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「あなたには悪いけどさ、蒼眞さん」
傍らにいるのは、いつの間に抜けて来たのか、先刻まで座敷にいた蒼眞だった。
「僕、あなたのお母様、苦手だ。だって、僕のこと、凄く冷たい目で見つめるんだもの。会うたび、いつもだよ?」
「そりゃ――ヤキモチ焼いてるのさ」
(あっ!)
杏子はもう少しで声を上げそうになった。
蒼眞の手が伸びて、帆の頬に触れる。ただそれだけのことだったが。
タダソレダケノコト?
「ほら? 俺と帆があんまり仲がいいから――」
タダソレダケノコト?
帆は蒼眞の手を払い除けない。
「知ってるだろう? 淡紅子さんの独占欲の強さは」
「じゃ、もう一つ、教えてよ、蒼眞さん」
「いいよ。何だい?」
「何故、蒼眞さんは自分のお母様のこと、名前で呼ぶのさ? 変だよ、それ」
「そう言われてもなあ?」
くぐもった笑い声。
今、蒼眞の手は何処にある?
少年の肌を這う指の行き先が気にかかる。
「子供の時からそうだったから。淡紅子さんは俺が『かーさま』と呼ぶのをひどく嫌がったんだ」
―― かーさま……! かーさま……!
―― 私のこと、そんな汚らわしい名で呼ぶのはやめてちょうだいね、蒼眞さん?
―― あの、じゃあ、何てお呼びしたらいいのですか、かーさま?
―― あら、お名前で良くってよ。私の名はご存知でしょう? だから?
―― 淡紅子さま?
―― ホホホ、使用人じゃないのだから、〝さま〟は嫌です。
―― 淡紅子さん?
―― はい、よくできました! じゃ、おやつにしましょう。
千疋屋のフルーツバスケット。取り寄せてありますよ。お好きでしょう?
―― 僕、資生堂のアイスクリームの方が好きです、淡紅子さん。
―― まあ、蒼眞さんったら……!
嫌だわ。怪しい人ばかり。
ブルっと身震いして爪を噛む杏子だった。
すると胸の深奥で声が響く。
こっそり覗き見して、立ち聞きしているおまえは?
では、怪しい人ではないというのかい、杏子?




