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阿修羅  作者: sanpo
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「あいつ、ミチコめ! あの日が初めてだったくせに。兄様に呼ばれて迎えに行った僕のこと、ホテルで散々からかって……虐めやがった!」

「落ち着けよ、(かい)。そうだな、あれはやり過ぎた。悪かったって、何度も謝ったろう? 二度とあんな悪ふざけはしないから機嫌を直せよ? な?」

「大嫌いだ! 兄様なんか!」

 宛ら今現在そのホテルの一室にいるように少年は手足をバタつかせた。それを優しく抱きとめる蒼真(そうま)

 一瞬、眼前の二人が幼子のように見えて杏子(きょうこ)は目を瞬いた。

 剥き出しの痛々しい(タマシイ)

 これが? 少年が口癖のように言う〈救えない種〉の姿? 

 ゾッとすると同時に目が離せなかった。

 魅力的で。

 物凄く魅力的で。

 月夜をおぶって歩いた時も、兄弟はこんなだったのだろうか? 


 ―― ほうら? もういいから、泣くなよ、帆?

 ―― 兄様ぁ……

 ―― よおし、よぉし……いい子だな?


「よおし、よぉし……」

 あやすようにして兄は弟の髪を撫で続けている。

「そうだ! ほら? その後の俺たちの鮮やかな手口を女学生に教えてやろうぜ? あの件はおまえが立役者だ。おまえがいなかったらああは上手く事が運ばなかったろう。警察だって未だに気づいていないんだから、おまえはホント凄いよ!」

 弟を抱き抱えたまま蒼真は杏子を振り返った。

「あんたの親父さんだって、騙されたまんまなんだもんな?」

 

 

 N市の国鉄駅で一度はその姿が確認されながら、その後、X村のタマトリ池の畔で衣服が見つかるまで、その足取りが(よう)としてつかめない下野(しもの)ミチコ。

 彼女が国鉄の駅で目撃されたその日の夜、X村の駅舎についた最終便には中学生らしき少年たちしか乗っていなかった。

 その中、私服だった少年は五百木(いおき)翁の孫息子だったと、顔を確認した駅員は自信を持って証言している。

 では、制服の方は?

 私服には、『誰だろう?』と注意が注がれたが、制服姿は一瞥して『中学生』と判断してそれ以上は疑わなかったのである。

 制服の中学生こそ、帆のそれを着た下野ミチコだったのに……!

 

 

 こうして、易易(やすやす)と少女は五百木邸へ入り、殺された。

 そして、その夜の内に船に乗せられて運ばれたのだ。

 その情景を目撃したのが島田紫(しまだゆかり)ということになる。

 既に数日前にパリ帰りの画学生に出会い、写生してもらってすっかり恋の(とりこ)になっていた女学生は、恋の熱に冒されて眠れず、夜の道に彷徨(さまよ)い出て、その不思議な光景を見た。

 吃驚してすぐ家へ逃げ帰ったものの、後で思い返してみて、〈田舟〉と〈修羅〉だと気づいた。




 機嫌を損ねたままの弟の代わりに蒼眞がスケッチブックを閉じた。

「さあ、これで終いだよ」

「まだだわ」

 果敢にも顎を上げて杏子は言った。

「四枚目……紫のことを聞いていない」

「ああそうか。でも、別段、これといって話すほどのことはないんだよなあ」


 四枚目。島田紫。

 今年の四月。


 女学校が春休みの日中。俺がここで一人、景色を写生している時、散歩していた彼女と鉢合わせて、知り合いになったんだ。

 まぁ、その辺の事情は前に言った通りだよ。

 彼女が君の家を出てやって来た夜は、俺たち約束をしていた。

 この同じ場所で夜の風景と一緒に描いてやるって。勿論、裸体画(ヌード)だ。

 約束通り、紫さんはやって来た。

 龕灯(かんどう)の明かりの前で服を脱ぎ、前に描いたと同じ場所、ほら、そこの草の上に座った。

 で、 他の女たちにやったように、した。

 それだけ。


「絵は……その、夜の方の絵はどこにあるの?」

 掠れた声で杏子は訊いた。

「ないよ」

 あっさりと、蒼真。

「描いていないから。言ったろう? 俺は風景画しか興味ない」

 スケッチブックを揺らしながら、

「紫さんの裸体画は、ここにある、帆が写し取ったものしかないよ」

 頁を繰って眺めながらつくづくと嘆息した。

「よく描けてる! おまえは才能があるよ、帆。お世辞じゃない。こりゃ、誰が見ても――紫さんだ。だから、ホント危ないところだったな! 外へ持ち出されていたら俺たちは一巻の終わりだった!」

 パリ帰りの画学生の言葉を杏子は聞いていなかった。

 別のことを考えていたから。

 友にとって、描かれなかったことが良かったのか悪かったのか、それについて考えていた。

 清純な、光溢れる絵だけを残して逝った紫は幸せなのかも知れない。

 恋した人に描いてもらったのだ。殺されもしたけれど。

「何だ? そんなにがっかりした? だったら――」

 黙り込んでいる杏子を見て蒼眞が言う。

「代わりに、杏子さんを描いてあげようか? 同じ、この場で?」

「君なら――いつか言ったみたいに――描いてやってもいい。なんなら、今から、どうだい?」

「ハッ、またそんなことを! それより、どうすんのさ、この娘?」

 すっかり立ち直った帆が、いつも通りの悪魔じみた声で言った。

「こいつをどう処分する? 兄様?」


 


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