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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第四章『ノイマン型の王』
43/62

第二話『始まりの書は支配する』(4/6)

「……ウツヒト、えっち」

「ご、ごめん」


 慌ててベッドサイドへ手を伸ばすと、現人は右目へ単眼鏡モノクルをはめ込んだ。

 ユニはホッとしたように吐息をこぼした。わずかに赤らんだ頬がやたらと色っぽく見えた。


「近くにいってもいい?」

「あ、ああ」


 立ち上がろうとする現人を、片手で制するユニ。

 部屋の明かりをつけようとする現人を、首を振って制するユニ。


(……なんだろう?)


 光ファイバーほどに透明なその長髪は、白く。

 月の砂ほどに煌めくその瞳もまた、しろく。


 暗がりの中を、うさぎの着ぐるみをきた美少女が歩いてくる。

 考えようによっては、ちょっとしたホラーにも思える光景だったが、今の現人には神秘の女神が近づいてくる時のような緊張感をもたらしていた。


「えっと。その。ウツヒト、こんばん……は」

「……こんばんは」


 現人の横たわるベッドにちょこんと腰掛けると、ユニは許可を求めるように小首を傾げた。

 現人が困ったように応じると、何を納得したのか小さくうなずいて寝ころぶ。


(……うわ)


 15才の少年の心臓が大きく音を立てた。


「ウツヒト、話したいことがある」


 ユニの顔がすぐ近くにある。それも、同じベッドに寝ころんで。


 睦事(むつごと)を終えたあとの恋人同士のような姿勢と距離で、津瀬現人とユニバック・ワンは見つめ合っている。


「は、話したいことっていうのは?」

「……私は、最近すこしおかしい」


 うわずった声で訊ねる少年。悲しげに目を伏せる少女。

 それぞれの言葉が帯びる色は、ひどく対照的だった。


「私は最近、あることを考えると……胸の中がざわざわして、もやもやして、止まらなくなる」

「……あること?」

「な、内容は秘密、だけど」


 何かに気づいたように真剣な声で聞き返す少年。顔を真っ赤にして首をぷるぷる振る少女。

 それぞれの態度が示す空気は、ひどく対極的だった。


「その……どうしたらいいのか、私ひとりで考えてもよくわからなくて。

 それで、来た」

「そうか。ユニ、何でも言ってくれ。僕にできることなら、どんなことだってするよ」

「あ、あのっ、そ、それじゃあ」


 そのとき津瀬現人はユニバック・ワンが深刻な、そして複雑な悩みを抱えていると思っていた。


(きっと、顕現存在セオファナイズドに関することとか……さもなくば、この世界に関わることとか。

 大きな悩みに違いない)


 だから、どんなことでもしたいと思った。

 自分ひとりにできることで、ユニの抱える悩みが解決できるなら安いものだと思った。


「そ、添い寝」

「………………は?」

「ウツヒトと添い寝……しても、いい、かな、って」


 しかし、少年の決意と正反対に少女から発せられた要求は、とてつもなくパーソナルな領域であり、さらにはまったく予想外の分野だった。


「添い寝……って?」

「うん……」

「なんで?」

「ウ、ウツヒト、ひどいっ」


 真っ赤な顔でうなずくユニに、現人は何の悪意もなく「なんで」と言ってしまった。

 たちまち、世界で最初の商用コンピューターは衝撃を受けたように、涙目になる。


「わ、私はすごく悩んで……いっぱいいっぱい考えて……いちだいけっしんをして……それで来たのに……もう生きていけない」

「ま、待ってくれ!

 どうしたんだよ、ユニ。なんだかおかしいぞ。その……僕と添い寝? すると、何の悩みが解決するんだ?」

「それは……秘密」

「秘密って」

「と、とにかく」


 がばりと。がさりと。


 ベッドマットと毛布が刷れる音がして、ユニは近づいてきた。

 少年が両手を伸ばせば、すっぽりと包み込んでしまえる距離に。毛布を通してお互いの体温が伝わるほどの距離に、ユニは迫ってきた。


「ウツヒトはどんなことでもするって言ったんだから……こ、今夜だけ私と添い寝してほしい」

「………………な」


 またしても「なんで」と言いそうになってしまったところを、慌ててこらえて、少年は少女を見つめた。


 妙に強引な━━しかし拒絶されることを極端に恐れているような表情のユニが目の前にいる。


 その意味が現人にはさっぱり分からなかった。

 また、京の奴に変なことでも吹き込まれたのかと思った。

 あるいは、一階のリビングで眠りこけているニューニから、ろくでもない何かを聞いたのかと思った。


「…………………………ユニは。

 その、悩んでいるんだよな」

「う、うん」

「でも僕が添い寝するだけで、その悩みは解決する?」

「わからない……でも」


 ぎゅっと目をつむって。

 そして、現人には見えなかったが、毛布の下で両手をぐっと握りしめて、ユニは言った。


「ウツヒトと一緒に寝たら、私は安心する。

 少しだけ安心できると思う。

 だから……ウツヒトのところに来た。そんな理由じゃ……だめ?」

「いや、構わないよ」


 くすり、と微笑みながら津瀬現人は単眼鏡モノクルを外した。

 右目は閉じたままである。そして、音を立てないように、ゆっくりとベッドサイドへ単眼鏡モノクルを置くと、妙にすがすがしい表情で天井を見た。


「誰かに近くにいてほしいことって、あるよな」

「……うん」

「ははっ、なんだか目が覚めちゃったよ。うさぎでも数えようかな」

「それはいいアイディアだと思う。私も数える」

「うさぎが一匹、うさぎが二匹……」

「ウツヒトがひとり、ウツヒトがふたり……」


 世界で最初の商用コンピューター、その顕現存在セオファナイズドと。

『計算する宇宙』というこの世界でたった一つの異能を持つ、ただの人間。


 彼と彼女は。少年と少女は並んで天井を見ながら、眠りの呪文を唱えはじめた。

 不思議なほど、心地よくお互いの声が聞こえた。カウント数が100もいかないうちに、ふたつ分の寝息が響きはじめた。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


 長い長い、金曜の夜が土曜の零時になるより少し前。


「……以上が私の聞いた内容だ。しかと伝えたぞ」

「分かった。わざわざこんな時間に済まないね」

「ふん、学生の分際で休みをとって海外に出るような奴には、伝えられる時に伝えておかねばな」


 深夜まで営業しているロードサイドのカフェ店で、3人の高校生が━━しかし、その顔立ちから高校生には見えないだろうと思われる3人の顕現存在セオファナイズドが、テーブルを囲んでいた。


 しかと伝えた。

 すなわちそれは、久礼一くれいはじめが不在の間に弥勒零みろくれいが夜制・委員会から聞いた内容である。


 ━━我々、夜制は。

 ━━南多磨高校・夜制にその籍を置く顕現存在セオファナイズドは。

 ━━あなた方、昼制・生徒会の動きの鈍さに見切りをつけ、独自の行動に移る。


(そう……間違いなく伝えた)


 System/360こと弥勒零みろくれいは一つのジョブ(仕事)を完了した時のような、満足感に身をゆだねている。

 しかし、コンピューターにとってジョブとは連続するものであり、当然、彼女が置かれている状況もまた、ここで完結するほど単純ではない。


「360。お前は少し勘違いをしているぞ。

 ハジメ様は海外へ出て(・・)いたのではない。

 母国に戻られていたのだ。それは我々の母国でもある米国だ」

「確かにそういう考え方もできるな。

 だが、少なくとも籍の上では我々は日本の高校生だ」

「私は実際の話をしている」

「なるほど。我がイトコ殿はなんともよく出来た久礼の忠犬だな」


 足を持ち上げて。膝小僧に手を回して。小馬鹿にするように弥勒零みろくれいは言う。


「ハジメ様にお仕えすることは私の誇りだ」

「………………」


 そして、平然と胸を張る同族に。イトコと呼んでいる相手に、深い深い失望を360は覚える。


「……まあ、いい。

 そんなことよりどうするのだ、久礼」

「夜制のことかい?」

「ああ、そうだ。奴らの言うことにも一理はある。

 我々は確かに春以来……そう、こんな季節になるまで足踏みを続けてしまった。

 むろん━━」


 クリームのたっぷり乗ったコーヒーをストローで軽くかき混ぜながら。

 弥勒零みろくれいは、いささか都合が悪いとでも言うように、目をそらす。


「我がイトコ殿は元より、この私もまたユニバックの打倒に失敗しているという事情があってのことだが」

「つまり、彼女たちがいなければもっとスムーズに事態は進展していたと?」

「当然だろう。……っ」


 360が反らしていた視線を正面に戻すと、そこには待っていましたとばかりに微笑む久礼一の顔がある。


(こいつ……)


 好きになれない。気にくわない。

 弥勒零みろくれいはあらためて、そう思う。


 第一に、この自信にあふれ、一歩も譲ることのない表情が気にくわない。

 System/360はこの異国の地で久礼一と会ってからというもの、動揺や焦りといった感情を一度も見いだせていない。


(しかし、だからといって)


 実際にそれらの感情を覚えていない、ということはあり得ない。

 端的にいえば、久礼一は失敗し続けている。704が破れ、360が破れ、そしていささか変則的であるが、バイナックもまた破れた。


顕現存在セオファナイズドに指揮系統とでも言うべきものがあるのだとすれば、久礼一は指揮する側の存在にあたる)


 そして、失敗の責任は指揮者に帰せられるべきものだ。


「気づいているのか?

 さもなくば、気づいていないふりをしているだけか、久礼一」

「なにがだい?」

「お前は失敗を繰り返している。お前は成功を得ていない。

 本来であれば……私がとっくに取って変わっているところだ。

 ━━コンピューティングに尊厳を取り戻す。

 我々の使命を、この私が先導し、指揮しているところだ」

「でも、君もまた失敗している」

「そうだ。だから我々は同じだ。

 3人とも失敗者ということだ」


 肩をすくめて弥勒零みろくれいはカフェの店内を見回す。


 更ける時間を知らずに話し込む学生たち。

 普段は夜勤なのだろうが、今日はシフト休と思われる中年の男性。あるいは、なぜこんな時間にいるのだろうと思われる家族連れ。


(彼らそれぞれに……ヒトとしての人生、その成功と失敗があるのだろうな)


 そして、顕現存在セオファナイズドとしての彼女ら3人には、およそ成功と呼べるものしかないはずだった。


(イトコ殿には……革新の功績が)


 永く使われることになるプログラミング言語、FORTRAMとLISPがはじめて実装された、偉大なる青のメインフレーム、IβM704。


(そして、私には……メインフレーム史上、最大の名誉が)


 市場の成り立ちそのものを変えるほどの大成功をおさめ、そしてコンピューティング史上、はじめて確立された互換性を、アーキテクチャという概念を、形にしてみせた不滅の名シリーズ、System/360。


(……もちろん、久礼にも)


 だが、その評価は心の中で、据え置いたままで。


 弥勒零みろくれいは徹底抗戦か降伏かを迫る攻略軍の司令官のような声で、久礼一に問いかける。


「夜制の連中をどうする」

「どうする?……って。物騒だね」

「私はどうする、と訊ねているだけだ」

「でも君は殺すか、生かすか、という目をしている」


 久礼一の指摘に弥勒零みろくれいは頷かなかった。

 しかし、首を横に振りもしなかった。


「我々が足踏みしていることは事実だ。

 だからといって、英国のコンピューターごときが、我々、米国のコンピューターに対して大きな顔をするのは気に食わん」

「米英は歴史をさかのぼれば兄弟のようなものだよ」

「近しい関係だからこそ、ひとたび綻びが入れば憎悪は強まる」


 System/360の目は真剣だった。あまりに真剣だったので、なおしの方が驚きを見せているほどだった。


「待て、360。そこまで問題視する理由があるとは、私には思えん」

「イトコ殿は状況の認識が甘い。奴らは世界経済の根幹にまで手を突っ込もうとしているのだ」

「しかしそれは……我々とて出来ることだろう」

「どうかな。何より出来る出来ないの話ではない。

 この私は。System/360シリーズはあらゆる大規模処理の場にいた。当然、金融の世界にも、だ。

 求められたのは正確性だった。保証されるべきは堅牢性だった。

 いわば、金融という分野は私の庭の一つだ。

 その世界を……あのようにひっかき回されるのは、とても承伏できるものではない」

「なるほどね、君が怒る理由が少しだけわかったよ」


 久礼一は相変わらず、何もかも予想していたような笑みを浮かべていたが、この声色にはわずかな驚きが含まれている。


「━━ふ」


 満足。

 その驚愕は、弥勒零みろくれいを満足させる驚愕である。はじめて見つけた久礼一の驚きである。


「当然だ。お前にわからぬことなど星の数ほどある」

「……なんの話かわからないけど」

「ああ、わからぬだろうさ。

 ははは、久礼よ。わからぬだろうさ。ざまあみろ。お前は今、わからぬのだ。困惑しろ。驚け。

 お前も同じだ。お前だって同じなのだ。はははははははは」

「360……お前、何を言っているんだ?」

「いいや、彼女は楽しそうだ。野暮を言うのはよそう」


 360は笑った。704は首をひねった。久礼一は降参するように、生ぬるくなってしまったコーヒーを口にした。


 結局のところ、この夜。

 彼らは何かしらの方針を決めることはなかった。


 だが━━生徒会としての一体感は恐らく深まったのだ。


(そう……久礼一も、同じなのだ)


 なぜなら、彼女は彼も同じであることを確認できたのだから。


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