2
「事態は急を要する。早急に準備を整え、ここに集合しろ」
ブラムが言うと、その場の全員が了解し、すぐさまここから出て行く。
後に残ったのは、ブラム、フィオナ、そして狭山の三人だけだ。
「なんか分かんねえけど、今からアンタ達任務があるんだろ? なら、俺は自分の基地に帰らせてもらうぜ。帰ってきたらこっちの基地に来てくれよ」
イマイチ状況が飲み込めていない狭山は、適当に手を振りながらその場から去ろうとする。
が。
「待て」
ブラムが冷徹な声で、狭山を呼び止める。
「残念だが、君をここで帰す訳にはいかない」
「あ? なんでだよ?」
狭山が不満げな声で尋ねると、ブラムは携帯端末の画面を狭山の眼前に突き出す。
「今回の任務、『表向き』には君たち日本軍が先導して遂行する事になっている」
「表向き……?」狭山が怪訝な表情で反芻する。
「そうだ、俺達『ブラックハウンド』は常に裏方。世界の『裏』で闇に紛れ、与えられた任務を遂行する。俺達の部隊の存在はイギリス軍の中でも一部の人間しか知らない」
極秘部隊――そんな単語が脳裏をよぎる。厄介な連中に捕まったものだ、と狭山は思うが、それ以上に気にかかる事があった。
「……で、それが俺が帰っちゃいけない理由と何か関係があんのか?」
「分からないか? 俺達は本来、存在しえない部隊。当然、そんな人間が表立った行動はできない」
ブラムは溜息を一つつき、
「今、アラビア軍事国に駐留しているイギリス軍に俺達の知り合いはいない」
「!」
「気づいたか? 君を帰してしまえば、俺達はその後、君と再び会う事ができなくなる」
「いや……でも、任務が終わった後でベースゾーンのどっかで落ち合うとか、色々方法はあるだろ……?」
嫌な予感を感じ取った狭山は、何とかして目の前の男を説得しようとするが、ブラムは首を横に振って、
「悪いが、俺達は出会ったばかりの他国の人間を簡単に信用する程、お人好しでは無い」
「――――ッ!」――的中した。そう思った狭山は瞬時にその場から飛び退いた。瞬間、腰から軍刀を抜き、身構える。「本性表しやがったな!」
ブラムが軍服の内ポケットに手を伸ばす。直後、ドンッ! と、強烈な脚力でコンクリートの床を踏み砕き、狭山に突撃。肉迫する。
「こちらにも都合がある。悪く思うな」
「誰がッ!」
視認不可能なレベルの動きでブラムの魔手が迫る。狭山は直感的に軍刀を真横に振り抜き、迎撃。バギィンッ!! と、金属同士の擦れる澄んだ音。お互いの体勢が僅かに崩れる。とっさに軸足を床に叩きつけ、転倒を免れる。
しかし、そこでブラムを追撃する気は無かった。身を翻し、出口に向かって一直線に走る。直前にシャーロットと対峙した時の経験から深追いすれば危険だと、本能的に感じ取っていた。
出口まであと一歩の所まで迫った瞬間、
「ざァーンねん。ここは通行止めだ」
「ッ!?」驚愕の表情を浮かべた狭山が、ブーツの底を擦りながら急停止する。「テメエら……出てったフリかよ……」
「リーダーが考えてる事くらい部下として分かんねえとな」出入り口を塞ぐようにして、片足を壁に立てかけたダミアンが不敵に笑う。
「それより、ほら。私達に構ってていいの?」ダミアンの後ろにいたシャーロットが嘲笑う。
瞬間、空気を斬る甲高い音。「チィッ!」狭山は反射的に身を伏せ、ブラムの放ったダガーナイフによる一撃を躱す。
「無駄口を叩くな、シャーロット」ブラムがゴーグルの奥の眼光を狭める。しかし、シャーロットは意に介した様子も無く、「じゃあまた後でね」と言って、今度こそダミアン達と共に去っていった。
その後ろ姿を最後まで見届ける事なく、狭山は動く。
鋭い発射音と共に、リボルバー拳銃を連射してくるブラムの真横を滑り込む様にして回避し、軍刀を一閃。
「ふッ!」ブラムは軍刀の斬撃を跳躍し、躱すと同時にダガーナイフを狭山目がけて投げつけた。
風を切り開きながら眼前に迫るナイフ。刹那、狭山は軍刀の柄を両手で握り締め、右斜め上に勢いよく振り抜いた。キインッ! と鋭い交差音と共に、弾かれたナイフが壁に突き刺さる。
直後、ホルスターから拳銃を抜いて追撃しようとしたが、
――いない!?
視線の先に、一瞬前まで宙高く跳躍していたブラムの姿はすでに無かった。
「後ろですッ!!」
「え――ッ」
ドスッ、と。
フィオナの叫び虚しく、狭山の首筋に注射器の針が差し込まれた。
「かッ……!?」
突如、強烈なめまいがして、床に倒れこむ。全身がスタンガンでも押し付けられたかの様に痺れ、頭を鈍器で殴られた様な痛みが襲う。さらに強烈な吐き気が喉の奥からこみ上げてくる。
「あ……がッ……テメッ……これはッ……!?」
苦痛に顔を歪める狭山の見上げる先で、いたって冷静な表情のブラムがこちらを見下ろす。
「さっき、ダミアン達が使っていた神経毒よりも、さらに数倍濃度を増したものだ。三十分は指一本動かせないだろうな」
「ぐゥッ……!」
「君には今回の我々の任務に共に参加してもらう。君の話はその道中に聞くとしよう」
呻く狭山を無視してブラムもここから去っていく。
全身を突き抜ける痛みと痺れを押し殺し、狭山は這いずって移動し、近くの壁によりかかった。
「はぁ……はぁ……ッ、頭が……」
「あ……あの……」
「ん? あぁ……まだいたのか……」
狭山を心配そうな目で見つめるフィオナ。その姿に演技のような印象は感じられなかった。やはり、この少女は他の者達とは違うと狭山は思った。
フィオナは少しの間、狭山の状態を見て慌てていたが、突然、何かを思い出した様にハッとした表情を浮かべた。
「わ……私、準備したらすぐに戻ってきますから! ……確か、症状を軽くできる解毒剤が向こうにあったハズなので……!」
「そうか……ありがとな……」
狭山が力なく言うと、頷いたフィオナも走ってその場を後にした。
一人、取り残された狭山は頭を壁に預け、ぼんやりとした思考の中で考える。
(風呂かシャワーくらいは浴びさせてくれるよな……)
日本軍自動鎧整備基地の一室、かなりのスペースがある作戦会議室の中で兵士達は絶句していた。
「工兵部隊が……全滅……!?」信じられないといった表情の陣野が、三島に向かって言葉を投げかける。
「そうだ、今から約四時間前――山中一等兵含む、数カ国の工兵達で構成された部隊が、旧イラク国バグダッド近郊で進撃用の橋を建造中、連絡を絶った。すぐに捜索隊が派遣されたが、案の定、そこにあったのは惨殺死体のみだったようだ」三島が平坦な調子の声色で言う。
「あの……それで……山中さんの死体は……見つかったのですか……?」アスタが恐る恐る尋ねる。三島は怯えた表情のアスタの方に視線を向け、それに続いて進藤、陣野、里田の順に、視線を巡らせた。
「……見つかった死体のほとんどはチェーンソーの様な物で原型を留めなくなる程、ズタズタに引き裂かれていたらしい。今、DNA鑑定を行い、個人の判定を試みている最中だ」
「そんな……」里田が呻く様な声で呟くが、三島はそれを「どうでもいい」といった様子で無視し、本題を切り出した。
「生死不明の者の事など後回しでいい。それより、目の前の状況を見据えろ」三島は手許のリモコンを操作し、室内にあった大型スクリーンに映像を映し出した。「これが、『問題』の写真だ」
スクリーンに映し出されたのは石造りの住宅が立ち並ぶ一角。そこには先述の通り、赤黒い肉の塊が散乱していて、見るものを無条件で恐怖させる。
しかし――『足りない』。
目を覆いたくなる程の惨劇が広がっているのに、その光景には何かが欠落しているような気がした。その場の全員が一様に疑問に思っていたその問の答えを三島は告げた。
「『手段』だ」彼はスクリーンを手の甲で軽く叩き、「ここには死体しか無かった。それも自軍の兵士だけのだ。アラビア軍事国の兵士達の死体はどこにも転がっていなかった。明らかに激しい銃撃戦の痕跡があるにも関わらず、そこには自軍の兵を殺した兵器の類は一つも落ちていなかった」三島はそこで一区切りし、小さく息を吸い込んだ。
「アラビア軍事国は我々の知り得ない、未知の兵器を持っている可能性がある。今回のアラビア軍事国軍、旧サウジアラビア方面メッカ基地制圧作戦、最新の注意を持ってかかれ」
兵員輸送用大型航空機の中で、進藤は魂の抜けきった表情をしてうなだれていた。
「……マジごめん、アタシ完全に忘れてたわ……あの時間、男入浴禁止だった……」隣の里田が申し訳なさそうに両手を合わせ、謝罪してくる。もちろん、話題は進藤の『ノゾキ』行為についてである。
進藤はゆっくりと顔を上げ、目だけを動かして里田を見ると、
「いや……いいんだ里田……俺の人生、もう終わったんだから……」覇気のこもっていない声で進藤は言い、再び俯く。生気の抜けた顔はしなしなのモヤシみたいだった。
「進藤の様子は相変わらずか?」と陣野が里田に尋ねるが、彼女は諦めたような表情で首を振った。
「そう気を落とすな、進藤。しっかり話し合えば、必ず少尉殿も分かってくれる。事実、アスタは分かってくれたじゃないか」
そう言う陣野の指差す先には膝を抱えて座るアスタの姿があった。あれは自分の不注意で起きた事故だったと、里田の口添えもあって、何とかアスタの方の誤解は解く事ができた。しかし、凪紗の方はというと――。
――あの……凪ぐはああああああッッッッ!!
――少しでいいから話ごぼえあはあああああああッッッッ!!!!
――あれはただの事じょぼぐろえあばろあああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!!
――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!
……と。最後にいたっては最初の数文字すら聞く事なく殴り飛ばされた。
もはや、話し合いどころのレベルでは無い。これ以上は間違いなく命に関わると感じ、弁解は諦めた。
……ちなみに、アスタの方も誤解は解けたとはいえ、それで終わりでは無かった。
裸体を見られた直後に、見た張本人とまともに話す事など到底できない。さっきから微妙に距離を置かれてる気がするし、会話もギクシャクしている。
(うぅ……何か大切なものが一気に奪われていってしまった気がする……)
ついでに言っておくと、この件についてはすでに第七部隊の面々に完全にバレてしまっている。男性陣の方には恨みがましい視線を投げかけられ、女性陣の方は完璧に犯罪者を見る目だった。……泣きたい。
ふと輸送機の窓を覗いてみると、護衛として輸送機の周りを『蒼花』に搭乗し、航空していた凪紗と目が合った。
小さく笑いながら手を振ったら、右手の親指でとてつもなく下品なジェスチャーを返された。蔑むような目つきは「許す気などない」と暗に語っていた。
「……そういえばさ、進藤」里田が思い出した様にこちらを向いて言う。「今更だけど、狭山のバカが見当たらないんだけど……あの後どうしたの?」
「あー……アイツなぁ……」進藤はバツが悪そうな表情で黙り込む。結局、あの後から狭山は戻ってくる事は無かった。もしかしたら、向こうも向こうで厄介な事に巻き込まれているのかもしれないが、関係あるか。今だけはアイツの事など心底どうでもいい。死にそうなピンチとかだったら、また話は別だが。
「他国の女ナンパして、そのままどっか行った」適当に答える。出まかせもいい所だが、半分は正しい。
「うわッ! 最悪! あのバカ、何考えてんの!?」里田が本気で呆れたような顔で言う。
「……それにしても…………」二人のやり取りを見ていた陣野が小さくつぶやく。「二人もいないと、何か落ち着かないものだな……。狭山も山中もどこに行ってしまったんだか……」
「確かに。よく考えたらアタシ達ずっと訓練校から一緒だもんね」
「訓練校に入学したのが五歳の時だから、もう十二年か……」進藤が僅かに感慨深げに言う。「そりゃ、細かい所属は違うから、戦場で一緒の場所にいる事は少ないけど、それ以外はいつもつるんでるよな、俺達」
お互い、顔を見合わせ、笑い合う。しかし、三人はすぐに表情を険しいものに戻した。
「狭山は無事だとして……山中は……」陣野が歯を食いしばるように、擦り切れた声を洩らした。
結局、三島に見せられた画像には山中の死体と思しき物は見つからなかった。だが、もしかしたら自分達の知らない所ですでに帰らぬ存在になっているかもしれない。単に判別もつかない程、ズタズタになっているだけかもしれない――そんな受け入れがたい想像が三人の脳裏をよぎる。
「あーもう! やめやめッ! こんな事考えるのやめよう!」片手を豪快に振りながら、里田が無理矢理重苦しい空気を払った。「今までも同じような事あったじゃない! 今回もきっと無事よ!」
彼女の言葉を受けて、進藤と陣野は「そうだな」と二人して言い、一旦、この件は忘れる事にした。この辺りについては三島の言う通りだ。任務中に雑念を持っていれば、その分だけ生存率は下がる。
常にハイテンションのバカ二人が不在ではいささか盛り上がりに欠けるが、仕方ない。三人は多少、無理矢理にでも明るく振舞って雰囲気よくしようと努める。
――と、その時。
『総員に告ぐッ! 四千メートル先に多数の自動鎧を確認! 兵員は即座に輸送機より投下! アーマードは護衛編隊を解き、迎撃態勢を整えろッ!!』
突如、機内に響き渡った三島の声。
直後、進藤達は身を乗り出し、正面のモニターに視線を移した。
――そこには、見覚えのある鎧がいた。三メートル近い機体、グレーのカラーリング、そして両手に握られた『レーザースナイパーライフル』。つい十日前、進藤と狭山の二人が行動不能にした鎧。
「――『スカイキラー』……ッ!!」
因縁の敵が、再びたちはだかる――。
一時一分前に次話投稿完了……。
この時間に投稿するとか断言してただけあってかなり危なかった……。
ホントに間に合ってよかった……!
……と、自らが勝手に決めた〆切に追われてた筆者ですが、これからは活動報告欄に次話投稿予定日を言っていこうと思います。
自分のペースのみでダラダラと書くより、無理やりにでも〆切を設定してやった方が頻繁に投稿できると考えたので。
作品だけをお気に入り登録している人も活動報告を覗いて頂ければ。
……これでもう引き下がれない…………。