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ARMOR BREAKER  作者: 勾田翔
世界の『敵』
5/27

第一章 古傷を抉るのは


   ◆


 進藤勝真(しんどう・しょうま)上等兵、狭山敏和(さやま・としかず)上等兵、山中吾郎(やまなか・ごろう)一等兵の三人は兵員輸送用トラックの中で死にかけていた。

 厳密には目的地に着くまでの間、携帯端末に(違法で)ダウンロードしたゲームを現在進行形で走る車内で通信して遊んでいた結果、酔ったのだ。

「うぷッ……、やべぇ……だ、誰か袋……」

「いいか山中、こんな所で吐いてみろ。すぐにでも俺がトラックから叩き落としてやる」

 車内の窓から顔を出し、涙目で口を押さえている山中に陣野公信(じんの・ただのぶ)一等兵は額に青筋を浮かべながら言い放つ。

「ち……チクショウ……いつもならぶん殴ってやるのに……今は言い返す気力もねぇ……おえッ……」

 そんなズタボロの山中を見かねて、車内にいた同僚の道影アスタ(みちかげ・あすた)二等兵が歩み寄って来た。

「あの……、もう少しで目的地に着きますからそれまで頑張りましょう、ね?」

 アスタは山中の隣に座り込み、優しく背中をさすってやる。

 彼女のその行動に感極まった山中は(別の意味で)涙目になり、陣野に見せ付けるようにわざとらしく腕で目をこすると言う。

「うぅ……やっぱいい子だな、アスタはよ……。そこの血も涙も無いエセ優等生と違ってよぅ……」

「よし、落とすぞ。異論は認めん」

「ハッ!! そんな勇気もねぇクセに強がんじゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!? ちょ、ちょッと待て!! お、おまッ……ちょ、これホントに落ちる落ちる!! ちょッ、まッ……ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイィィィィィッッッ!!!!!! てか、この体勢さらに酔うッ!! マズい……!! もうそこまで込み上げおぼろろろろろろろろろろろろろ」

 陣野の怒りを買った山中は足首を掴まれ、そのまま車外に投げ出されて数秒程ぶら下げられた後、その状態のまま壮絶に吐瀉物を撒き散らした。


   ◆


「うぇ……マジで気持ち悪い……」

 山中と同じく酔いに酔った進藤はそろそろ我慢の限界が来ていた。

「全くもう……!! 何やってるんだか……、勝真達っていつもこんな事してるの?」

 進藤の後ろで背中をさする美園凪紗(みその・なぎさ)が呆れたように言う。

 すると、進藤は凪紗の方に振り向き、遠慮がちに問い掛ける。

「……つーか、今更だけど何で凪紗もここにいんの? そっちにはアーマード用の超快適輸送用ヘリがあったハズだけど?」

「だって、どうせあっちに乗っても堅苦しい世話係が何人かいるだけだもん。だったら皆がいるトコに行った方が楽しいでしょ?」

「……仮にも一国の要人がこんな不衛生かつ不便極まりない輸送車に自ら乗りたがるとはな……、本部のお偉い様方にとってはたとえ死んでも理解できねぇ事だろうよ……」

「大変結構! あんな快適な椅子の上でふんぞり返ってるだけの人達になんか理解されたくもないよーだ!!」

 凪紗は舌を出して嫌みったらしそうに言うと、腕が疲れたのか、進藤の背中をさする手を引っ込めた。

「もう目的地に着くまでゲーム禁止、もし約束守らなかったら三島さんに言いつけるからね」

「それもそれで充分過ぎるくらい恐ろしい脅しだけど、言われなくてもさすがにもうしねぇよ……、今度こそ車内がモザイクの海になるからな」

「うん、よろしい!」

 凪紗は適当に言うと、進藤の隣に座り込む。

 そして、さりげなく進藤の肩に自分の頭を乗せて彼の肩を枕代わりに昼寝でもしようとした所で、



「よし! 酔いも治まってきたし、今度はトランプでもしようぜ!!」



 軍服の胸ポケットからカードの束を取り出した狭山(バカ)が懲りずに言い放った。


「「………………………………、」」


 進藤、凪紗、陣野、山中の四人がしばらく目を点にして黙り込む。

 そして次の瞬間、四人それぞれの怒りに任せたゲンコツが狭山の頭に叩き込まれた。


   ◆


「いッてぇな……、冗談の通じない奴らめ……!!」

「ウソつけ、どう考えても本気だったろ」

 頭を本気で痛そうに押さえてうずくまる狭山に進藤が冷ややかな声で言う。

 進藤の隣で凪紗は大きく溜め息をつき、陣野と山中は呆れかえっている。

 そんな散々な反応を見せる彼らの後ろでは、唯一狭山を心配しているアスタがあたふたしている。

「ねぇ狭山くん……、ここが敵地の真っ只中だってコト忘れてるでしょ?」

 凪紗が狭山を見下ろしながら問い掛ける。

 その言葉を受けて、狭山は僅かに凪紗の顔を見やる。

 直後、意外な答えが返ってきた。


 ・・・・・

「だからだよ、凪紗ちゃん」


 狭山は壁にもたれかかる。

「こうでもしねぇと……忘れられないんだよ……、バカやって少しでも気を紛らわしていたいんだよ……」

 狭山の言葉を受けて凪紗だけでなく、進藤達も顔を俯け黙り込んだ。

 やがて、沈黙を破るように進藤が口を開く。


「……アラビア軍事国……」


 ―――『アラビア軍事国』、それは約四十年前に西アジアの国々が合併して出来上がった軍事国家である。

 世界でもトップ10に入るであろう軍事力を持ち、さらに『自動鎧』の所有数は生産途中の物も含め、二百を優に越えると言われる。

 ―――そう、今現在、進藤達が向かっているのは、まさにそのアラビア軍事国である。

 が、彼らがここまでこの国を恐れているのは単にアラビア軍事国が強大だからという理由では断じて無い。

 それどころか、進藤達の部隊はこの国の軍に勝利もしている。

 だが、なぜ彼らは恐れているのか。

 理由は明快だ。



 このアラビア軍事国こそが、かつて北海道での戦いにおいて『戦争条約』を破り、奇襲を仕掛け、進藤達の部隊を壊滅寸前まで追い詰めた国だからだ。



 この出来事が約三ヶ月前。

 これにより部隊は約半数の兵員を失い、凪紗の自動鎧もその際、破壊された。

 その後に待っていたのは容赦の無い虐殺。

 殺戮兵器、『自動鎧』が戦争を支配する場所となり果てた。

 進藤、狭山、凪紗の三人が奇跡的にも敵軍の自動鎧を打ち破る事に成功していなければ、部隊は壊滅していただろう。

 あの一件は兵士達に言い様のない深い傷を心に負わせた。

 それ以来、精神に異常をきたし、しばらくの間戦線に復帰できない者もいた程だ。

 現在、アラビア軍事国は戦争条約を破った事が世界各国に知れ渡り、イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国を中心に結成された『多国籍軍』によって攻めいられている。

 東アジアからも数ヶ国が参加する事になり、日本軍からも進藤の部隊を含め三つの部隊がアラビア軍事国に向かっている。

 多国籍軍が侵攻を開始してから既に二週間になるが、アラビア軍事国は持ち前の自動鎧の数を生かして未だに抵抗を続けている。

 当初、進藤の部隊が参加する予定は無かったのだが、日本の大多数の部隊が出払っているせいで兵員不足に陥り、急遽戦線投入が決定したのだ。

 はっきり言って、あの出来事を経験した者の中に今作戦に参加したがる人間は一人もいない。

 多かれ少なかれ、彼らには強烈なトラウマが刻み付けられている。

 今だって輸送車の中にいる兵士達はどことなく重い空気を漂わせている。

 狭山、進藤、山中も必要以上に明るく振る舞い、意味も無く遊びにふけってどうにかこの不安、恐怖、焦りを落ち着けようとしたが、やはりそれらが拭われる事は無かった。

 進藤は自分の握り締められた手がじっとりと汗ばんでいる事に気づいた。

(くそッ……、ビビッてんじゃねぇぞ俺……!! こんな事ばっか考えてたらいざっつう時に身体が動かなくなる……!!)

 進藤は首を横に振り、雑念を振り払おうとする。

 と、そこで進藤の携帯端末に連絡が入った。 

 相手は上官の三島雅人(みじま・まさと)少佐である。

『進藤上等兵、聞こえているか? 一人一人に連絡を回すのも面倒だ。その場の全員で聞け。今から約十分後にアラビア軍事国の国境にさしかかる。着いてすぐの所に多国籍軍の陣取っているベースゾーンがあるにはあるが、そこも安全とは言い難い。今の内に装備の点検をしておけ』

「了解しました」

 進藤は通信を切り、携帯端末を軍服の胸ポケットにしまう。

 皆と頷き合うと、座席の下部に格納されている銃器を取り出す。

 それぞれに武器が行き渡ると、点検を始める。

 そこで、進藤は外の様子を確認するため何気なく窓を覗き込んだ。

 直後、



 ドバッッッッッッッ!!!!!!!! と。

 進藤の真横を走っていたトラックが突如にして爆撃され、木端微塵に弾け飛んだ。



「なッッッッッッ!!!!!!!?」

 進藤が驚愕に目を見開く。

「な、何!? 何の音!?」

 遅れて凪沙と狭山が窓に飛びつく。

 その間にも爆音は止まない。 

 ドガドガドガッッッッッッ!!!!!!!!!! と、間髪入れず三台のトラックが爆破される。

 進藤は窓越しに上空を見上げる。

 そこには確認できただけでも戦闘機が四機、そして空に浮かぶ人型のシルエット。


「自動鎧だとッッッッ……!!!!!?」


 進藤が苦虫を噛み潰すように言う。

「オイ関谷(せきたに)!!!! 早くトラック止めやがれ!!!! このままじゃ狙い撃ちだッッ!!!!」

 山中が運転している兵士の関谷に向けて噛み付くようにまくしたてた。

「バカを言うな!! 一瞬でも止まればそれこそ格好の餌食だッ!!!!」

 関谷は慌てて叫ぶ。

 そこで、舌打ちする山中をどかしながら進藤が割り込んだ。

「とにかくスピードを出すんだ!! 小刻みに動きながら爆撃を躱すしかない!!」

「分かってる!! 皆、少し揺れる!! しっかり掴まっておけぇッ!!!!」

 関谷はアクセルを限界まで踏み込み、トラックを一気に加速させる。

 次いでハンドルを切り、ランダムに動きながら狙いを定めにくくする。

 奇妙な浮遊感と共に兵士達の身体が上下する。

 この辺りは道路の整備もされていない荒れ地帯だ。

 今にも車体がひっくり返るかと思ってしまう程激しい揺れが車内を襲う。

 しかし、それすらも進藤達には欠片も気にならない。

 ドガドガドガドガドガッッッッッ!!!!!!!! と、途切れること無く爆撃音が辺り一帯に鳴り響く。

「どうする!? このままでは長くは保たない!! 敵軍自動鎧は見るからにスナイパータイプだ!! こちらに照準を向けられたらその時点で終わりだぞ!!」

 陣野が窓を覗き込み、凄まじい剣幕で叫ぶ。

「ここから一キロ先に広大な森林地帯があります!! そこに逃げ込みましょう!!」

 奥で携帯端末を操作していたアスタが言う。

「一キロか……、それなら何とかなるかもしれないな……!!」

 それを聞いた関谷が僅かながら余裕の籠った声で呟く。

 助かる希望を得た兵士達が安堵の息を吐く。

 直後、



 ガガガガガガガガガガガガッッッッッッッッッ!!!!!!!! と。

 突如、輸送車の装甲が横合いからの銃撃によって撃ち抜かれた。



「「ぐああああああああああああああああぁぁぁぁァァぁぁぁッッッッッッ!!!!!!!!」」

 装甲が貫かれたと同時、被弾した兵士達が倒れ、苦悶の声を出す。

「くそッ!! 皆伏せるんだ!!」

 進藤が叫び、全員が慌てて床に伏せる。

 彼らの表情に一瞬前までの余裕は無かった。

 全員の顔に嫌な汗が浮かんでいる。

 進藤は伏せた状態のまま頭だけを動かして外を見据える。

 五、六人程の兵士が乗った装甲車が十台以上確認できる。

 その光景を見た進藤は短く舌打ちする。

「戦闘機も装甲車も自動鎧も全部アラビア軍事国の物だな……、まさか国境に入る前に襲ってくるとはな……」

「さすが戦争条約破ってまで勝とうとしたアラビア軍事国様だな……!! やる事が違うぜ……!!」

 狭山が呻くように言う。

 敵軍の装甲車はこちらにぴったりと張り付き、銃撃を繰り返している。

 輸送車のタイヤ部分には銃弾からタイヤを守る為の装甲が装備されているのでパンクさせられる危険は今の所無い。

 しかし、それでも立て続けに銃弾を撃ち込まれればいつかは大破してしてしまう。

「仕方ない……、応戦するぞッ!!」

 進藤はライフルのグリップで窓を叩き割る。

 そして出来た穴からライフルの銃口を突き出し、発砲していく。

「アスタ!! 援護を頼む!! 凪沙は怪我人を連れて奥に隠れてろ!!」

 進藤の言葉を受けて凪沙の表情が曇る。

「やだよ!! 私も皆と一緒に戦う!!」

「聞き分けるんだ!! ここでアーマードのお前がやられたら俺たちが勝つ術が無くなっちまう!!」

「うッ……」

「分かってくれ……!! 凪沙が簡単にやられねぇッて事は分かってる!! それでもお前を危険にさらしたく無いんだ!!」

「……分かった……でも一つだけ約束して!! 勝真も絶対に死なないで!!」

「ハッ! そんな事約束するまでもねぇよ!! 俺は絶対死なない!!」

「うんッ! 頑張って!!」

 凪沙は進藤に向かって力強く頷き、怪我人を連れて奥に向かう。

「皆、やるぞッ!!」

「ちッ!! やられる前にやるしかねぇッてか!!」

 狭山、山中の二人も不本意ながらも参戦する。

 ガガガガッッ!!!! ガガガガガガガッッッッ!!!!!! と、複数の銃声が炸裂していく。

 進藤が絶えず銃撃を繰り返し、弾が切れると同時。

「やれッ!! アスタ!!」

 進藤が叫ぶ。

 直後、僅かに身体を横にずらした所を高速で何かが横切った。

 一瞬後、


 ドッガアアアアアッッッッッ!!!!!! と。

 アスタの放った対戦車ライフルが敵軍装甲車に直撃し、派手な音を撒き散らしながら爆発した。


「よしッ!! ナイスだ、アスタ!!」

 進藤がニヤリと笑う。

 アスタのアーマードの力を使った正確無比な狙撃で進藤達は着実に装甲車を破壊していく。

「このまま押し続ければ逃げ切れるぞ!!」

 進藤の隣で陣野が歓喜する。

 その時だった。

 突然ガタンッ、と車体が右に大きく揺れ、直後、



 ドバッッッッッッ!!!!!! と。

 輸送車の天井部分をかすめ、レーザー砲が地面を大きく吹き飛ばした。



「ッッッッッ!!!?」

 割れた窓から大量の砂埃と凄まじい爆風が侵入してくる。

「ごほッ、ごほッ!! 何だ!? 何が起こった!?」

 進藤が砂の入って痛む目を無理矢理開け、状況を確認しようとする。

「うわああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!」

「!!!?」

 運転席から関谷の悲鳴。

 進藤は慌てて関谷に詰め寄る。

「どうしたんだ!? 関谷!!」

「あッ……アレッ!!」

 関谷が恐怖を張り付けた表情で外を指差す。

 それにつられて進藤も視線を傾ける。

 そこには、

「ッッ!! 感づかれたかッ!!!!」

 進藤と関谷の見据える先にはこちらに照準を向けた自動鎧がいた。

 今しがたのレーザー砲は間違い無く敵鎧が放ったものだ。

 進藤の頬を冷たい汗が伝う。

 敵鎧との距離は百メートル以上は離れているが、ここからでもレーザー砲のエネルギーを充填しているのが確認できた。

 直後、ドッッッッッ!!!!!!!! と、耳をつんざくような音と共に敵鎧のレーザーが発射される。

「くそッたれが!!!!」

 進藤は吐き捨て、隣で恐怖で絶句する関谷を横目にハンドルに手を伸ばす。

「皆ッ!! どこでもいい!! どッかに掴まれぇッッッ!!!!」

 進藤は叫ぶと同時、ハンドルを右に切る。

 ギャギャギャギギギギギギッッッッッ!!!! と、タイヤと地面の擦れる音が響く。

 車体が大きく傾く。

 瞬間、車体スレスレの所をオレンジ色の光線が通過。

 ドパッッッッ!!!! と。

 レーザーが大地を抉り、発生した爆風で既に大きく傾いていたトラックが今度こそ転倒した。

「「「うおああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!?」」」

 兵士達の絶叫が車内に木霊する。

 車内がかき乱され、椅子や壁に乱暴に身体をぶつける。

 侵入してきた石や割れたガラス片が容赦無く皮膚を削り取り、切り刻む。

 荒れた地面の上を三回転ほど転がった所でようやくトラックは停止した。

「はあッ、はあッ!! くそッ!! 皆無事か!?」

 進藤は血まみれの身体を無理矢理動かし、起き上がる。

「身体中痛てぇが何とか無事だッ……!!」

 血を流すこめかみを押さえながら狭山が応答した。

 次いで凪紗やアスタ、陣野と山中、関谷達も起き上がる。

 皆、切り傷や打撲はあるが骨折したり死んだ者はいないようだった。

 進藤はその事に内心安堵するが、いつまでもゆっくりしている訳にはいかない。

 こうしている間にも敵鎧が狙撃してくるかもしれない。

「凪紗!! 負傷した奴らの手当ては!?」

「大丈夫! もう済ませた!!」

「よし!! 動けない奴らを抱えて今すぐ逃げるぞッ!!」

 進藤達が負傷者を抱えてその場を去ろうとした直後、

『貴様らッ!! 無事か!? 応答しろッ!!』

 地面に投げ出された進藤の携帯端末から三島少佐の声が聞こえてきた。

 進藤は慌てて携帯端末を拾う。

「怪我人はいますが全員無事です!!」

『了解した!! いいか、よく聞け!! 我々の部隊の輸送車はその約七割が敵軍自動鎧に破壊された!! おそらく貴様らの輸送車も無事では無いハズだ!!』

「はい……、先程敵鎧に大破されました……」

『今から全員の携帯端末に多国籍軍ベースゾーンまでの道のりの詳細なデータを送る!! 次いで当初の任務を変更!! 貴様らは敵鎧――敵性コードネーム「スカイキラー」から何としても逃げ切り、生きてベースゾーンまでたどり着け!!』

「了解しました!!」

 進藤は通信を切ると、皆の方に向き直る。

「聞いてた通りだ!! すぐにベースゾーンに向かうぞッ!!」

「あぁ、早くしゅっぱッ―――!!」

 パンッ!! と、遠方から響いた銃声と共に関谷の頭が弾け、頭の中身を撒き散らしながら地面に崩れ落ちる。

「なッッッ!?」

「関谷!!」

 関谷が銃撃されたのを皮切りに銃弾の豪雨が降り注ぐ。

「くッ……!!」

 進藤達は即座に転倒した輸送車の陰に隠れるが、間に合わなかった兵士達が次々に撃ち抜かれていく。

 進藤は僅かに目を逸らし、辺りを見渡す。

 敵軍の装甲車が二台。

 そこから十人以上の敵兵が下りてくる。

 こちらには怪我人も多数いる。

 現在、まともに戦えるのは八人程度。

 更に向こうは装甲車に備え付けられた大口径の機関砲がある。

 どう考えてもこちらの方が分が悪い。

「どうする、進藤!! このままじゃ全員やられる!!」

 焦る狭山が進藤に助け船を求める。

「……幸い、逃げ込む予定だった森林地帯はもう目と鼻の先にある……」

 進藤は他の兵士達を手招きすると、

「全員、二、三人程度のグループにそれぞれ分かれてくれ。全員が一斉に逃げれば敵兵だってすぐに気付く。だから応戦している最中に少数ずつ森林地帯に逃げ込んでいくんだ」

「待てよ進藤!! 確かに理屈は通っちゃいるが……、その作戦じゃ『最後まで』ここに残るグループが出てくる!! たった二人か三人であんだけの人数と戦えんのかよ!? 全員を逃がした後で殺されんのがオチだ!!」

「あぁ、確かに最後まで残るグループは死ぬ確率が高い。だから俺が最後まで残る」

「ま、待ってください!! 勝真さん!! 私が残ります!! 私なら全員がいなくなった後でも一人で逃げ延びる自信があります!!」

 アスタが慌てて割り込んでくる。

 確かにアーマードの力を持つ彼女なら一人で並の兵士数百人分の戦力に匹敵する。

 逃げ切るどころかあれくらいの数、全滅させる事も難しくないだろう。

 しかし、

「ダメだ」

「ど、どうしてですか!?」

「この中で一番強いアスタには凪紗の護衛をしてもらいたい。お前は戦闘が始まったらすぐに凪紗と一緒に逃げるんだ」

「け、けどッ! そんな事したら勝真さんがッ……!!」

 アスタが悲痛そうな表情を進藤に向ける。

 そして、彼女の表情を見て何かを悟ったらしき進藤は僅かに俯き、頭を掻くと嘆息を洩らす。

「……あー……、アスタ? お前、何か勘違いしてないか?」

「え?」

「俺は死ぬつもりはさらさら無いよ。必ず生きてベースゾーンまで辿り着いてやる。それに、」

 ガシッと。

 進藤は出来る限り彼の視界に入らないよう慎重にコソコソ立ち回っていた狭山の肩を力強く掴んだ。

「俺一人じゃない。コイツも残らせるから安心しろ」

「安心しろ、じゃねぇぇぇぇぇッッッ!!!! やっぱ俺か!! 対馬海峡戦の時から薄々感づいてはいたが、やっぱり俺を巻き込むつもりか!? いいか進藤!! 今回ばかりは俺は絶対協力しねぇからな!!」

「うん、お前の意見なんかこれっぽっちも求めて無いから。俺もさすがに一人で生き残れるとは思って無いからさ、黙って協力しろや」

「ふざけんッ……」

 狭山が憤慨しかけた瞬間、彼の両手をアスタの手が包み込んだ。

 アスタはその青色の瞳を涙で潤わせ、上目づかいで狭山を見上げてトドメを刺す。

「勝真さんをお願いします……、あなたしか頼れる人がいないんです!!」

「大丈夫、キミが心配する必要なんてないさ。進藤の事は俺に任せな」

 狭山は一瞬で先程までとは180度違う今日一番のカッコいい顔を作ると、ビシッと親指を立てて言い放つ。

(おぉ、実に単純なヤツだ。お前は純粋な気持ちで頼み込んでたんだろうけど、でかしたぞアスタ!!)

 進藤は心の中だけで失礼極まりない事を考えると、すぐに思考を切り替える。

「よし!! 皆、グループは決まったな!! 慌てなくていい!! 隙が出来たヤツから逃げるんだ!!」

 ガシャガシャッ!! と、一斉に兵士達が銃を構えた。

 直後、無数のライフル弾がばらまかれる。

 無論、進藤達は逃げる為の隙を作る事が前提であり、まともに戦う事はしない。

 とにかく、自分達に銃弾が当たる事が無いよう、防戦に徹する。

 戦闘が始まって一分、最初に動いたのは陣野、山中、そして怪我を負った元田二等兵だった。

「進藤!! 必ず生きてまた会おう!!」

 元田を抱える陣野が進藤に言う。

「あぁ、お前らも絶対に死ぬなよ!!」

 進藤は振り向く事無く、陣野達を送り出す。

 そして陣野達が逃げるのを皮切りに、次々と兵士達が逃げ出していく。

 残ったのは進藤、狭山、凪紗、アスタの四人だ。

「そろそろ逃げろ、凪紗」

「あ、うん……、」

 俯き、覇気の無い声で凪紗が応じる。

「心配するなって。お前は自分が生き残る事だけ考えときゃいい」

「……ホントに……?」

 凪紗が何か言いようの無い表情で進藤を真っ直ぐ見つめる。

「『あの時』は……私や狭山くんを置いて一人で死のうとした……」

「うッ……、」

 凪紗が言っているのは北海道でアラビア軍事国とぶつかった時の事だ。

 あれを突かれると痛い。

「凪紗ちゃん、大丈夫だって! 今回は俺もコイツと一緒だからよ!! 例え、コイツが死にたがっても俺がさせねぇからな!!」

 隣から狭山が意地の悪い笑みを浮かべながら割り込んでくる。

 そんな彼を見て、進藤は薄く笑う。

「……頼もしいな……」

 進藤は凪紗の方に向き直ると、

「つーワケだ!! これで分かっただろ!! 俺は死なない、安心して逃げろ!!」

「うん、分かった……!!」

 まだ納得していない感じはあったが、少しばかり余裕のある声色に戻っていた。

 進藤と凪紗はお互いの拳を合わせ無言の約束を交わす。

「さ、行きましょう、凪紗さん!!」

「うん、ごめんね。時間とらせちゃって……」

 アスタが凪紗を促し、そのまま、二人は森林地帯に消えていく。

「さて……、後は俺達二人が逃げるだけなんだが……、どうするよ?」

「まぁ、ちょっと荒っぽいけど……やっぱコレだろ」

 そう言って、進藤が取り出したのは、

「うげッ……」

 狭山が嫌そうな声を出す。

 彼の目の前に出てきたのは、


「またC4かよ……」


 高威力のプラスチック爆弾だった。

 当然、敵との距離が距離なので、使用すればとんでもない爆風と、爆音に二人も容赦なく晒される事になる。

「全身蜂の巣にされるよりはマシだろ? ちゃんと耳塞いどけよ、逃げる時不便だからな」



 直後、爆発と共に少年二人の絶叫が響き渡った。


   ◆


 足音を消し、慎重に進む。

 感覚を研ぎ澄ます。

 三島雅人は多国籍軍ベースゾーンより南十三キロ地点を歩いていた。

 彼の他には誰もいない。

 同じ輸送車に乗っていた谷田部(やたべ)中尉や柳葉(やなぎば)少尉は先の襲撃で輸送車ごと焼き払われた。

 輸送車に乗っていた者は三島以外全員が死亡した。 三島は輸送車が敵軍自動鎧に撃ち抜かれる寸前に車内から身を投げ出し、ズタボロになりながらも九死に一生を得た。

(まさか、下士官を七人も失う事になるとはな……、完全に私のミスだ。奇襲を想定しておけば対策の仕様などいくらでもあったものを……)

 三島は周りに敵がいても聞こえない程小さく舌打ちする。

(おそらく、先程の襲撃で部隊員の二割はやられただろう……、襲撃の規模から考えてこの森林地帯にもかなりの人数が配置されているハズだ、……ベースゾーンまで辿り着けるのは部隊員の約六割といった所か)

 三島は極めて冷静かつ『冷酷』に状況を分析する。

 一部隊の指揮官としてほんの僅かでも私情を混ぜる事は許されない。

 生き残る人数を正確に予測し、その上でどのように作戦を遂行するかを考える。

 それが指揮官の役目だ。

 だが、その為にもまずは自分が生き残らねばならない。

「…………、」

 三島はその場で立ち止まる。

 次の瞬間、



 パアンッ!! と。

 一瞬で腰のホルスターから拳銃を抜き、真後ろの茂みを撃ち抜いた。



「ぎゃあッッ!!!?」

 短い悲鳴が響く。

 次いで、人間が地面に叩き伏せられる鈍い音が鳴る。

「いるんだろう? もう場所は分かっている。さっさと出て来い、クズ共」

 三島は冷酷な声で言い放つ。

「クソがッ!!」

 三島の周りから十人近い敵兵が飛び出してくる。

 三島は中央にいる隊長格らしき男と睨み合う。

 三島は軽く辺りを見回し、口許に僅かな笑みを浮かべて呟く。

「八人か……」

「テメェ……、日本軍だな?」

「フン、だったらどうする?」

「ぶっ殺す!! 俺らの国を土足で踏みにじらせはさせねぇ!!」

 ジャキジャキジャキッッッッ!!!!!!!! と、三島を取り囲む敵兵達が隊長格の男の叫びを合図に銃を構える。

「所詮は敗戦国の無能兵士だな。土足で他人の国を踏みにじっているのはどこのどいつだ? ここはまだアフガニスタンだぞ。アラビア軍事国の領土では無いハズだが?」

「うるッせぇんだよおおおぉぉぉぉぉッッッッッ!!!!」

 ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!!!! と。

 三島に向けて無数の銃声が響く。

 しかし、三島はそれを地面に伏せて全て避ける。

 そのまま目に付いた敵兵一人の眉間に鉛弾を叩き込む。

 それに続いて、流れ弾に当たった敵兵二人が地面に崩れ落ちる。

「三匹……」

 三島は呟く。

 その眼光に一切の容赦は無かった。

 獲物を狩る狩人の目。

 敵兵達をほんの僅かでも『人間』だと認識していない外道の目。

「ッッッッッ!!!!」

 隊長格の男は絶句し、後ろに跳び退がる。

 瞬間、三島はショットガンを抜き、隊長格の男に突き付ける。

「死ね」

 引き金に指を掛ける。

 刹那、


「隊長ッ!!」


 敵兵の一人が隊長格の男を庇うように立ち塞がる。

 しかし、三島は毛程も驚いた様子も無く、淡々と引き金を引く。

 ドパンッッ!!!! と、赤黒い中身を撒き散らして隊長格の男を庇った敵兵が倒れる。

「いい部下を持ったな」

 三島は隊長格の男に向けて見下すように吐き捨てる。

 そのまま、地面に倒れる敵兵の露出した内臓を掴むと、横合いから自分を狙っていた敵兵の顔面に叩き付ける。

「うぼッ!?」

 敵兵が怯んだ所で三島は一気に踏み込み、ショットガンのグリップで敵兵の頭を強打。

 倒れた敵兵の顔面にショットガンの銃口を突き付け、発砲。

 頭蓋骨が砕け、脳が飛び散る。

「五匹……」

「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃッッッッッ!!!!」

 恐れをなした敵兵の一人が背中を向けて逃げ出す。

「無能が」

 毒づき、三島は左手に握った拳銃で逃げる敵兵の後頭部を撃ち抜く。

 隊長格の男の放つ銃弾を転がるようにして避け、今さっき殺したばかりの敵兵を持ち上げると盾代わりに使い銃弾を防御。

 弾が切れると同時、穴だらけの死体を渾身の力で敵兵に投げつけ、転倒させる。

 三島は一瞬で距離を詰め、敵兵の腹部をショットガンで撃ち抜いた。

「うぼあッッッ!!!!」

「七匹……」

 敵兵の断末魔を聞く様子も無く、三島は隊長格の男に向き直る。

「後は貴様だけだ……」

 三島はゆっくりとした足取りで隊長格の男に歩み寄っていく。

「く……くそッたれがああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 隊長格の男は叫び、ライフルを構える。

 ガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!! と、滅茶苦茶に銃弾をばらまく。

 が、三島はそれを左に飛んで回避。

 片手でショットガンを構え、男の腕ごとライフルを撃ち抜く。

 ドバンッッ!!!! と。

 肉と骨の砕ける嫌な音が響き、男が地面に崩れ落ちる。

「あッがああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!!?」

 三島は倒れ、絶叫する男を一瞥し、冷ややかな声で吐き捨てた。

「場数が違う。わきまえろ、ゴミが」



 ――最後の銃声が鳴り響く。


   ◆


「まッ、待ってくれ!! 降伏する!! だから助けてくれ!!」

 二十人近い死体が散乱する中で唯一最後まで抵抗し生き残ったアラビア軍事国兵士、クルード=キルズは銃を捨て両手を挙げて降伏の姿勢を取っていた。

 まともな人間では無い。

 それがクルードの率直な感想だった。

 今、目の前にいる二人の少女はたった数分足らずで十倍近い数の兵士を殺害した。

 こちらの放つ銃弾はかすりもしない。

 目にも止まらぬスピードでかわされ、みるみる内に仲間は殺され、ついに自分一人になってしまった。

「た、頼む!! 俺に抵抗の意志はもう無い……!!」

 クルードは正面に立つ軍服の下にパーカーを着込んだ金髪のハーフのような少女にすがりつく。

 金髪の少女は唇に指先を当てて僅かに思案すると、隣にいたふわふわした茶髪の少女の方を向く。

「凪紗さん、こう言ってますけど、どうします?」

 凪紗と呼ばれた茶髪の少女はあまり考える様子も無く、答えた。

「ま、今回のアラビア軍事国制圧戦は戦争条約が機能しないからね。殺してしまって別に問題無いんだけど……」

「それでは……」

 金髪の少女はクルードの首筋にナイフを突き付ける。

「ッッ!!」

 クルードは歯を食いしばる。

 覚悟をしていなかった訳では無かった。

 自分は戦争条約を破った『野蛮な国』の軍人なのだ。

 そんな人間が助けてもらえるハズが無い。

 まして、目の前にいる少女は東洋人。

 まさに自国が条約を破って不当に攻撃した国の軍人だ。

 北海道制圧作戦の際、駐留していた部隊が上層部の命令を受けて奇襲を仕掛けた事は知っている。

 部隊の独断ならまだしも上層部の正式な判断だった事にクルードは胸が張り裂けそうな程ショックを受けた。

 自分が魂を捧げて貢献してきた国に裏切られたのだから。

 もはやアラビア軍事国に対しての忠誠心など欠片も無かった。

 しかし命令に従わなければ軍に捕らえられ、拷問、銃殺される。

 死にたく無かった。

 だから、最後まで―――最期まで、命ある限り抵抗しようと思った。

 多国籍軍に―――アラビア軍事国に。

 だが、ここまでだ。

 一ミリでも首を動かせば頸動脈を掻き斬られる位置にナイフを突き付けられている。

「では、出来る限り苦しまないようにしますので……動かないでくださいね……?」

 金髪の少女が僅かに哀悼の念を込めた声でクルードに言う。

「……けんな……」

「え?」

 クルードの呟くような声に金髪の少女が疑問の声を発した瞬間、



「ふざけんなあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」



 クルードが雄叫びを上げる。

 直後、首筋に押し付けられていたナイフの刃を素手で掴み、皮膚が切り裂かれるのも構わず無理矢理引き剥がした。

「ッッッッッ!!」

 二人の少女が慌てて後ろに跳ぶ。

 クルードは金髪の少女から奪い取ったナイフを逆手に持ち替え、少女達に詰め寄り、渾身の力で振り抜く。

 が、ナイフは虚しく宙を舞うだけ。紙一重で避けられた。

 クルードはすぐに踵を返し、二人から距離を取る。

 そうして、足許に転がっていたライフルを拾い上げ、構える。

 先程までの降伏するという気持ちは無かった。

 全身に少しずつ四肢を動かす為の力が戻ってくる。

「前言撤回だ……俺はテメェら二人をきっちりぶっ殺して逃げ切ってやる……!!」

 もし、この場を生き抜く事が出来たのなら、どこか他の国に亡命して一生平穏に暮らそう。

 こんな、血生臭い殺し合いはもうまっぴらだ。

 これが、アラビア兵としての『最後』の仕事だ。

「行くぞ、バケモノ共」

 クルードは迷い無く二人の少女に向かって突撃していった。


   ◆


 進藤、狭山の二人は生い茂る草を掻き分けながら匍匐前進で森林地帯を進んでいた。

 時々、先の鋭い草や転がっている木の枝で顔の皮膚が切られるが気にしない。

 堂々と森の中を歩き回って敵兵に見つかる方がよほど厄介だ。

「なぁ進藤、多国籍軍のベースゾーンってのはどこら辺にあるんだ?」

「携帯端末を見る限りじゃ、ここアフガニスタンとアラビア軍事国のちょうど国境の辺りだな。大方、アラビア軍事国の基地だった所を襲って制圧した後、自分達の自動鎧整備基地として利用してるんだろうな」

「たしか今回、制圧戦に参加してんのがヨーロッパの列強数ヶ国、そして俺達東アジアの国々だったよな……。エグい事しやがるぜ、二十ヶ国近い多国籍軍で一個の基地襲ったってか?」

「そこまでされたってヤツらは文句の一つも言えない立場なんだよ。先に世界相手にケンカ売ったのはアイツらなんだしな、まさに自業自得ってヤツだよ」

 進藤と狭山が何気ないやり取りを交わしていると数十メートル先からサクサクと草を踏む音が複数聞こえてきた。

 二人は即座に会話を切り上げ、息を潜める。

「(オイ狭山! 索敵マイクあるか!? 今は少しでも情報が欲しい!)」

「(ちょっと待ってろ! たしかここに……!)」

 狭山は背負っていたリュックサックを探り小型のマイクを取り出すと、自分のライフルの先端に取り付けた。

 次いで、ワイヤレス式のイヤホンを二つ取り出し、片方を右耳に取り付け、もう片方を進藤に手渡す。

 進藤がイヤホンを取り付けたのを確認すると、狭山は索敵マイクを装着したライフルを足音のする方に向ける。

 僅かなノイズと共に小さな声がイヤホンから聞こえてくる。

『どうだ? 見つかったか!?』

『いや、こっちには無かった……、そっちはどうだった?』

『こっちもダメだ……、それどころかアラビア兵一人も見つからない』

 三番目に喋った男の言葉に二人は目を見開く。

「(アラビア兵じゃ無い……?)」

 進藤が怪訝な表情を見せる。

「(なぁ進藤……コイツらって……)」

「(……もしかすると……『ココ』の兵士かもな……)」

「(ココって……、まさかアフガニスタンの軍って事か? 残念だがそれはねぇよ、多国籍軍はアラビア軍事国制圧戦の内容をアフガニスタンに伝えてんだ。制圧戦に参加もしてねぇアフガニスタンが敵探す為にわざわざ軍隊よこすかよ?)」

 狭山の指摘を受けて進藤が考え込む。

「(民兵……じゃないか? 正規の軍が動かないってんなら、おそらくそれだ)」

「(言いたい事は分かるが……、何の為にだ? それこそ非戦闘員が動く理由がねぇぞ)」

「(とにかく、まずはヤツらの姿を確認しよう。正規兵なのか民兵なのか知っておくぞ)」

 二人は音を立てないように話し声のする方を覗き込む。

 ――いた。

 数は六人。ボロボロの布にスプレー塗料を吹き付けて迷彩を施したギリースーツを身に纏い深くフードを被っている。

 全員が銃を装備しているが、種類がバラバラで統一されていない。

 自作の迷彩と統一性の無い装備、この二点から考えてやはり民兵で間違い無い。

「(後は何で民兵がいるのかって事だけど……)」

「(その為の索敵マイクだろ? 連中、今、報告会みてぇな事やってる最中だし、目的も聞き出せんじゃねぇか?)」

 狭山に促され、進藤は再びイヤホンに感覚を集中させる。

『これでこの付近はあらかた捜索し終えたな』

『あぁ、候補はもう無い』

『後はここから北東に九キロのエリアだけだな』

『早いとこ見つけて破壊してしまおう。でなければ村の皆が安心して夜も眠れない』

 民兵の男達の会話を聞きながら進藤は眉をひそめる。

 隣にいる狭山も表情が曇り始める。

 何やらキナ臭くなってきた。

 男達がアラビア軍事国に対して何か物騒な事を企てているのは間違い無い。

 それは一体何なのか? そう思った所で男達の内の一人から決定的な言葉が放たれた。



『アラビア軍自動鎧の整備基地、必ず爆破してやる』



「「!!!!!!!!」」

 進藤、狭山の二人が顔面を蒼白にして驚愕する。

「(あのバカ共、一体何考えてやがるんだ!?)」

「(スカイキラーの整備基地の事だな……!! くそッたれ!! 素人が安易な事考えやがってッ……!!)」

 進藤が明確な焦りと怒りを滲ませた声で激昂する。

 合点がいった。

 あの民兵の男達はこの付近の村の住人だ。

 おそらく、アラビア軍事国は侵入してくる多国籍軍を迎撃しやすくする為、他国であるアフガニスタンに勝手に自動鎧の整備基地を建造したのだろう。

 それがあの男達に知られた。

 自分の家の付近で自動鎧なんて代物を暴れさせれば、どんな被害を及ぼすか分かったモノでは無い。

 だから、男達は自分の身を、家族の身を、村の安全を守る為に戦おうとしているのだろう。

 生身の身体では自動鎧の破壊は困難、それを分かった上で男達は自動鎧をメンテナンスする為の整備基地を襲おうとしている。

 理には適っている。

 自動鎧の調整が出来なくなれば必然的に自動鎧は戦えなくなる。

 生身の身体で戦うよりかはよほど賢明な判断だといえるだろう。

 しかし、

「(後先考えず直感だけで行動してやがる……!! 整備基地なんてモンを爆破でもしてみろ、一瞬でアラビア軍が飛んでくるぞッ!! そうなりゃ殺されんのはお前達なんだぞ……!!)」

 進藤が呻くように言う。

「(どうする進藤!? このままほっとけばアイツらマジでやりかねねぇぞ!!)」

 進藤は無理矢理頭を冷静にさせ、思考を巡らす。

「(逆に考えるんだ……!! 言ってしまえばアイツらはある程度整備基地についての情報を掴んでいる、ならこのまま黙ってアイツらに整備基地まで案内してもらおう)」

「(オイ……お前まさか……)」

 何かを悟ったらしき狭山が恐る恐る進藤に尋ね掛ける。

「(俺達二人でスカイキラーの整備基地を無力化するぞ、それもアラビア軍に気付かれないよう『穏便』にな)」

 壮絶に反対する狭山を完全無視し、進藤は民兵の男達の後をつけていく。


   ◆


 全身を叩き付けるようなスコールが進藤と狭山を襲う。 

 軍服の裏地には防水加工が施されてはいるが、襟元から入ってきた水が気持ち悪い。

 二人は雨でぬかるんだ地面に這いつくばり、泥まみれになりながら匍匐前進で進む。

 民兵の男達を尾行し始めてから二日。

 男達がスカイキラーの整備基地があると目星をつけているエリアまでは九キロしかなかったので、本来なら急げば一日で着く距離だろう。

 だが、男達は頻繁に休憩を取りながら、数人ずつの班を作り、念入りにこの辺りを調べ直しているのでなかなか進まない。

「(くそッ……!! まどろっこしい……!! さっさと出発しやがれ、尾行してる方の身にもなってみろってんだ……!!)」

 狭山が忌々しそうに呟く。

「(あんまりデカい声出すなよ、気付かれる)」

 狭山の後方で休息を取っていた進藤が小声で囁く。

 狭山は進藤の方に振り向き、

「(つっても……一昨日から一体どれくらい進んだよ……、もう俺は限界だっつの……)」

「(後一日あれば着くんじゃないか? ま、それからアイツらが整備基地を見つけ出すのにどれくらいかかるのかは分からないけどな)」

「(ちきしょう、壮絶に帰りてぇ……!! 回れ右してさっさとベースゾーンまでダッシュしたい!!)」

「(ヤツらを見つけちまった以上、これは俺達だけの問題じゃ無いんだよ。スカイキラーがアフガニスタンに陣取ってる限り、後続の軍隊は必ず迎撃される。それを防ぐ為にもここでスカイキラーの整備基地を無力化しておくのが無難なんだよ)」

 進藤に諭され、狭山は舌打ち混じりに男達に向き直り、情報収集を再開する。

 数分後、ようやく男達が動いた。

 二人は物音を立てないように慎重に尾行する。

 長い一日になりそうだ。


   ◆


「あったぞ!! あそこだ!!」

 民兵の男達の内の一人、ケヴィン=クラークは歓喜した声で言った。

 前方には森林地帯に紛れ込ませるように迷彩の施されたアラビア軍事国軍の自動鎧整備基地がある。

 ケヴィンは警戒感を強め、ギリースーツのフードを深く被り直す。

 身体を伏せ、ライフルのスコープを覗き込む。

 基地の周囲にアラビア兵がいる様子は無い。

 ざっと周囲を見渡してみるが、監視カメラらしき物も見当たらない。

「セキュリティが甘すぎだぜ……!! 自分達が攻撃される事を微塵も考えてねぇなありゃあ……!!」

 ケヴィンは勝ち誇ったように呟くと、ギリースーツの中から大量の爆薬を取り出す。

「予定通りだ。散開してそれぞれ爆薬を仕掛けるぞ。後は安全圏まで離れて一斉にドカンだ」

 ケヴィンの言葉に仲間達は頷き、

「了解だ。必ずぶっ壊してやろうぜ、こんなクソみてぇな施設」

 そう言って、行動を開始しようとした瞬間、



「動くな」



「ッッッッッ!!!!!!」

 突如、背後から聞こえてきた声にケヴィンが絶句する。

 仲間達も同様に言葉を失い、地面にひれ伏す。

 微かに金属質な音が聞こえてくる。おそらく銃を持っているのだろう。

 となると、

「アラビア兵か……!?」

「いや、違うな」

 背後にいる男はあっさりと否定する。

 ケヴィンはゆっくりと後ろを振り向く。

 そこにはライフルを構えた東洋人の少年が二人佇んでいた。

「俺は日本陸軍第七部隊所属、進藤勝真上等兵だ。悪いがこの三日間アンタ達をつけさせてもらった」

 黒い髪の少年が銃を突き付けたまま屈み込んでくる。

 素人目にも一目でプロだと分かる。幼いながらも訓練を受けた本物の軍人だ。

「俺達を殺すのか……?」

 ケヴィンは歯噛みしながら問い掛ける。

「日本軍って事はアラビア軍事国制圧作戦に参加してる多国籍軍だろ? なら、そっちとしても願ったり叶ったりじゃねぇか。お前達が手を汚すまでも無く、アラビア軍の整備基地を破壊できんだからよぉ!! 俺達を殺す理由なんかねぇだろうが!!」

「別にアンタらを殺しに来た訳じゃ無い。けどな、アンタらみたいなド素人に考え無しに勝手に動かれると困るんだよ」

「なら!! 我々はどうすればいいんだ!? 多国籍軍を攻撃する為、村の近くにあんな物を建てられて毎日のように家族は自動鎧の恐怖に晒され続けている!! いつ流れ弾が跳んでくるかも分からない!! この状況で我々に残された手はこれしか無いんだ……!!」

 ケヴィンは悲痛な声で感情を搾り出す。

 整備基地の件を警察や軍に言っても誰もケヴィン達の村の為に動こうとはしてくれなかった。

 小さな村一つより、自分達の利益や安全を優先された。

 よって、ケヴィン達は村の為、家族の為、危険を侵してまで、どこにも頼らず自分達だけで問題を解決しようとしたのだ。

 自分達に味方などいない。そう思っていた。

 だから、こんな事を――それも他国の人間に言われるなど微塵も考えて無かった。



「だからここは俺達に任せておけって言ってんだよ」



 黒髪の日本兵は迷い無く言い放つ。

「そういうのはアンタ達民間人のやる事じゃ無い。俺達軍人の仕事だ。安心しなよ、一日でケリつけてやるから。それも騒ぎにならないようにな」

 黒髪の日本兵は突き付けていた銃をどけると、隣にいた茶髪の少年を手招きし、整備基地の方へ向かっていく。

「アンタらは早く家族の許へ帰ってやんな。俺らには『家族』ってモンがいまいち分かんないけどさ。アンタ達の大切な人って事は間違い無いんだろ? だったらそいつらを悲しませるんじゃねぇ。人を殺して手を汚すのは俺達だけでいいんだ」

 去り際に黒髪の日本兵はそれだけ言い残し、森の中に消えていった。

 しばらくその様子をケヴィン達は呆然と眺めている事しか出来なかった。

 実際には彼らも警察や軍と同様、ケヴィン達を助けてやろうという気持ちは無く、単に多国籍軍の利益と安全の為に動こうとしていただけだったのだが、事情を知らないケヴィンにはどうしようもなく彼らが誇り高く、気高い存在に感じられた。


   ◆


 進藤は樹の上からライフルのスコープを覗き込み、同時に索敵マイクで情報を収集する。

「どうだ? 進藤」

「監視カメラも無ければ、周囲に敵兵がいる様子も無いな。センサー機器の駆動音も聞こえない。文字通りのスキだらけだよ。逆に罠なんじゃないかと疑いたくなるね」

「つっても俺らには潜入する以外の道はねぇけどな。で、どうするんだ? 潜入経路の方はよ」

「そうだな……」

 狭山に指摘され、進藤は再びスコープに視線を戻す。

 流石に入口から堂々と入るのはマズイ。

 敵兵の軍服でも奪えれば話は別だが。同じアジア人だけあって顔の方も迷彩具を使って『それっぽく』整えれば十分ごまかせただろうし。

 だが、敵兵がこの場にいない以上、それは無理だろう。

(何かいい手は……)

 進藤がぼんやりと考えていると、突如索敵マイクがガサガサという『人間』が草をかき分ける音を拾った。

「!?」

 進藤は慌てて音のした方向にスコープを傾ける。

 そこには、

「ハッ!! タイミング良くカモがやってきたぜ……!!」

 進藤の前方、数十メートル先に基地から出てきたアラビア兵が二人。

 さっそく進藤はライフルから索敵マイクを取り外し、代わりに消音器を取り付ける。

 次いで目だけで狭山に合図を送る。

 狭山は頷くと腰に提げた軍刀を抜き、音を消しながら敵兵に近づいていく。

 進藤はライフルをセミオートに切り替え、再びスコープを覗き込む。

 叢をかき分けて進む狭山の姿が目に入る。

 神経を研ぎ澄ます。

 狭山と敵兵の距離が二メートル程まで縮まった瞬間、進藤は引き金を引き、銃を撃発。敵兵の頭部を撃ち抜いた。

 続いて、狭山がもう一人に接近。突然の銃撃にうろたえる敵兵の首を叩き落とす。

 断面から大量の血液が噴き出し、そのままぬかるんだ地面に崩れ落ちる。

「よしッ!!」

 進藤は樹から飛び降り、狭山の方へ駆け寄る。

「うまくいったな」

「所詮、ただの整備兵だったって事だ。まるで実戦に慣れてねぇ」

 狭山は吐き捨てると、横たわる死体から軍服を剥ぎ取っていく。

 進藤は軍服を受け取ると眉をひそめ、

「怪しまれそうだし、血だけでも落としておきたいな。どっかに水場は無いか?」

「このスコールだ。雨の水だけで十分落ちんだろ」

「それもそうか」

 二人は入念に血を落とすと、自分たちの軍服を脱ぎ捨て、奪った軍服を着る。

 裏地にもびっしょりと付いた雨水が気持ち悪い事この上無いが、贅沢は言ってられない。

 携行していた迷彩具で顔を浅黒く塗り、日本人らしさを隠す。

 装備も全て敵兵の持っていたバックパックに詰め替え、ライフルも敵兵の物と交換した。

「よし、行くぞ」

 死体を叢の中に隠し、二人は整備基地へ向かう。


   ◆


 一応、誰もいない事を確認してから基地の中に潜入した。

 不思議な事に、通路を歩けど歩けど一向に敵兵とすれ違う事は無い。

 狭山は眉をひそめ、傍らの進藤を見る。

「他の奴らはどこにいんだ?」

「おそらくスカイキラーのメンテナンスじゃないか? 戦闘が想定されてない場所だし、詰めているのは整備兵だけだろ。それなら説明がつく」

「なるほどな、ならこっちとしちゃあ好都合だ」

「あぁ、予定通りいくぞ」

 二人は頷き合い、それぞれ別方向に向かって歩き出していく。

 進藤は敵兵から奪った携帯端末を操作し、整備基地の見取り図を呼び出す。

 地図の表面を目で追いながら目的の場所を探す。

 そして、見つけた。

「あそこか……」

 進藤は呟くと、携帯端末をしまい、速足で歩きだす。

 

   ◆


 狭山は地図を頼りに整備基地内の通信施設を目指し、歩いていた。

 途中、三人程の敵兵すれ違ったが怪しむ者は一人もいなかった。

 狭山は通信室の前までやってくると、静かにドアを開ける。

 面倒くさい認証システムが無くて助かったと内心ホッとしながら室内に入る。

「さーてと!! あん時の借りを返させてもらうとするかぁ!!」

 狭山は意地の悪い笑みを浮かべ、バックパックから取り出したC4を少量ずつ室内に仕掛けていく。

「よし、こんなモンか……」

 あらかた仕掛け終えると、狭山はそそくさとその場を後にしようとした。

 そこで、



「貴様、何をしている!?」



「ッッッッ!!!!」

 背後からの声。

 ――見付かった。

 狭山の顔から嫌な汗が噴き出す。

 だが瞬間、狭山は動いた。

「ふッッ!!」

 一気に後退し、強烈な後ろ回し蹴りを敵兵のスネに叩き込む。

 敵兵が倒れた所で背後に回り、首を締め上げる。

「かッ……あッ……!!」

「へッ!! ここに来ちまった事を呪いな!!」

 数秒程で敵兵の呼吸が止まる。

 狭山は死体を機材の陰に隠し、その場を後にした。


   ◆


 進藤はスカイキラーの整備施設の外壁の前まで来ていた。

 進藤はバックパックから鉤爪つきのロープを取り出し、上に投げつけた。

 鉤爪は外壁の高さ十メートル程にある小さな窓のサッシに引っ掛かる。

「よし!!」

 進藤はロープを引っ張って鉤爪が外れない事を確認してからロープを伝って外壁を登り始める。

 鉤爪を引っ掛かけた所まで登りきると進藤は窓を覗き込み、中の様子を確認する。

 決して広くはない整備施設の中央にスカイキラーが設置され、その周りを取り囲むようにして整備兵達がメンテナンスに勤しんでいた。

 クレーンやコンピュータの作動する耳障りな音が壁越しにも聞こえてくる。

(これならバレる事は無いか……!!)

 進藤はここに来る途中で拾ってきたガムテープを窓に貼り付け、ライフルのグリップで強打。

 小さな破砕音はすぐに周囲の雑音にかき消され、聞こえなくなる。

 ガムテープを貼っていたおかげで割れた破片が下に落ちる事は無かった。

 進藤はガラスの破片ごとガムテープを剥がし、一度下に降りるとガムテープで丸めた破片を投げ捨てる。

 改めて外壁を登り、割れた窓から整備施設内に侵入する。

(といっても、堂々と施設ん中歩き回る訳にはいかない……。さて、どうするか……)

 進藤は天井を見上げる。

 天井には無数の鉄骨が複雑に組まれていた。

 おそらく、コスト削減の為に板を貼り付ける事無く、骨組みのまま残しておいたのだろう。

(移動する為の足がかりはあそこしか無いか……)

 進藤は鉤爪ロープを鉄骨の一つに引っ掛け、よじ登る。

 整備兵達はスカイキラーの整備に夢中でこちらに見向きもしない。

 鉄骨の上に乗り上げると急いでロープを回収する。

 進藤はその上を早足で移動していく。

 鉄骨から床までの距離はおよそ十五メートル。命綱は無し、落ちればまず命は無い。

 自分の顔から冷や汗が流れるのを感じながら進藤は『目的』の場所まで歩いていく。

 進藤と狭山が立てた作戦、それは敵軍の『通信施設』と『整備施設』を破壊するというものだった。

 整備基地全てを破壊せずとも、この二つさえ壊せれば基地の最低限の機能を奪う事が可能。

 だが、この広さの整備施設を兵士一人の火力で全壊させる事は出来ない。

(だから、『ココ』を吹っ飛ばす!!)

 進藤が見据えるのは整備施設内の隅に置いてある巨大なコンピュータだった。

 ――『自動鎧構造データベース』。それがあのコンピューターの名称だ。

 あの機器は自動鎧の構造が全て立体映像で見る事が出来るようになっており、ネジの一本、埋め込まれているミクロサイズのチップの位置まで必要項目を入力するだけで正確に知る事が可能。

 自動鎧の構造はとてつもなく複雑であり、熟練した職人、整備兵であっても『正確な設計図』が無ければ到底、整備などままならない。

(あの程度の規模なら手持ちのC4の半分も必要ないな……、さっさと爆破して終わりにしてやるよ……!!)

 進藤は施設内の人気(ひとけ)の無い場所を見繕うと足早に下に降りる。

 急いで鉤爪ロープを回収し、コンピュータの方に向かう。

 雨でびしょ濡れの進藤を不審そうな目で見る者もいたが、特に言及はされなかった。

 コンピュータの前に着くと、操作をするフリをしながら袖口に仕込んだ電気信管付きのC4を慎重に貼り付けていく。

 正直、敵軍基地の真っ只中でこんな事をするのは生きた心地がしなかったが、何とか恐怖を押し殺して作業を進める。

 全てのC4を仕掛け終えると再び降りてきた場所に戻り、鉤爪ロープを使って上に登る。

 細い鉄骨の上を渡り、侵入に使った窓から施設を脱出する。

 進藤は無線機を取り出すと狭山に連絡を取る。

「こっちは何とかなった!! お前の方は!?」

『俺の方も問題ナシだ!! 予定通り五分後に基地の外で落ち合うぞ!!』

「分かった!! それじゃあやるぞ!!」

 無線を切ると、そのまま周波数を変え、ボタンを押す。

 直後、



 ボッゴオオオオオオオォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!! と。

 狭山が通信室に仕掛けたC4と進藤が整備施設に仕掛けたC4が一斉に起爆した。



「へッ! ざまぁみやがれ!!」

 進藤は吐き捨てると、急ぎ足で出口まで向かう。


   ◆


「い、一体何が!?」

 突然の爆発に整備兵達が泡を食ったように慌て始める。

「データベースをやられた!! すぐに本部に連絡しろッ!!」

 整備長が声を大にして周りの兵士達に指示を出す。しかし、

「出来ません!! データベース爆破と同時に通信施設も破壊されています!!」

 ドアを開け放ち、整備施設に飛び込んできた若い整備兵が慌てて報告する。

「通信、整備施設を両方共だと……!? くそッ!! 多国籍軍の仕業だな……!! 知らない間に族の侵入を許したか……!!」

 タイミングから考えて、先日襲撃した日本軍の生き残りからの報復か何かだろう。

 整備長は忌々しそうに舌打ちすると、

「銃を取れッ!! 何としても日本兵を見つけ出し始末しろ!! それと今すぐ大尉を呼べッ!!」

「あの……、大尉ならすでに出て行かれました!!」

 部下の報告に整備長は僅かに口許を吊り上げ、

「そうか、ならいい。大尉が出たのなら族が何人いようと生き残らない。死体回収の準備だけしておけ」

「了解しました!!」

 部下達が出て行く。

(回りくどいが、一度本部に戻り、オリジナルのデータベースを手に入れられれば自動鎧はまだ戦える。今は族を始末する事が優先だ。……それにしても族も運が無い……この整備基地に喧嘩を売る事がどういう事か思い知らせてやる)


   ◆


「走れッ!! 今の内に逃げれる所まで逃げるんだ!! 運良く無線の通じる場所まで行けば助けを呼べるかもしれない!!」

 狭山と合流した進藤は全速力で多国籍軍ベースゾーンを目指して走っていた。

 すでに体力は尽きかけていたが、脚を止めればすぐにでも敵兵に追い付かれる。

 二人に逃走以外の選択肢は残されていなかった。

「ッ!! オイ進藤!! もうすぐ森を抜けるぞ!!」

 狭山の言葉を受けて進藤は彼の指差す方向を見据える。

 うっすらとだが光が見える。

 進藤は走りながら携帯端末を取り出し、地図を開く。

「しめた!! この先は川だッ!! 橋は一本しか無い!! ここを渡って橋を爆破すれば逃げ切れるぞ!!」

「マジか!? そうと分かりゃ話は早い!! さっさと――」

 狭山が言いかけた瞬間、



 スパァンッッ!!!! と。

 真後ろから鞭の叩き付けられるような甲高い音が鳴り響いた。



「があああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!!!!?」

 狭山が絶叫し、地面に叩き伏せられる。

「狭山ッ!?」

 慌てて駆け寄ると、狭山の背中から大量の血が流れているのがうかがえた。

 服が破れ露出した背中の肉が斜めに十センチ程裂けている。

「しっかりしろ!! くそッ、一体どこから……!!」

 進藤は辺りを見渡すが雨の音以外は何も聞こえない。

「くそッたれ!!」

 進藤はライフルを構え、辺りに銃弾をばらまく。

 こちらの位置は襲撃者に知られている。なら、多少弾を無駄遣いしても、出来うる限り敵を近付けさせないのが最善の手だ。

 銃弾がぬかるんだ地面を弾き飛ばし、木の幹を削り取る。

 だが、人間の悲鳴のようなものは聞こえない。

「はぁ、はぁ……。どこにいやがる……」

 進藤が呻く。

 と、次の瞬間、



 ・・・

「ココよ」



「ッッッッ!!!!!?」

 真上からの声。

 そして、耳に響く鞭のしなるような音。

「ああああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 咄嗟に真横に跳ぶ。

 刹那、突如目の前に現れた黒いロープのような物体が地面を大きく弾く。

「なッ……!!」

 進藤は顔を両手で押さえながら驚愕する。

 一瞬でも跳ぶタイミングが遅れていればどうなっていたか分からない。それ程の威力だった。

 進藤はたった今飛んできたそれに視線を傾ける。

 黒いロープ状のそれは、やはり間違い無く革製の鞭だった。

 捕らえた捕虜の尋問及び、拷問に使われる一般的な代物だ。

「何で……こんな物が……」

 進藤が疑問の声を口にした時、



「よく避けたわね、すごいじゃない」



「!!」

 前方からの女の声。進藤は慌てて前に視線を戻す。

 そこには一人の女性が佇んでいた。

 長い銀髪に褐色の肌、スタイルのいい身体の上に装飾の付いた指揮官用の軍服を着ている。

 女の右手には鞭の柄が握られている。そこから伸びる革製の太い糸はちょうど進藤の傍らに横たわっている。

 この女が一瞬で狭山を叩き伏せた襲撃者。

 ただの拷問用の道具で人間の皮膚を切り裂き、致命傷を与えた者。

 女は薄く微笑み、進藤の前に一歩、歩み寄る。

 そして勢い良く鞭を自分の許へ引き寄せ回収し、構える。

「攻撃のタイミングを教えてあげたとはいえ、ちゃんと躱せるとは思わなかったわぁ。そっちに転がっているコよりはやりそうね」

「テメェは……何だ……、誰だ!? お前は!!」

 自分の心拍数が上がっていくのを感じる。

『答え』は訊かずとも分かっていた。

 だが、訊かずにはいられなかった。

 心のどこかでそうであってほしくないと願っている自分がいたから。

 しかし、彼の望みはあっさりと打ち砕かれた。



「アタシはアラビア軍事国軍大尉、アミリヤ=ラーディン。『選ばれなかった者』のアーマードよ」



「ッッッッッッ!!!?」

 女の言葉に進藤が顔面を蒼白にして絶句する。

 恐れていた『答え』。

 今、目の前にいる敵が人間を超えた正真正銘の化け物だという事。

 女は表情に妖艶な笑みを滲ませ、まるで小さな子供をあやすような声色で言う。

「こちらの援軍が到着するまでお姉さんと遊びましょ、日本兵の坊や? それまでアナタが無事かどうかは分からないけどね?」

「くッ!!」

 進藤は咄嗟にライフルを構え、戦闘態勢に入る。

 雨とも冷や汗とも分からない、気持ち悪い液体が顔を伝う。

 最悪の場面で、最悪の展開で、最悪の条件で、最悪の敵と――人間を超越した存在と脆弱な人間の戦いが始まる。


   ◆


 進藤が動く。

 地を蹴り、女――アミリヤに突撃、一気に距離を詰めフルオートのライフルを撃発。

 派手な炸裂音を鳴らせライフル弾が発射される。

 しかし、アミリヤはその全てを完璧に見切り、無駄の無い動きで回避。同時に片手で持った鞭を真横に薙ぐ。

 鞭がしなり、一撃必殺の脅威が進藤に襲い掛かる。

「ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 進藤はそれを身体大きく振って避け、後ろに後退する。

 直後、ホルスターから拳銃を抜き即座に反撃。

 が、

「甘いわよん☆」

「!!」

 アミリヤが微笑む。

 その一瞬後、



 バシィンッッ!!!! と。

 彼女の振るった鞭が進藤の放った銃弾を直撃寸前の所で『はたき』落とした。



「なッ……ん……!!」

 進藤は驚愕しながらも手を緩める事なく銃を連射する。

 だが、アミリヤが連続して鞭を振るうとその全てが例外なく迎撃される。

「これで終わり? お姉さんはまだまだ物足りないわよん☆」

「くそッ!!」

 進藤は大きく後ろに跳ぶと、弾切れした拳銃を片手でリロード。次の瞬間、拳銃を真上に放り投げ、軍服から手榴弾を取り出す。

「吹っ飛べッッ!!」

 ピンを歯で挟んで抜き、アミリヤめがけて投げつける。

 直後、手許に落下してきた拳銃をキャッチし、狙いを定め、発砲。

 銃声と共に手榴弾が炸裂、派手な爆音を撒き散らす。

 拳銃を投げてから攻撃に移るまでの所要時間、約一秒。回避する時間も与えない怒涛の連撃。

 だが、進藤はそこで気を僅かでも緩める事はしなかった。

 地面に飛び込むように前転し、その場から離れる。

 直後、爆煙を切り裂いて現れた鞭が一瞬前まで進藤のいた場所を弾き飛ばす。

「中々優秀ねぇ♪ というより慣れてるみたいね? アーマードと戦った事があるのかしら?」

 煙の中から傷一つついていないアミリヤが姿を現す。余裕は一切崩れていない。

「……慣れてるって程でも無いけどな……、あるぜ、アーマードと戦った事も……生身で自動鎧と戦った事もなぁッ!!」

 叫び、進藤はライフルをアミリヤめがけて連射。

 ガガガガガガガガッッッッッッ!!!! と、一斉にライフル弾が撒き散らされる。

 弾数の少ない拳銃ならともかく、短時間に数十発、発射されるライフル弾を防ぎ切る事などいかにあの女だろうと出来ない。現に、最初のライフルによる銃撃は『防ぐ』のでは無く、『避けて』いた。

 だが、結局は回避される。どの道、銃弾がヒットしない事に変わりは無い。

 だから、



 撃ち終わった直後、進藤はライフルを投げ捨て、アミリヤに単身突撃した。



「おッッらあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 雄叫びを上げ、回避直後で僅かに態勢の崩れたアミリヤに体当たりをかます。

「ッッ!!」

 進藤とアミリヤが同時に転倒。瞬間、進藤が渾身の頭突きを彼女の額に叩きつける。

 怯んだ所を狙い、即座に抜いた拳銃でトドメを刺そうとする。

 が、突如正面から伸びてきた手に拳銃が鷲掴みされ、そのまま金属製の銃が勢い良く『握り潰された』。

「ッッッッ!!!?」

「惜しかったわね……」

 直後、右の頬に鈍い衝撃。気がついた時には宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられていた。

 一瞬遅れて自分が殴られたのだという事に気付く。

 脳を揺さぶられたのか意識が朦朧としてくる。

 だが、その意識は一瞬で覚醒させられる事になった。



 スパアァァァンッッ!!!!!! と。

 アミリヤの鞭が無防備な進藤の胴体に直撃した。



「ぐァァあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 身体を走り抜ける焼けるような強烈な痛みに傷口を押さえる隙も無く、絶叫し、のた打ち回る。

 瞬間、アミリヤが腰のホルスターから大型の拳銃を抜き、連続で発砲。

 ガンガンガンッッ!!!! と、大音量の炸裂音を撒き散らし、大口径の銃弾が進藤に襲い掛かる。

「ッッッッッッ!!!!」

 進藤は地面を転がるようにして回避するが、避けきれなかった銃弾が左肩の肉を弾き飛ばす。

「があああッッ!!!!」

 今度こそ身動きのとれなくなった進藤の顔面にアミリヤの強烈な蹴りが突き刺さる。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 高笑いを上げながら容赦の無い暴力を繰り返す。

 ぐったりと、動かなくなった進藤を一瞥してアミリヤは快感にも似た表情を浮かべた。

「あらん? もう壊れちゃったの? お姉さんはまだまだ物足りないわよ?」

 進藤の髪の毛を掴み、持ち上げる。僅かにだが意識はあった。

 苦痛の表情を滲ませる進藤を見て、さらに恍惚の表情になるアミリヤ。

 だが、そこで気付いた。

 苦痛の中に混じる、進藤の薄笑い。

 直後、



 ドスッッ!! と。

 背後から一本の軍刀がアミリヤの左胸を貫いた。



「は……?」

 アミリヤの口から疑問の声が漏れる。



「待ったぜ……!! テメェが完全に油断するこの時をなぁ……!!」



 アミリヤに軍刀を突き立てた狭山が口許を吊り上げる。

「ご……ぶッ……!!」

 狭山が軍刀を抜くと同時にアミリヤの口と胸から大量の血液が噴き出す。

 進藤の髪を掴む手から力が抜け、手放す。

 地面に崩れ落ちた進藤は両手で這いつくばり、アミリヤを見上げ、不適な笑みを浮かべる。

「な……なぜ……? このコはもう動けなかったハズ……」

「『コレ』だよ……!!」

 そう言って、進藤は軍服のポケットに手を伸ばす。

 そこから出てきたのは、『白い錠剤』だった。

「『痛覚遮断(ペインアウト)』……!! 強力な副作用と引き換えに、文字通り痛覚を完全遮断する薬だよ……!! アンタと戦ってる最中、どさくさ紛れに投げ渡しておいたんだよ……!!」

 言い、進藤はその錠剤を口に入れ、噛み砕く。

 ――痛みは、もう無い。

 進藤と狭山は武器を構え、アミリヤに詰め寄る。

「終わりだ、アンタみたいに戦いを『楽しんで』いるヤツが、本気で生き残ろうとしている人間に勝てる訳無いんだよ」

「ひッ……!!」

 アミリヤがたじろぐが関係ない。

 狭山が軍刀を振りかぶる。

 進藤がライフルの銃口を突き付ける。



 ――直後、人間を『破壊』する音が鳴り響いた。


   ◆


「はあッ……はあッ……」

 進藤、狭山の二人は森を抜け、ベースゾーンへ向かう為の橋を渡っていた。

 既に『痛覚遮断』の効果は切れている。

 全身を襲う苦痛に耐えながら二人は歩く。

「全くよ……、今でも信じらんねえぜ……!! こんな状況でアーマードをたった二人で倒すなんてよ……!!」

「……だが、覚悟はしておけよ……、『痛覚遮断』の副作用で一週間近くは動けなくなるハズだ。それまで出来る限り進んで、ヤツらに見付からない場所に隠れるぞ」

 向こう岸まで渡りきると、進藤はバックパックからC4を取り出し、橋に貼り付けていく。

 電気信管を突き刺すと進藤は一呼吸置き、無線機のボタンに指をかける。



「これが俺達『日本軍』からお前たち『アラビア軍事国軍』への最初の攻撃だ。よく噛み締めやがれ」





                  (続く)

 前回の更新から一カ月以上経ってしまいました……。

 新作の二次創作と同時進行でやっていたもので……、誠にすみません……。


 ――とりあえずこの話は置いといて、


 そんなワケで今回から長編突入です!!

 今までは一話の中で章立てをしてましたが、今回からは一話=一章としてやっていきます。

 ただ、一話の中で『大きな目的を達成する』、というスタンスは崩さずにやっていくので相変わらずクソ長い話になりますが、どうか最後までお付き合いください。




 ……前回の後書きで再登場の予定無しとか言ってたくせにいきなり陣野と山中が登場……、まぁすぐに出番終わったけど。


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