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ARMOR BREAKER  作者: 勾田翔
ARMOR BREAKER
3/27

対馬海峡通行阻止戦

 今度の舞台は海!!

 といっても設定上真冬のこの世界で水着イベントなんかもちろんありません!!

 ―――大韓民国と九州地方に挟まれた対馬海峡。

 ここに派遣された進藤達の任務は、ここを通ろうとする敵軍の自動鎧と空母の迎撃だった。

 戦場に戻ってきた彼らは再び絶対的な力を持つ殺戮兵器――『自動鎧(オートアーマー)』に立ち向かう!!


第一章 海上にて


  ◆◆ ◆◆


 黒髪ストレートの進藤勝真(しんどう・しょうま)上等兵、茶髪でツンツンの狭山敏和(さやま・としかず)上等兵、金髪パーカー少女の道影(みちかげ)アスタ二等兵、金髪ウェーブの山中吾郎(やまなか・ごろう)一等兵、黒髪スポ刈りの陣野公信(じんの・ただのぶ)一等兵の五人は整備基地の便所掃除の真っ最中であった。

 事の発端は四時間前、五日間の整備基地生活に飽きた彼らが、空き部屋に投棄されてあった廃材使って卓球台とラケット作って遊び呆けていた所を上官の三島雅人(みじま・まさと)少佐に見つかり、一時間に及ぶ説教をくらった後、そのまま便所掃除の罰を申し付けられたのだ。

 部屋の隅で便器をこする陣野は「俺はコイツらを止めようとしただけなのに……」などとブツブツ呟いている。

「終わんねぇ……後いくつだ……?」

 白目を剥いた山中が誰にとも無く呟く。

「確か……後、第三フロートと第五フロートの掃除が残ってたハズ……、まぁ、後三時間もあれば終わるんじゃないか?」

 山中の隣にいた進藤が何気なく答える。

 そこで、

「だぁあああーッ!!!! やってられるかチキショー!!!!」

 我慢の限界を超えた狭山がブラシを床に叩き付けながら吠える。

「ま、まぁまぁ……そんなに怒らないでください……、もう半分以上終わったんですし……、頑張りましょう? ね?」

 慌てて狭山に歩み寄ってきたアスタがなだめようとする。

「じゃあさ〜、アスタちゃん俺の後ろから抱き付いて『頑張って、お兄ちゃんっ!!』て、猫なで声で言ってくれよ〜、そしたらまだ頑張れるからよ〜」

 アスタの優しい言葉に調子に乗った狭山は、デリカシーの欠片も無い頼みを実行。

「へっ!? え、えと……そ、それで頑張れるなら……じゃあ……」

 顔を真っ赤にしたアスタが躊躇いながらも狭山の背中に手を回そうとした所で、



「アスタに何させようとしてんだ!? このロリコンがぁッッ!!」



 こめかみに青筋を浮かべた進藤のかかと落としが狭山の脳天に叩き込まれた。


  ◆◆ ◆◆


 ―――ここは大韓民国と九州地方に挟まれた対馬海峡。

 海のあちこちには鋼鉄で造られた海上プラントのような施設が浮いている。

 これらの正体は、急造の自動鎧整備基地である。

 時刻は日の高くなってきた午後二時。

 進藤達は海に浮かぶ整備基地フロートの一つ、第五フロートの甲板に干物みたいになって寝転がっていた。

「やっと……終わったぁ……」

 山中が床の上でヘロヘロになりながら言った。

「卓球台もぶっ壊されるし、マジでいい事無しだな今日……」

 汗で髪の毛がペッタリと張り付いた狭山が忌々しそうに歯ぎしりする。

「お前らの自業自得だ。全く……何で俺までこんな事させられなきゃいけなかったんだ……!!」

「うるせぇよ、優等生気取りの陣野クン。お前だって結局、最後は一緒になってやってたじゃねぇか」

「くっ……」

 狭山と陣野が何やら言い合ってるのを進藤とアスタは離れて見ている。

「ふふっ……」

「ん? どした? アスタ」

 突然小さく笑ったアスタに進藤が何気なく問い掛ける。

「あっ……!! いえ……あんまり深い意味は無いんですよ? ただ、楽しいなぁ、て思ったんです」

「何がだ?」

「こうやって、友達と遊んだり、ふざけたり……大人の人にあんな風に怒られたりするのが、すごく新鮮なんです。前の主の所で殺し屋なんてやってた時よりも……毎日がすごく楽しいんですよ」

 アスタが無邪気な笑顔を見せる。

 彼女はこの部隊に入ってからとても、良く笑うようになった。

 丁寧な言葉づかいや礼儀正しさなどは多分、元々の癖なのだろう。

 なので誰に対しても敬語が抜ける事は無かったが、その敬語に変なよそよそしさなどは微塵も感じられない。

 進藤とアスタは一度はお互いを本気で殺害する為に拳を交えた。

 互いが相手を死の一歩手前まで追い詰めた。

 それでも、最後は和解出来た。結果的に道影アスタという少女の人生を救うという最高の形で。

 進藤は口許を綻ばせながら頭の後ろで両手を組み、甲板に寝転がった。

 と、そこで、



「やっほー!! お疲れ〜!! 差し入れ持ってきたよ〜!!」



 進藤の視線の先に高台の上に立って手を振る日本軍アーマードの美園凪紗(みその・なぎさ)の姿が目に入った。

「よお、凪紗!! 自動鎧のメンテは終わったのか!?」

「バッチリ!! いつでも出撃出来るよ〜!!」

 凪紗は左手でピースしながら明るく返すと、高台の柵を飛び越えて進藤達のいる場所に降りてくる。

「はい、これ!! まっ、差し入れって言っても夜勤用の栄養ドリンクだけどね〜」

 凪紗が右手に持った袋に入ったドリンクのビンを進藤に手渡す。

「俺ら一般兵にとっちゃ、これ一本でも中々手に入らないからな、感謝するぜ」

 進藤は凪紗からドリンクを受け取る。

「はい、アスタちゃんも」

「あっ!! ありがとうございます!!」

 進藤の隣にいるアスタも彼女からドリンクのビンを受け取る。

 凪紗とアスタ、この二人もかつて命を狙われた者、命を狙った者同士とは思えない程打ち解けていた。

 凪紗や進藤以外にも、一度アスタに痛い目に会わされた者達は多かったが、アスタは彼らとも一日とかからず和解していた。

 彼女は本来的な悪人では無い。進藤達の部隊に彼女を悪く思うような者は一人もいなかった。

 全員にドリンクが行き渡ると「掃除達成を祝してカンパーイ!!」などと無駄に高いテンションで狭山が叫び、皆で一斉に飲み干した。

 ここが戦場のど真ん中だということも忘れてはしゃいでいると、



「ずいぶんと楽しそうだな、貴様ら」



 突然、割り込んできた三島少佐の冷え切った言葉でその場の全員がピキッと、凍り付いた。

「はしゃぎ過ぎだ。早死にしたくなければ、ここが戦場という事を絶対に忘れるな」

「勘弁してくださいッスよ……、こちとら五日間も何の音沙汰も無しでこんなトコに閉じ込められてもう限界なんスよ……、そりゃ無駄にはしゃぎたくもなるッスよ」

 狭山が年の差十歳以上ある上官に向かって文句を叩き付ける。

 三島少佐はため息をつくと、忌々しそうに、



「だから、言ったハズだ。ここは戦場だと。たった今からここは安全な人工島などでは無くなった」



 三島少佐の言葉を受けて一斉に全員の殺気立った視線が彼に向いた。

「『ヤツ』が、来る」三島が冷徹に言い放つ。



 ――彼ら『軍人』の本来の仕事が舞い込んできた。


  ◆◆ ◆◆


 巨大な人工島が立ち並ぶ整備基地フロートの中でも一際巨大なここ、第一フロートでは作戦開始前のブリーフィングが行われていた。

 大きなスクリーンの正面に立つ三島少佐はマイクと資料らしき書類を持ちながら説明する。

『今回の作戦の内容をもう一度確認する。これを見ろ』

 そう言って彼はスクリーンに視線を移す。

 スクリーンには世界地図から日本列島周辺を切り取ったような地図が映っていた。

 三島少佐は長い棒を使って日本列島の西側――日本海の辺りを指す。

『今現在、我が日本軍の海軍第二部隊が日本海にて北朝鮮と交戦している。形勢はこちらが有利、……しかしだ、北朝鮮の不利を聞きつけて朝鮮の同盟国、マレーシアが援軍を送り込もうとしている。規模は確認しただけでも空母一隻、自動鎧一機である事が判明している。援軍の侵入を許してしまっては間違い無くこちらが敗北する事になるだろう』

 三島少佐は示す位置を日本海からずらし、進藤達の現在地、対馬海峡を指す。

『マレーシア軍は朝鮮に助太刀する為、ここを通らなければならない。よって、我々が対馬海峡でマレーシア軍の通行を阻止し、迎撃する』

 三島少佐は資料をめくり、スクリーンの画面を切り換える。

 そこに映っていたのは、海を泳ぐ―――自動鎧の姿だった。

『敵性コードネーム「フリッパーサイズ」、海戦特化型強襲用鎧だ。全長約四メートル、確認しただけで各手足に一本、背部に二本、「ヒレ状の鎌」が取り付けてある』

「ヒレ状の……鎌?」

 狭山が怪訝そうに反芻する。

『そうだ、フリッパーサイズは水中での移動を最適化させた最新型。可動式の鎌は攻撃にも、泳ぐ為にも使える。はっきり言おう、フリッパーサイズは海戦ではほぼ無敵の強さを誇る。だからこそ、何が何でもコイツだけはここで破壊する。我々の作戦の成功がそのまま日本国の勝敗に繋がる』

 その場の全員が固唾を飲んで三島少佐の言葉に聞き入る。

『まず、先に突っ込んでくるのは恐らく、空母では無く自動鎧だ。そこでこちらも美園凪紗の蒼花ソウカを相手にぶつける。美園凪紗がフリッパーサイズと交戦している間に我々は後から来る空母を制圧する。作戦内容は以上だ。何か質問のある者は?』

 三島少佐の言葉に進藤が手を上げた。

「確かにそれが最善でしょう。しかし、たった千人前後の兵隊だけでどうやって空母を制圧するのですか?」

『もちろん、考えはある。だが、貴様が知る必要は無い。余計な情報を与えて混乱するより、目の前の問題だけを見据えておけ』

「……了解しました」

『では、作戦を開始する!! 全員持ち場につけ!!』

 その指示を合図に兵士達は自らの使命を全うする為、準備に取りかかる。




第二章 海戦開幕


  ◆◆ ◆◆


 進藤、狭山の二人は二十程浮いている鉄の島の一つ、第八フロートにいた。

「どうだ、敵さんの通過予定時刻は?」

 狭山がライフルの調子を確認しながら問い掛ける。

「予定通りにここに来たとして後三分くらいかな」

 進藤が携帯端末の画面を覗き込み、答える。

「けど、あくまで『予定』だからな。気を抜いてたら咄嗟の時に反応出来ないぞ」

「分かってるっつーの。お前は俺の先生か」

 狭山は適当に言うと、青い迷彩の軍服から双眼鏡を取り出し、覗き込む。

「……なぁ、進藤。何か俺の視界の真正面からオレンジ色の光みたいなのが飛んできてるんだが」

「はぁ? 光?」

 進藤も自分の双眼鏡を覗き込んだ。

 そして、二人は一瞬で顔を青ざめさせた。

 直後、



 ドバッッ!!!! と、飛んできたレーザービームによって第八フロートが粉々に砕かれた。



「ッッッッ!!!?」

 第八フロートにいた進藤達は一斉に海に投げ出される。

「ぷはッ!! ちきしょう!! もう来やがった!!」

 海面から顔を出した狭山が吐き捨てる。

「レーザー砲か、写真には写って無かった……って事はここに来る最中に装備したみたいだな」

「何呑気に分析してやがんだテメェ!! さっさと逃げねぇと狙い撃ちにされるぞ!!」

 進藤と狭山が言い合ってる間にも、間髪入れず飛んできたレーザーが第二、第七フロートを立て続けに破壊した。

 ドガドガドガドガッッッッ!!!!!! と、鋼鉄の島が次々に音を立てて海に沈んでいく。

 直前で海に飛び込んだ者は助かっただろうが、逃げ遅れた者達が何人この銃撃で無残な肉塊に変えられたか分からない。

 進藤と狭山は海水を吸って重くなった軍服と装備を抱えながら、何とか近くのフロートに逃げ込もうと全力で泳ぐ。

 しかし、相手は待ってくれない。



 ドバアアアァァァァァッッッッ!!!!!! と、壮絶な速度で水を切りながら全長四メートルの殺戮兵器が迫ってきた。



「「ッッッッッッッッ!!!!!?」」

 進藤と狭山の二人が絶句する。

 敵鎧、フリッパーサイズは進藤と狭山を明確に殺すつもりは無いのだろう。



 ――ただ、通り抜けるだけ。



 その過程で――自転車で走っていたら、たまたま路上に転がっていた空き缶を踏んでしまっただけのように、二人は殺意すら向けられる事無く殺される。

 ただ、自分の近くを通過するだけで死ぬ。

「ふざけんなあぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 進藤はプラスチック爆弾のC4を取り出し、電気信管を突き刺すと数十メートル程遠くにぶん投げた。

 それは、フリッパーサイズに放った攻撃では無い。

 自分達を爆風で吹き飛ばしてフリッパーサイズから逃れる為の回避行動だ。

 進藤は無線機のボタンを押し、電気信管に信号を送る。

 直後、ボゴッッッ!!!! と、爆発したC4から発せられた爆風が大きく進藤達を吹き飛ばす。

「ごッ……ぼあああああぁぁぁッッッッ!!!!!!」

 ノーバウンドで数十メートル飛び、そのまま海面に頭から激突する。

 直後、進藤と狭山が直前までいた場所を数百キロの速さでフリッパーサイズが通過した。

「ごほッ!! ごほッ!! 何とか逃げれたみたいだな……」

 海に飛び込んだ時に海水を大量飲んだらしく、喉が痛い。

 しかし、そんな些細な事を気にしている暇は一秒たりとも無い。

 進藤と狭山はすぐさま泳いで近くのフロートに上陸した。

「ヤベェぞ!! このままじゃ通過される!!」

 狭山が慌てて叫ぶ。

 進藤は無線機を操作し、凪紗と連絡を取る。

「凪紗!! 聞こえてるか!? フリッパーサイズがここを通過しようと前進してる!! 早く迎撃してくれ!!」

『分かってる!! こっちもすぐに出撃する!!』

 直後、数キロ先にあった第一フロートから、ボシュッ!!!! と、凪紗の自動鎧――蒼花が飛び出した。


  ◆◆ ◆◆


 第一フロートから数百メートル程上昇した凪紗は海面を数百キロの速さで泳ぐフリッパーサイズを見据える。

『あれか……』

 凪紗は推進機関の噴出口を真上に向け、フリッパーサイズの下へ急降下。

 一瞬で目前に迫ったフリッパーサイズに向けてカタナによる強烈な斬撃を繰り出す。

 ドッパアアアアアアアァァァァッッッ!!!!!! と、海を叩き割るような勢いで放たれた一撃は、



 ――いとも簡単にあっけなく回避された。



『なッ!!!?』

 ゼロ距離で放った音速以上の斬撃を『防ぐ』のでは無く、『回避』された。

 海戦特化型鎧、そのスケールの違いを見せ付けられる。

 フリッパーサイズは凪紗が体勢を崩したのを見逃さず、右手の鎌で凪紗の首を刈り取ろうとする。

『ッ!!』

 凪紗はカタナを逆手に持ち換え、寸前の所で鎌を防ぐ。

 ガギィンッッッ!!!! と、金属の擦れる甲高い音を鳴らせ、二人の武器が激突する。

 しかし、体勢が崩れたまま片手だけでガードした凪紗は簡単に押し負け、海面に叩き付けられる。

『くッ……!!』

 凪紗は即座に左手でハンドガンを撃つが、悪あがきにもならない。

『(水中にいれば恰好の餌食になる……!!)』

 凪紗は大きく飛び上がり、海から逃れると、鎧の腰部分に取り付けていたライフル型コイルガンを抜き、空からフリッパーサイズを狙い撃ちにする。

 ドガドガドガドガッッッッ!!!!!! と、強烈な爆音が鳴り響き、海中を泳ぐフリッパーサイズに襲い掛かる。

 しかし、それは海水を高く弾き飛ばすだけに留まった。フリッパーサイズは海中を目で捉えるのも不可能な程の速さで小刻みに動き、全ての銃弾を回避したのだ。

 そして直後、シュパッッッ!!!! と、フリッパーサイズは海面から勢い良くジャンプした。

 水中で無敵の強さを誇るフリッパーサイズがわざわざ空中に出て来た。

 普通ならまたと無いチャンスだろう。

 だが、それを見た凪紗の背中には強烈な悪寒が走った。

『(ま……ずいッ……!!)』

 凪紗は咄嗟に推進機関を操作し、フルスピードで真後ろに飛ぶ。

 その一瞬後、凪紗のいた場所をフリッパーサイズの両手の鎌が十字を描くように斬りつけた。その姿はさながら獲物を仕留める為に水中から飛び出した魚のようだった。

 空中ですら速すぎた。

 後少しでも反応が遅れていれば、大破こそしなくても重大な損傷を負わされていた。

 凪紗の頬を冷たい汗が伝う。

 しかし、ここで様子を見るために一旦引くなどという事は出来ない。自分が攻めるのを止めればすぐにでもフリッパーサイズはここを通過しようとするだろう。

 そうなれば日本海で戦っている部隊は敗北する。

 考えている暇は無い。

 戦いながらでも情報を集めるしかない。

 凪紗は歯を食いしばり覚悟を決めると、一直線にフリッパーサイズに突撃する。


  ◆◆ ◆◆


 第一フロートの司令室にいる三島は巨大なスクリーンに映し出された映像を見据える。

「来たか……」

 画面には彼らのもう一つのターゲット、マレーシア軍の空母が映っていた。

 距離はおよそ二キロ。

 空母はかなりのスピードでこちらに向かってきているので、すぐにでも整備基地フロートにぶつかるだろう。

 三島は他フロートで待機している下士官達に連絡を取る。

「上層部を苦労してなだめすかして手に入れた物だ。予備はあるが、失敗する事は許されんぞ」

『了解です、少佐』

 下士官の返事を聞くと、三島はカウントを始める。

 そして、空母が整備基地フロートの一キロ圏内に入った直後、



「発射ッッ!!」



 三島の合図と共に、各フロートに設置された自動鎧用大口径コイルガンが一斉に火を噴いた。


  ◆◆ ◆◆


 ドガガガガガガガガガッッッッッッ!!!!!! と、四方八方から凄まじい発射音が轟き、コイルガンが敵軍の空母に全弾直撃した。

 空母の約四分の一が削り取られ、機動力を奪う。

 それに続いて、空から数十機の戦闘機が空母を追撃した。

「すげぇ……!! 三島少佐の考えってこれの事だったのかよ……!!」

 空母から八百メートル程先のフロートでその様子を眺めていた狭山が驚嘆した。

「けど、一体いくつコイルガン持ち出して来たんだ? あんだけの数、使い潰すのをよく上が認めたな……」

 狭山の隣で同じく様子を眺めていた進藤が眉をひそめる。

 確かに自動鎧専用の装備はどれも強烈な威力を誇る。進藤自身も北海道で敵軍の自動鎧と交戦した際、凪紗の自動鎧専用のコイルガンを使ってトドメを刺した。

 だが、それらの装備は自動鎧とセットでなければまともに扱う事など出来ない。

 何故なら、コイルガンなど銃型の武器であれば撃った時の反動がとてつもなく強力だからだ。

 人が入って扱う自動鎧はそれらの反動を完璧に受け流す。

 しかし、人の手だけで発射する為には銃を地面に固定するなどして、固定砲台として扱うしか無く、その際、反動を受け流す事は当然出来ない。

 反動を受け流せなかった場合はどうなるか?

 結果は、銃本体の大破である。

 進藤があの時使ったコイルガンも、結局は一度撃っただけで跡形も無く砕け散っていたし、現に空母を破壊する為、発射されたコイルガンもボロボロに崩れ、残骸が海に落ちていっている。

 たった一発の銃撃の為に一つ数百万円レベルの兵器が次々に砕けていく。

「ありえないな……、今回の作戦だけで相当な金使ってんぞ……、絶対失敗出来ないな……」

 進藤が顔に苦笑いを浮かべながら呟く。

「とにかく俺達も早く敵空母に上陸しようぜ! こっちのフロートにももうすぐ船が着く!!」

 狭山がまくしたて、二人はフロートにある簡易的な港に向かう。


  ◆◆ ◆◆


 上陸用の船の中には百名程の兵士達が乗船していた。

 進藤、狭山、陣野の三人は船内の中央部分で合流していた。

「つっても、一体どうやって空母に上陸するんだ? 中にはまだ大量の兵士がいる。登って上陸しようとすれば簡単に蜂の巣にされちまうぞ」

「残念だが俺達は自分自身で登って上陸する事になる。が、フリッパーサイズは少尉殿が引き付けているうえ、空母の方は戦闘機部隊が俺達が登るまで牽制してくれる。後は生きて上陸できるかは個々の運頼みだな」

 狭山と陣野のやりとりを横で聞き流していた進藤は船内の小さな窓に視線を向ける。

 こうしている今も、凪紗と敵鎧は壮絶なスピードで交戦している。

 凪紗の方もさることながら、フリッパーサイズの機動力には目を見張る物がある。

 海中を不自然な程、キレのある速度で移動し、凪紗の攻撃をかいくぐり、各手足に取り付けられた鎌で的確な斬撃を繰り出す。

 数秒も経たない内に凪紗は防戦一方に追い込まれる。

「ヤバいぞ……、押し負けてる……!!」

 進藤が呻くように言った。

 このままでは北海道での惨劇の二の舞になる。

 薄々感づいてはいたが、既に日本軍の自動鎧は時代遅れだ。

 それはもう、アーマードの技術だけでは埋められない程大きな差になりつつある。

 だからこそ、進藤は一人では戦えなくなった彼女を守りたいと思った。

 いや、守るだけじゃない。



『一緒』に戦う。



 一人では戦えないのなら二人で戦う。


 二人では戦えないのなら三人で戦う。


 三人では戦えないのなら四人で戦う。


 一人では適わない相手に仲間と共に戦う。

『戦い』とは、『戦争』とは元々、そういうモノだ。

 強大な兵器一つに任せるだけのモノでは無い。

 進藤は拳を握り締め、船の出口に向かって歩き出す。

「オイ!! どこ行くんだよ!? 進藤!!」

 狭山が慌てて進藤を呼び止める。

 しかし、進藤は歩みを止める事無く凄まじい剣幕でまくしたてる。

「このままじゃ凪紗がやられる!! 今加勢しなきゃ手遅れになっちまう!!」

「空母制圧は俺達の任務だ!! 任務を放棄して命令に逆らう気か!?」

「狭山の言う通りだ!! 第一、自動鎧同士が戦っている場所に生身の兵士が飛び込んでいった所でどうにもならない!! 無駄死にするだけだ!!」

 狭山と陣野が何とか進藤を引き止めようとするが進藤の覚悟は揺らがない。

「お前らだってあの惨劇を直接目にしたハズだ!! 自動鎧を破壊されれば待っているのは理不尽な虐殺だけだ!! 確かにフリッパーサイズに負けても俺達が狙われる事は無いかもしれない……!! けど、日本海で戦っている海軍第二部隊は違う!! フリッパーサイズが朝鮮軍に合流し、第二部隊の自動鎧が破壊される事になれば、あの時と同じ結果になる!! それでもいいのかッ!?」

「ッ……!!」

 狭山の言葉が詰まる。彼の隣にいる陣野も同様に言葉が出なくなる。

「あの時みたいな『奇跡』は二度も起こらないかもしれない……!! だけど、今回は……凪紗はまだ戦える!! 生身の兵士だけで戦う訳じゃ無い!!」

「一体……どうする気だ……? そこまで言うんだ、考えはあるのか……?」

 狭山がゆっくりと口を開く。

 対して進藤はニヤリと笑うとその質問に迷いなく即座に答えた。



  ・・・

「『ゴール』作りだよ」



 その一言を皮切りにちっぽけな兵士達の反撃が始まる。




第三章 〜Be Caught In a Trap〜


  ◆◆ ◆◆


 進藤達は船に積まれてあった救命ボートをこっそりと使って空母から離れていく。

 人数はおよそ二十人。他フロートから空母に向かっていたアスタ、山中達の中からも十人近くの兵士が進藤の立てた作戦の参加に同意し、こちらに向かっている。

「たった三十人で自動鎧と戦う……か。現実的でない話だ……」

 救命ボートのエンジンをいじっていた陣野が声をうわずらせながら呟く。

 そんな陣野に対し、進藤は少し申し訳無さそうな声で、

「さっきも言ったが参加したくなければ空母制圧に戻ってもらって構わない。本来の任務はそっちだし、命令に従えば罰せられる事も無い。これはただの俺の独断だ、無理に付き合う必要は無いんだ」

 その横で半分ヤケになったような狭山が叫ぶ。

「ハッ!! あんな事聞かされた後で退けるかよ!! しょうがねぇから手ぇ貸してやる、その代わり絶対成功させんぞ、進藤!!」

「まぁ、最低でもお前だけは連れて行く予定だったけどな。一人じゃさすがに無理だし」

「おいッ!!」

 狭山が喚くのを無視して進藤は凪紗と連絡を取る。

「凪紗ッ!! 聞こえるか!? 俺だ!!」

『し、勝真!? どうした……のッ……!!!?』

「苦戦してるとこ悪いが一つ訊きたい事がある!! ……フリッパーサイズの装備、その鎌に使われてる素材が何か分かるか!?」

『予想でいいなら!! さっきから何回も鎌の破壊を試してみてるけど、壊れるどころか傷一つ付かない!! 多分、鎌の材質はタングステンだと思う!! それも炭素を混ぜてダイヤモンド並みに硬度を増してる!!』

「やっぱアスタの推測通りか……!! 分かった!! いいか凪紗!! 戦いながらでいい、聞いてくれ!!」

『わ……分かった!!』

「タングステンは世界一硬い金属であると同時にとてつもなく重い金属だ!! 普通ならそんなモンをいくつも取り付けてあんな俊敏に動けるハズが無い!!」

『けっ、けど!! 現にフリッパーサイズは……!!』

「そうだ、現にそいつは『全長四メートルの巨体で、炭化タングステンの鎌をいくつも取り付けて』いる!! だがな……おかしいと思わないか? なぜ、フリッパーサイズの機体がそこまで『巨大』になっているのか!?」

 進藤は一瞬、呼吸を入れると続ける。

「自動鎧は普通、でかくても全長三メートルくらいしかない!! だが奴はそれを軽く超える四メートルだ!! その本体とタングステン鎌を合わせると重量は軽く二十トンを超える!! 普通は海に浮かぶことさえ出来ない!! そんな奴が海に浮き、泳ぐ事が出来る!! 理由は簡単、恐らくフリッパーサイズの中身には『空洞』が出来ていて、浮力を得るために、瞬間的にその空洞に大量の空気を取り込める機構があるからだ!! つまり、ヤツの装甲自体は見た目程分厚くない!! 勝機はそこにある!!」

『で……でもっ!!』

 進藤は凪紗の反論を待たず続けた。

「今からあの鉄クズを叩き潰す為の作戦を伝える!! 『主役』は凪紗、俺達は『脇役』に徹する! 頼んだぜ!!」



《ENEMY DATA》

============


『フリッパーサイズ』

全長》》約4メートル

重量》》約20トン

速度》》時速500キロ(水中のみ)

分類》》海戦特化型強襲用鎧

所有国》》マレーシア

メイン兵装》》炭化タングステン巨大鎌×6

サブ兵装》》レーザービーム砲×1

カラー》》アクアブルー


============


  ◆◆ ◆◆


 進藤達と別れ、途中で山中と合流した陣野は整備基地フロートで一番巨大な第一フロートに向かっていた。

「いいか、まだ第一フロートには三島少佐や数人の下士官が残っている。これは俺達の独断、彼らに見つかれば厄介な事になる。念の為、第一フロートに着いた瞬間から無線による連絡は禁止、複数人で行動するのもマズい、それぞれバラバラに動きながら『目的の場所』に向かう」

 陣野はボートに乗っている山中達、八人に向けて言う。

「仮に見付かった場合は?」

 目の前で装備の確認をしていた山中が目の色を変えながら尋ねる。

「当然、アタマガッチガチの下士官共相手に弁明する時間はねぇぞ」

「既に俺達は重大な違反を犯している。今更、多少罪を重ねようが関係無い。最後に『結果』で返せばいいんだ」

「はン!! 拳で黙らせろってか!? 優等生ちゃんが言うようになったじゃねぇか!!」

 山中が挑発するような調子で言う。

 が、そんな山中に対し、陣野は眉一つ動かさずに薄く笑った。

「……目先の問題にとらわれているだけでは何も為す事は出来ない……、あの時に進藤が教えてくれた事だ」

「ククッ……、それに関しちゃ同感だね。そんじゃまぁ、アイツらに習ってちょっくら軍規違反の英雄にでもなってやるかぁ!!」

 爆発物のプロである八人の工兵は大量の爆薬を抱え、自軍の基地へ侵入する。


  ◆◆ ◆◆


「悪く思わないでくださいね、危害を加えるつもりはありませんから」

 柱に縛り付けられ、身動きのとれなくなった下士官達に話し掛けているのは道影アスタだ。

 アスタは第一フロートのちょうど真ん前に位置する第九フロートに単独で乗り込んでいた。

 兵士としての訓練を受けた対人用アーマードである彼女にとってはこの程度の人数など大した障害にはならなかった。

 アスタは先程から第九フロート内の武器庫を物色している。

「くッ……、この裏切り者が……!! 今すぐここから出ていけ……!!」

 縛り付けられている内の一人、矢田部中尉が怒りを滲ませた声でアスタに言う。

「それは聞き入れられないですね、あの人からの『お願い』なんですから」

「お願い……だと……!?」

「はい、『命令』ではなく『お願い』。真に信頼する人から背中を預けられたんです、なら私も全力でそれに応えなければならないでしょう?」

「ふざけるなッ……!! 言っている事が滅茶苦茶だッ……!! そんな事……許可されるハズが……!!」

「許可なんかされなくてもいいですよ。私はただ、あの人が喜んでくれればそれでいいんですから」

 言うと、アスタは武器庫の奥に並べられていた『ある物』を一つ掴み上げた。

 軽々と。

 一つ数百キロはあろう『鋼鉄』の塊を。

「やっと、私の『力』が誰かの役に立つ時が来たみたいです。ちゃんと見ててくださいね、勝真さん♪」

 かつて日本軍をたった一人で窮地に陥れた『暗殺者』が、今度は日本軍を守る為に牙を剥く。


  ◆◆ ◆◆


 進藤、狭山達は第十四フロートの地下に潜り込み、そこから調達した酸素ボンベを各々装備していた。

「全員に行き渡ったな」

 進藤が周りの兵士達をざっと見回す。

 アスタ及び、陣野達工兵チーム以外の人員は全てここに集まっている。

 恐らく、一番危険が伴うのは間違い無くこのチームになるだろう。

 なぜなら、



「俺達は海に潜り、直接フリッパーサイズと交戦する。出来る限り奴の気を引くぞ」



「『気を引くぞ』じゃねぇ!! 何サラッととんでもねぇ事言ってんだ!! 北海道の時とはワケが違うんだぞ!!」

 冷や汗を浮かべた狭山が慌てて反論する。

 確かに彼の言う通りではある。

 北海道で進藤が自動鎧と真正面から交戦出来たのは、事前に凪紗が相手を弱体化させていたからに他ならない。

 今回、フリッパーサイズには、未だかすり傷一つすら付いていない。

 万全の自動鎧相手に戦うのは無謀にも程がある。

「俺だって無謀だと自覚はある。だから攻撃を加えて相手の気を引いたらそのままボートに乗ってすぐに逃走する。その為に第一フロートに一番近いここを待機場所に選んだんだ」

「……仮にフリッパーサイズの注意を俺達に引き付けたとして、逃げ切れる保証はあるのかよ?」



「無いな」



 進藤はきっぱりと切り捨てた。

「全員が無事に逃げ切る事は到底出来ない。だから追い付かれそうになったら陣野達から渡されたC4で自分ごと吹っ飛ばして無理矢理避けるしか無い」

「……あれはもうゴメンだ……、やる度に鼓膜がブチ破れそうになる」

「死ぬよりマシだろ」

「そりゃ言えてるけどな」

 彼らは適当に会話を打ち切り、自らの意志で『地獄』に飛び込んでゆく。


  ◆◆ ◆◆


 ガギギギギギイイィィィィィンッッッッ!!!!!! と、絶え間なく刃物がぶつかり合う鋭利な音が響き渡る。

 凪紗の自動鎧は既に傷だらけになっていた。

 こちらの攻撃は全くと言っていい程ヒットしない。

 そんな中で凪紗にとっての唯一の救いは、人工筋繊維の筋力自体はフリッパーサイズより蒼花の方が上だったという事だ。

 武器でガード出来なくても、最悪、腕や脚を振り抜いて弾き返せば鎧には傷が付くだけで済む。

 いつかは押し負ける、そんな戦い方である事は分かっている。

 だが、今の凪紗にとってはそれで良かった。

 今は『勝つ事』より、『負けない事』の方が重要だからである。

 しかし、それをフリッパーサイズのアーマードに悟られてはならない。

 その時が来るまで『劣勢』を演じ切る。

 それが凪紗の勝利条件。

 フリッパーサイズの神速の斬撃を紙一重で避け、たとえ当たらなくても反撃を繰り出し続ける。 少しずつ――相手が気にも留めない程、ほんの少しずつ相手を『誘導』していく。

 目的の場所はここ、第一フロート付近。

 ここから先は彼女の仕事ではない。

『(後は頼んだからね、勝真!!)』

 ここからが凪紗『達』の反撃である。


  ◆◆ ◆◆


 ―――直後だった。



 ドバドバドバドバドバッッッッッッッ!!!!!!!! と。

 四方八方からフリッパーサイズに向けて放たれた無数の水中ミサイルが一斉に炸裂し、水柱が舞い上がった。

(よしッ!!)

 進藤は即座に空になった発射機を投げ捨て、近くに止めてあったボートに泳いで向かう。

「ぷはあッ!!」

 海面から顔を出すと、酸素ボンベのマスクを脱ぎ捨てる。

 遠くでは狭山達もボートに乗り込む様子が窺える。

 進藤は顔に張り付いた髪を乱暴にかき上げ、片手でボートのエンジンをかける。

 ブオンッ!! と、重い音が響き、そのまま猛スピードでボートを発進させる。

 その直後、



 ズバアアアァァッッッ!!!!!! と。

 水柱を叩き斬り姿を現したフリッパーサイズが鬼神の如きスピードで迫ってきた。



「くッ!!」

 フリッパーサイズとは既にかなりの距離が離れているが、それでも嫌という程、敵軍アーマードの怒りが伝わってきた。

 圧倒的なまでに自らが有利な状況で、ただの人間にそれを邪魔された。

 その時点でアーマードの怒りは頂点に達した。

 恐らくアーマードの目に凪紗は映っていない。

 虐殺の矛先は快楽を邪魔した進藤達に向けられる。

 だが、



(作戦通りだ!! 馬鹿正直に突っ込んで来いよ!! 単細胞が!!)



 進藤は胸の内で吐き捨てると、さらにボートを加速させる。

 二十人程の兵士達は一直線に目的の場所、第一フロートに向かう。

 しかし、そう簡単にはいかない。

 ズカアァァンッッッ!!!!!! と、一瞬でボートの群れに距離を詰めたフリッパーサイズがまとめて兵士達の乗ったボートを叩き斬った。

「なッ!!!?」

 進藤は息を飲む。

 当初、推測していたものより数倍速いスピードでフリッパーサイズは突撃してきた。

(くそッたれ!! 凪紗と戦っている時ですら本気じゃ無かったのか!?)

 フリッパーサイズは刹那の内にボートを斬り裂いてゆく。

 一体、何人がボートからの脱出に成功したのか分からない。

 一つ、確かなのはフリッパーサイズの鎌にベットリと赤黒い汚れがこびり付いている事だ。

「あああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」

 進藤はライフルを構え、少しでもフリッパーサイズの気を引く為、ありったけの弾丸を叩き込む。

 当然、自動鎧にチャチなライフル弾などこれっぽっちも効きはしない。

 だが、ギロリと、殺意のこもった眼光で敵軍アーマードは進藤を一瞥した。

 瞬間、ドンッッッッッ!!!!!! と、大量の海水を吹き上げながら鎌を構えたフリッパーサイズが進藤に突っ込んで来た。

「ッッッッ!!!!」

 進藤はリュックサックからC4を取り出すと、真横に放り投げ起爆した。

 ボゴッッッッ!!!! と、爆発により発生した爆風が進藤を吹き飛ばし、間一髪でフリッパーサイズの斬撃を回避する。

 直後、ズガンッ!!!! と、一瞬前まで進藤の乗っていたボートが真っ二つに切断された。

 進藤は数十メートル程吹き飛び、そのまま海面に激突した。

「があああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!」

 慌てていたせいで十分な距離をとらずにC4を起爆させた為、進藤の身体は熱で焼かれ、強烈な爆音は容赦なく聴覚を潰す。

「はあッ!! はあッ!! ッッッッ!!」

 海水が火傷にしみて激痛がする。

 耳鳴りがひどい。

 頭が割れるように痛い。

 しかし、一瞬でも止まる訳にはいかない。

 痛む身体を無理矢理動かして進藤はC4を取り出し、今度は水中に投げた。

 フリッパーサイズが進藤を切り刻む為に迫る。

 だが、進藤はその恐怖を押さえ込み、神経を研ぎ澄まして自動鎧を見据える。

 そして、



(今だッッ!!!!)



 進藤は電気信管に信号を送り、爆発させた。

 爆風は進藤を真上に吹き飛ばし、斬撃を回避。

 そのまま進藤は落下し、あろうことか一切の躊躇なく、フリッパーサイズのその巨体に掴みかかった。

『ッ!?』

 アーマードの表情が驚きに変わる。

「少しアタマ冷やせよ、オッサン」

 直後、ガガガガガガガガガガガガガッッッッッッッッ!!!!!!!!!! と。

 進藤はゼロ距離でフリッパーサイズのアーマードの顔面に向けてライフルを連射した。

『かあああァァッッッ!!!?』アーマードの絶叫が響く。

 通常、アーマードの剥き出しの頭部は最新鋭のプラズマバリアで覆われており、自動鎧の装甲レベルの防御力を誇る。しかしバリア自体は無色透明、たとえ攻撃が通らないと分かっていても自分の顔面に迫ってくる弾丸の恐怖は拭えない。

 アーマードの怯む一瞬の時間を稼ぎ、進藤は海に飛び込んだ。

(くそッ!! 間に合うか!?)

 ボートは壊された。後は自分の力で泳いで第一フロートまで向かわなければならない。

 進藤は全体力を振り絞って泳ぐが、



『待アてエェェェェッッッッ!!!!! 一般兵ごときがよくもぉぉぉぉッッッッ!!!!』



 フリッパーサイズのアーマードが鬼の形相で突っ込んでくる。

「ッッッッッッッッ!!!!!?」

 ―――このままでは一秒も経たない内に追い付かれ、真っ二つにされる。

(どうする!? どうする!? どうする!? C4はもう無い!! このままじゃ殺される!! 何か手はッッ!!!?)



「進藤おおおおオオオオオオぉぉぉぉォォォぉぉぉッッッッ!!!!!!!!」



「!!!!!?」

 突然、大声で自分を呼ぶ声がした。

 パニックに陥りかけた進藤を正気に戻したのは、



「狭山ッ!!!!」



 進藤の横合いからボートで突っ込んできた狭山は片手で進藤の身体を受け止め、そのまま直進し、フリッパーサイズから逃れる。

「無事かッ!!!?」

 狭山は進藤をボートの上に引きずり上げ、息を荒げながら問い掛けた。

「あ……あぁ、悪い、助かったよ……」

 進藤は安堵の息を吐きながら礼を言う。

「俺以外のボートは全部やられた!! 俺達二人だけでどうにかするしかねぇぞッ!!!!」

「第一フロートまで距離はもう無い!! このまま直進するぞ!!!!」

 進藤がまくし立てると狭山はエンジンをフル回転させて一気に加速する。

 ズババババババババババッッッッ!!!!!!!! と、水を切りながらボートが猛スピードで前進していく。

 しかし、その数倍のスピードでフリッパーサイズも進藤達に迫ってくる。

 ここから先は運任せ。

 進藤達が逃げ切るか。

 フリッパーサイズが追い付くか。

 結果は二つに一つ。



「「おおおおおあああああああああああああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!!!」」



 二人の叫びが重なる。

 第一フロートまで残り、五メートル。

 進藤は目だけを動かして後ろを見た。

 そこには、



 ――鎌を大きく振りかぶったフリッパーサイズの姿があった。



 既に必殺の領域。

 進藤と狭山に避けるという選択肢は無かった。

 だが、



 二人は――――笑っていた。



 直後。



 ドッパアアアアアアアアァァァァァァンッッッッッッッッ!!!!!!!!!! と。

 フリッパーサイズの背部に巨大な銃弾が突き刺さり、その巨体が大きく吹き飛ばされた。



『!?!?!? なッ……ん……ッ!!!?』

 敵軍アーマードが信じられないような声を出した。

 フリッパーサイズに被弾したのは『大口径コイルガン』――自動鎧専用兵装のライフル弾だった。

 アーマードが驚愕している間にも銃撃は止まなかった。

 ドガドガドガドガドガッッッッ!!!!!! と。

 続けて五発の弾丸がフリッパーサイズに突き刺さった。

『キサマらッ……!! まさか他にも自動鎧を……!?』

「ちげぇよ、ただ、こっちにはとんでも無く規格外の『兵士』がいるってだけだ」

 進藤が言った直後、ダンッ!!!! という音が響き、第一フロートから前方約一キロ先の第九フロートから何か小さな影が跳躍した。

 それは、



 巨大なライフルを構えた道影アスタだった。



『なッ!?』

「アンタの大嫌いな『陸上』へご案内してやるよ、馬鹿でかいお魚さん?」

 ―――進藤と狭山は、逃げ切った。


  ◆◆ ◆◆


 空高く跳躍したアスタは軽々と大口径コイルガンをフリッパーサイズに向けて構える。

(私が受け流せる銃の反動は最高でも七発、それ以上撃てば骨折、良くても脱臼してしまいますから……)

 最初に一発、追撃に五発、既に撃ってしまった。

 生身の身体で六発ものコイルガンを発射したアスタの小柄な身体は悲鳴を上げていた。

 ――アスタが撃てる弾は残り一発。

 自分がここで失敗すれば日本軍は敗北する。

 大切な友達が目の前で殺される。

「そんな事は……絶対にさせないッ!!!!」

 アスタは痛む身体を無視し、極限まで神経を研ぎ澄ます。

 そして、



 ―――その瞬間、『時間』が止まった。



 頭はフル回転しているのに周りが全く動かない。

 空中にいるハズの自分が落下していく感覚はまるで無い。

 アスタはゆっくりと息を吐いた。

 スコープを覗き込む。

 手ブレの原因になる心臓の鼓動が停止した気がした。

 スコープ越しの景色は全く揺れない、ブレない、動かない。

 アスタは引き金に指をかけた。

 そして、



 ――『時間』が、再び動き出した。



 ――アスタは友達を、守りきった。


  ◆◆ ◆◆


 ズッガアアアアアアアアアアアァァァァァァァァンンンッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!! と。

 空中に弾き飛ばされていたフリッパーサイズの斜め上から銃弾が降り注ぎ、被弾。

 そのままフリッパーサイズの巨体は第一フロートの甲板に叩き付けられた。

『こざかしい真似を…………ッ!!!?』

 フリッパーサイズが起き上がろうとした瞬間、敵軍アーマードは確かに目撃した。

 フロートの至る所に大量のプラスチック爆弾が仕掛けられているのを。

 フロートの物陰に何人もの兵士達が隠れていたのを。

 そして、その全員が両手に無線機を持っているのを。

 背中に悪寒が走った。

 だが、もう遅かった。



「爆破ッッッッ!!!!!!!!!!!!」



 黒髪の角刈り頭の兵士が叫んだ瞬間、一斉にプラスチック爆弾が爆発した。


  ◆◆ ◆◆


 ドガドガドガドガドガドガドガドガッッッッッッッッ!!!!!!!!!! と。

 第一フロートのあらゆる場所に仕掛けられていたC4が爆破され、『そうなるように』計算されて崩された瓦礫が次々にフリッパーサイズに覆い被さった。

『ぐおああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!?』

 フリッパーサイズのアーマードが絶叫する。

 一瞬でフリッパーサイズの巨体は瓦礫に埋まる。

 アーマードは必死に瓦礫の山から抜け出そうとするが、



 そこへ、カタナを振りかざした美園凪紗が急降下してきた。



 凪紗はフリッパーサイズを見据える。

 辺りからは同じ内容の声援が聞こえた。


「やっちまえ!! 少尉ッ!!!!」


「これで最後だ!! 少尉殿ッ!!!!」


「仕上げです!! 凪紗さん!!!!」


「トドメだぜ!! 凪紗ちゃん!!!!」



「任せたぞッ!! 凪紗あぁッ!!!!」



 自分一人では決して勝てなかった。

 大切な仲間が――親友達が命を賭けて――命を投げ出してまで掴み取ってくれた千載一遇のチャンス。

 ――決して、無駄にはしない。



『はああああああああああああァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!』



 凪紗の――皆の思いを乗せた刃が確実にフリッパーサイズを捉えた。


  ◆◆ ◆◆


 ――実を言えば、凪紗の一撃はフリッパーサイズの装甲を完全に破壊した訳では無かった。

 先程、進藤は言っていた。

『フリッパーサイズは炭化タングステンの鎌の重さで沈まない為に、機体内に空気を取り込み浮力を得る機構が備え付けられている』と。

 つまりだ、装甲を一部でも破壊して『穴』を開ける事が出来れば、その穴から空気が漏れ出し、浮力を失う。

 そうなれば、



 炭化タングステンの重みに耐えられなくなったフリッパーサイズは必然的に海に沈む事になる。



 凪紗の一撃で甲板を突き破って海に叩き付けられたフリッパーサイズは当然、身動きをとれずに海に沈んだ。

 そして、

 ザパアァッ!! と、フリッパーサイズから引き剥がされた敵軍アーマードが凪紗によって海から引っ張り上げられた。


  ◆◆ ◆◆


 進藤と狭山はボートを乗り捨て、第一フロートの甲板に上陸した。

 既に、フリッパーサイズから逃れた兵士達も甲板に集まっていた。

 すぐに海に浮かぶ瓦礫を伝って、アスタも進藤達に合流してくる。

「カハハッ!! 最初は少しばかり疑ってたんだけどよ、まさかこんなにうまくいくとはな!!」

 高らかに笑う山中が近付いてきて言う。

「さすがは独力で自動鎧を倒した男だ、恐れ入った」

 陣野が健闘を称えるように進藤の肩を叩く。

「いや、俺はただ作戦を立てただけだよ、フリッパーサイズを倒せたのは皆がうまくやってくれたおかげだよ」

 進藤は軽く笑って自重するように言う。

「狭山も、改めて礼を言うよ、ありがとう。お前が来てくんなきゃ死んでた」

「よせよ、助け助けられなんてのはいつもの事じゃねぇか。感謝される程のモンじゃねぇよ」

「……そっか」

 進藤は小声で呟くと、アスタの方に向く。

「アスタも悪かったな……あんなムチャに付き合わせちまって……」

「そんな事ないですよ!! 私だって凪紗さんを助けたかったですし……、それに勝真さ……皆さんのお役に立てて、嬉しかったです!!」

「そうか、ありがとうな、アスタ」

 進藤は軽く笑うと、フードごしにアスタの頭を撫でた。

 一通り、生き残った兵士達と健闘を称え合うと、進藤はある場所に視線を向ける。

 そこには凪紗と、自動鎧から引き剥がされ、特殊スーツだけになったフリッパーサイズのアーマードの姿があった。

 進藤はゆっくりと凪紗達のいる場所に歩み寄る。

「凪紗、お疲れ」

『うん、ありがとっ』

 労いの言葉を交わすと進藤は敵軍アーマードの姿を見据える。

「なぜだ……なぜ、助けた……!? なぜ、あのまま私を殺さなかった……!?」

 アーマードの男は敗北した絶望と、助けられた事に対する疑問が入り混じった声色で尋ねた。

「決まってんだろ」

 進藤がすぐに口を開いた。

 彼の答えは実にシンプルだった。

「最後の一撃でアンタが死ななかったら必ず助けるように俺から凪紗に言っておいた。アンタはどっかの国の馬鹿みたいに『違反』をした訳じゃ無い。俺達の任務はアンタらを日本海へ通さない事だ。だったら目的は果たした。今更、争う必要があるか?」

「…………、」

 進藤の言葉には得も言えぬ重みがあった。

 それは、あの時の『地獄』を直に体感したからこそ、価値の生まれた言葉だったのかもしれない。

「空母制圧の方はまだ続いてるみたいだな、おいアンタ、無線機は貸すからよ、あそこで戦ってる連中に撤退命令出してくれよ。そうすりゃこれ以上、無駄な血が流れずに済む」

「……分かった、貸してくれ……」

 進藤は頷くと、軍服から無線機を取り出し、アーマードの男に向かって投げ渡した。

『対馬海峡通行阻止戦』は日本軍の勝利に終わった――――。


  ◆◆ ◆◆


 日本軍の勝利から約五時間後、半壊した第一フロートの司令室にて――。

 進藤達、独断行動に走った三十人程の兵士は一列に並べられ、正座させられていた。

「貴様らの今回の独断行動についてだが……個人的には評価してやってもいい、我々の為に命を投げ出し、戦死した者達もいるしな」

 中央に立つ三島が低い声で言う。

「だが、道影アスタに柱に縛り付けられたまま三時間放置された谷田部中尉達、そして陣野公信、山中吾郎達にリンチにされた下士官達の怒りが治まらなくてな、何かしらの処罰が必要だと考えている」



「「「すみません!! スミマセン!! すみませーん!! もう絶対こんな事しませんから!! 何でもしますから!! 軍法裁判だけはあああぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」」」



 礼儀正しく頭を下げるアスタ以外の者達が必死に土下座してガンガンと頭を床にぶつけて頼み込む。

「ふむ、なら今の貴様らにぴったりの軽いお仕置きがある」

「な、何ですか!? それは!?」

 進藤がほんの少し、希望に満ちた顔で三島を見上げた。



「うむ、実はちょうどマダガスカルの辺りで戦っている部隊が苦戦しててな、とりあえずそこまで飛んで自動鎧一機を破壊してきてくれ」



 ………………………………………………と。

 一瞬全員が黙りきった後。



「「「出来るワケあるかああああぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!!!」」」



 怒りと絶望に満ちた兵士達が地響きのしそうな大声でこれでもかという程に叫んだ。






                                  (終わり)


 最後まで読んでいただきありがとうございます!!


 前回に比べたら結構早く更新出来たと思います。


 まぁ、一話目、二話目と違って今回はページ数は少なめでしたからね。


 今回は大きなストーリーの柱などは無く、ただ、いかにして人間が自動鎧を破壊するかという事に重点を置いて書き上げました。


 その為、序章、終章は無し、いきなり一章から始まり、全三章構成と先程言った通り全体的に短くなりました。


 今回は進藤、狭山、凪紗の他に、前回仲間に加わったアスタ、そして進藤達の友人で、前回名前だけ出てきた陣野、新キャラの山中がメインに登場しました。(三島少佐は本来の指揮官らしく司令室で待機)


 陣野、山中を登場させたのはこの世界で必死に戦おうとするただの兵士達は進藤や狭山だけじゃないんだぞ、という事を伝えたかったからです。(今後のこの二人の再登場の予定は今の所無し)


 そして、『兵士』としてのアーマードのアスタ。兵士でありながら唯一ただの人間ではないので、ちょっとくらいムチャな事をさせても大丈夫なので非常にいい役目を担ってくれます。


 今回の話は『自動鎧と戦う少年達』というあらすじの通りに出来上がったと考えております。


 ちなみに、進藤は工兵では無いのですがなぜC4を持っているのかというと、工兵の友人の陣野や山中達にこっそり余ったC4を横流ししてもらっている、という裏設定があったりします。



 では、今回はこの辺りで切り上げさせていただきます。

 また、次回お会いしましょう!!


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