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ARMOR BREAKER  作者: 勾田翔
世界の『敵』
6/27

第二章 破局?


挿絵(By みてみん)


    1


「止まれ、そこの二人」

 多国籍ベースゾーンまで命懸けで辿り着き、一番に掛けられた言葉はそれだった。

 東京ドーム四個分はありそうな巨大ベースゾーンの外周区には三十人くらいの見張りの兵士がいた。

 ここは言うまでも無く、アラビア軍事国を制圧する為に集まった多国籍軍の基地である。

 だから、当然アラビア軍事国軍の軍服を着ていた進藤勝真(しんどう・しょうま)狭山敏和(さやま・としかず)の二人は見張りの筋骨隆々のゴツいオッサン共に呼び止められた。

 隊長らしき白人の男が二人の前に出てくる。

「見た所、東洋人のようだが……なぜアラビア軍事国軍の軍服を着ている?」

「おいコラ、こっちは戦死ギリギリのラインを生身で乗り越えてようやくここまで来たんだよ。だってのに何の因果があって、こんな何の華もねぇムサいオッサン共に捕まえられなきゃなんねぇんだ? どけどけ、こっちはさっさと日本陸軍第七部隊が誇る美少女二人に出迎えされてぇんだよ」

「この際、自軍の兵士でもいいわ。今すぐ殺る」

 静かな怒りを讃えた声で隊長格の男がライフルを構える。

「お、やんのか? いいぜ、返り討ちにしてやるよ筋肉オヤジ(笑)」

「わ――――――ッッ!!」

 頭の悪いチンピラのごとくメンチを切り、無駄口を叩く馬鹿を蹴り飛ばし、隊長格の男の前に躍り出た進藤はいかにも日本人らしい愛想笑いを浮かべながら、

「いやぁ……スミマセン、コイツちょっと機嫌悪くて……。話なら俺が聞きますから……」

「…………、」

 進藤の言葉に毒気を抜かれたのか、隊長格の男は溜息をつきながら銃を降ろした。

 進藤は男に小さく一礼し、『少しお待ちを』とジェスチャーで伝えると狭山の方に向き直る。

「(お前は一体何をしてんだボケ!! 危うく味方に蜂の巣にされるトコだっただろうが!!)」

「ウルセー!! 一週間だぞ!? 一・週・間!! あの劇薬に七日間もうなされておいて今更まともな精神状態でいれる訳ねぇだろうが!!」

「(俺がまともだ!! だったらお前もまともでいれるハズだ!! 分かったらさっさと戻ってこい、バカ野郎!!)」

「ムサイムサイムサイィィィィィィッッッッ!!!! もう野郎だけの日々なんか御免こうむる!! 早く凪紗(なぎさ)ちゃんとアスタちゃんに会わせやがれえぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!!!」

「もっかい『痛覚遮断(ペインアウト)』飲ますぞお前!?」

 ラチがあかないので馬鹿が本気でギブアップするまで三島(みじま)少佐直伝の関節技をキメ続けてみた。口から泡を吐いてぐったりとした変態野郎を無造作に地面に叩き付け、改めて隊長格の男に向き直り、一礼。

「……そいつ、本当に大丈夫か……?」

「はい、全く問題ないです。あと五分もしたら勝手に起きますから」

「そ……そうか……」

 すでに周りの男達も狭山に対する同情の念と共に軽く引いている。

 流石は三島少佐の『オリジナルお仕置き』だ。自分も部隊に入隊した頃には(仕事放り出して遊び倒していたせいで)よくやられたものだ。以来、少佐の前で度が過ぎたバカはやらないようにしている。

 と、そんな事は置いといてだ。まず進藤がすべき事は二つ。

 一つは警備の男達に自分の状況を説明する。

 もう一つは、その上で彼らに納得してもらい、多国籍軍ベースゾーンに入れさせてもらう事。

 とりあえずは目の前の男が話の分かる人間だという事を願って、ここに至るまでの経緯を簡潔に説明する。




「……という訳だ。嘘だと思うなら日本軍の兵員データベースを調べてくれ。俺達二人の名前があるハズだ」

 ……もっともアラビア軍事国の襲撃から十日以上経ってるので戦死者扱いされてるかもしれないけど……と付け加える。

「分かった。少し待っていろ」

 男は自分の携帯端末を取り出し、誰かと連絡を取る。

「私だ。今ここに日本陸軍第七部隊の兵士だと名乗る者が来ている。名前はショウマ=シンドウ、トシカズ=サヤマ。顔写真は今送った通りだ。そちらで該当する兵士がいるか調べてくれ」



 ――そんなこんなで五分後。



「認証完了した。いいぞ、入れ」

「どーも」

 適当に返事を返し、未だに動かない馬鹿を引きずって案内された通路に入っていく。

「あぁ、そういえばお前達、案の定、戦死扱いになってたぞ。少しお前達の指揮官と話したが、そちらも少なからず驚いていたな。『ゴキブリのようにしぶといヤツらだ』と褒めていたな」

「それ……ただ単に呆れられてるだけじゃ……?」

 進藤は苦笑いを浮かべながら呟く。確かに戦場のド真ん中で十日以上も行方不明だった者が実は生きていました、なんて言われたら誰でもそう思うかもしれないが。

「さ、着いたぞ。大規模の遠征の時以外はこの扉から人員、物質のやりとりをする事になっている。覚えておけ」

 男が親指で示した先には、縦三メートル、横一・五メートル程の扉があった。

「基本的に網膜認証、指紋認証の二つを使って識別している。多国籍軍の兵士は全員がデータ登録されているから安心して使ってくれ」

 言って、男は扉の右横に設置されている機器の前に進藤を連れていく。

 網膜認証、次に指紋認証を行い、当たり前といえば当たり前なのだがあっさり認証完了。地べたでのびている馬鹿を叩き起こし、ムリヤリ網膜認証センサーに顔面を押し当てる。指紋認証も同様に。

 認証完了の電子音アナウンスが鳴り響き、扉が開く。

「ようこそ、ここがアラビア軍事国制圧作戦前線基地だ」

 ――十日以上もの時間をかけ、何とか生きてここまで辿り着いた。

 とりあえずは一安心、そう思った進藤と狭山だったが、



 この後に起きる『惨劇』を、二人はまだ知らない。


    2


「すっげ……」

 思わず感嘆の声が洩れる。

 多国籍軍ベースゾーンの中は大勢の兵士達でごった返していた。

 人種も様々である。ほとんどがヨーロッパ系の白人だが、中には進藤のような黄色人種、アフリカ大陸辺りからも参加しているのか黒人の姿もちらほらと見える。

「なんだかなぁ……」

 普段はお互い銃を掲げ、『自動鎧(オートアーマー)』を差し向け、殺し合っている国同士がこうやって協力し、共同戦線を張っているというのは何とも奇妙な光景である。昨日の敵はなんとやらというヤツか。

 そしてこの基地、警備の男達の話によると多国籍軍が建造した物ではないらしい。

「……多国籍軍もえげつねぇ事するよな……ココ、元はアラビア軍事国の基地だったんだろ?」

 傍らを歩く狭山が呟く。

 それを聞いた進藤は僅かに嘆息を洩らし、

「元々アラビア軍事国の前線基地だったここを多国籍軍で強襲して無理矢理自分達のベースゾーンにしたって話か?」

「そう、それ。たった一国の基地一つを何十国っつー国で構成された軍隊で襲ったんだぜ? さすがにアラビア軍事国の方が不憫に思えてきたぜ……」

「それだけの事をされても文句の一つも言えない事をしたんだよ、アラビア軍事国は。お前だって北海道での出来事を忘れた訳じゃ無いだろ?」

「まぁな……」

 戦争条約を破った国に対しては一切の容赦はいらない。今までも条約を破り、世界から孤立した国は情け容赦なく数の暴力によって潰されてきた。

 遅かれ早かれ、この国も同じ運命を辿る事になるだろう。政治家、兵士は皆殺し、自動鎧もテクノロジーを解析した後、アーマードと共に闇に葬り去られる。

 戦争に関与していない国民は殺される事はないだろうが、その後の扱いがどうなるかなど目に見えている。

 軍隊に入る前、幼少期を過ごした訓練学校で習った事がある。

 自動鎧が無かった時代も世界中で戦争は行われていた。戦争に勝った国は敗北した国を次々に支配下に置き、自国の勢力を拡大していった。

 ――つまり、『植民地』だ。 支配下に置かれた国は植民地として、ありったけの資源を絞り取られる。

 資源というのはなにも石油や鉱物だけを言うのではない。

『労働力』―― つまり『人間』も資源の一つ。彼らは全ての人権を搾取され、他国の為に酷使され、奉仕させられる。

 植民地の国民が一体どれほどの屈辱を受けるのかは、進藤には想像もつかない。



 しかし、『それ』が当たり前なのだ。



 自分達、庶民が決めたのではない。どこかのお偉いサマ方達が自らの利益の為に決めた事。

 今更それが間違った事だとは思わないし、そもそも殺戮兵器『自動鎧』が開発され、世界中で戦争が始まった時点で、この世界のことわりは半ば決定されてしまったのだ。


『弱者を強者が喰らう』


『誤答を正答が塗り潰す』


『悪が正義に屈する』


 書類上、設定された『弱者』が『誤答』が『悪』が――身勝手に設定された『強者』に『正答』に『正義』に圧搾されていく。

 これが現実。

 何人もこれに逆らう事は許されない。

 進藤自身、これこそ身勝手極まりない考え方なのではないかと思う事もある。

 だが、兵士として日本国に命を捧げてきた進藤にとって、それこそが真理。変えたくても、変えれない事実だった。

「どうした、進藤? さっきから黙り込んでよ」

 と、横合いからの狭山の声。とっさに我に返った進藤は口許に小さな笑みを浮かべ、「なんでもない」と短く答える。

 変に深く考え込んでしまった。自分の悪い癖である。

「狭山、そういえば……日本軍のベースゾーンはどこにあるんだ?」

「ん? あぁ、警備のオッサン共に渡された見取り図によるとこの辺みたいなんだが……」

 一向に見つからない日本軍の自動鎧整備エリアを二人で携帯端末とにらめっこしながら探していると、



「進藤、狭山!! こっちだ!!」



 前方の方から日本語で自分達を呼ぶ声がした。

 進藤は携帯端末から顔を逸らし、声の方向に視線を移す。

陣野(じんの)!!」

 視線の先には日本軍の軍服を着た少年が一人。十日前にアラビア兵の奇襲から逃れる為に進藤達とは別々に逃げ、それ以来連絡も取れなかったので、生きて辿り着けているか心配していたのだが、どうやら取り越し苦労だったらしい。

 進藤と狭山は疲れも忘れて陣野に駆け寄り、再び再開できた事に喚起しつつ握手を交わす。

「十日ぶりだな、陣野!! お前がいるって事は山中(やまなか)元田(もとだ)も?」

「あぁ、二人とも無事だ。元田はアラビア兵襲撃の際の傷があるから病棟で入院中だが、命に別状はない」

「そうか……良かった……!! それで、他の皆はどうだ?」

「あの時、バラバラに逃げたメンバーは全員なんとかここまで辿り着いた。……ただ、三島少佐によると部隊員のかなりの人数が殺られたらしいがな……」

「……やっぱりか……」

「確かに……死んだのは簡単に切り捨てられるような人数じゃないが……落ち込んでても仕方が無い。死んでいった者達の為にも必ず勝とう、この戦いに」

「あぁ……そうだな……!! 絶対にだ!!」

 進藤が力強く頷くと、陣野はニヤリと笑い、

「さぁ、お前達は特に長旅で疲れただろう、あっちに日本軍のベースゾーンがある。そこでゆっくりと休むといい」

 陣野がベースゾーンの位置を指差し、進藤達を手招きする。

「悪い、助かる。ずっと場所が分からなくて困ってたんだ」

 言った瞬間、一気に疲れと、尋常じゃない程の空腹感が二人を襲ってきた。


    3


 多国籍軍ベースゾーンは元々、アラビア軍事国の所有していた巨大基地である。

 基本的に構造はシンプル。一斉に自動鎧の整備が出来るよう、無駄に広大なスペースが設けられており、部屋を分断する『しきり』らしい物はほとんど無い。

 いや、『無かった』が正しい表現か。

 今現在は多国籍軍に所属している国がそれぞれの『しきり』を造り、自分達のスペースを確保すると同時に、自動鎧整備の際の情報漏洩防止の為の壁の役割を果たしている。

 自分達日本軍のスペースは無数の木版で囲いが造られており、一体誰のユーモアなのか、どことなく和風っぽい雰囲気を漂わせる日本建築のような装飾が施されていた。

 正直、なぜ今の今までここが見つからなかったんだろうと思うレベルである。それだけ目立つ建物だった。

 中に入ると、すでに大勢の兵士達が休息をとっていた。顔見知りの者も何人かいる。

「ここにいない者達はそれぞれ別の仕事で各所へ散っている。山中も工兵部隊として基地外に行っている」

 陣野はそれだけ言うと「自分も仕事があるから」と、その場を後にした。

 狭山は近くの椅子にどっかりと腰を下ろし、大きく息を吐くと、

「いやぁ、十日ぶりの安全地帯か。やっと今、生きてるって実感が湧いてきたぜ」

「ここしばらく、いつ死んでもおかしくない状況だったからな」

 進藤は適当に返し、辺りを見回す。

「……いないな……」

 何気なく呟くと、隣にいた狭山が意地の悪い笑みを浮かべながら、

「凪紗ちゃんがか?」

「ぶふッ!?」

 一瞬で考えを読まれた進藤が壮絶な息を吐く。

「げほッ、げほッ……!! お、お前……何をいきなり……!?」

「進藤、テメェがどう思ってるかは知らねえが、少なくとも俺を含めた周りは気付いてるぜ?」

 狭山は人の悪いニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま、進藤に小声で耳打ちする。



「テメェが凪紗ちゃんに気があるコト」



「ッッッッッッッッ!!!?」

 進藤が顔面をタコのように真っ赤にさせながら絶句する。額に大量の汗の粒を浮かべ、必死に何かを言おうとするが、口を無駄にパクパクさせるだけで声らしいものは全く出てこない。

「ムッツリスケベの進藤くん、俺はな、暇さえあれば携帯端末で凪紗ちゃんと楽しく連絡取り合ったりしてるテメェをしっかりと見てたんだよ。ちなみに陣野も山中もバッチリ知ってるからな。陣野の方は他人の恋愛にいちいち口出すなとか綺麗ごとほざいてやがったが」

 狭山が言い終えた直後、進藤が負のオーラを纏わせながら膝から崩れ落ちる。

「近くに人がいない事は確認してたハズなのに……でも陣野の言葉にほんの少しだけ救われた……」

 つい数分前までの立場が完全に逆転。今までのお返しとばかりに狭山が高笑いしている。

 と、進藤が精神的にメッタ打ちにされていると、



「おいッ!! そこの馬鹿二人ッ!!」



 突然、間近からキツい調子の女の声が飛んできた。

 進藤が振り向くと、目の前には知り合いの少女が。

「里田……」

 里田理奈(さとだ・りな)、長い茶髪のポニーテールの少女。年齢は進藤達と同じ。狭山、陣野、山中と同様、訓練学校時代からの腐れ縁である。

「よう里田!! 生きてたのか!!」

 狭山が身を乗り出して里田に話しかける。やはり昔からの付き合いだけあって、親しみを感じさせる声色だ。

 しかし、

「だまれ変態ザル。その気持ち悪いツラでアタシに話しかけんな。行方不明の間に死んどけゃ良かったのに」

 彼女の方にそんな気は皆無らしい。冷え切った視線を狭山に投げかけ、罵詈雑言を浴びせかける。

 だが、狭山は里田の態度に微塵も嫌悪感など抱いた様子は無く、馴れ馴れしく絡みにいっている。里田は進藤の方に「このバカをなんとかしろ」と言った様な視線を送ってくるが、今の進藤にそこまでしてやるような気力は無かった。

「……どしたの? 進藤、さっきから黙り込んだままじゃない?」

 いい加減、堪忍袋の緒が切れたらしき里田が狭山の顔面を壁に叩きつけ、黙らした後、部屋の隅で体育座りしてメソメソしていた進藤に歩み寄る。

「……ほっといてくれ……どうせ里田も分かってんだろ? 下手な演技はやめてくれ……」

「知るワケないっつの。アタシ今ここに来たばっかなのよ」

「そうか……じゃあ余計ほっといてくれ……」

「まあ、別にいいけど……アンタの事なんかアタシは知ったこっちゃないし……」

 里田は大した関心も持った様子もなく、適当に話を切り上げ、

「はい、コレ」

 そう言って進藤と狭山に何かを投げ渡した。それは綺麗に折り畳まれた真新しい日本軍の軍服だった。

「いつまでも敵国の軍服来てたらさすがに怪しまれるでしょ。三島少佐に頼まれて届けにきたの。感謝しなさいよ」

「おお、助かる!! サンキュー里田!!」

「あ、そうだ、それと」

「ん?」

 里田は進藤と狭山の姿を交互に見て、

「アンタ達、身体中泥だらけでしょ。服着る前にちょっくら『銭湯』行って汚れ落としてきなさい」

「銭湯?」

 狭山が眉をひそめると、里田は少し意外そうな顔をして、

「あれ、もしかして聞いてない?」

「ああ、さっぱりだ。まさか、こんな戦場のど真ん中に風呂屋なんて気の効いたモンがあるとでも言うのか?」

 狭山が冗談半分で問いかけると、里田はニヤリと笑って、

「そう、そのまさかよ!! 長期滞在の為にって事で、先に到着してた第八部隊が(独断で)ベースゾーンの一角に造ってたの」

「マジかよ……」

「ま、といってもそこまで本格的なものでも無いけどね。余ってた貯水タンク改造して浴槽にしたヤツに、廃棄物燃やした時の熱使って沸かした雨水入れてる程度のモンだけど。あ、でも最近現地の植物使って作った入浴剤とかも入れてたっけ?」

「なんか……もうなんでもアリだな日本軍……」

「でも意外と人気なのよ、他国の人達も喜んでたわ。夜勤の兵士の為にも二十四時間開放されてるし」

 里田は座り込んだままの二人の背中を叩き、「ほら、行った行った」と強引に促す。

「まっ、汚れはさっさと落としちまいたかったし、ちょうどいい。進藤、行こうぜ」

「あ……おう……」

 小さく返事を返す進藤を引きずって狭山は銭湯に向けて駆け出していく。

 去り際、里田が声を張り上げ、

「のぞきとかすんじゃねーぞ!! 狭山、アンタに言ってんのよ!!」

「年上で美人のお姉さんか、同年代の美少女がいたら問答無用で見させてもらうから安心しろ!!」

「人の話聞いてた!? アンタ!!」

 激昂する里田を尻目に、バカ笑いした狭山が心底楽しそうにその場を後にする。

 ……しかし、一時的な味方関係でしかない他国の女性(兵士)にそんな事をすれば一瞬でミンチにされかねないんじゃ……と、進藤は内心思ったが、あえて口には出さなかった。


    4


「あっ、あの!! 少しお時間いただけますか!?」



 見知らぬ女性兵士に声をかけられたのは日本軍整備基地を出てから少し経ってからの事だった。

「……? えーと……どちらさまでしょうか……?」

 進藤は怪訝な表情で女性兵士を見る。

 見た所、白人らしい。露出の少ない軍服から覗く肌は透き通るような白。染めているのか、胸元辺りまである髪は鮮やかなピンク色。エメラルドグリーンの瞳を讃えた顔はその辺のアイドルやモデルにも引けを取らない程の美人。大人っぽく見えるが年齢は進藤とそう変わらないだろう。

 白人の少女は礼儀正しくお辞儀をして、

「私、イギリス軍のシャーロット=ローウェルという者です!! ……お二人の着ている軍服、アラビア軍事国の物ですよね?」

 ――イギリス軍。その言葉に進藤が眉をひそめる。

 イギリスは世界でも有数の軍事国家だ。自動鎧の所有数はアラビア軍事国の比では無く、軍は志願制でありながら、軍隊への入隊希望者が後を絶たないと言われる程。

 国民すら望んで戦争に加担する、稀に見る『国を挙げて』戦争をする国家、イギリス。

 そんな世界でトップクラスの国の兵士が自分達に一体何の用なのかと進藤は思う。

 が、話しかけられているのに返事を返さないのもアレなので、とりあえず、その辺の疑問はほっとく事にする。

「そうだけど……言っとくが俺達はアラビア兵じゃないぞ。顔見て分かるだろ?」

 進藤が言うと、白人の少女――シャーロットは顔の前で手を申し訳なさそうにパタパタと振って、

「あっ、すみません……!! そういう意味で言った訳では無いんです!! 一つ、確認したい事がありまして……」

「確認したい事?」

「はい、あの……お二人がアフガニスタンにあったアラビア軍事国の自動鎧整備基地を無力化した日本兵で間違いないでしょうか?」

 ――どうやら、自分達のやった事はすでに多国籍軍全体に知れ渡っているらしい。

 とはいえ、別に悪い事をした訳では無い。むしろ多国籍軍にとっても有益になる事だ。

 そんな訳で、特に隠す理由も見当たらないので、進藤は率直に肯定した。

「まぁ……そうだけど……それが、何かしたのか?」

 言うと、シャーロットはその大人びた外見に反した愛らしい笑顔を浮かべ、進藤の手を自分の小さな手でぎゅっと握ってきた。

 一瞬、どきりとするが顔には出さない。ボロを見せれば、後ろで『ナゼイツモオマエバッカリ』と、憎悪の炎を煮えたぎらせているバカに再びなじられかねないと思ったからだ。

 首の後ろから冷や汗を流す進藤の内なる葛藤など、全く知らぬ様子でシャーロットは続ける。

「実は……」




「なるほど……そういう事か……」

 シャーロットの話によると、進藤と狭山が無力化したアラビア軍事国の自動鎧整備基地の殲滅任務は、元々イギリス軍の管轄だったらしい。

「私達としては整備基地殲滅にあたって、決して少なくない犠牲を覚悟していました……。そんな時にあなた達二人が、思いもよらない形で私達の任務を代行してくれたんです……!! 私も含め、部隊の人達はとっても感謝しています!!」

「いや……こっちとしても別にアンタらの為にやった訳じゃないんだ……。感謝されるいわれはないというか……」

 進藤が言葉を濁すと、シャーロットは身を乗り出し、

「それで、あなた達二人に是非ともお礼がしたいんです!! あまり、大した事はできませんが……」

「い、いや……俺はやっぱりいぐぼああぁぁぁッッ!!!?」

 進藤が突然すぎるお誘いにあたふたしていると、後ろからとてつもない威力の蹴りが突き込まれた。

 地面に倒れ、後ろを振り向いてみれば、案の定、鬼の形相を浮かべた狭山の姿が。

「痛ッてえな!! 何すんだコラァ!!」

「ああん!? 進藤テメエ頭沸いてんのか!? こんな美人からの誘いよく断る気になれたな!? それでも男かテメエェェェェェッッッッ!!!!!!」

「それはお前だけの考え方だアホ!! 第一、こんな泥だらけの格好で人前出れるか!!」

「あ、それなら心配ないですよ?」

 殺気立った二人を落ち着ける様な調子でシャーロットが言う。

「私達部隊の整備基地にシャワールームが備え付けられているので、そこを使っていただければ。なんなら……」

 シャーロットは二人の近くに歩み寄り、甘ったるい声で一言。



「私がお背中流しましょうか?」



「「●☆¥℃#%×<≠↑※⊇∀⊂∃∽∬‰▽★■&┐шжЪ①㍉㌢㊧≡∵⊿㍼㍽㎝㍻№⊥Ш”◇ゞ仝ッッッッッッッッ!!!!!?」」

 言語の体をなしていない意味の分からない声を発する二人。彼女の言葉は思春期真っ盛りの男子二人をオトすには充分過ぎる破壊力だった。

 普通に考えて、これ程オイシイ状況はそうそう無いだろう。死線を潜り抜けたご褒美だと考えてもおつりがくるぐらいだ。

 しかし、一人は理性が勝った。何だかんだ想い人がいる事で罪悪感があったのかもしれない。

「いいいいいや、俺はやっぱいいです――――――ッッ!!!!!! 用事あるんでこれで――――――ッッ!!!!!!」

 顔を真っ赤にさせながら進藤がダッシュでその場を立ち去る。これ以上あそこにいたら人間ダメになる。頭のどっかがそう告げていた。




 後に残ったのは狭山とシャーロットの二人。

「行っちゃいましたね……」

 シャーロットが残念そうに言うと、狭山は彼女の肩に手を回し、

「あんな僧みたいなヤツなんかほっとけばいいさ。それよりも早く行こうか、シャーロットちゃん」

「あ、はい!! 逃げちゃったものは仕方ないですしね。二人で行きましょうか!!」

 逃げた進藤と残った狭山。

 どちらの選択が正しかったのかは後ほど――。


    5


 進藤と別れた狭山はイギリス軍の兵士――シャーロットと二人、並んで歩いていた。

「それって本当ですか!? すっごいです! 尊敬しちゃいます!」

「いやいや、そんなモン大した事ねえよ! 自動鎧なんてな、ちょっとした機転があれば簡単にぶっ壊せるんだよ!」

 見る者全てをイラだたせる様なドヤ顔を浮かべながら、狭山は今までの武勇伝を四割くらい脚色して話し込んでいた。

 シャーロットはそんなバカの話を一つも嫌がる事なく、それどころか瞳をキラキラと輝かせながら聞き入っている。

「かっこいいです、狭山さん! 自動鎧を三台も破壊しちゃうなんて!」

 ――勘違いする人が出てきては困るので、先に言っておこう。

 まず、北海道で戦った自動鎧を単身撃破したのは進藤。

 対馬海峡で戦った自動鎧(フリッパーサイズ)にトドメを刺したのは凪紗。

 その直後に飛ばされたマダガスカルで自動鎧を破壊したのも(様々な人の助けがあったとはいえ)やはり進藤。

 この男も命を賭けて自動鎧と戦ったのは紛れもない事実ではあるが、結局の所、狭山自身が自動鎧を破壊した事はただの一度だって無い。

 それを上手い具合に、あたかも自分がやった事の様に狭山は話している。このやり取りが進藤にバレたらどうなるかをこの男は考えているのだろうか。

 と、そんな事を話している内に、

「ん? 何だ、ココ……?」

 シャーロットに連れられてたどり着いたのは、イギリス軍の基地などでは無かった。一言で言い表すなら廃墟。辺りに人影は無く、瓦礫と空薬莢が散乱し、壁や地面には黒く変色したシミが大量にへばり付いている。

「なあ、シャーロットちゃ――」

 疑問に思った狭山が言いかけた瞬間だった。 



 ――目の前にダガーナイフが迫ってきていた。



「――――ッッ!!!?」

 直感的に身をひねってナイフを躱す。

 地面を転がり、距離を取ると同時に腰に差してあった軍刀を抜く。

「あっれえ? 絶対に仕留めたと思ったんだけどなあ……」

 狭山の見据える先にはダガーナイフを持ったシャーロットの姿が。狭山を見る彼女の瞳に一瞬前までの無邪気さは一切ない。

「……こりゃあ……何の冗談だ……?」

「冗談?」

 シャーロットが人を馬鹿にした様な含み笑いを洩らす。

「冗談だと思いたいのはこっちの方よ。誰がアンタみたいな弱小国のクズ兵士相手にお礼なんかしなくちゃいけないのよ? 考えただけで吐き気がするわ」

 彼女は右手に握ったダガーナイフをくるくると回し、

「ここは言ってしまえば多国籍軍とアラビア軍事国軍がぶつかった場所。クズ共の汚れた血と、いつ崩れるかも分からない瓦礫のせいで誰も寄り付かない。助けは期待しない方がいいよ」

「……とんだ茶番だったぜ……! まさかヤンデレだったとはな……!」

「まだふざける余裕があるみたいね」

 シャーロットが苛立ちを滲ませた声で言いながら、ゆっくりと狭山に詰め寄る。

「…………、」

 できる限り平静を装うが、軍刀を握る手がじっとりと汗ばんでくる。狭山はシャーロットが近づいた分、後ろに下がり距離を取る。

「目的は何だ? テメエらの上層部の命令か?」

「んーん、私『達』の独断。だからわざわざこんなトコまで連れてきたのよ」

「そうかい……」

 呟きながら、狭山は左手でホルスターから拳銃を抜き、左右の手に武器を構える。

「なら、どっちがどうなろうが恨みっこなしだ。いくぜ、シャーロットちゃん」

「クズの分際で気安く名前呼ばないでくれる?」

「名前教えたのはそっちだろ?」

「一言一言イライラさせるわね……ぶっ殺してあげる」

 シャーロットの方もダガーナイフをもう一つ取り出し、逆手持ちにして構える。

 狭山は頬を滴る汗も気にせず、ヘラヘラした笑みを浮かべ、

「へッ……、モテる男はつらいね……! そっちの目的は『デート』の後で訊くとしようか……!」

「その前に死んでるわよ、アンタ」

「上等!」

 狭山は軍刀を振りかぶり、勢いよくシャーロットの下へ飛び込んでゆく。


    6


 シャーロットとの距離を一瞬で詰め、狭山は右手に握った軍刀を振り抜く。

「おッらあああぁぁぁッッッッッッ!!!!」

「遅いッ!」

 シャーロットは左手のナイフで狭山の放った斬撃を弾き返し、もう片方のナイフで彼の首筋を狙う。

「――ッッッッ!!」

 身体を振ってナイフをかわし、狭山はそのまま彼女の身体に飛びついた。体勢を崩したシャーロットを地面に押し倒す。呻き声を上げるのも構わず、左手の拳銃を構え、引き金を引く。

 しかし。

「なッ……!?」

 狭山が目を見開いて驚愕を露わにする。

 なぜなら――、



 拳銃のスライド部分がシャーロットの手によってまるごと分解されていたからだ。



 バラバラにされた部品が音を立てて地面に落ちる。だが、その光景に目を奪われたのも束の間。

 直後、こめかみに鈍い衝撃が走った。意識するより早く、身体が宙を舞い、壁に激突した。

「があああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!」

 背中を激痛が駆け抜ける。痛みに耐えきれず絶叫した狭山はそこで、ようやく自分が殴られたのだと自覚した。

(くそッたれが! この力……まさかッ……!?)

「そのサル以下のアタマで考えてる余裕あるの?」

「!?」

 顔を上げた瞬間、眼前にナイフを振りかぶったシャーロットが迫っていた。すでに回避は間に合わない。

(ちいッ!)

 狭山は痛む身体に鞭を打ち、渾身の力でシャーロットの軸足を蹴り抜いた。

「うッ!?」

 バランスを失ったシャーロットがよろけ、ナイフが虚空を舞う。

(チャンスッ!)

 狭山は起き上りざまに軍刀の柄でシャーロットの顎を叩きつけ、頭突きをかます。

 しかし、そこで油断はしない。

 シャーロットが痛みに悶える一瞬の隙をつき、狭山は彼女の背後に回り込む。

「あッ……しまッ!」

「遅えよッ!」

 瞬間、軍刀を彼女の脳天めがけて振り下ろした。

 ――勝負は、決した。




 ――意識が混濁する。吐き気を催す程のめまいが視界を覆い尽くす。

「あッ……があッ……」

 かすれた声と共に、地面に崩れ落ちる。



「オイオイ! こんな黄色猿に何やられてんだよ、シャーロット!」



 突如、後ろから聞こえてきた男の声。

 朦朧とする意識の中で狭山は声のした方向に振り向いた。

 そこには、一人の少年が立っていた。

 百八十を超えるであろう長身、肩まである金髪を整髪料でも使っているのかツンツンと立たせている。着崩した軍服と、狼のような鋭い眼光が相まって、彼にホストのような印象を与えている。

 少年は手に持っていた注射器を投げ捨て、無造作に踏み砕く。

「俺が来なきゃ終わりだったぜ? まぁ、峰で殴ろうとしてた所を見ると、そっちの猿にお前を殺す気は無かったみてえだが」

「ッ……! 余計な……お世話よッ……ダミアン……!」

 シャーロットにダミアンと呼ばれた少年は彼女を見下ろし、鼻を鳴らす。

「ただの『人間』だと思って油断したか? そんな事じゃ『アイツ』に幻滅されるぜ?」

「……うるさい……! 無駄口叩いてる暇があったらソイツ縛り上げなさいッ……!」

「はいよ」

 ダミアンは適当な調子で相槌を打つと、傍でうずくまる狭山に歩み寄る。

「安心しろ、軽い神経毒だ。五分もすりゃ勝手に抜ける」

「くッ……一体……テメエらは……!?」

「答える義理はねえな」

 ダミアンは踵を返し、近くにあったロープを手に取ると、

「さて! ブラム達が帰って来る前に思う存分楽しませてもらうとするかあ!」

 獰猛な笑みを浮かべたダミアンとシャーロットの魔手が眼前に迫る。




「がっはあッッ!」

「そら、もう一発!」

 手足を縛られ、身動きの取れなくなった狭山に容赦なく、暴力の嵐が吹き荒れる。

「ちょっとダミアン! さっきからアンタばっかりじゃない! 私にも殴らせなさいよ!」

 傍らでその光景を眺めていたシャーロットが不機嫌そうに口を挟む。

「わーッてるッて! あと一発殴ったら交代するッつの!」

 ダミアンは軍用ブーツのつま先を狭山のみぞおちに突き込み、粗い息を吐く。直後、思い出した様に自分の携帯端末の画面を覗き込むと、

「そろそろ毒が切れる頃か……暴れられても面倒だし、もう一本打つか……」

 ダミアンが薄笑いを浮かべ、軍服のポケットから先程の注射器を取り出す。針に取り付けられていたキャップを外し、狭山の首筋に近づける。

「ッ……!」

「おら、おとなしくしてな。打ってる最中に針が折れたらタダじゃ済まねえぞ?」

「くそ……ッたれ……!」

 狭山が歯を食いしばり、覚悟した瞬間だった。



「やめるんだ」



 落ち着いた声と共に、瓦礫を押し退けて複数の人影が現れる。

 人数は四人、全員がシャーロット達と同じイギリス軍の軍服を着ている。

「基地にいないと思ったら……こんな所で一般兵をリンチにしているとはな。英国紳士としての恥だな……」

 最初に静止を促した作業用の物と思われるゴーグルをかけた少年が怒気を孕んだ声で言う。

「シャーロット、お前もだ。『アイツ』が知ったら、どんな顔をするだろうな」

「う……」

「ちッ……」

 シャーロットとダミアンの二人が揃って言葉を詰まらせる。

「フィオナ、そこの彼を介抱するんだ」

「あッ、はい……! 了解しました……!」

 ゴーグル男の側にいた気弱そうな少女が急いで狭山に駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか……?」

 フィオナと呼ばれた少女は狭山の手足に巻き付いていた縄を解き、狭山をいたわる様に小さな声で問いかける。

「ッ……、これが大丈夫なように見えるかよッ……!」

「ひッ……! ご、ごめんなさい……」

 狭山が怒りを隠す事なく威圧的な声を投げかけると、フィオナは小動物の様にビクッと身体をこわばらせ、涙目になりながら謝る。その様子を見ているとこちらが悪い事をした気分になる。

「すまない、仲間が迷惑をかけた。部隊長として謝罪する」

 ゴーグルを外した男が狭山の目を見据えて頭を下げる。

「んな事……もうどうでもいい……! テメエら、何の目的があって俺をここに連れて来やがった……!?」

 狭山が問いかけると、男は狭山の着ている軍服を見回し、

「今回の不祥事についてはそこの二人の独断だが……おそらくアフガニスタンの件についてだろう」

「あ? それが何なんだよ……?」

「端的に言うと、二人の逆恨みだよ」

 男は床に座り込んで不機嫌そうな表情を浮かべている二人を一瞥し、

「君が破壊したアフガニスタンの自動鎧整備基地は俺達の部隊の担当でね、久々に暴れられると思った二人は今回の任務を楽しみにしていたんだよ。それを邪魔されて二人は気が立っていたんだ」

「楽しみ……だとッ……!? 戦闘狂か何かか、お前らは……?」

「否定はしないよ。俺達は『その為』に造られたんだから」

「その為? 造られた……?」

「あぁ、そうだ」

 男はゴーグルをかけ直し、



「イギリス軍独立特殊強襲部隊『ブラックハウンド』。部隊員の全てがアーマードで構成された白兵戦専門の少人数部隊だよ」


    7


「……迷った……」

 進藤は人混みでごった返すベースゾーン内で呟いた。

 狭山と別れた後、銭湯に向かおうとしたはいいが、いかんせん基地内がかなり広く、見取り図を見ても「ココは地図でいうとどこだっけ?」となるレベルである。

 特別、方向音痴という訳では無いが、慣れていない場所だとやっぱり分かりにくい。この調子だと自由に基地内を動き回れるようになるまで数日はかかりそうだ。

「どうするかねー……」

「お困りですか?」

「ん?」

 頭を悩ませていると、後ろから誰かに声をかけられた。振り向いてみると、そこには一人の少年が立っていた。

 これが本物のイケメンと言うのだろう、軽くウェーブのかかった金髪の下には、柔和な人当たりの良さそうな笑みが浮かんでいる。服装は軍服では無い。グレーを基調にした全身をピッタリと包むスーツに、それと一体化したような手袋とブーツ。スーツの上からは黒っぽい防弾ベストを羽織っている。

 格好から見て、一般兵では無く、自動鎧の操縦者――つまり、アーマードだ。国旗の表記が服に付いていないので、どこの国の所属かは分からない。

 少年は変わらず、柔和な笑みを見せながら進藤に話しかける。

「ちょうどここを歩いていたら、あなたが何やら困惑したような表情をしていたので……」

「え? あッ、あぁ……」

 進藤は僅かに慌てたような声を洩らすが、すぐに取り繕う。

 とりあえず、悪い人間では無さそうだ。

「えっと……この近くに銭湯があるハズなんですけど……、ここに来たばっかりのせいでイマイチ場所が分からなくて……」

「あぁ、もしかしてあそこのコトですか!? 僕もよく利用させて頂いてます! 日本軍の方々は素晴らしい物を作ってくれましたよ!」

 少年は世の女性が見れば一瞬で卒倒してしまいそうな程の表情で進藤に詰め寄る。男である進藤ですら思わず見とれてしまいそうだった。

 進藤はさっと少年から目を逸らし、

「えぇと……もし、場所が分かるんなら出来れば教えてもらいたいんですけど……」

「あぁ、すみません……つい熱くなってしまいました……」

 少年は申し訳なさそうに進藤から離れると、基地内の一角を指差す。

「確か……あちらの角を曲がった所にドイツ軍の整備基地があるので、そこを真っ直ぐ突っ切ればすぐに見えてくると思いますよ。分かりにくければ僕がそこまで案内しますが……」

「いえ、よく分かりました。ありがとうございます。では、自分はこれで……」

 進藤は少年に礼を言うと、示された場所に向かって歩き去っていく。後ろを振り向いてみれば、少年がこちらに手を振っているのが見えたので進藤の方も手を振り返す。

 少年の姿が人混みに紛れ、見えなくなると、進藤は正面に向き直り、歩き出す。

(いやあ……親切な人もいたもんだ……。アーマードって結構、一般兵を見下してる様な所があったりするんだけどな……)

 適当に思考を巡らせながら角を曲がると、少年の言った通り、ドイツ軍の基地が見えた。進藤は教えられた通りそこを横切っていく。




「あ、あの……痛くないですか……?」

 短いくすんだ金髪の小柄な少女――フィオナは狭山の身体に巻いた包帯を結びながら問いかけた。

「あぁ、もう大丈夫だ……。ありがとな……えぇと……」

「あ、フィオナ=リオンといいます。えと……フィオナでいいですよ」

 遠慮がちに微笑みながら、恥ずかしそうに自己紹介するフィオナ。オドオドした小動物じみた感じがまた可愛らしい。

「おう、ありがとな、フィオナ。あ、それと悪い……さっきは強く当たっちまって……」

「い、いえ……そんな……気にしないでください……」

 狭山は立ち上がるとフィオナから手渡された上着を羽織る。視線を横にずらすとシャーロットとダミアンの二人が未だに敵意むき出しの目でこちらを睨みつけていたので慌てて目を背ける。

 狭山はフィオナの顔をちらりと見て、

「なあ……フィオナ……」

「は、はい……何でしょう……?」

 狭山は僅かに質問しようかためらうが、意を決した様に口を開く。

「独立特殊強襲部隊って事は……お前も、アーマード……なのか……?」

 先程、対峙したシャーロットやダミアンしかり、ここにいる人間達は皆、かなり好戦的な気配を醸し出している。部隊長らしいゴーグルの男も、物腰こそ柔らかだが、纏っている気配は先述の二人と同じだ。

 しかし、それに反して、フィオナからはそういった気配が感じられない。言っては悪いが、衛生兵か整備兵でもやっていそうな印象だ。

「あはは……同じイギリス軍の人にもよく言われるんですけどね……」

 フィオナは気弱そうな声で言いながら、手許にあったコンクリートの欠片を拾い上げた。そして、それをギュッと固く握り締める。

 直後、パキパキっという音がしたかと思うと、開いた彼女の手の平から先程のコンクリートが小さな粒となって床に落ちていく。

「ここにいる皆さんに比べれば戦闘能力は低いですが、私もれっきとしたアーマードです」

 彼女は手についた粉を払うと、驚いた表情の狭山に向かって微笑みかける。

 すると、ゴーグル男――ブラムが近づいてきて、こちらに一礼する。

「部下が迷惑をかけた、大した謝罪もできないが、許してもらえるとありがたい」

「まッ、安易な色仕掛けにハマった俺も俺だしな……。それにこんな可愛い娘に介抱してもらえたんだ。今更文句はねえよ」

 狭山が冗談半分で言うと、隣のフィオナがボッと顔を紅潮させた。どうやらこの手の話題にあまり耐性が無いらしい。彼女が可愛いと思ったのは紛れも無い事実ではあるが。

「そんじゃ、治療もしてもらったし、俺はもう行くぜ」

「いや、まだだ」

「あん? まだ何かあるのか?」

 狭山が怪訝そうに眉をひそめると、ブラムはゴーグルのレンズに差し込む光を反射させながら、いたって冷静な調子で言った。

「君をリンチにしたのはあの二人の独断だが、俺達が君を探していた事自体は事実だ」

「……どういう事だ?」

「アフガニスタンの自動鎧整備基地が俺達『ブラックハウンド』の担当である事は説明したな。当然、俺達には殲滅以外の目的もあった」

「情報収集……か……?」

「その通りだ。君のした事を否定する気はさらさら無いが、こちらとしては何も成果が無いまま終わる訳にはいかない。そこで、だ。現地で直接、アラビア軍と対峙した君の話を参考程度に聞かせてほしい」

「あぁ、なるほどね……。それはいいけどよ……コレ見て分かるだろ? こっちはその件のせいで大分長いこと風呂にも入れてねえんだ」

「ふむ、言われてみれば少し臭うな」

「やかましい。……それでよ、逃げはしねえから先に風呂入らせてくれねえか? 何かよ、日本軍(なかま)が造った即席の銭湯があるって話じゃねえか」

「ちょっと待ちなさい!」

「?」

 口を挟んだのは、さっきまでふてくされていたシャーロットだった。

「もしかして……アンタ達、さっきその大浴場を探してたの……?」

「そうだが……それが何だ?」

「いや……その……」

 シャーロットが眉を引きつらせ、言い淀む。

「基地内のアナウンスでしか言ってなかったから、多分アンタ達は知らないと思うんだけど……実は――――」




 ――はーい、どうも、進藤勝真です。

 何で急に一人称視点になってるのかって? んなモン知るかボケ。

 銭湯までの道が分からなくなって途方にくれている所を偶然出会ったイケメンに助けられて何とかここまで来ました。

 そして、受付もいないカウンターを通って男湯と書いてるトコに入りました。いいか、もう一度言う。俺は『男湯』に入った。何度でも言おう。『男湯』だ。手作り感丸出しの青いのれんみたいなのを通って入った。

 なのに――。



「しょ……しょうま……」

「勝真……さん……?」



 のれんをくぐった先の脱衣所に広がった光景は、予想だにしないモノだった。

 簡単に言うと、見知った顔が、見知らぬ姿で立ち尽くしていた。

 


 美園凪紗(みその・なぎさ)道影(みちかげ)アスタの二人が一糸纏わぬ姿で並んで立っていた。



 頭の中が真っ白になった瞬間には――時すでに遅し。




 進藤の入った場所とは反対側、俗に言う女湯ののれんには無造作に一枚の紙が貼り付けられていた。

 紙には、こう書かれていた。


 ――配管破裂の為、朝九時~十一時の間、男湯を使用してください。その間、男性使用禁止。


 紙を貼り付けていたテープがはがれ、ヒラリと床に落ちる。




「進藤ううううぅぅぅぅぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!! なんでテメエばっかりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」

 地球全土を飲み込む様な、凄まじい怒りの絶叫が狭山の口から響き渡った。


    8


 ――一瞬の空白の直後、再び時間は動き始める。

 男湯の脱衣所には見慣れた二人の少女の姿があった。

 たった今、風呂から上がってきた所らしく、見とれてしまいそうな程白い肌には水滴が点々と吸い付き、湯上りの二人の整った顔は薄い桜色に紅潮し、濡れた艶のある髪が艶めかしい雰囲気を纏わせている。凪紗もアスタもタオル一枚持っておらず、その柔肌を存分に目の前の男に見せつける形となっていた。

 二人の姿を直視したのは、ほんの一瞬だっただろう。すぐに目をそらすが、脳裏に鮮明に焼き付いてしまった裸体のイメージが進藤の羞恥心を引っ掻き回す。

「あ……えと……その……」

 二人に何とか言葉を投げかけようとするが、こんがらがった頭からは何の言葉も浮かんでくる事は無く、口からは意味の分からない呻き声がみたいなのが洩れるだけだった。

 もう何が何やら分からなくなって、苦笑いを浮かべるしかなくなった進藤のその表情を二人はどの様に解釈しただろうか。

 刹那の内に、としか言い様が無い。

 コンマ数秒で進藤の懐に踏み込んだ凪紗は――アーマードとしての力を存分に振るった強烈極まりない、ボクシングの世界王者も顔面蒼白確実のボディブローを進藤の腹部に突き込んだ。



 ドグッシャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!! と。

 およそ人体を殴ったとは考えられない、とんでもない音が鳴り響き、軍事訓練を受けた少年兵の身体があまりにもあっさりと宙を舞い、脱衣所から放り出された身体がロビーの壁にゴシャッ! とめり込んだ。



 ベリベリと異質な音を立てながら、進藤の身体が薄い壁から剥がされ、床に落ちる。

 あまりの激痛に絶叫を上げる暇も咳き込む暇も無い。

 涙目になりながら顔を上げると、バスタオルを巻いた姿の凪紗の姿。彼女の後ろには怯えた様子のアスタが隠れるようにして立っている。

 凪紗の表情は氷の様に冷たい。彼女の周囲だけ温度が十度くらい下がった様な感じがする。

 そのせいか、もはや進藤の顔には冷や汗すら浮かんでいない。

 進藤はガチガチと震える唇を動かして弁解しようとするが、

「話しかけないで」

「へ?」

「もう二度と私に話しかけてこないで、この変態。あの時に死んどけばよかったのに」

 と、それだけ言い残してアスタを連れて戻っていってしまった。

 全ての音が消えたロビーの中には、生気を失った表情の進藤がしばらくの間、死体の様に転がっていた。




「どッけえええええええええええぇぇぇぇぇぇえッッッッッッッッ!!!!!! 俺は今すぐアイツをぶッた斬りに行かなきゃならあああァァァァんッッ!!!!!!」

「落ち着いてください! あと、怒りのあまり日本語になってるせいで何言ってるか分かりません!」

 フィオナが鬼神の如く暴れ回る狭山を必死になだめていると、呆れ半分といった表情のシャーロットが立ち上がり、ゴーグル男のブラムを見据える。

「ブラム、どうするの? コイツ」

「とりあえずは基地まで同行してもらう事にしよう――ん?」

 ブラムは通信が入ったらしき自分の携帯端末を覗き込み、そして溜息をついた。

「どうしたんだよ?」

 ダミアンが尋ねると、ブラムは携帯端末から視線を外し、全員を見た。

「朗報と悲報だ。『アイツ』が別件で、多国籍軍を離れて本国に戻るらしい」

「――! ちょっと! それ本当!?」

 ブラムが言うと、シャーロットが不満百パーセントといった表情で立ち上がる。

「上からの直接のお達しだ、間違いない」

「ハッ、残念だったな、シャーロット。しばらく色恋はお預けだぜ?」

 ダミアンがニヤつきながら言うと、顔を真っ赤にしたシャーロットが思い切り彼の身体を蹴り飛ばす。シャーロットはこめかみに青筋を浮かべながら、ブラムの方に向き直り、

「で! 朗報の方は!?」

「うむ、まあ、言うまでも無い事だが」

 ブラムはゴーグルの奥の眼光を鋭く瞬かせ、声色は冷静なままで言った。



「『俺達』に任務が入った。いつも通りの簡単な任務――一人残らずの皆殺しだ」




                                  (続く)

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