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超電脳のユニバック  作者: @IngaSakimori
第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』
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第一話『もっとも効率的な熱対策、つまり水冷』(4/4)

「現人……本当に、偶然?」

「ぐ、偶然だから。嘘じゃない。誓うよ」

「……まあ、それならいいけど。

 はあ、そっか。偶然なんだ。。もう……あたしも急に引っ張って悪かったけど、現人も慌てすぎなんだから」

「ご、ごめん。本当にごめん」

「………………」

「………………」


 少年と少女は、見つめ合う。

 水着姿のまま。屋内プールの波打ち際で。まるで、永遠に動けなくなってしまったように、見つめ合っている。


 その硬直を破ったのは、ぱちぱちぱちという軽やかな1つの拍手だった。


「ウツヒト、シホ。私は今、日本の伝統芸能を観た。

 前世紀から続くという『らっきい・すけべー』。とても見事だった」

「いや、それは違うから」

「ユニちゃん、間違ってるからね」


 本当に感嘆しているらしいユニに向かって、120%の否定を現人と志保は告げた。

 しかし、そんな言葉も聞こえていないように、世界で最初の商用コンピューターは、自らの胸元へ手を当てると、少しだけ残念そうに呟いた。


「私にはこの伝統芸能が舞えそうにない。とてもざんねん」

「だから、舞ってないから……」


 なんでそんな解釈になるんだ。現人が恥ずかしさと情けなさで頭を抱えていると、今度は背中をつるりと滑る指があった。


「んはぁ!?」

「おお~、どうやらここが性感帯か。我が親友よ」

「け、京っ!? お前な、こっそり後ろに回るなっ!」

「くっくっくっ、村上水軍に伝わりし、秘伝の水泳術をもってすれば、お前に気づかれることなく、接近することが可能なのだ……」

「何がムラカミスイグンだよ……」


 ニヤニヤと笑う京を睨み付けながら、現人はほっとした。

 どうせ、この男のことだ。ぬかりなく今の決定的瞬間を見ていたであろうが、ここはプールである。


(よかった……)


 当然のことながら全員、水着である。所持物などロッカーの鍵くらいのもので、財布すら手に持っていない。後々までいじられるネタとなり得る証拠は残り得ない。


「ところでこの防水腕時計だが、カメラが仕込まれている」

「はああああああああああああっ!?

 お、おまっ……ふざけるなよ! よこせ! 壊す! 壊してから、ちゃんと弁償するから!」

「心配はいらんぞ、現人よ。

 こう見えて外装にはナノカーボンを採用し、MILスペックもクリア。海の底に一年間沈めても、相撲取りが踏みつけても壊れることはないという優れもの!」

「っ……く! だ、だったら道路でバスに踏んでもらって……」

「ちなみにお値段だが━━」


 耳の奥へ。津瀬現人の鼓膜へと、しょこしょこと京の声が注ぎ込まれる。

 震えたのは音の波によって。震えたのはその額の大きさによって。


「なんで……そんな高級品持ってきてるんだよぉ……」

「はっはっはっ! 日用品への投資は躊躇するなかれ。

 我が姉上殿の言葉だ」

「お前が安澄あんすねえの言うこと聞くなんて珍しいな」

「聞かないとな。殺されるんだ」


 不意に真顔になって京はそう言った。心なしか、肩がぷるぷるとふるえていた。


「聞かないとな。殺されるんだ」

「二回言わなくていい」

「現人にはわかるまい……弟にとって姉という生き物がどれだけ恐ろしいか……遠からずそれと相対しなければならない恐怖が!」

「そんなものかな」

「え~、でも安澄あんすおねえちゃんいつも優しいけど」


 小首をかしげながら言う志保。現人がうなずいてみせても、京はまだ震えている。


「キミタチハ、弟ト妹『みたいなもの』ダカラチガウンデス」

「ああ、そう……」

安澄あんすおねえちゃんしばらく会ってないね! 今度はいつ帰ってくるの?」

「………………あ」


 何気ない、そしてごく日常の匂いがする志保の言葉に、ほんの数時間前に京と交わした言葉を思い出した。


 ━━「まあそれはそうなのだが……ちと、我が家にいるとまずい状態でな」


「京、お前、今日ここに来たがった理由って……」

「……皆まで言うな」

「志保、喜べ。安澄あんす姉、今日帰って来てるってさ」

「ふぇっ!? き、今日なの!?」

「ううう、帰りたくない……俺はもうここで暮らしていく……」

「辛いことから逃げてちゃダメだぞ、京。強く生きるんだ」


 本気で震えているのか、ツッコミ待ちなのか、判断しかねる京をとりあえず小突いてみようとすると、ウツヒトの背中をつつく指があった。


「ウツヒト、ウツヒト」

「ん」


 声を聞く前からその軽さはユニだな、とわかってしまう。そんな程度には何度も経験している指だった。


「アース、ってなに」

「アースじゃなくて安澄あんす。京のお姉さんだよ。

 僕と志保は昔からかわいがってもらってて、安澄あんすねえって呼んでるけど」

安澄あんすおねえちゃんはと~~~~っても優しいんだよ、ユニちゃん」

「京のおねえさん……」


 ユニはじっと京を見た。普段からは想像もつかない弱気な瞳で、ぷるぷると震えつづける男を見た。


「私もお姉さんなので、ウツヒトは頼ってくれていい。えっへん」

「そんな自慢げに言われてもな」

「はーい、あたしもあたしもー。現人、いつだって期待してくれていいのよ?」

「そうだな、それじゃあさしあたり今日、何事もなく終わることを期待するよ」

「何事もなくって、さっき現人がアクシデントを起こしたばかりじゃない」

「だ、だからあれは事故だって……」

「むう、ウツヒトが頼ってくれない。私は悲しい」

「コワイ……姉上殿コワイ……来ル……コノアト帰ッテクル……助ケテ……死ニタクナイ」


 おおむね美少年美少女といってよい現人たち4人組は、同じプールの中にいる一般客から戸惑いと羨望の混じった注目を集め続けていた。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


「はっ、他愛もない」


 しかし、その瞳は遙か遠くから。

 正確には『東京サンランド』の屋内プールを覆うルーフから、日光を取り入れるためのアクリルパネルを通して、津瀬現人たち四人を見下ろしていた。


「あんな奴にこのアタシが世界最初の名誉を奪われたとはな」


 それは少女であった。あまり長いとは言えない髪をお下げにまとめたその姿は、すこし子供っぽいと言ってもよい。

 背格好も応分に小さく、体も未発達だった。

 握れば折れそうな手首や、触るだけで壊れてしまいそうな肩周りなどは、義務教育まだ半ばと言っても通じることだろう。


「……そう、世界で! 最初! の!

 本当はアタシこそが、がが、ががががが!!」


 遠い昔。あらゆるデータの、そして音楽の記録に使われていたテープレコーダーが壊れたときのように、少女の語尾は震えた。

 吃音というわけでもなく、舌が回らないというわけでもない。声帯がいきなりエラーを起こしたような、奇妙な発音だった。


「っ━━とと、とと。とととと」


 少女はネジの緩んだオモチャを叩くように。あるいは、お日様の下に干した布団を叩くように、自分の頭を左右から軽く叩く。


「……ふんむ。どうにも今日は調子が良くないな」


 くるり、と猫科の瞳が回る。

 右と左で色が違うオッドアイ。それが周囲を警戒するレーダーのように、まぶたにそって、一周する。


「ここでいきなり叩き潰してやってもいいが」


 少女は右手に持った小さな鈍器を見た。スパナである。ごく基本的な工具。

 しかし、精密で力強い作業に使えば、一発でネジを、ボルトを『なめて』しまう工具。缶ジュース一本分の金額で、簡単に手に入る金属の鈍器だった。


「……まあ、いい。今日は宣戦布告だけだ」


 少女はアクリルパネルを少しだけずらして、外部との開口部を作った。

 そして、無造作に。重力にまかせてスパナを手放す。およそ25mメートルの高さから、物理法則に任せてスパナが落下していく。


 鷹の目を持っていたとしても、気づくとは思えない場所からの落下物。

 あまりにも小さな奇襲爆撃。


 その狙う先は━━ユニバック・ワンの頭頂部であった。


~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~


 何か影が横切った。

 津瀬現人が事前に認識したのは、ただそれだけだった。


 その直後、頭上でパン、と破裂音がした。

 膨らませたイルカを持ってはしゃいでいた志保が音の方向をみる。だらりと伸ばしたタオルのように浮かぶに任せていた京が眉をひそめる。

 

 そして、なんと泳げないということで、現人に手を引いてもらってバタ足の練習をしていたユニが、不思議そうに宙を見上げる。


「なんだ……?」

「ウツヒト、何か割れたみたい」

「ふむ、ビーチボールのようだな」

「びっくりした~!」


 四者四様。その現象のとらえ方はさまざまだった。

 そして、彼ら彼女らは誰もが破裂音のすぐ後……つまりコンマ数秒という直後にぼちゃりとプールの中へ何かが落ちた音に気がつかなかった。


(誰かが投げたボールが割れたんだな……)

「いやあ~! スイマセンスイマセン~!!」


 ばしゃばしゃと音を立てながら、一人の男が走り寄ってきた。男はなぜか双眼鏡を両目に当てたままで、しかも明らかに作り声とわかる鼻声だった。


「自分の投げたボールが割れちゃってスイマセン~!」

「は、はあ……」


 ビーチボールだったビニールの残骸を水面から回収する男。

 ふざけているのか。あるいは馬鹿にしているのか。どう聞いてもそのイントネーションからは、真面目に話しかけられているとは思えないのだが、そこは津瀬現人も2085年の高校生だった。

 生まれながらにこういう声なのかもしれないし、喉の病気なのかもしれない。あるいは、徹夜でカラオケをしたあとなのかもしれないではないか。


(そう……疑うのは良くない、よな。

 でもなんか聞いたことのある声なんだよな……)


 声当ての類いは得意ではなかった。脳内データベースで必死に照合を試みるが、いまいち該当しそうな答えが見当たらない。


 京も志保も困ったような、驚いたような顔で成り行きを見守っている。ユニだけは明らかに不快そうに表情をゆがめていた。

 それは無理もないだろう。双眼鏡を目に当てたまま、怪しげなイントネーションで喋るこの男は、先ほどから明らかにユニの方を向いているからだった。


 つまるところは、双眼鏡の倍率でユニの顔をガン見しているわけである。


「それじゃあ、失礼! スイマセンほんとスイマセンでした~!」

「……なんだったんだろう」

「ウツヒト、私はあの男が嫌い」


 去っていこうとするとき、双眼鏡男はかかんで右手をプールの底に伸ばすと何かを拾い上げた。

 津瀬現人はその仕草にいかなる疑問も抱かなかった。水面に浮いているだけでなく、底に沈んだビニールもあったのだろう。もちろんビーチボールのビニールが沈むとは思えないが、それは空気を入れる弁の部分かもしれない。


「嫌い、って……声かけられただけで、そこまで言わなくてもいいんじゃないか」

「でもじろじろ見られた」

「それはまあ、そうだけど」


 現人は苦笑してしまう。ユニのような美少女にとって、男から見られることは税金のようなものではないかと思う。


 だから。

 仕方ないことなのだから、気にしなくてもいいのではないか。

 そんなことを伝えようとしていた。


「ウツヒト以外の人にはじろじろ見られたくない」

「………………」


 けれど、ユニの言葉を聞いて津瀬現人は深く後悔していた。


「見られたくない、か」

「うん」

「それってさ。ちょっとワガママかもな」

「そう?」

「ああ。だけど、僕もそれに近いワガママなことを思っててさ……」


 現人はすいすいとプールの中を泳ぎまわってる志保を一瞥した。

 その果実は今のところ水の中に隠れているとしても、すぐにもこちらへ近づいてきて、手を取り、はしゃぎまわるのだろう。そのたびにぷるぷると揺れてしまうのだろう。


(それをきっとどこかで……)


 誰かがあの子すげー胸だな、と見ているのだろう。。

 そう考えるだけで、胸の中にひどく苦い果汁のような思いが広がる。


「じろじろ見られたくない、って思うんだよな」

「じゃあ、私と一緒」

「そうだな、ユニと一緒だよ。だから、僕もさっきの奴は嫌いだな」

「……うん。嬉しい。私もウツヒトもあの男は嫌い。えへへ」


 幸せそうにユニバック・ワンは笑った。津瀬現人は満足そうに笑っていた。


 ━━そして、いささか離れた地点では。


「わ、私は彼女を危機から守ったというのに……なぜだ!!」

「お前は怪しすぎるのだ……当然だろう」

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 顕現存在セオファナイズドならではの耳の良さで、ユニバック・ワンと津瀬現人の会話を聞いていたIβM 704が悲しみに泣き崩れ。


「……本当に度しがたいイトコ殿だ」


 その水着を上下すっぽりと隠してしまうサマーコートを羽織ったSystem/360が、大きく溜息をついていた。

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