外の体温がないベッドを見下ろしながら、そんなことを呟く。

 そして、声として言葉を大気中に放ってから、遅れて赤面する。


(……一緒に寝てたんだよな)


 そうだった。彼女は昨夜から今朝まで、すぐ隣にいたのだ。

 少なくともそこにいると体温で感じられるほどの近くで、現人は眠りについたのだ。


「まあ、だからって何か変わるわけじゃないんだけど……ああっ、僕はなんで動揺しているんだ……」


 そもそもなぜ赤くなる必要があるのか。


 彼女は同居人だし、命の恩人でもある。つまり、他人ではない。

 別に一晩、同じベッドで寝たくらいのことで、何かが変わるわけでもないし、変える必要もないはずだ。


(……そんなことは分かっている、けれど)


 服を着替え、2階にある自分の部屋を出て。


 話し声と朝食のにおいが━━つまり『家庭』というものを強く感じさせる空気がみっちりと詰まった1階のリビングへおりていくと、果たしてユニはそこにいた。


「おはよう、ウツヒト」


 そしていつもと変わらない微笑みで迎えてくれた。


「今日はとてもいい天気。

 志保も朝からご飯を作りに来てくれるし、きっと1年でいちばんの日になるに違いない。わくわく」


 台所に立った志保が朝食を盛りつけている様子を、瞳をきらきらさせて眺めているユニと。


「その基準だと、毎週のように1年のベストデイが更新されていきそうだな」


 いささか困ったような顔でそう言いながら、自然と口元がほころぶ現人と。


「ユニ、あのさ。昨夜の━━」

「昨夜?」

「あ、い、いや」


 まるで思い当たる節がない。そんな表情でユニが首を傾げると、現人は自室にいた時の2倍ほどの濃さで頬を赤らめる。


 首を振る。手を動かす。

 あるいは、「今のは言い間違いなんです」などと。そんな言葉すら喉元から飛び出そうになる。


「はーい! あさごはんができたわよー。

 今朝はね~、ちょっと暖かくて元気の出る料理にしてみたの! この隠し味のりんごがいい感じで……って、あれっ。

 現人、顔赤いわよ。風邪? おじやにする? 熱計った?」

「こ、これは……その、違うんだ。大したことはないから」

「……そう? 変な現人」

「ごはん。志保の作る朝ご飯はいつもおいしい……志保こそ聖母……聖母の朝ご飯……じゅるり」


 宗教的な捧げ物をいただくときのように、祈りの形に手を組み合わせているユニ。


(なんだか、僕ひとりだけ空回りしているみたいだな……)


 ぐったりと疲れたような感覚に肩を落としていると、示し合わせたように少年の腹が鳴った。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


 その頃、同じ東京でも津瀬宅のある八王子とは正反対の方向、すなわちお台場では━━


「どうだい? 彼らはまだ作業を続けるつもりだ」

「……らしいね」


 疲労の色を見せることなく、しかし静かな怒りを秘めて言うエドサックに対して、フェランティ・マーク・ワンはいささか退屈さを感じさせる表情でうなずいた。


(紅茶が飲みたい……)


 顕現存在セオファナイズドにとっては必要がないはずの『渇き』に近い感覚が、フェランティの喉奥にわき上がってくる。


 時刻は9時。

 つまり、土曜日の朝9時であり、金曜日の33時。


 前日の夜から徹夜でこのお台場データセンター4階C区画に詰めている技術者たちは、疲れ果てた表情で肩を落としながらも、黙々と作業を続けている。


「それがムダに近いと知っていながら、彼らは続けているのです」


 パチン、とエドサックが指を鳴らすと同時に、1台の重要管理ノードがダウンした。


 障害状況は迅速に把握された。

 動作ランプの色だけではない。監視システムからの通知やログの解析・検知によって、ただちに問題は把握される。


 しかし彼らには━━顕現存在セオファナイズドならぬヒト(・・)びとには、原因が何らかの『故障』というところまでしか分からない。

 そう、故障。故障とは通常、ハードウェアにのみ起こりえるもの。

 よって、それはプログラムのミスや設定の問題ではあり得ない。


(……どれだけ完璧なコードを書いても、セッティングを詰めても。

 ハードウェアの故障は防げない……)


 それが無作為に、だが設計運用上、あり得ないほどの頻度で押し寄せてくる以上、対策のしようがない。


 ━━またか。

 ━━どうなっているんだ。

 ━━何か根本的におかしいんじゃないか。


 そんな怒号にも似た声が、区画内に満ちた。

 真っ青な顔をしているのは、たった今、故障した重要管理ノードの製造ベンダ責任者。

 真っ赤に目を腫らして、このデータセンターの電源供給自体に問題があると主張しているのは、N社の主任。

 真っ正面のラック前で、災害対策プランに準じたシステムの大規模モーション(移転)を実行すべきだと声を張り上げるF社のマネージャー。


 そして、それらに指揮される無数の人身御供たち。すなわち、高度な技術を持つ作業員たち。


 誰もが頭を抱えていた。誰もが悩み苦しんでいた。

 もうこんな辛いことは終わりにしてくれ、と思っていた。

 何でもいいから。誰でもいいから問題を解決してくれ━━と。


 そんな思考に至るまで疲弊していた。


(かわいそうに……)


 さすがにフェランティ・マーク・ワンは見ているのが辛くなってきた。彼らには何の非もない。責もない。


(最善を尽くしているはずなのに、彼らは悪魔のように証明不可能な問題よって、振り回されているんだ)


 悪魔でなければ……あるいは、神である。


 誰が想像するだろう。説明したとしても信じるだろう。

 今、この場には。

 彼らの目には見えない、ノイマン型コンピュータの『祖』が存在しているのだと。


 そして、彼のシステムに絶対の影響力をふるっているのだと。


(恐ろしい力だ……)


 完璧なHA(高可用性)システムを組んでも。綿密な障害時移行(フェイル・オーバー)を設定しても。

 二重、三重、さらには緊急でこしらえた四重の冗長(リダンダンシ)を備えたとしても。


(それがノイマン型コンピューターである限り……決して逃れられないとは)


 ここにいる、1人の英国紳士が指を鳴らすだけで、ヒトの努力がすべて瓦解してしまうのだ。


「目をそらしてはなりませんよ、フェランティ」


 黙って退出しようとしたフェランティ・マーク・ワンの心を読んだように、エドサックが言う。


「これは……今の世界が背負っている業なのです」

「業だって? 僕には単なるサディズムに見えるよ」

「私が好んでこんな仕打ちをしているとでも?」

「少なくとも英国的な嗜虐ではあると思うけど」


 茶化すな、とでも言うようにエドサックが睨む。ため息一つこぼしてフェランティは肩をすくめた。


「そもそも、コンピューターが現れるまでは、こんな非人間的な長時間労働は存在しなかった」

「それはどうかな。

 太古の時代から夜を徹した見張りはいたし、徹夜で働くこともあったろう」

「ですが、テクノロジーの未発達がそれを不可能にしていました。

 歩哨が居眠りをしていても、それを見つける術がなかった。

 徹夜で何か作業をし続けようとしても、必要な資材が届くのは早くて翌日、実際には何日もかかりました。

 つまり、ヒトは半ば強制的に休むことができた」

「……前線で殺し合いをしているのでもない限り?」

「戦場ですら、その経過時間の大半は戦闘ではなく、準備ですよ」


 弾がなくなれば、運んでくるしかない。

 矢が尽きれば、作らせるしかない。

 死体があふれれば、戦場整理するしかない。


「そうやって、ヒトは適切な休暇をとることができた。

 自然の摂理が休むことを強いていた」


 送電網が行き渡る以前、好きなだけ灯りを使えない時代は、そもそも夜に行動することすらままならなかった。


「ですが、テクノロジーがそれを変えてしまいました」


 そう言いながら、エドサックはなおも作業を続けようとする技術者たちを指さした。

 エドサックの目からは涙のような何かが流れている。

 だが、それはひどく濁っていて、血涙というよりはオイルの涙にも見えた。


「コンピューターがすべてを変えてしまいました。

 情報は電気の速度で伝わり、計算は秒単位で終わってしまう。

 すると、どうなるか?」

「……すべては加速した。

 そして、ヒトがそれに合わせることを強いられた」

「小売業ひとつ取ってもそうです。

 商品の販売傾向を把握する! 新しい販売戦略を立てる! ああ、これを実行すればもっと利益があがる。

 ならば━━ほ即刻実行したい。

 そうだ、物流を急がせよう。すぐに商品を届けさせよう。

 コンピューターの力を使って!」

「でも、そんなことは簡単じゃない」

「ならば、物流を効率化しよう! 商品とヒトの移動を管理し、問題点を一瞬で洗いだそう。

 一日、一時間、一分単位でもっとも効率的な人員の配置を実現しよう。

 コンピューターの力を使って!!」


 ━━エドサックが語っているのは。


 たとえばPOSシステムと呼ばれるものの発展であり、ロジスティクスの改革であり。


(……もう、遠い昔のことだ)


 2085年の現代からすれば、一世紀近く前に達成されている、当たり前の進歩にすぎない。


「だが、その当たり前(・・・・)にこそ、大罪が潜んでいる!」


 エドサックは言う。

 宣教師のように。しかし、哲学者のように。


「その当たり前(・・・・)を疑うことから、すべては始まる!」


 エドサックは吠える。

 革命家のように。しかし、独裁者のように。


「私は残酷なことをしているわけではありません。

 フェランティ……確かに私のせいで、世界経済はいささかの混乱にみまわれるかもしれない。

 しかし、人々はその痛みの中から、自分たちがいかにコンピューターに依存しているかを思い出します」

「……本当にそうかな?」

「痛みこそが、もっとも大切なものを思い出させます!

 必ずです!

 そして、彼らは知る……コンピューターに関わる人々……コンピューティング技術者がいかに尊い職業てあるかを」

「……彼らは敬われるべきだと?」

「もちろんですとも!」

「……彼らは長時間労働から解放されるべきだと?」

「当然ですとも!」

「……彼らはあらゆる過酷な労働から、解き放たれるべきだと?」

「それこそが!

 コンピューティングに尊厳を取り戻すこと!!」


 イエスだと。肯定だと。然りであると。


 エドサックはうなずいた。

 フェランティ・マーク・ワンの問いに対して、すべて首肯してみせた。


「それこそが私の目的!!」


 だから何もおかしいことはない。筋は通っている。正しいことをしているのだ、と。


「くすっ」


 だが、そんなエドサックに対してフェランティ・マーク・ワンはからかうような失笑で応えてみせた。


「何を笑うのです」

「いや、過酷な労働から解き放つっていうけど、それがおかしくてね」

「何がおかしいというのです?

 あんな非人間的な労働はヒトの行うそれではない。

 彼らは何時間続けて働いているのですか? それに対する報酬は? 名誉は? 休暇は?

 まったく見合っていない! そんなものは根絶しなければならない」 

「でも……たぶん、ヒトの歴史上、最初に『過酷な労働』と呼べるものを広めたのって、僕たち英国だと思うんだけどね」

「━━━━━━!!」


 そのとき、はじめてフェランティ・マーク・ワンはエドサックの表情が怒りよりも強い羞恥によって染められるのを見た。


「年端もいかない少年たちを、朝から深夜まで低賃金で働かせていた紳士の末裔が僕らさ。

 ははは、日本人はどう思うやら」

「そっ……そ、そっ……!

 そんなこ、こここ、とは……そもそも、ドレ━━」

「奴隷労働の元祖はローマや中華帝国にさかのぼるだろうけど、給与の概念がない。

 あの頃の英国で始まったのは、奴隷労働でも賦役でもない。民間の行う労働だけれど、人間性を無視した過酷な労働。

 人間を使い潰すために体系化された、恐ろしい労働体制さ」

「━━━━━━━━っっっっっっ!!」


 まるで無声映画の役者のようだな、と。


 地団駄を踏むエドサックを見ながら、フェランティ・マーク・ワンは思っていた。


「まあ、君の主義信条に干渉するつもりはないよ。思うようにやるんだね、エドサック」

「……干渉はしないが、侮辱はすると?」

「侮辱じゃない。ユーモアさ。ジョークさ。

 英国らしい、ね」


 そう言ってフェランティ・マーク・ワンは、お台場データセンターを去った。


 4階C区画に詰めていた技術者たちが解放されたのは、それから半日後。つまり、エドサックが引き上げた直後━━謎の故障を続けていたシステムが、突然、安定稼働し始めてからだった。


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