エピローグ『新たな敵意は来る』
それから梅雨が来て、夏がその姿を現し始めた頃。
「はーい、はっじめましてー!
ワタシが本日からこのクラスの副担任となりました、エッカート・モークリー・ニューニ先生でーす!
よろしくよろしく~!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
今日から担任が増える、と里沙先生が日常の口調で告げた次の瞬間。
学生の目には毒としかいいようのない、異様に体へフィットしたスーツを着て、現人達のクラスに入ってきたのはニューニだった。
「ちょ……え……あ、あれっ、ニューニだよな?」
「うん、そう」
「そうじゃなくて……」
問いかけてみても、ユニは事前に知っていたのか、当たり前の顔をしてうなずいている。
「うむ、どうやらこれはお姫様の親族といった手合いのようだな」
「あれっ、あの人って……ねえ、現人。ニューニさんって、ユニちゃんの妹さんだよね?」
「いや……そのはずなんだが」
面識のない京は当たり障りのない理解をしていたが、一度会ったことがある志保が問題だった。
(あのあと、姿を見せなくなったと思ったら……)
現人はニューニがアメリカへ戻ったのか、あるいは全く別の活動で忙しいのではないかと思っていたのだ。
ユニも何も言わなかった。だから、詳しく訊ねることもしなかったのだが……。
「ま、まさか教師になってやってくるなんて……」
「ねーねー、現人。ニューニさん、どうしてなの?」
「シホ。私の妹はとても優秀。
優秀だから、とっくに飛び級で学校は卒業して、もう働いてる」
「あ、そうなのね! アメリカだもんね! そういうこともあるよね!
もう、現人もそうなら教えてくれればよかったのに~!!」
「ぼ、僕だって今の今まで知らなかったんだよ……」
明らかに無茶のあるユニの説明に、あっさり納得している志保の笑顔。
頭を抱えたい思いと戦いながらも、人を疑わない奴でよかったと現人は安堵していた。
「おやおや~」
ふと、気づくと、ダークブルーのスーツに包まれた豊満な胸元が目の前にあった。
「えっと、あなたは津瀬君、でしたっけ?
副担任が自己紹介してるというのに、ずいぶん私語が多いですよねえ~。生徒としては、そういうのいけませんよ~?」
「………………そう、ですね。
生徒としては、ですね」
「ええはい、まあ。そういうことで今後ともヨロシク」
してやったりと笑うニューニと、降伏宣言するように溜息をつく現人。
「うむ、どうやら我らが日常はますますもって楽しいことになりそうだな?」
「ケイ、私もそう思う」
「みんな仲良く楽しければそれでいいもんね! 現人もそう思うでしょ?」
「まあ……確かにそうだけどな」
京の悪巧みするような微笑みを。志保の太陽のような笑顔を。
ユニの優しげなまなざしを。そしてニューニのからかうような目線を。
「……これが楽しいって言えるなら、な」
それでも不快にはほど遠い感情に心を委ねながら、津瀬現人は右眼の単眼鏡へ指を当てた。
~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~
その日、その時の南多磨高校生徒会室。
「System/360にとっては不満な結果だろうけども、これはこれで良かったのかもしれないね」
「ええ、ハジメ様。原子力発電所のセキュリティを脅かすのは、私もやりすぎだと思います」
「彼女にとっては手痛い敗北……少しは頭を冷やしてくれるといいのだけれど」
円卓を埋めるには、そこに在る影は少なすぎた。
久礼一。古毛仁直。そして、つい先ほどまでそこにいたはずの弥勒零は、何か思うところがあるのか、屋上に一人佇んでいる。
「さて、現状はこのような結果だ。
その上で君に訊ねたいのだけど、自分がユニバックを……彼女たちを打倒できるという根拠は?」
「決まっているだろ」
スピーカーから流れるのは、やや幼い感のある少女の声だった。
もっとも、おとしやかさにはほど遠い。悪戯小僧をそのまま性転換させたような、無意味な自信に満ちあふれている。
「アタシこそが『世界で最初』だからだ」
「それは君の自称に過ぎないだろう」
「なんだと!? 訂正しろ! 自称じゃない! こ、ここっ、これは事実だだだだ」
通信の輻輳と言えばいいのか、音声データによほどのエラーが含まれているのか、少女の声は時折、遠い昔に『音飛び』と呼ばれたような調子で、久礼一と古毛仁直の耳に届いた。
「……ハジメ様、こんな不安定な顕現存在で大丈夫なのですか?」
「彼女の方からコンタクトしてきてくれたのだし、一度やらせてみるとしようよ」
「おい、き、きっ、聞いているのか!! アタシが!!
最初だ! 世界で最初だ!!」
久礼一はわかったわかった、とでも言うように片手を挙げ、
古毛仁直は、不安を表すように溜息をついて、モニタに映るオッドアイの少女を見ていた。
「このアタシこそが! アタシこそが、ががかがっ!!
『世界で最初の商用コンピューター』なんだ!!」
少女の瞳はいささかの狂気をはらんでいた。
(超電脳のユニバック 第二章・了)