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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』
21/62

第三話『英国的一夜一夜物語』(1/3)

 ━━そのルーツは、実に220年も過去のことである。

 すなわち、現代(2085年)から2世紀以上の時を遡った1864年。

 将来、偉大な電気技術者となる男が、イギリスのリヴァプールに生を受けた。


『おお、偉大なるリヴァプール。ダーティ・プールの名を授けられし、いとおしき港町』


 その港はイギリス(ブリテン島)中央の西岸にあった。

 文字にたとえるなら『く』の字を左右反転させたど真ん中にあたる。


 対岸にはアイルランド島が行く手をふさぐようにそびえており、地図でみるならばいかにも狭苦しい場所にある港湾都市、それがリヴァプールだった。


『だが、まさにそれは要衝だった』


 とはいえ、地図においていかに狭苦しく見えたとしても。


 船の通行には十分すぎるほど広い水路があり、北に南に、もちろん西東にと、あらゆる意味でアクセスの良い土地、それがリヴァプールである。


 まさにイギリス経済上の、そして地政学上の要衝であり、この場所が英国第一の港湾都市として栄え━━遠い未来にドイツ空軍(ルフト・ヴァッフェ)の猛烈な爆撃にみまわれたことは、歴史の必然と言えた。


『そして、戦争の勝者を正しく当てたのもリヴァプールだった』


 もっとも、その『戦争』はイギリスとドイツの戦争ではない。

 さらに言うなら、国と国の戦争ですらない。


 それは大西洋を挟んだ隣国、すなわちアメリカ合衆国との間で行われていた大戦争であった。


『片や、直流。片や、交流!

 すなわち、エジソン。すなわち、ウェスティングハウスとニコラ・テスラ!』


 もちろんそれは国と国の戦争ではない。

 さらに言えば、アメリカ人同士の内戦、つまり南北戦争とも違う。


 それは電流戦争━━後世にそう呼ばれることとなる、歴史上の超有名人同士で行われた規格争いだった。


 当時、電気なるものが事業所へ、家庭へ届き始めたばかりの時代。


 そのために建設される送電網において、トーマス・エジソンは直流を推し、ウェスティングハウスとニコラ・テスラは交流を推していた。

 戦いは熾烈きわまりなく、良識ある人ならば眉をひそめるであろうネガティヴ・キャンペーンのために、電気椅子(死刑執行道具)まで作り出された。


『だが、我らの創業者は交流が勝つことを見抜いたのだ!』


 それこそがリヴァプールの生んだ一大電気技術者であるセバスチャン・ジアーニ・ド・フェランティだった。

 ビートルズが結成されるより1世紀前に、リヴァプールは既に偉人を輩出していた。


 彼は交流の将来性を見抜き、イギリスの電気技術発展に貢献した。きわめて優秀な発電機をつくり、一大製造企業を興した。


『それこそが、我々の戴くこの名「フェランティ」だ』


 無数の電気製品を作り、売り、社会に貢献した。

 ナチス・ドイツとの戦いにおいては、救国戦闘機スピットファイヤの照準器製造を引き受け、祖国を支える一員となった。


『我々はさらに発展する』

『これからはコンピューターの時代だ』

『これぞ頭脳。新しい頭脳。すなわち、電子(electronic)頭脳( brain)!』

『我々はマンチェスター大学と共同でコンピューター『Baby』を作り出した』

『さらなる飛躍が我々フェランティによって為される』

『フェランティ。我々フェランティの一号機』

『その名はフェランティ・マーク・ワン!』


 時に1951年。


 既に始まりのコンピューター……であると、当時ほとんどの者が考えていたENIACの名は世界に轟いていた。

 しかし、遂にあの大陸国に続いて、紳士の国はそれに比肩するものを造りだした。


 我々は追いついたのだ。

 我々はまだ脱落していないのだ。


 BBCが報じた。タイムズが報じた。あらゆる英国の報道機関が賞賛した。


 第二次世界大戦の終結から6年。苦しい勝利から6年。

 英国が世界の盟主から明確に転落した戦いから6年。


 その成功が当時のブリテン人を、ウェールズ人を、あるいはアイルランド人ですらも、大いに勇気づけ、愛国心とかアイデンティティといったものを刺激したことは、想像に難くなかった。


『無論……当時は皆知らなかった。知らされてはいなかった』


 実のところ、英国は第二次世界大戦中からコンピューターを実用化していた。


 しかしそれは007よりも分厚く、徹底的な秘密のヴェールで守られており、そして1950年代当時、その防諜は完璧に機能していた。


『まだ知らぬがゆえに。過去を知らされていないがゆえに』


 英国の大衆はそのコンピューターこそ、英国で『初めて』のものであると。


『まだ知らぬがゆえに。未来を知らされていないがゆえに』


 そして世界で『初めて』のものであると。


『これは世界で最初の商用コンピューターだ!』

『売るぞ!』

『もはやコンピューターは政府や軍事組織だけのものではなくなったのだ!』

『アメリカではない! 我々イギリスこそが商用コンピューター時代の覇者となるのだ!!』


 商用コンピューターの最初期に生まれしその名は、フェランティ・マーク・ワン。

 その一号機が原型機の開発にも協力していたマンチェスター大学に納入されたのは、1951年2月だった。


 ━━実に。

 ユニバック・ワンの一号機がアメリカ国勢調査局に納入される、1ヶ月前のことである。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


「うつひと~。朝ご飯できてるわよ~。二度寝したらダメよ~」

「わかってるって……」


 けたたましい目覚ましのアラームと同時に、部屋の扉を乱暴にノックする音が響く。


「っ……」


 目を覚ませば、視界を覆い尽くす数字の羅列。

 ズキリと走った脳裏の痛みをこらえて、津瀬現人は枕元の単眼鏡モノクルを右眼にはめると、まだ8月初旬の表示になっているカレンダーを見た。


「まあ……いきなり部屋に入ってこないだけ今朝はマシか」


 志保が毎朝、起こしにくるのは夏休みになっても変わらない。食事を作るのもまた毎日のルーチンである。


 じわり、と胸元に汗が滲む程度の室温。


 津瀬宅が建てられたのは21世紀になってからである。地震大国らしい免震構造と、十分過ぎるほどの断熱構造をそなえた快適なこの一軒家だが、困ったことにエアコンの室外機は集中管理されており、それが壊れると宅内の空調は全滅するというウィークポイントもある。


「あの頃は地獄だったよな……」


 ほんの数日前を遠い過去のように思い出しながら、現人は服を着替える。

 どうやらこちらが眠りこけている間に志保が部屋へ入ったらしく、綺麗にアイロンをかけられた制服が用意してあった。


「おはよう」

「おっはよー、現人!」

「おはようウツヒト……私はとても眠い。夏休みはもっと寝ていたい」

「んも~、ダメよユニちゃんったら。規則正しい生活と朝ご飯は元気のもとよ~」


 2階の自室から1階のリビングへ下りた現人に向けられる志保の笑顔。それはいつものことだった。


 眠そうにしているユニ。これもいつものこと。

 せいぜい違いがあるとしたら、当たり前のような顔でテーブルに座っている安澄あんす━━つまり、京の実姉にして、現人たちの自称・姉くらいである。


安澄あんす姉もおはよう」

「おはよう、うーくん! ちゃんと挨拶できるのはいい子の証よ! えらいえらい♪」

「ちょ、頭は……いいって」


 感激したように目をきらきらと輝かせて、現人の頭を撫でようとする安澄あんす

 困ったように体を反らせる15歳の少年を、志保とユニが嫉妬とも非難ともつかない視線で見つめている。


「あー、現人が逃げたー」

「ウツヒトは1人だけずるい。私とシホはさっきまでたくさん撫でられていた」

「それはそっちの問題だろ。僕まで巻き込まないでくれ」

「はぁっ、うーくんにフラれちゃうなんて……お姉ちゃんショックだわ」

安澄あんす姉も本気で落ち込まないで。

 そもそも、今朝はどうしたんだい? 僕たちは今日、登校日なんだけど」

「そうそう、それよ!」


 南多磨高校の制服を着込んだ男女3人を幸せそうな顔で眺めながら、安澄あんすはぽふりと両手を打った。


「みんなの制服姿が見たくてね~。ああっ、こんなに大きくなって……お姉ちゃんは嬉しいですっ」

「僕と志保はともかく、ユニとはこの前会ったばかりだろ」

「まあまあ細かいことはいいっこなしで」

「でも、安澄あんすお姉ちゃん、制服なら京くんも着てるんじゃない?」

「私もそう思う。少なくともケイはウツヒトと同じ服を着ている」

「ああ~、ダメよぉ。

 京はねえ。血のつながってる弟は、ちょっと眼中にないっていうかねえ」

「………………」

「………………」


 なにやらひどく深く、そしてえぐい言葉のように思えたが、その対象がなにぶん京であるので、現人も志保も問題なしと判断する。


「……アンスは少し、こわい」


 ユニだけが常識的な感想を漏らしていたが、そのつぶやきはテープデバイス(ユニサーボ)がデータテープを巻き取る音よりも小さく、電源のトランスがしん、と鳴るよりもささやかであるため、安澄あんすの耳に届くことはない。


「ハンカチとティッシュは持った? 学校までの道は覚えてる?」

「当たり前だろ……」

「はあっ……かわいい弟と妹を朝のお見送りっ。夢に見てたのよねぇ~」

「シホ……アンスはいつもこうなのか、教えてほしい」

安澄あんすお姉ちゃんはみんなのことが大好きなだけよ。

 もちろん、あたしも安澄あんすお姉ちゃんが大好きよ! だからしたいようにさせてあげればいいと思うわ!」

「ウツヒト……そういうもの?」

「まあ、悪気があってやってることじゃないからさ」


 困ったように笑う現人の表情には、確かに照れや困惑の他にも、優しい家族愛にも似た感情が含まれているように、ユニには思えた。


「ん、わかった。現人がそう言うなら」

「それじゃあ、安澄あんすお姉ちゃんいってきま~す」

「いってくるね、安澄あんす姉」

「いってらっしゃ~い! 気をつけてね~!!」


 津瀬宅の主であるかのような笑顔で、玄関に立って手を振る安澄あんす


(父さんと母さんが……日本にいたら、こんな感じに見送ってくれるのかな……)


 ぎこちなく右手を振り返しながら、現人はそんなことを考えていた。

 太陽は高く、空気は熱かったが、胸の内は春の午睡のようにぽかぽかとしていた。

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