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ARMOR BREAKER  作者: 勾田翔
ARMOR BREAKER
2/27

選ばれなかった者

 日本軍アーマードの少女、美園凪紗の『自動鎧』が完成するまで東京の不可侵領で休暇を過ごす進藤達。

 ある日、進藤勝真は不良達に絡まれていた少女―――道影アスタを助ける。

 気の合った二人は短い間に深交を深めてゆく。

 しかし、平和は長くは続かなかった。

 たった一人の『暗殺者』によって、彼らの平穏な日常はあっさりと崩れていく……!!



――――という訳で、これからこのスペースをあらすじに使わせていただこうと考えております。

 前話以上に長ったらしい話になっておりますがどうぞ最後までお付き合いください。


序章


 信じていた。

 私は選ばれたのだと。

 でも、大人達は後で気付いたんだ。

 私が『違った』のだという事に。

 私は何もかも捨てさせられた。

 変わりにもっと素晴らしいモノを手に入れられるハズだった。



 なのに、結局私の小さな心には何も残らなかった。



 最後は私自身が捨てられた。

 私は何も悪いことなんてしてないのに。

 どれだけ悲しんでも、どれだけ泣いても、どれだけ救いを求めても、誰も相手にしてくれなかった。

 でも、



 『あの人』だけは違ったんだ。



 こんな私を唯一、受け止めてくれた。認めてくれた。 私はそれだけで満足だったけど、彼が与えてくれたのはそれだけじゃなかったんだ。




第一章 束の間の休息


   ◆


「あぁ〜疲れた……」

 気だるそうな声で呟いたのは、長めの黒髪に黒を基調にした軍の制服を着た日本軍の兵士、進藤勝真(しんどう・しょうま)上等兵だ。

 十一月という冬真っ只中のこの時期にも関わらず進藤の顔には大量の汗が浮かんでいた。

 理由は簡単、訓練の帰りだからである。

 進藤達の部隊は、北海道での作戦中に主力兵器の『自動鎧(オートアーマー)』を破壊され、窮地に立たされた。

 そして、そんな大ピンチを軍規違反を犯してまで敵軍の『自動鎧』に立ち向かって破壊し、部隊の者達を救ったのが何を隠そうこの少年である。

 当初、生きてこの『不可侵領』東京都に帰った進藤及び同じく軍規違反を犯した彼の友人、狭山敏和(さやま・としかず)は軍規違反の罪を問われ軍法裁判にかけられた。

 しかし敵軍の『自動鎧』破壊、そして自軍の『自軍鎧』パイロット、通称『アーマード』の救出、この二点が評価され、二人は処罰どころか異例の二階級特進となった。

 よってこの二人の階級は今現在上等兵である。

 進藤達の部隊は新たな『自動鎧』が完成するまでは一カ月間『不可侵領』で待機、言ってしまえば長期休暇の最中だ。

 しかし、休暇が明ければすぐにでも次の戦場に派遣される。その時に腕がなまって戦えませんでは話にならない。

 その為、休暇中も最低限の訓練は行っておかなければならないとかで今日も朝から夕方までみっちりしごかれてクタクタだ。

 進藤は近くの自動販売機でスポーツドリンクを購入し、ベンチに腰掛けると辺りの人間達を見回す。

 部活帰りの学生、食材の入ったスーパーの袋を抱えた主婦、会社帰りのサラリーマン、夕方の散歩を楽しむお年寄り、すぐ近くの公園で遊ぶ子供達……進藤の前を老若男女様々な人々が通り過ぎてゆく。

「平和だな……『不可侵領』の外じゃ兵隊がライフル掲げて殺し合ってんのに」 進藤は思わず呟く。

 彼は両親の顔も知らない内に国に兵士として献上された。

その両親は今どんな顔をして生活しているのか、自分を国に売った後また新しい子供をもうけその子供と暮らしているのだろうか。

 進藤はこの『不可侵領』に住む人間達の事が好きでは無い。

 彼らは自分の安全の為、簡単に国に自らの子供を売れるような者達だ。

 進藤も幼い頃はこの事について何の疑問も持たなかった。

 だが、成長するにつれ疑問が、怒りが沸き上がる。

 進藤はもしもいつか、自分の両親に出会うような事があれば二人を思い切りぶん殴ってやろうと考えている。

 そして自分を国に差し出す時、何も感じなかったのかと訊いてやりたい。

 もちろん、そんな日は絶対に来ないであろう事は分かりきっていたが。

「……くっだらね……」

 進藤は吐き捨てると飲み終えたスポーツドリンクのボトルをゴミ箱に投げ入れ、立ち去ろうとした。

 その時、



「テメェ!! どこ見て歩いてやがんだ!?」



 数メートル先の噴水広場から馬鹿でかい声が聞こえてきた。

 進藤は噴水広場の方に振り向く。

 そこには着崩しまくった詰襟を着た不良丸出しの高校生が四人、そして彼らに囲まれオドオドしている少女が一人。

 恐らく中学生くらいだろう。自然な色の長い金髪と青い瞳、多分ハーフだと思う。大きめのグレーのパーカーのフードを被り、下は赤いチェックのミニスカートに黒のニーソックスという可愛らしい格好をしている。

「オイクソガキ!! 人様にぶつかっておいて一言謝っただけで済むとでも思ってんのか!? ああ!?」

 済むだろ。進藤は内心そう思う。

 少女の方は何度も頭を下げているが、不良達は全く相手にしない。

 周りの人間達も少女や不良達と目を合わせないようにして通り過ぎてゆく。

 自分が関わることで自分に危害が及ぶ事を恐れているのだろう。

「テメェ、ちょっとついて来いや!! たっぷりお仕置きしてやる!!」

「ひっ……!!」

 不良の一人が少女の腕を無理に掴んで連れて行こうとする。



「止めろ」



 そこで、とうとう進藤が割り込んだ。

 進藤としても面倒事に巻き込まれるのは勘弁だったが、それでも彼らを無視して立ち去るのはどうしても気が引けた。

 進藤は不良を見据え、馬鹿にしたように問いかける。

「お前らさぁ、恥ずかしくないのか? いい年してこんなちっちゃい子虐めて」

 すると、不良は不機嫌そうに眉をひそめ、進藤に向けて怒鳴る。

「あぁん!? テメェにゃ関係ねぇだろ!! てか誰だテメェ!!」

「この制服見て分かんねぇのかよ……相当な馬鹿だなお前ら」

 進藤は呆れたように返す。そして、それにキレた不良がこめかみに青筋を浮かべ、

「テメェ!! 言わせておけば!!」

 そう言って進藤に向けて右ストレートを放つ。

「遅い」

 進藤は軽く避けると、不良の軸足に蹴りを叩き込み、倒れさせるとスラックスのベルトに挟んでいた拳銃を抜き、不良達に突き付けた。

 こんな格好だけそれらしくしただけの不良などなんてことはない。何の恐怖も感じない。

 進藤は北海道での任務中、単独で生身の身体一つで殺戮兵器『自動鎧』と闘り合ったのだ。

 進藤が鋭い目つきで不良達を睨み付ける。

「ヒィッ……!! 何でそんな物……!?」

「俺は日本軍の兵士だ。民間人に危害を加えようとするお前らみたいな馬鹿共を射殺する事だって出来る」

 進藤は倒れている不良の腕を片手で拘束し、もう片方の手で残りの不良達に再度拳銃を突き付ける。

「ここで退くならコイツも、そしてお前らも許してやる。だが、まだやるってんなら叩きのめした後で警察に連れて行ってやる。どうすんだ? 五秒で決断しろ」


   ◆


 結局一秒もかからずに不良達は逃げ帰っていった。

「情けない奴らだな。少しくらい噛み付いて来てみろっての」

 進藤は拳銃をしまうと少女の方に向き、声をかける。

「大丈夫か?」

 少女は一瞬びくっ!! と身体をこわばらせると慌てて進藤に向き直り、頭を下げた。

「あ……ありがとうございます……危ない所を助けていただいて……」

「いいって、いいって、 そんな律儀に頭下げなくてもさ。次からは絡まれないように気を付けろよ」

 進藤は適当に言うと、少女に手を振ってその場から立ち去ろうとする。

「あっ!! ま、待ってください!!」

 と、そこで少女に呼び止められた。

「あの……私、道影(みちかげ)アスタっていいます……その……あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」

 少女――アスタは多少オドオドしながら年の割に丁寧な敬語で問いかけてきた。

 特に名前を隠す理由も無いので進藤は率直に答えた。

「日本軍上等兵の進藤勝真だ」

「(しょうま……勝真さんか……)」

 アスタは小さな声で進藤の名前を反芻する。

 進藤は軽く頭を掻くとアスタに尋ねた。

「あー……もう行っていいか?」

 それを聞いたアスタは再び身体をこわばらせる。

「あっ、はい!! もう行っていいです!! すみません、お時間取らせてしまって……」

「おう、じゃあ行くな。また会ったらそん時ゃよろしく」

 進藤は適当に言うと、アスタが大きく頷くのを見て今度こそその場を立ち去った。


   ◆


「せっかく、親切な人が穏便に済ましてくれたのに……あなた達が悪いんですよ……?」

 道影アスタは地面に転がっているモノに聞こえないと分かっていながら話し掛ける。

 午前十二時、人気のない暗い路地をパーカーのフードを深く被ったアスタはゆっくりと歩いていた。

 人の多い場所はあまり好きではない。

 アスタは白い息を吐きながら腕をこすりあわせ身震いする。

 この季節は日が落ちるとさらに冷える。この格好では特に寒い。ダウンジャケットかコートでも持って来ておけば良かったと内心後悔する。

 しかし、身体とは反対にアスタの心は温かい気持ちでいっぱいだった。

「素敵な人……」

 アスタは夕方に出会った兵士の少年の事を思い浮かべ、思わず呟く。

 こんな自分を助けてくれた。普通に接してくれた。アスタはそれだけで嬉しかった。

 自然に顔が綻び笑顔になる。

「また会いたいな……」

 そんな事を言っている内に借りているアパートの前に着いた。

 自分の部屋のある二階に上がると、スカートのポケットからカードを取り出し、ドアに備え付けられた機械に通す。

 ピーッ、と電子音を鳴らせカギが開いた事を知らせる。

 アスタはカードをしまい、ドアを開けた。

 玄関で靴を脱ぐと足早に部屋に入り、暖房のスイッチを押す。

 部屋の中には彼女以外誰もいない。

 家族が帰ってきていないのではない。

 もとからこの部屋には彼女しか住んでいないのだ。

 アスタは部屋の隅にある押し入れを開ける。

 そして、



 ゴトゴトッ、とそこから大量の銃器が転がり出てきた。



 アスタはそれらを一つ一つ手に取り確認していく。

 と、そこでタイミングを謀ったようにアスタの携帯電話が鳴った。

 アスタは携帯電話を取り出し、通話ボタンを押すと耳に当てる。

『どうだ? 中々いい物が揃っているだろう』

「年頃の女の子の部屋の中にカメラを仕掛けるのはどうかと思いますよ」

『そう言うな、君の安全の為だ。それにいくら何でも風呂場やトイレにまでは設置していないから安心しろ』

「それもどこまで信用出来るか分かりませんけどね」

『一体自分の何に自信を持っているか知らないが、生憎私の趣味はもっとグラマラスな女性なのでね。君の身体には毛ほども欲求が沸かない』

「この後すぐにでもアナタを対戦車ライフルで撃ち抜いてあげましょうか?」

 アスタが不機嫌そうに呟くと、電話の向こうの男は一度咳払いすると、話を戻した。

『依頼主も、そして私も期待している。必ずやり遂げろ』

アスタは男の言葉に「了解」と返し、続けた。



「日本軍アーマード、美園凪紗の暗殺、必ずや成功させてみせます」





第二章 予感


   ◆


 進藤は窓越しに外の景色を覗き、嫌そうな声を出した。

「予報じゃ一週間先だったんじゃないのかよ……この制服濡れたら着るモンないんだぞこっちは……」

 外ではザアアアア、と音を立てて大粒の雨が降っていた。

 進藤は舌打ちすると、窓から視線を外す。

「ま、文句言ってても仕方ないか……支度支度っと……」

 進藤の住んでいるここは軍の宿舎である。四畳一間の小さな部屋だが風呂や生活に必要な家具も最低限揃えられているので文句は無い。階級の高いお偉い様達は高級なマンションを借りたり、一軒家を買ったりしているらしいが、階級の低い進藤にはそんな事は夢のまた夢であるし、そもそもほぼ年中戦場で生活している自分には必要すらないように思えた。

 洗面所で顔を洗って髪を整え、軍の制服を着ると進藤は玄関に立てかけてあるビニール傘を持って部屋を出る。

 廊下にいた数人の同僚達に適当に挨拶し、宿舎を出た。

 今日は訓練は無し、正真正銘の休日である。

 進藤は傘を差し、近くの地下鉄の駅に向かう。

 地下に降りる階段の前に着くと立ち止まって、携帯端末で時間を確認する。

「(八時四十五分……ちょっと早く来過ぎたな……)」

「おっ!! 進藤じゃねぇか。何してんだ、こんなトコで?」

 突然横から声をかけられた。進藤は振り向くと「げっ……」と顔をしかめ、嫌な声を出す。

 そこには、短い茶髪を逆立たせ、軍の制服を着崩した進藤と同い年の少年が立っていた。

 狭山敏和、進藤が軍に入った時からの友人である。

 だが、今だけは誰であろうと知り合いには絶対会いたくなかった。

「どうした? 顔色悪いぞ」

 ずっと黙っているのを不審に思った狭山が再び声をかけてくる。

 進藤は慌てて、普段通りの表情を作ると「大丈夫、何でもない」と返す。

「(ヤバい……さっさと会話切り上げて帰って貰わないと……)」

 進藤はどうにかして狭山に狭山にこの場を去ってもらえないかと思案する。

 と、そこで、



「ごめ〜ん!! 待ったぁ?」



 再び進藤の横から声がかけられた。

 そこにいたのは、年頃の女の子らしい可愛らしい私服に身を包んだ日本軍アーマードの少女、美園凪紗(みその・なぎさ)だった。

 進藤の顔がムンクの叫びみたいな表情になって固まる。

 そう、進藤が知り合いに会いたくなかった理由、それは今日が進藤の恋するこの少女とのデート(向こうにとっては単に買い物に付き合ってもらうだけ)の日だったからだ。

 まだ待ち合わせの時間まで十分近くあるだろチクショウと進藤が心の中で喚くが、当然彼の渾身の叫びは周りには聞こえない。

 進藤の様子を見た狭山は一瞬にして全てを悟ったようで、意地の悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべると進藤の首に自分の腕を回し、近付くと内緒話を実行。

「安心しろよ、お前の初恋の邪魔はしねぇからよ。これは身投げ出して凪紗ちゃん助けに行ったお前だけの特権だからかぁ? このこたぁ誰にも言わねぇから今度飯奢れや。ほら、最近出来た大通りにある高級レストランでさ」

「……いいだろう……その代わり……」

 全ての退路を断たれた進藤はせめてもの抵抗とばかりに狭山の治りかけでギプスも外したばかりであろうこの間骨折した左腕に対して全力で関節技をかける。

「うッぎゃあああああああアアアぁぁァァぁぁぁッッッ!!!?」

 周囲の通行人達が驚愕するのも構わずに狭山は大音量の絶叫を放つ。

「さ、狭山くん!?」

 律儀にも『人を貶めて甘い汁を啜ろうとするバカ』を心配する凪紗を連れて進藤は駅の階段を降りていく。


   ◆


 三島雅人(みじま・まさと)少佐は携帯端末で部下と連絡を取っていた。

 何でも昨日(厳密には今日)の深夜十二時過ぎ頃、隣町の『人気の少ない路地で不良らしき高校生の少年が四人程瀕死の重傷で発見された』との事だ。

「現場から凶器は発見されず、それ以前に傷口を見る限り犯行は素手で行われたとしか思えない……か……」

 三島は部下からの報告を聞くと、続けて確認するように部下の言葉を反芻する。

 三島は日本軍所属の軍人であり、もちろん警察官でも刑事でもない。では何故彼が今こんな事を聞かされているかというと、

「私は被害者達の姿を見た訳では無いのではっきりした事は言えないが、話を聞く限りでは現場の警察官が推測した正規の軍人又は元軍人の犯行であるとは考えにくい。それどころか軍の訓練を受けた格闘技の世界チャンピオンですら素手でそんな事をやってのけるのは不可能だろう」

 三島は俯く。

 被害者は急所以外を(恐らく素手で)メッタ打ち、全身の骨を砕かれ意識不明の重体。



 しかし、命に別状は無い。



 それが不可解だった。

 それだけ派手に人間を壊しておいて全く命の危険が無いとの事だ。

「私も今から現場へ向かい、警察と直接話してみる。それと、陣野一等兵、貴様も含めそちらには私の部隊の者が多く住んでいたな。宿舎の方にも連絡を回しておけ。テロの可能性もある」

 三島は部下に指示を飛ばすと通話を切る。

 外部からの侵略を受け付けない『不可侵領』が内部から侵されていく。

 そんな予感が三島の脳裏をよぎった。


   ◆


 進藤の両手には大量の洋服がパンパンに詰まった袋がこれでもかという程握られている。……ぶっちゃけ軍の訓練レベルでしんどい。

「ごめんね〜!! 一日付き合わせちゃって〜!! でも勝真がいてくれて助かったよ、私一人じゃこんなに買えなかったから!!」

 一日中買い物に付き合わされて、あげく全ての荷物を持たされている訳では断じてない。ふーふーと荒い息を吐く大の男の隣で凪紗は進藤とほぼ同等の量の袋を軽々と持っている。それどころか器用に頭にも袋を乗せ、空いた手で傘を差している。

「気にすんなって……どうせ……休みの日なんていつも暇だからさ……」

 言葉も切れ切れに進藤は答える。

 ……やはり格が違う。進藤は素直に思う。

 進藤の目の前にいる美園凪紗という少女は今現在日本に五人しか存在しない『自動鎧』を操作する事が出来るアーマードの一人だ。アーマードになる過程で徹底的に身体を『改造』された彼女達は人並み外れた身体能力とそこらの天才を軽く凌駕する程の頭を持つ。

 どれだけ過酷な軍の訓練を受けたとしてもアーマードには適わない。

 こんな些細な事で気付かされる。進藤のようなただの人間と凪紗達アーマードとの違い。

 進藤にとっては凪紗は恋愛の対象であるが、彼女にとっては進藤はただの恩人でしかないのだろう。

 こう考えると何だか自分が馬鹿らしくなってきた。多少親密になった所で自分は一介の兵士で彼女はこの国を支えていると言っても過言では無い程の超重要人物だ。

 自分がこの少女に関わること自体が間違い、そんな気がする。

「(ハッ……不可侵領での平和な生活続きでどうにもあの時の事忘れかけちまってるみたいだ……)」

 そう、数週間前の北海道での任務中、凪紗は敵軍の『自動鎧』に敗北した。生身の身体で戦場に放り出され、軍にも見捨てられた彼女を進藤は命がけで救出に行き、その際、進藤は単独で『自動鎧』と交戦し、撃破した。

 その時に自分は凪紗に言った。守ってやるとまでは言えないけど、これからは自分が一緒に戦ってやると。

 自分は彼女にとっても特別な存在になりたい。あの時、確かにそう思った。

「(そうだ、悲観的になってんじゃねぇ!! 俺は絶対に凪紗を振り向かせてやるんだッ!!)」

 ……と、そんな事を一人で考えている進藤の隣では、

「(うぅ〜……、何か勝真ずっと不満そうに黙ってる〜……。……いきなり誘っちゃって迷惑だったのかな……? せっかくおめかしして来たのに何にも言ってくれないし……やっぱり私なんかじゃ勝真は振り向いてくれないのかな……?)」

 凪紗が進藤の見ていない所で悲しい顔をして考え込んでいる。

 人生十五年以上生きてきて初めて恋をした男女二人は折り紙付きの鈍感さ加減であった。


   ◆


「予定通り今現在ターゲットはあの道を通過していますが、隣にもう一人、抱えている袋のせいで顔は確認できませんが恐らく制服から察するに軍の兵士がいますが、いかがいたしましょう?」

『構わん、やれ。多少犠牲を払っても美園凪紗を始末出来れば問題無い』

「了解しました。ではターゲットが『エリア』に入り次第、開始します」

『あぁ、分かった。……それにしても難儀なものだな。スナイパーライフルによる狙撃が出来ないというのは』

「仕方がありません、発射の音すら聞き分けられるアーマードにとっては発射から着弾まで時間のある狙撃はまず効果がありませんから。一秒でも時間があれば容易く避けられます」

『そこで代わりに出て来た方法がこれか……ふっ……絶対安全の不可侵領ならではだな』

「えぇ、多少騒ぎにはなりますでしょうけど、確実にやれます。……! 来ました……ターゲット、『エリア』に侵入、攻撃を開始します」

 言うと、道影アスタは左手に握られた装置のボタンを一斉に押した。


   ◆


 ボゴボゴボゴッッ!!!! と、進藤と凪紗の周囲が連続して爆発した。

「なッ……!?」

 進藤は咄嗟に袋を放り捨て、拳銃を抜くと凪紗を押し倒し、覆い被さった。

「し、勝真!! 一体何が……!?」

「分からない!! とにかく逃げるぞ!!」

 進藤は凪紗の手を取り、近くで燃える袋を無視して逃げようとした。

 そこで進藤の目の前に転がっていた何の変哲も無いように見えた空き缶が突然爆発した。

 進藤と凪紗はかろうじて回避し、地面を転がる。

 進藤は舌打ちする。

「ッ……!! 『IED』かっ!! 誰がこんなことしやがった!?」

 『IED』――即席爆発装置とはあり合わせの爆発物と起爆装置から作られた、規格化されて製造されているものでは無い簡易手製爆弾の事である。不発弾や地雷、その他様々な資材を使い、手榴弾程度の威力から戦車すら爆破可能な榴弾砲レベルの物まで、各々が独自に持つ知識や資材で制作されるそれは多種多彩なバリエーションを誇る。

 当たり前だがここは不可侵領である。こんな兵器が道端に転がっているのは明らかにおかしい。

 軍で使われる事は無いであろうIEDが空き缶に詰めるなどしてカムフラージュされ、恐らくは凪紗を狙って爆破された。

 そこから導き出される答えは一つ。

「暗殺にしては随分と荒っぽいじゃねぇか……」

 進藤は忌々しそうに呟く。

「仕方無い……悪い!! 許せ、凪紗!!」

「へっ……!! 何をっ!?」

 進藤は突然凪紗をお姫様抱っこの要領で抱えると、躊躇なく他の人間達が避難している場所に彼女をぶん投げた。

「ひゃああああぁぁぁッッ!!!?」

 凪紗が思わず悲鳴をあげる。彼女が小柄で華奢な体格だった事も手伝って、五メートル程飛び、地面に激突した。普通の人間なら間違い無く今ので大怪我だっただろうが、生憎凪紗は驚異的な身体能力を持つアーマードである。この程度ではかすり傷もつかないだろう。

 だからといって、自分より年下の少女を渾身の力で投げる事に抵抗が無かった訳ではないが。

 とりあえず凪紗はもう安全だろう。後は自分の方である。

 暗殺者がどこに潜んでいるかは分からないが、この爆発の中、進藤達の姿が見えているとは思えない。

 よって凪紗が逃げた所で向こうが爆発を止める事は考えられない。

「くそったれがッ!!」

 進藤は拳銃を構えると爆破圏外にあるIEDを銃撃し、爆発させていく。

 他のIEDが爆発すると同時に爆風でどこか建物の取っ掛かりにでも立てかけていたであろうIEDが落ち、爆発する。

 避けても避けても、次々に爆弾が爆発し襲い掛かってくる。

「(ヤベェッ!! このままじゃいつか爆殺されるのがオチだ!! どうにかして突破口を……ッッ!!)」

 直後、上から降ってきた塊に進藤は顔を青ざめさせた。

 それはIEDとは違う、軍でも正式採用されている高威力のプラスチック爆弾。

「(C4ッ……!?)」

 進藤は咄嗟に周りのIEDを無視し、C4に向けて銃を撃った。

 ボッゴオオオッッ!!!! と、進藤の真上でC4が爆発し、爆殺こそ免れたものの強烈な爆風によって吹き飛ばされた。

「ぐァあああああああああああッッッ!!!!」

 進藤は痛みで絶叫する。

 しかしそうしている間にも次々爆発が起こり、進藤に命の危機が迫る。

 進藤は無様に地面を転がり、避ける。

「……!! あれはッ!!」

 一メートル程前、室外機の側に隠すように電気信管の突き刺されたC4があった。

 いつ爆発するかも分からない。本来ならさっさと逃げるハズだ。だが進藤は、



「(チャンスだッ……!!)」



 電気信管の先端に向け、鉛弾を叩き込む。

 一歩間違えて爆薬に被弾していればもれなくグチャグチャの死体になるであろう行為を実行した進藤は電気信管が壊され、無線で起爆出来なくなったC4を掴み取る。

「(弾は残り一発!! マガジン交換してる暇は無い!! 当てられなきゃ終わりだ!!)」

 進藤は近くの建物の壁にC4を放り投げ、銃撃。爆発したC4は壁を破壊し進藤の逃げ道を作る。

 進藤は急いで壁が破壊され出来た穴に飛び込む。

 あの爆発の直後だ。当然建物の中に人はいない。

 進藤は近くのソファーに腰を下ろし、溜め息をつくと吐き捨てた。

「はあッ、はあッ……!! クソが……!! とんでもない目に遭った……!! 自分でもビックリだよ……何で生きてんだ、俺!?」

 しばらくすると遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。多分住民の誰かが呼んだのだろう。

 爆発はもう止んでいたがもう一度あの場所に戻る気にはなれない。

「そういや、傘さっきの爆発で吹っ飛んじまったな……」

 進藤は建物の出口に向かうと、傘立てに刺してあったビニール傘を一本適当に拝借する。

 建物を出ると大勢の野次馬と警官がいた。建物から出てきた進藤に気付いた警官が駆け寄ってくる。

「キミ!! あの爆発に巻き込まれたって聞いたけど大丈夫か!?」

「ええ、何とか……。けど……」

 進藤は気まずそうに建物の中を見据える。それにつられて警官も中を覗き込む。

「器物破損……ってコトになっちまいますかね……? アレ……」

 建物の壁に大きく開いた穴、助かるためとはいえとんでもない事をやってしまったと進藤は思う。ここは戦場では無い、人を殺せばもちろん犯罪、物を壊しても犯罪になる。

 進藤の表情から事情を察したらしい警官は言う。

「安心していい。そうしなければいけない状況にしたのは犯人だ。君が罪に問われる事は無いだろう」

「だといいですけどね……」

 進藤は軽く事情を説明すると警官と別れ、凪紗を探す事にした。

 人ごみの中をかき分けて進み、最初にIEDが爆発した場所辺りに行くと案の定凪紗が警官と話していた。

「あっ!! 勝真!!」

 凪紗が進藤に気付き、手を振りながら叫ぶ。

「怪我とかしなかった!? あの爆発の中一人で行っちゃったから心配して……」

「取り合えずは軽い火傷と、かすり傷くらいで済んだから安心してくれ……にしても折角あんなに服買ってたのにな、さっきので殆ど燃えちまった。勿体ねぇよな」

「勝真が無事だったんなら別にいいよ、そんなこと」

 凪紗は言うと、辺りに散らばっていた燃えずに無事だった袋を拾い上げる。進藤はそれを受け取ると凪紗に向けて言う。

「家まで送るよ、また何かあるかもしれないからな」

「ありがと、あはは……これで二回目だね、勝真に助けられたの」

「ああ、……どこの誰だか知らないが絶対お前を殺させたりしない……」

 『守ってやるとはいえないけど』―――進藤はあの時言った言葉を撤回する。相手がどんな方法で凪紗を殺しにかかっても絶対に守ってやる、進藤は強く思った。


   ◆


 死体は無かった。警官達の言葉を盗み聞きしてみた所、ターゲットと一緒にいた兵士が一人で対処したとの事だ。

「(たかだか一般兵だと思って油断したか……)」

 道影アスタは僅かに後悔する。IEDとC4による奇襲は失敗に終わった。一度目で仕留め損なったのは痛い。ターゲットに護衛でも付けられたら埒があかない。

『どうする? これから動きにくくなるのは明らかだ。何か案はあるのか』

 携帯電話から主の声が聞こえてくる。

「ターゲットの部隊が不可侵領にいるのは後一週間でしたね」

『ああ、そうだ』

「三日……いえ、二日時間をください。少し情報を集めてみます」

『分かった。ハッキング用のPCを何台かアパートに運んでおく』

「ありがとうございます。では」

 アスタは携帯電話を閉じるとスカートのポケットにしまう。

「(今までも一度で仕留められなかった事はあった……慌てる必要はないハズ……けど何か……嫌な予感がする……)」

 アスタは胸にチクリと何か刺すような痛みを感じた。

 それが一体何だったのか深く考える事はせず、アスタは闇に紛れるかのように夜の街に消えていく。




第三章 理不尽とささやかな幸福


   ◆


 今日も雨だ。この調子だと後何日か降り続けるかもしれない。

 進藤は昨日買った栄養ブロックをかじりながら窓の外を見て思う。

 結局、凪紗は休暇が終わるまで自宅待機を命じられた。しかも部屋の周りに大量の見張りをつけて、だ。

 彼女も最初は嫌がって文句を言っていたが進藤がなだめると、なくなく了承した。

 まぁ、ぶっちゃけ当然の措置だろうと思う。凪紗は絶対に替えのきかない、この日本にたった五人しかない要人なのだ。何者かに暗殺を企てられている可能性がある以上、全力で阻止しようとするだろう。

 凪紗自身の気持ちはともかく、これで彼女の安全は保証された。

 進藤はこれから警察署で事情聴取を受ける事になっていた。昨日の夜に軍を経由して進藤の所に連絡が来たのだ。

「『昨日の説明では足りないからもう少し詳しく教えてくれ』、か……」

 連絡が来た際、警察に繋がれる前に三島少佐に言われた事を思い出す。

『いいか、貴様に非がない事は私が、部隊の皆が知っている。だが『向こう』はそうでは無い。たとえ、何を言われても屈するな。ありのままを話し、貴様の無実を証明しろ』

 三島少佐は遠回しに警察が自分を疑っていると言っていた。

 これは任意同行の事情聴取などでは無い。



 犯罪者に行われる取り調べだ。



 進藤は小さく舌打ちする。

 たまったものでは無い。進藤は偶然あの爆発に巻き込まれただけで、それどころか狙われていたであろう凪紗を救ったのだ。

 逮捕されるなどお門違いだ。

 だが、警察はそう思っていない。『自白』させる為にどんな手を使うか分かった物では無い。

「くそったれが……『力』だけの自動鎧よりもよっぽど厄介だぜ……」

 しかし、どれだけ文句を言った所で事情聴取が無くなる訳では無い。

 自分自身の潔白を証明する為にも通らなければいけない道だ。

 進藤は軍の制服を着て、傘を掴むと、覚悟を決めて宿舎を出て行った。


   ◆


 警察署に着くと事情聴取の為の小さな部屋に案内された。

「刑事の郷田だ。よろしく、進藤勝真くん?」

 進藤の正面に座る中年の男は刑事というにはあまりにも悪人面、ここまで刑事としてスーツが似合っていない人間は初めて見た。ヤクザと言われた方がまだ納得できる。

「こちらこそよろしくお願いします。……で、郷田さん、でしたっけ? 昨日の事件の話を詳しく聞きたいって事でしたよね」

「あぁ、すまない。それはもういいんだ。それより」



 ガッ!! と、突然郷田に胸ぐらを掴まれた。



「シラ切ってんじゃねぇぞ!! 吐けよ!! お前がやったんだろ!!」

 郷田が大声でまくし立てる。

 あまりにも予想通り過ぎる展開だった。

 進藤は落ち着いて郷田を刺激しないように反論する。

「違いますよ。僕は昨日は朝から凪紗さんと一緒にいたんです。あんな数の爆弾を仕掛ける暇もありません。それに不可侵領にいる間は一般兵は拳銃の携帯しか認められていないんです。とても自費であの量の爆薬を調達することは出来ません」



「『そんな事』はどうでもいいんだよ、クズが」



 バキッ!! と、郷田の拳が鈍い音を立てて進藤の顔にめり込み、そのまま床に叩きつけられた。

「『お前が被害者とあの現場にいた』、そして『お前の自白』、それだけありゃあ十分なんだよ!! お前の意見なんて訊いてねぇんだよ!! 証拠なんて後からいくらでも作れるんだよ!! 分かったら言えや。「私がやりました」ってな!!」

 結論、この男は常軌を逸している。

 進藤の証言など最初から聞く気など無い。ただ自白させて進藤を犯人に仕立て上げる。それしか考えていない。

「オラァッ!! 黙ってねぇで早く言えやぁ!!」

 郷田のつま先が進藤の腹にめり込む。

「ごはぁッ!!」

 進藤の口から赤い液体が飛び散る。

 痛む腹を押さえながら進藤は考える。

 これは言ってしまえば我慢比べだ。進藤が屈するか、郷田が諦めるか。

「……こんな……ありもしない罪で……捕まる訳にはいかねぇんだよ……俺はこれからも彼女を守らなきゃならねぇんだッ……!!」

「テメェの下らねぇ言い分なんか知らねぇんだよ!! さっさと吐け!!」



 ――それから約八時間もの間、事情聴取は続いた。


   ◆


「ざまぁみやがれ……あのクソジジィが……」

 進藤は袖で口元の血を拭いながら呟く。

 とりあえず、今日の所は耐え切った。

 だが、これで終わりでは無いだろう。

「(どうにかして無実を証明しないと……毎日でも呼び出される……)」

 進藤は考えるがあまりにも身体が痛むので集中できない。

 骨こそ折れていないものの、全身が酷い打撲だ。ご丁寧に見える場所に傷はつかないように痛めつけやがった。

 既に夜七時前、事情聴取のせいで昼飯抜きだったので空腹でもう限界だ。

 適当に何か買って帰ろうかと考えた矢先、噴水広場のベンチに見知った顔を見付けた。

 グレーのパーカーと赤いミニスカート、深く被ったフードから覗く長い金髪と白人のように白い肌。

 何日か前、不良に絡まれている所を進藤が助けた少女、道影アスタだ。

「よう!! 奇遇だな、何してんだ、こんなトコで?」

 進藤がアスタに声をかけると向こうもこちらに気付いたらしく、

「あっ、勝真さん。お久しぶりです」

 アスタが礼儀正しくお辞儀する。

 進藤も「久しぶり」と返すと、アスタの隣に座った。

「で、さっきと同じ質問だけど、道影はこの雨の中何してたんだ? 濡れちまうぞ」

「アスタでいいですよ、私も下の名前で呼んでるんですから。……落ち着くんですよ、人がいなくなる夜の方が。……変ですよね……私」

「いや、いいんじゃないか? 人それぞれ色んな好みがあるんだし。けどこんな遅くまで親御さん心配しないのかよ?」

 進藤が当然の疑問を口にすると、アスタは少し悲しそうな表情になり、

「両親は……もういないんです……」

 苦笑いを浮かべて言う。

 進藤はしまったという表情を浮かべる。

「悪い……ヤなこと訊いちまったな……」

「いえ、いいんです!それに今は親……という訳では無いですけど、援助してくれる人がいるんです。だから住む所にも困ってる訳じゃありませんし」

 アスタが進藤の様子を察してか慌ててまくし立てる。

 と、そこでアスタが何かに気付いたらしく、進藤の身体をじっと見る。

「? どうしたんだよ?」

「勝真さん……もしかして怪我してます? それも色んな箇所に」

「!」

 進藤は僅かに驚く。確かに警察署で郷田刑事にフルボッコにされたのは事実だったが、先程言った通り目で見えるような場所には傷はついていない。

「確かに怪我はしてるけど……どうして気付いたんだ?」

 進藤が怪訝な顔をしてアスタに尋ねる。

「えっと……勝真さんさっきからずっと痛いの我慢してるような感じだったから……その服も少し汚れてますし……」

 服はともかく、痛みの方はあまり外に出さないようにはしていたのだが、アスタにはお見通しだったらしい。

「何かあったんですか?」

 アスタが尋ねてくる。恐らく純粋に心配してくれているのだろうが、あまり人に知られたい事ではない。

 進藤は一瞬考えると、

「いや……この前の不良共の仲間が大勢、俺に報復にきてさ……見事にやられちまった、ハハッ……情けねぇよな」

 彼らには悪いがここは利用させてもらう事にしよう。実際ありえない話でもないし、まぁ信じてもらえるだろう。

 もし、ホントにそんな事になったとしても一人残らず返り討ちにする自信はあったのだが。

「(アイツら……私だけじゃなく勝真さんにまで……やはり半殺しにするだけでは足りませんでしたか……)」

「何か言ったか? アスタ」

「あっ!! いえ!! 何も言ってないですよ!!」

「? そうか……」

「そうだ!! それより私今、少ないですけど包帯持ってるんです。傷口見せてください!!」

「えっ!? いや、いいよ!! 別にこれぐらい……」

「こういう怪我程注意しないと恐いんです!! ほら、早く!!」

 アスタは強引に進藤の服の袖をまくると慣れた手つきで包帯を巻いていく。

 何でそんな物持ってるんだという思いはあるが、心配してもらえる事については悪い気はしない。

 進藤は丁寧に包帯を巻くアスタを見る。

「(……人がいないとはいえ、女子にこんなことされてんのは少し恥ずかしい……)」

 進藤はそんな考えを紛らわせるようにしてアスタに質問する。

「アスタってさ、見た感じ白人っぽいけど、ハーフ……だよな?」

「あっ、はい。一応母がギリシャ人で父が日本人だったと思います」

 アスタは肌は白く、髪は金髪で瞳も青いのでパッと見た感じでは外国人だが、よく見ると顔つきがいかにも日本人らしい。目が大きく童顔で彫りが浅い。

「ギリシャ人……てことは『あの時』に亡命してきた人達の一人か……」

「はい……」

 アスタが短く答える。

 ―――ギリシャという国は三十年前に滅んだと聞かされていた。

 経済が破綻し、ボロボロになりEUから追い出された所をヨーロッパの国々から攻撃され降伏した。当時は戦争条約も明確に定まっていなかったらしく、ギリシャには為す術が無かったのだと聞いた。 結果、今はイギリスの領地になり、自動鎧の開発研究所として使われている。

 アスタはその際、世界各国に亡命したギリシャ人達の子孫という事だろう。

「母も……そして父も『敗戦国の国民』、『敵国の女と結婚した非国民』だなんて言われて……」

「勝手な言い分だな……これだから『戦争』を知らねぇ日本の国民共は……!」

 進藤が歯軋りする。怒りを抑えるように。

「他国=悪っつー考え方が俺は気に入らねぇ」

 進藤もこれまで幾度となく日本国民による他国民の差別を見てきた。

「俺もさ、そりゃあ戦場では敵国の兵士を何百人と殺してきた。けど俺は彼らを『敵』として見てきた。絶対に『悪』として見た事は無い。

戦争を起こして兵隊に武器持たせて戦わせてんのは頭の腐った政治家共だ」

 進藤はキッパリと言う。

 アスタはそんな彼を上目づかいで見て、

「じゃあ……勝真さんは私のこと……」

「絶対差別なんかしないよ、安心しろ」

 進藤は力強い笑顔で返す。それにつられてアスタの顔も綻んでいく。

「そうだ、奢ってやるから一緒にメシでも食いに行こうぜ!? なっ!!」

 アスタと話し込んでいたせいで自分が空腹だという事をすっかり忘れていた。

「い、いえ……そんな、私なんて迷惑でしょうし……」

「いいって、いいって!! この包帯のお礼だと思ってくれたらいい」

 アスタは僅かに迷ったようだったが、

「じ、じゃあ……一緒してもいいでしょうか……?」

「おう!! 行こうぜ!!」

 進藤とアスタの二人は立ち上がると、楽しそうに話しながら店を探す。



 ――この後、彼女の見た目からは想像も出来ない食べっぷりによって進藤の財布は空になるのだがそれはまた別のお話。


   ◆


「やられた……」

 忌々しそうに三島は呟いた。

 彼が眺めているのは東京都日本軍本部に設置されているコンピューター群の一つ。

 ここ二日間の間に本部のデータベースを何者かによってハッキングされた。

 証拠は殆ど残されていなかったが何のデータを覗かれたかはすぐに分かった。

「美園凪紗の現在地……で間違いは無いだろう」

 三日間にアーマードの美園凪紗少尉及び、進藤上等兵が何者かによって襲撃された。

 一般兵の進藤を襲う理由は特に無いだろうからその何者かの狙いはやはり、『自動鎧』の操縦士である美園凪紗で間違い無い。

 幸い、彼女と同行していた進藤上等兵によって美園凪紗は助けられ、現在地は見張りをつけた上で自宅待機という事になっている。

 だが、恐らくその謎の暗殺者に居場所を知られてしまった。

 見張りがいたとしても万全とはいえない。美園凪紗は国の要人だ。絶対に殺される訳にはいかない。

 三島は正面でパソコンを操作している部下に向けて指示を出す。

「即座にハッカーの居場所を特定しろ。データベースの防御プログラムも変更しておけ」

「了解しました」

「私は見張り達への連絡、及び美園凪紗の待機場所変更の旨を上層部に伝えに行く」

 三島は言うと部下の応答聞く暇も無く上層部の場所に向かう。


   ◆


 ドガッ!! バキッ!! ガンッ!! と、断続的に暴力の音が響いている。

「なかなかしぶといじゃねぇか……一日ぐらいなら耐えたヤツは今までいたが、二日も耐えるなんてな……やっぱ一般人とは鍛え方が違うか」

 郷田が荒い息を吐きながら言う。

「なめてもらっちゃあ困るぜ……こちとら年中殺し合いやってんだ……この程度、痛くも痒くもねぇよ、オッサン」

 進藤は言葉とは裏腹に今にも気絶してしまいそうな程意識が朦朧としていた。

 今日で三日目。流石に限界が来ている。だが後四日、四日後には凪紗の自動鎧が完成し、再び戦争に向かう事になる。そうなればこの暴力の日々とはおさらばだ。

「(ハハッ……まさか自ら戦場に戻る事を望むなんてな……)」

「なぁに笑ってんだテメェッ!! あぁ!?」

 郷田が壁に力無くもたれかかっていた進藤の腹を突き刺す様に蹴る。

「ごッ……!!」

「もう叫び声を上げる事もできねぇか。今日は帰っていいぜ。明日またボコボコにしてやるからよ」

「どーも……」

 進藤はよろよろと立ち上がると部屋を出て行く。

「ま、後二日もありゃあ勝手に屈して自白するだろ……それまで存分に楽しんでやるよ」

 郷田は煙草に火を点けながら呟いた。


   ◆


 進藤は自宅に戻ると買い溜めしてあった包帯を身体に巻いていく。

 郷田刑事の事情聴取については三島少佐にしか言っていない。少佐はある程度郷田の事について知っていたらしく、彼曰わく進藤がこの部隊に入隊する前、少佐の友人が冤罪で捕まったらしい。そして、その時に事情聴取及び、取り調べを行ったのがあの郷田という刑事だったらしい。

『……あまり過去の話はしたくないのだが、私の友人はあの刑事に脅迫され、嘘の自白をさせられた。ヤツは証拠についても『それらしく』完璧に偽装し、彼を犯人に仕立て上げた。彼は裁判で有罪……刑務所に入れられた一週間後に自殺した……。いいか!! 絶対に自白はするな!! こちらも少尉暗殺の件で忙しく、何も手助けは出来ないが、捕まりたくなければ何があっても耐え切れ……!!』

 これが三島少佐から聞かされた話だった。

 あの刑事がまともでない事は直接郷田に事情聴取を受けた進藤が一番良く分かっている。

 それでも……もう身体は限界まで来ていた。このまま大人しく捕まればこの痛みから解放される。それに刑務所にでも入ればもういつ死ぬかも分からない血みどろの戦場に行く必要も無くなるのではないか。そんな事を何度も何度も考えた。

 しかし、たとえ常に死と隣り合わせの戦場であっても、そこには絶対に離れたくない友人達がいる。物心ついた頃から一緒に勉強し、訓練を受け、共に戦場を渡り歩いてきたかけがえの無い仲間が。

 そして、偶然不可侵領で出会い友達になった少女が。

「あぁそうだ……捕まりたくない……捕まってたまるか……!! 絶対に何が何でも耐えきってやる!!」

 進藤は自分に言い聞かせるように大声で叫ぶ。

 と、そこで、


 ピンポーン、と進藤の部屋のインターホンが鳴った。


「! 珍しいな、誰だ?」

 進藤は玄関まで行き、ドアを開ける。

「よお、進藤」

「狭山? どうしたんだ?」

 玄関の外には短い茶髪のツンツン頭の友人が立っていた。何故か口元にはニヤニヤ笑い。

「いやいや、いつからお前はそんなにモテるようになったんだ? 凪紗ちゃんという女がいながら他の女に手出すなんてよぉ!? しかも金髪美少女!!」

「は? お前は何を……」

 進藤が何か言おうとした所である人物が目に入った。狭山の真後ろにいる少女。

「こんにちは、勝真さん」

「アスタ!? どうしてここに?」

「いやぁ、何か宿舎の前でウロウロしてたからよ、声かけてみたらお前の部屋はどこか? って訊かれてな。それで案内したんだ」

 狭山は左手で進藤の肩をポンと叩き右手の親指を立てると、

「凪紗ちゃんには黙っといてやるからよ、分かってるよな?」

 瞬間、進藤は冷ややかな目つきになると、ガシッと即座に狭山の腕を掴む。

「あ……」

 狭山が何か言おうとするがもう遅い。

「分かってるよ」



 直後、学習しないバカの絶叫が宿舎中に響いた。


   ◆


「で、どうしたんだ? わざわざ家まで来て」

 進藤が尋ねる。

 彼の正面に行儀よく正座したアスタは僅かに言い淀み、口を開いた。

「その……勝真さんが戦争に戻ってしまう前に言っておかないといけないことがあるんです……」

「言っておかないといけないこと?」

 アスタは俯くと、悲しそうに、

「私……もうすぐ東京を出て、別の場所に引っ越さないといけないんです……私の主が仕事柄色んな場所を転々としているので……」

 アスタの言葉を聞いた進藤は一瞬黙り込む。

「……そうか、せっかく友達になれたのに……残念だな……。……それでいつなんだ? 東京を出るのは?」

「多分……二日後……明日の夜中には出発する事になると思います……。準備もあるので、もう今日限り会うことも出来なくなると思います……」

「そっか……」

 進藤は頭をかきながら呟く。

 会ってから一週間程しか経っていないが、彼女は進藤のかけがえのない友人になっていた。特に郷田からの拷問にも等しい事情聴取の日々もアスタと話している時は不思議と忘れることが出来た。

 話しているだけで人を安心させてくれる。そんな力を彼女は持っている。そんな風に進藤は感じていた。

「すみません……急な連絡になってしまって……」

「いや、こっちこそ、わざわざ来てくれてありがとう」

 進藤は言うと、

「そうだ、携帯持ってるか? アドレス交換しておこうぜ。これでどこにいても連絡とれるだろ?」

 進藤はポケットから自分の携帯端末を取り出す。

「そうですね、それなら……」

 アスタも自分の携帯電話を取り出した。

 進藤はアスタとアドレスを交換すると、宿舎の下まで彼女を送った。

「ま、戦場にいる間は返信とかあんま出来ないかもしれないけど、いつでもメールしてくれ」

「はいっ、私も勝真さんからのメール、待ってますね」

 二人は最後の言葉を交わすと、お互い僅かな未練を残し、別れた。


   ◆


 アスタは帰り道、ふと立ち止まり、近くの壁に寄りかかる。

 携帯電話を取り出し、電話帳を開く。

 ついさっき、交換したばかりのアドレスを見る。

「……ごめんなさい……勝真さん……」

 アスタは呟くと、彼からのメールを受信拒否に設定し、彼のアドレスを削除しようとしたが、

「いやだ……出来ない……消したくない……」

 アスタは噛み締めるように言う。

 自分は美園凪紗の暗殺を完了すれば速やかにこの街から去らなければならない。ここで築いた人間関係も捨ててしまわなければならない。

 誰かを殺す為に偶然立ち寄った街で気が合う友人が出来てしまう。

 アスタはいつも彼らと別れるのがつらかった。だからここ最近は人と関わるような事はしなかった。

 だが、あの少年と出会ってたとえ別れることになったとしても関わりたいと思った。

 友達になりたいと『思ってしまった』。

 分かっていたはずだ。そういう風に思ってしまう人達程、別れる時がこれ以上なくつらくなってしまう事に。

 あの人との繋がりを消したくない。

 アスタは削除しようとボタンにかけていた指をどかした。

「出来ないよ……勝真さん……」

 彼女は決心した。いつか……大人になった時、こんな事をしなくてもよくなった時、この仕事から足を洗って彼の所へ行こうと。

 兵士である彼はもしかしたらその時にはすでに戦死してしまっているかもしれない。それでも、何か一つ希望を持っていたかった。

 その時、彼女の携帯電話が震えた。

 番号を見ずとも誰かは分かっている。

「マスター……」

『アスタ、どうだ? 計画の方は』

「問題ありません。今晩実行に移ります。『美園凪紗の待機場所を移すための護送時』、そこを狙います」

『ハッキングは相手を誘い出す為の罠、考えたものだ』

「護送時間を確認する為の二度目のハッキングには少々時間がかかりましたけどね。何せ『わざと侵入した痕跡を残した』一度目と違って何の証拠も残さないようにハッキングしましたから」

『流石だ。だが護送時にも大勢の護衛がいることは間違い無い。どうする気だ?』

「『正面突破』しかありません。速やかに護衛を無力化し、美園凪紗を殺害します。それが最も早く、効率良く遂行するための作戦であると考えます」

『では』

「はい、最低限の武器以外は既に部屋から運び出して置いてもらえると助かります」

『分かった、手配する』

 主は言うと通話を切る。

 完璧に『切り換えた』今のアスタの眼に先程までの迷い、弱さは微塵も感じられなかった。




第四章 邂逅


   ◆


 珍しく今日は郷田刑事の事情聴取は無かった。 進藤はとりあえず包帯を新しい物に取り替える。

 そういえば、今日は凪紗の護送の日だったか。三島少佐からは護衛に参加する必要は無いと言われていた。ボロボロになっている自分に気を回してくれたのだろう。

 進藤としてはこんな時こそ側にいてやりたかったのだが仕方がない。

 外は相変わらずの雨だ、鬱陶しい事極まりない。

 進藤は携帯端末の画面を見る。そこにはここ何日かで仲良くなった友人のアドレスが載っている。

 アスタは珍しくこの不可侵領で出来た友人、もう会えないというのは正直つらい。

「はぁ……、今日に限って狭山達は護送の準備、それ以外の皆も訓練か……やる事ねぇな……」

 こんな事なら郷田の事情聴取でも受けていた方が時間も潰せたかもしれない。

 進藤は携帯端末をその辺に投げ捨てると、横になって目を閉じた。


   ◆


 三島は扉破壊用散弾銃を古びた金属製のドアに押し付け、引き金を引いた。

 ドバッ!! と、爆音を撒き散らし、ドアが外側から破られた。

「突入するぞ」

 三島は数人の部下と警察官達と共にアパートの中に突入する。

「チッ……遅かったか……」

 三島は舌打ちする。

 部屋の中は既にもぬけの殻だった。

 先程、ハッカーの居場所が分かったという情報が入り、急いで報告のあった場所に向かったのだが既にハッカーは逃走、パソコンも持ち去っていた後だった。

 ここにいたのが美園凪紗の暗殺を企てた者だろうが、暗殺者を支援していた者だろうが、この美園凪紗暗殺に関わっていた人間を捕獲する事が出来ればかなりの収穫になっていたのだが……。

「わざわざミーティングを抜け出してまで来たというのに、無駄足だったようだな」

 三島は踵を返すと、後の事は警察に任せ、部下を連れてミーティングに戻る事にした。


   ◆


 手にしているのは対隔壁用ショットガン。他にもサブウェポンとして幾つかの銃器を携帯している。

 道影アスタは雨に濡れるのも構わず、武器だけを持って立ち尽くしている。

「十五分後にターゲット達は出てきます。そこを仕留めます」

『必ず殺せ。アーマードさえ殺せれば護衛の生死も問わない』

「了解しました」

 アスタは通話を切り、静かに『その時』を待つ。


   ◆


 狭山敏和と美園凪紗は会議室の外にいた。

「安心しろ。こんだけの護衛がいるんだ。そう簡単に攻められやしねぇよ」

 壁に寄りかかり心配そうな表情を浮かべている凪紗に狭山が言葉をかける。

「あ……ごめん、その事じゃないの……」

 狭山は凪紗の言葉に僅かに眉をひそめる。

「……進藤の事か?」

「うん……」

 進藤は心配をかけないようになのか、二人に事情聴取の事を全て黙っていた。

 しかし、昨日狭山は進藤の部屋に行った時、あるものを見てしまった。

 部屋に散らばる大量の包帯を。

 不振に思い、三島少佐を問い詰めてみた所、とんでもない答えが返ってきたのだ。

「ったく……あの野郎、俺達に黙っとくような事かよ……」

「勝真……このままじゃ……私のせいで……」

 凪紗が涙混じりの声で呟く。

 彼女は自分が殺されそうになったせいで進藤が警察に疑われてしまったと思っている。

 そして、その為に彼は拷問にも等しい行為を受けている。

「大丈夫だよ、後何日かの辛抱だ。あいつがただの民間人ごときに屈する訳ねぇよ」

 狭山は凪紗を安心させる為、無理矢理にでも楽観的な意見を述べる。

 とはいえ、進藤を心配しているのは狭山も同じだ。

「(……進藤のヤツ……凪紗ちゃん残して一人で捕まるとかぜってぇ許さねぇぞ……)」

 そこで、突然数メートル先にあったエレベーターが開いた。

 三島少佐が戻ってきたようだ。

「すぐに会議室に戻れ、ミーティングを再開するぞ」


   ◆


 携帯端末のうるさい着信音で目が覚めた。

 外は暗い。寝てる間に既に夜になってしまったらしい。

 進藤は目をこすりながら携帯端末を手に取る。

 番号は本部のモノだった。

 一体何の用だと思いながら、電話を繋げる。

「はい、こちら日本軍上等兵進藤勝真です」

 眠たそうにゆっくりと話す進藤とは正反対に電話の相手はこれ以上無く慌てていた。

「聞いてくれ!! まずい事になった!! アーマード、美園凪紗の護送についてだッ!!」


   ◆


「ミーティングは以上だ。何か質問のある者は?」

 三島少佐が全員に向けて問い掛ける。

 周りから手が挙がらないのを確認すると、彼はテーブルに立て掛けていたライフルを手に取る。

「では行くぞ」


   ◆


「! 来た……」

 アスタは建物の四階から手前のビルから数十人の兵士達が出てくるのを見ながら呟いた。

 予定時間より十分程遅れていたが計画に支障は無い。

 アスタは携帯しているショットガンを握り締める。

 静かに、美園凪紗が出て来る一瞬を待つ。

 数十人の兵士達はそれぞれ自らの持ち場に着き、フォーメーションを組む。

 そこで、ビルの中から美園凪紗が複数の護衛から取り囲まれるようにして現れた。

 アスタはその一瞬を見逃さない。



 自分のいる建物の窓枠を踏み越え、躊躇なく四階分の高さからアスタは飛び降りた。


   ◆


「はあッ!! はあッ!!」

 進藤は雨が降る中、傘も差さずに走る。

『ハッカーの狙いはわざと痕跡を残すように本部のコンピューターに侵入し、待機場所を移させる事だったんだ!! 今さっき護送時間のデータをハッキングされた痕跡が見つかった!! 精巧にカムフラージュされていて見付けられたのはただの奇跡だ……。盗聴防止の為、三島少佐達のいるビルには外部から連絡出来ないようになっている!! こちらから伝える事は出来ない……!! 他の兵士も軍事訓練の最中……。今、彼らに一番近い場所にいるのは君しかいないんだ!! 頼む!! 早くこの事を彼らに伝えてくれ!!』

 それが、本部のセキュリティ部門の人間に聞かされた事だった。

 このままでは待ち伏せしていた暗殺者に凪紗は殺される。

「クソッ!! 間に合ってくれ!!」


   ◆


 狭山はただ驚愕していた。

 突然、ビルから飛び降りてきた少女。

 しかも、四階から。

 普通の人間なら死亡、良くて重体だ。

 だが、少女は軽やかに着地すると痛みなど全く見せずに常軌を逸した速度で凪紗に突っ込み、二十人近い護衛を素手だけで一瞬で薙ぎ倒した。

「凪紗ちゃん!! 逃げろッ!!」

 狭山は叫ぶと同時に軍刀を抜き、地面を蹴り少女に突撃した。

「オラアッ!!」

 狭山が渾身の力と速度で繰り出した一撃を少女は難なくかわした。

 それと同時に少女が深く被っていたフードが脱げる。

 その顔には見覚えがあった。

「お前ッ……!! あの時のッ……!!」

「……ごめんなさい」

 少女は手に持っていたショットガンのグリップを容赦なく、狭山の脳天に叩き込んだ。

「がッ……!!」

 狭山の意識は一瞬で途切れる。


   ◆


「狭山くん!!」

 凪紗は崩れ落ちる狭山に叫び掛け、駆け寄ろうとする。

「下がってろ!!」

 三島が凪紗を片手で制し、部下に車に乗せるように促す。

「でも狭山くんが……!!」

「気を失っているだけだ!! 早く行けッ!!」 三島はまくし立てると、近くに転がっていたショットガンを手に取る。

「一国の重要人物であるアーマードを殺しにかかるとは……覚悟は出来ているだろうな……!?」

 三島は右手と左手にそれぞれライフルとショットガンを構えると、暗殺者の少女に突撃した。

「……ッ!!」

 少女の方もショットガンを構えると、三島に向けて銃撃する。

 ドガガッ!!!! と、四方八方に銃弾が撒き散らされる。

 三島は身体を伏せながらも速度を落とすことなく走り抜け、銃撃を避けると同時に少女に詰め寄る。

「死ね」

 三島は左手に掴んでいたライフルの引き金を超至近距離で引く。

 ガガガガガガッッッ!!!! と、凄まじい音を立てて大量の鉛玉が発射される。

 さらに手を休めずもう片方の手に掴んでいたショットガンを発射。

 直後、



「!!!?」



 『いない』。一瞬前まで目の前にいたハズの少女が消えていた。

「(ッ!! どこに……!?)」

 刹那、三島の真横からビュアッ!!!! と、風を切る鋭い音が聞こえた。

「舐めるなッ!!!!」

 三島は咄嗟にショットガンを盾代わりに音のした方向に突き出す。

 しかし、



「なッ……!!」

 三島のショットガンは少女の放った手刀によって粉々に砕かれた。



 ドカァッッ!! と、三島の身体に少女の手刀がめり込み、大きく吹き飛ばされた。

「がッ……はぁッ!!!!」

 ショットガンを盾にしていなければ骨まで砕かれていた。

「(一体……この身体のどこからそんな力がッ……!?)」

 そこで、気付いた。

 いるではないか。見た目の強さとは釣り合わない人間離れした身体能力を持つ特別な人間が。

 自分の部隊にもいる、それは、



「貴様……まさか、『アーマード』か……!?」



 三島が驚愕の表情を浮かべる。

 自分で自分の言った事を信じられない。

 少女は三島から遠ざかるように歩きながら、

「私は『自動鎧』を操るために最適化されたアーマードではありません。私は対人用に……『兵士』として最適化されたアーマードです。もっと簡単に言えばただの『選ばれなかった者』の内の一人です」

「選ばれなかった……者……だと……!?」

 もう少女は三島の言葉に耳を貸していない。

 少女はクラウチングスタートの要領でかがみ込むと、脚に力を込める。

 狙いは、前方を走る美園凪紗を乗せた車。

「やめッ――――!!」

 三島が言いかけた瞬間、少女は渾身の力で地面を蹴る。



 ッドンッッ!!!! と、アスファルトを砕く程の威力で加速した少女は百キロ近いスピードを叩き出し、前方を走る車に突撃する。



 そのまま速度を落とさず少女は車体に蹴りを放ち、破壊した。

 車は地面を滑り、電信柱に激突するとようやく動きを止める。

 美園凪紗を抱えた血まみれの護衛達が車から降りてきて応戦しようとライフルを構える。

「絶対に少尉を渡すなッ!!」

 護衛は少女に向けありったけの鉛玉をぶち込む。

 しかし少女は軽いステップでそれを避けると、ショットガンを護衛の足許に放ち、護衛がよろけた所で喉仏を突き、気絶させた。

 残りの護衛達は二手に別れ、少女を足止めし、美園凪紗を逃がそうとしたがあっけなく少女にあしらわれた。

 全ての護衛が倒れた道路には少女と追い詰められた美園凪紗だけが佇んでいた。


   ◆


 道影アスタはショットを美園凪紗に向け、構える。

「……あなたには申し訳ありませんが『仕事』なので。ここで死んでもらいます……」

「どうして……こんな事ッ……!?」

「顔も知らない依頼人があなたの死を望んでいるからです」

 アスタは淡々と美園凪紗の質問に答える。

 どの道殺す命だ。多少話した所で問題ない。

「大人しくして貰えると助かります。確実にあなたの死体だと分かるようにする為、出来る限り傷つけずに殺害したいので」

 アスタはそう言うと、懐から注射器のようなモノを取り出す。

「痛みは感じないように調整してあります。今ここで諦めるなら苦痛を伴う事なく死ねます。ただし、反抗するのであれば……」

 ドガガンッ!! と、アスタは美園凪紗の付近にあった護送用の車にショットガンを放つ。

 発した火花がガソリンに引火し、自動車が爆発する。

「どちらでも……お好きな方を選んでください。私としては前者をお勧めしますが」

 アスタは意図的に感情を押し殺して美園凪紗に問い掛ける。

 対して彼女は、



「どっちも……お断りだよ……私には大切な友達がいるから……私が死んだら悲しむ人が『今』はいるから……!! こんな所で殺されてなんかやらないッ……!!」



 彼女の胸の内から闘争心が、生存本能が湧き上がってきている。

 力強い感情が美園凪紗から溢れ出て来る。

 彼女は軍刀を拾うと、アスタに向け、突き付ける。



「私は……生きる!!」



 美園凪紗の眼光は真っ直ぐとアスタを見据えていた。

「……それでは、あなたの答えは後者の方だと解釈させていただきます……」

 アスタは美園凪紗から視線を背けると、小さく呟く。

 そして、彼女に向けてショットガンを構える。

「あなたの安らかな死を願います……」

「はああああぁぁぁッッ!!!!」

 美園凪紗が軍刀を振りかざし、人間の限界を超えたスピードで突っ込む。

 直後、



 ボゴオオオオッッ!!!! と、美園凪紗の真下の地面が爆発した。



「ッああああああぁぁぁぁッッッ!!!?」

 爆風に吹き飛ばされ、地面に激突した彼女は絶叫する。

「かろうじて爆発の瞬間後ろに下がり、脚を持って行かれるのをさけましたか……見事です……」

 まともにやり合う気など最初から無い。

 どちらに転んだとしても確実にターゲットは始末する。

 アスタは呻く美園凪紗に近付き、銃を突き付けた。

「さようなら」

「ッッ!!」

 グシャッ!!!! という、銃弾が柔らかい肉を抉り潰す音が響いた。



「か……あ……ッ……」



 美園凪紗の脇腹が吹き飛んでいた。

 内臓が露出し、大量の血液が傷口から溢れ出す。



 だが、この程度では死なない。



 肉体を強化されたアーマードはこの状態からでもまだ十分助かる。

 なぜ、アスタは美園凪紗の身体を原型が留めなくなるように撃って確実に殺さなかったのか。

 否、殺せなかった。

 それは、直前でアスタが美園凪紗の殺害に躊躇した訳では無い。



 横合いからの謎の銃撃によってショットガンを撃たれ、僅かに弾道が逸れてしまったからだ。



「凪紗ああぁァァァッッ!!!!」

 大声で叫びながら誰かが走ってくる。


 ――一体誰だ?


 護衛は全員潰した。指揮官らしい男はまだ意識こそあったがとても動けるような状態では無かった。



「……しょ…………う…………ま……」



「!?」

 美園凪紗は今にも消え入りそうな声で途切れ途切れに何かを呟いた。

 そして彼女は目だけである方向を見据えていた。



 叫び声のした方向を。



 アスタがその方向に振り向こうとした所で突然顔面に衝撃が走り、地面に倒れた。

 自分が殴られたという事に気付くまでほんの少し時間がかかった。

「新手……ですか…………ッ!!!?」

 起き上がったアスタが自分を殴り飛ばしたであろう人物の方に顔を向けた瞬間、彼女の時間は凍りついた。

 そこにいたのは黒く長い髪の軍の制服を着た十代半ば頃の少年。


 仕事として東京の不可侵領にやってきた直後の自分を助けてくれた人。


 ハーフである自分を差別する事なく、優しく親切に接してくれた人。


 ご飯を奢って貰った時に迷惑考えず、たくさん食べて財布を空にしてしまった時も笑顔で許してくれた人。


 絶対に繋がりを絶ちたくないと思ったかけがえのない友人。


 しかし、もう二度と会う事の無いと思っていた人。



『知らない間に自分が好意を寄せていた少年』。



 一瞬で喉が干上がり、かすれた呻き声のようなモノしか出なくなる。

 胸が何か巨大な手に握り潰されるように痛む。

 パニックに陥った思考がグチャグチャとかき乱されてゆく。

「な……なん……で……?」

 アスタは声にならない声を発しながら後ずさる。

 なぜ彼が今ここに来たのか。

 もちろん彼が美園凪紗と同じ部隊に所属している事は軍本部のデータベースをハッキングした際に知っていた。

 しかし部隊内でのそれぞれの所属は違っていたし、護衛班に彼の名前が無かった事も確認していた。



 なのに、なぜ、ここで、わざわざ、他の人間ではなく、この少年が、自分の前に現れた?



「どうして……――――!? 勝真さんッ……!!」


   ◆


 驚愕したのは進藤も同じだった。

 電話を受け、三島少佐達にセキュリティ部門から聞いた話を伝える為にここまで来た時、既に襲撃は始まっていた。

 倒れていた同僚から銃器を奪い取り、三島少佐の指した方向に走っていくと、何者かが凪紗にショットガンを突きつけていた。

 瞬間、無我夢中で銃の引き金を引き、暗殺者に詰め寄り、殴り飛ばした。

 一連の動作を終えた後、暗殺者の姿を改めて見た進藤は絶句した。

 そこにはよく知ったパーカー姿の金髪の少女がいたからだ。

 二人はお互いにゆっくりと後ずさる。

 進藤は雨とも冷や汗とも分からない液体が顔をつたうのを感じながら口を開く。

「アスタ……何してんだよ……? こんなトコで……よ……」

 いや、訊かなくても分かる。

 『アスタ』が『今』、『ここで』満身創痍の『凪紗』に『向けて』『銃』を『放った』。

 これだけ揃えば嫌でも理解してしまう。

 この一連の騒動の犯人、暗殺者は彼女―――道影アスタだ。

「あの時の爆弾使った襲撃も……お前がやったのか……?」

 進藤はアスタの顔を見ていられなくなり、思わず目を背けて問いかける。

「えぇ……私です……。勝真さんだったんですね……あの時、私の『邪魔』をしたのは……」

「何やってんだよ、お前ッ!? ッ……自分がやった事、分かってんのかッ!!!?」

 進藤はひたすら大声を張り上げて叫ぶ。

「分かってますよ……だってこれは私の『仕事』なんですから……。私が唯一!! 自分という存在の意義を!! 価値を!! 感じれるただ一つの方法なんですからッ!!!!」

 アスタは自らの心に巣くう闇をさらけ出すように、吐き出すように、涙を流しながら進藤以上の大声で叫び返す。

「うあああああああぁぁぁぁッッッ!!!!」

 直後、アスタは迷いを断ち切るかのように絶叫しながら進藤に向かって走り抜けて来る。

「なッ……!?」

 アスタの超人的身体能力を初めて目にした進藤は驚愕し、一瞬反応が遅れた。

 刹那の内に進藤に詰め寄ったアスタはそのままのスピードで彼のみぞおちに拳を叩き込む。

「ごッ……はああぁッッ!!!!」

 進藤はノーバウンドで吹っ飛びビルの壁に激突した。

「あがぁぁぁあああああぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

 アスタは踵を返すと、瀕死の凪紗の下へ向かい、小さな拳銃を取り出すと彼女に突き付ける。

「ごめんなさい……勝真さん……」

 アスタは引き金に指を掛ける。

「やめろおおおおおおぉぉぉぉッッッ!!!!!!」

 進藤は身体に走る激痛を無視してアスタに向け絶叫するが、彼女はもう止まらない。

 進藤が無駄だと既に分かっていながらアスタに走り寄ろうとした所で、



 パンッパンッパンッ!!!! と、四方八方から小型拳銃の銃声が鳴り響き、アスタの小さな身体を貫いた。



 この銃声は軍の物では無い。このタイプの拳銃を扱うのは、警察だ。

 あちこちのビルの陰から銃を構えた複数の警官達が姿を現す。

「銃撃やめッ!!」

 一人の警官が叫ぶとピタリと銃声が止んだ。

「すぐに捕獲しろ!!」

「まて!! まだだッ!!」

 進藤が慌てて止めようとするが遅い。

 アスタは向かってきた警官達数人を気絶させると、舌打ちしてから高く飛び上がり、ビルとビルの間を蹴りながら上に登り、屋上で着地すると足早にビルを飛び移って撤退していく。

 後には気を失った凪紗と倒れた護衛達、呆気にとらわれた警官、そして歯を食いしばり呻き声を発する進藤だけが残された。




接続章 『選ばれなかった者』


   ◇


 既に時間は深夜の十二時をまわっている。

 進藤がいるのは日本軍本部の特殊医療施設だ。

 主に通常の治療では完治する事のない怪我を負った兵士の治療、アーマードの身体の調整などに使われる場所だ。

 進藤は電気の落ちて薄暗くなった廊下の壁に備え付けられた長椅子に座っていた。

 進藤の右側には手術室の扉があり、上部のディスプレイには『手術中』という文字が映っている。

 凪紗は瀕死の重傷、さらに負傷してからここに運ばれるまでに時間がかかり過ぎた。

 医者曰わく、命が助かっても完治するのにはかなり時間がかかるらしい。

「くそッッ!!!!」

 進藤は吐き捨てると同時に壁を思い切り殴りつける。

 彼女を―――凪紗を守る事が出来なかった。

 それどころか自分は彼女の命を狙う暗殺者と繋がっていた。

 もしかしたら、こんな悲劇が訪れる前に道影アスタの思惑に気付けたかもしれない。

 自分はこの騒動を事前におさめる事が出来る立場にいたのだ。



 なのに、止められなかった。



 絶対に守ると誓った少女は今も生死の境をさまよっている。

 もう、二度と彼女に会う事は出来ないかもしれない。

 凪紗は帰ってこないかもしれない。

「ちきしょう……!! 何で……何でッ……!? アスタッ……!!」

 進藤は自分の唇をギリギリと噛み締める。すぐに口の中が鉄臭い血の味に変わるが気にしない。

 進藤が俯いてブツブツと呟いていると、廊下の奥から足音が聞こえてきた。

 現れたのは狭山と三島少佐。二人とも身体の至る所に包帯を巻いていた。

「進藤……」

 狭山が短く進藤の名前を呼ぶがそれ以上何も言わない。かける言葉が見付からないのだろう。

 対して三島少佐はいつも通りのトーンで指揮官らしく、機械的に用件を告げる。

「上層部の所に行くぞ。進藤上等兵、貴様の口から直接今回の件を、あの『アーマード』らしき少女の事を奴らに聞かせろ」

「……分かりました……」

 進藤はよろよろと力無く立ち上がり、少佐達について行く。


   ◇


 日本軍最高司令官、大和圭吾(やまと・けいご) は顔中から冷や汗を流していた。

 日本軍のアーマード、美園凪紗が数時間前に襲撃を受け、重傷を負った。

 現場に居合わせた護衛の兵士達は口をそろえてこう言っていたそうだ。



『あの動きは人間では無かった』と。



 大和にはその襲撃者に心当たりがあった。

 襲撃者の顔写真を見たわけではないが何人かすぐに思い浮かべられる。



 なぜなら彼は過去に必ず一度は襲撃者と対面した事があったからだ。



 今回の件の半分以上は大和に責任がある。自分で自分に対し、確実にそう言い切れてしまう。

 この事件が表に出れば確実に自分は失脚する。

 今まで命懸けで戦場を駆け回って武勲を立て、この年になってようやく手に入れたこの立場が、今まで積み上げてきた物の全てが崩れ去る。

 いや、それどころか自分は国にまで批判され、さらには一部の人間達から命すら狙われる事になるかもしれない。

 それ程の事を、それ程の罪を自分は今まで犯してきた。それだけの自覚がある。

 仕方が無かったとはいえ、自分は他者の『人生』を弄んだ悪魔なのだから。

 大和がガタガタと身体を震わせていると、突然部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「誰だ?」

「日本軍第七部隊指揮官、三島雅人少佐、同じく第七部隊、進藤勝真上等兵及び、狭山敏和上等兵です」

「……入れ……」

「はっ」

 大和が短く答えると三人は部屋に入ってくる。


   ◇


 進藤、狭山、三島少佐の三名は最高司令官、大和圭吾の前に立つ。

 最初に口を開いたのは三島少佐だ。

「余計な前置きはなしにします。すぐにでも本題に入らせていただきます」

 三島少佐は冷たく言い放つと進藤から受け取った携帯端末の画面を大和に突き付ける。

 そこには無邪気な笑顔を見せる、今回の美園凪紗襲撃の犯人―――道影アスタが映っていた。彼女の横には進藤の姿も映っている。

「この写真は美園凪紗襲撃以前に道影アスタと知り合った進藤上等兵が撮影したものです。大和最高司令官、あなたは彼女を知っていますか?」

 ――知っている。

 そう確信した上で、あえて三島少佐は大和に問いかけていた。

 さながら答えを知っている問題の答え合わせをわざわざするように。

 三島少佐が、進藤が知りたいのは答えが出るまでの過程、アーマード、道影アスタの過去だ。

 携帯端末を覗き込んだ大和は一瞬目を見開き、そしてすぐに何か観念したような、穏やかな表情になった。

「あぁ、そうだ。私は彼女の事を知っている。彼女は、道影アスタは自動鎧操縦者、アーマードに『なるはずだった』少女だ」

 大和は三人に来客用の椅子に座るように促し、机の上にあったコーヒーを啜ると改めて話し始める。

「もう、少なくとも君らに隠しておく意味は無い。全てを話そう」

 三人は黙って大和の話に聞き入ろうとする。

「今現在、日本国には美園凪紗含めて全部で五人のアーマードがいる。そしてその全員が当然の如く自動鎧を操縦出来る」

 大和はそこで「だがな」と前置きすると、



「一度選ばれた者の全てが自動鎧を操縦出来る訳では無いのだ」



 大和とは上層部ですらその中の一部しか知らない情報を一介の兵士である彼らに伝える。

「この国の人間は生まれた瞬間に病院の各所に秘密裏に設置された機材の電気信号によって、アーマードの素質があるか否か選別される。適性ありと判断された者はすぐにでも別の検査と偽り『アーマード適性検査特殊部隊』がさらに精密な検査を行う。その過程を経て初めて親族に『アーマードの適性があった』と伝え、巨額の謝礼金を払い守秘義務を課し、適性のあった子供を引き取る。これが適性のある子供を国が確保するまでの過程だ」

「…………、」

 進藤達は黙ったままだ。各々が大和の言葉を自分なりに理解し整理しようとしているようだ。

 大和はしばらく待ってから話を続ける。

「引き取った子供達は肉体改造に耐えうる最低限の体力がつく年齢――そもそも肉体改造に耐える事自体が出来るのが適性のある者だけなのだが――になるまでこの本部の地下施設で育てられる。今までに退役した者、戦死した者も合わせると記録に残っているだけで約八十人程がこの教育過程を歩んできた。後は君らの知っている通り、自動鎧稼働の際に肉体を壊さない為、自動鎧を操縦する際に鎧に命令を飛ばす為の高性能な頭脳、必要なこの二つを養うために彼らは肉体改造を受ける」

 大和は一つ区切りをつけ、苦い液体を口に含む。

「だが、ここまでの過程を経てアーマードとしての素質を手に入れても、自動鎧を操縦する事が出来ない者がいる。本当に自動鎧を操縦する事が出来るかどうかは実際に自動鎧を使ってみなければ分からない。自動鎧を操縦する為に外付けされた『素質』、生まれ持った『適性』、そしてその更に奥深くにある、本能的に、自分の身体の一部として自動鎧を飼い慣らす事が出来る『才能』。これら三つ全てを持つ者しか自動鎧は操縦出来ない。『素質』『適性』の二つまでは何となったとしても結局の所『才能』までは私達では事前に見極める事が出来ない。これが、彼らが、才能不足の烙印を押された『九割』の人間が、アーマードになれなかった者……『選ばれなかった者』だ」

「じゃ、じゃあ……ここまで来てアーマードになれなかった人間は……?」

 進藤が恐る恐る口を開く。

「知っての通り、人間としての限界を超えるように造られたアーマードは定期的に身体の調整を行わなければ、すぐにでも身体的に異常を起こし、死亡してしまう。『選ばれなかった者』達はその超人的能力を無理矢理抑えつける『薬』を打ち込んで調整の必要の無い、普通の人間に戻してから里親に預けられる。そして後は普通の人生を送る事になる」

「じゃあ何でッ!! アスタはアーマードとしての力を使えたんだ!? 彼女が『選ばれなかった者』ならもう能力は無いはずだろ!!」

 進藤が階級もかなぐり捨て、大和に向かって叫ぶ。

 しかし、大和は進藤の態度に不満を見せる事もなく、冷静に答えた。

「薬はあくまでも『抑える』為の物だ。アーマードの力を消した訳では無い。専用の薬、専用の手術……時間はかかるが特別なマインドコントロールでもいい。仕組みを知っている者ならば、いとも簡単に容易く薬の効果を解除出来る。道影アスタは何者かにアーマードとしての能力を再び目覚めさせられ、人外の力を持つ暗殺者として徹底的に育て上げられた。自動鎧の操縦に特化したアーマードでは無く、生身の身体で戦う為に特化されたアーマード。たった一人でそこらの兵器では歯が立たない程の戦力を持っているだろう」

 その言葉を聞いた進藤と狭山が冷や汗を流す。

 三島少佐は動じる様子もなく、大和に問い掛ける。

「その『何者』かに心当たりはあるのですか?」

「無い」

 大和は即答する。

「アーマードの再覚醒などそんな事を実行出来るのはそれこそアーマード開発部門の研究者でもない限り不可能だ。彼らが裏切ったとは考えたくは無いが……一通り調査は行わなければならないだろう」

「……我々はどうすればいい? まだ、道影アスタが美園凪紗暗殺を諦めたとは限りません」

「すでに各地の部隊を東京に召集してある。彼らが美園凪紗が治るまで護衛する。アーマードとはいえ一万人規模の兵士相手に戦えるとは思えない」

「了解しました。では私達はこれで」

 三島少佐は立ち上がると、部屋を立ち去る。それに続いて狭山も無言で出て行く。

 進藤も立ち去ろうと部屋のドアに手をかけた所で、



「待て、進藤上等兵」



 大和が進藤を呼び止めた。

 進藤は怪訝な表情を浮かべ、大和を見る。

「……道影アスタは……他のアーマード達よりも更に特別なんだ……。彼女の顔を見た時から次々に過去の記憶が蘇ってきた……。彼女は……赤ん坊の頃に国に引き取られた訳では無かった。ギリシャ人とのハーフであったアスタには検査用の機材がうまく働かず、アーマードとしての適性を持っていながら七歳までその事に気付かれなかった。適性ありと分かった時には既に彼女は物事の判断もつく、自分としての人格も出来上がり、普通の人生を送る、普通の人間として生きていた」

「……つまり……アンタ達は……」

「そうだ、私達はそんな彼女をアーマードにするべく、家族から無理矢理引き剥がした。日本はアーマードの人数が決定的に不足している。常に可能性を持つ者を求めている。だからアスタを連れ去る事に異議を唱える者は誰一人いなかった」

「ッ!! 彼女は……生まれた時から兵士だった俺達とは違う!! 自分の人生をその足で歩んでいた!! それをッ……!!」

 進藤は大和の襟首を掴み上げ、怒声を放つ。

「彼女はすぐに自分の運命を受け入れたよ。それどころか『こんな自分でも国の為に役に立つ事が出来るんだ』とまで言って、前向きに生きていた。まだ、十歳にも満たない子供が純粋な瞳を真っ直ぐと私達に向けてそう言った……!! そうまでした人間が、家族を捨ててまで、家族に捨てられてまで、そこまでした人間が!!『才能』が無い、その一言で全てをむしり取られていった!! 彼女をあんな風にしたのは彼女の力を再び目覚めさせた何者かのせいでは無い!! 私達の責任だッ……!!」

 大和はまるで神に懺悔でもするかのように、力無く床に崩れ落ち、進藤にすがりつくようにして言う。

「……最高司令官、……頼みがあります……」

 進藤は大和に対して静かに言う。

 大和が顔を上げて聞き返す前に進藤は、

「司令官の権限で……本部の武器庫を解放して下さい……」

「? 一体何を……」



「アスタは俺の大切な友達だ。だからアイツは俺が止める」



 その目に、一切の迷いは無かった。


   ◇


『この役立たずめ……。恥を知れ、クズが』

 電話の相手は冷たく言い放つ。

「申し訳……ありません……」

 アスタは涙声で自らの主に謝罪する。

『黙れ、貴様のような無能の言葉など聞きたくも無い。ただの人間ごときに二度も邪魔され、あまつさえ、その人間と知り合いだっただと? 怒りを通り越して呆れる。謝罪をしたいと言うなら結果で示せ。私からお前に追加で『仕事』をくれてやる。その兵士、進藤勝真を殺せ』

「なッ……!? 待って下さい!! お願いです!! それだけは……!!」

『嫌なら無視していい。だがそうすれば最後、お前に帰る場所は無いと思え。お前は肉体の調整を行う事が出来ずにこのまま勝手に一人で死んでいく。それでいいな?』

「あ……あぁ……うぁ……ぁ……!!」

 アスタの主は容赦なく彼女の心を追い詰めていく。

『殺れ』

 彼は短く告げると電話を切った。

「う……うぅ……勝真さん……」

 アスタは泣きながら携帯電話の電話帳を開く。

 たとえ、敵意しか向けられなかったとしても、あの人の声が聞きたい。

 少しでも彼と話して安心したい。

 アスタは雨と涙に濡れる小さな手でボタンを操作する。


   ◇


 進藤の携帯端末が震えた。

 そこに書かれていた番号を確認して進藤は息を飲む。

 一瞬、迷ったが彼はすぐに通話ボタンを押した。

『こんばんは……』

「アスタ……、……大丈夫か? 警官に撃たれた所……」

『……あなたはこんな私をまだ心配してくれるんですね……てっきり電話にも出てもらえないか、開口一番責められるんじゃないかと思ってました……。いや、むしろこちらの方が正しい反応のハズですけど』

「……何か用があってかけてきたんじゃ無いのか? わざわざ軍や警察に傍受される危険を犯してまで電話してくるとは思えない」

『生憎、特別な用事は用事はありません。……ただ、あなたの声が聞きたくて電話しただけです……。……最後に……勝真さん、あなたを私自身の手で殺すまでに』

「何だと?」

『私の主は「仕事」としてあなたの殺害を私に依頼しました。私はあなたと美園凪紗、二名を殺さなければ帰れない……このままでは私の唯一の居場所が無くなってしまう……、だからどちらを先に殺す事になったとしても、私は確実にお二人を殺します』

「アスタッ……!!」

『私が憎いですか、勝真さん? ……私は今「廃ビル街」で準備を進めています。私は準備が済み次第、再び美園凪紗暗殺に向かいます。来るか来ないかは勝真さんの自由です。ただ、来なければ美園凪紗が先に死ぬ事になります。その次はあなたですが……』

「…………、」

 答えなど最初から決まっていた。

 進藤は拳を強く握り締める。

「行ってやる。元々そのつもりだ。俺がお前を倒して、凪紗の暗殺も止めてやる。たとえ、お前だろうがこれ以上、絶対に凪紗を傷つけさせねぇ」

『分かりました。では後ほど…………』

 通話はアスタから切られた。

 進藤は携帯端末をしまうとあちこちに散らばっていた武器を一斉に担ぐ。



 ――必ず、止める。



 かつて一人の少女を守るため、単独で殺戮兵器、自動鎧に立ち向かった兵士が再び立ち上がる。




第五章 異能VS無能


   ◆


 進藤は最後の装備の確認をする。

 本部の武器庫からありったけの最新鋭の装備を持ち出してきた。

 だが、それでも勝てないかもしれない。

 いや、むしろ勝てない確率の方が高い。

 相手は『兵士』として訓練を受けたアーマード、それに対して自分はただの人間の兵士だ。

 普通に考えれば勝敗など誰の目から見ても、最初から決まっている。



 だからどうした?



 たとえ、どんなに絶望的な状況でも、光はある。知恵と勇気を振り絞り最後まで諦めなかった者には必ず道は開ける。

 『逆転』を認めない程この世界はつまらなく造られてなどいない。

 進藤は大きめのウエストポーチを腰に巻いて小さめのリュックサックを背負い、軍の制服のブーツの靴紐を結び直す。

 軍服を着て来なかった理由はこの黒い制服の方が暗闇の中、身を隠すのに最適だと思ったからだ。

 全ての準備を終えた進藤はアスタの潜伏しているとおぼしき廃ビル街に向かう。

 ここは不可侵領東京の中で最も戦場に近い場所である。

 数十年前、偶然戦場から飛んできたミサイルによって破壊され、その時多数の死者が出た事により、以来、誰も寄り付かなくなってしまった場所である。

 今は残されたビルだけがそびえ立つゴーストタウンと化している。

「今……行くぞ……アスタ……!!」

 進藤が覚悟を決めた時、不意に携帯端末が鳴った。

 アスタからだ。

 進藤は不審に思いながらも、通話ボタンを押し、耳に当てる。

「何か用か……?」

「いえ……ただ、一つ言っておく事がありまして……」

「?」



「あなたの姿、見えてますよ?」



「ッッッッッッッ!!!!!?」

 瞬間、進藤の周囲のビルの外壁が一斉に爆発した。

 ボゴボゴボゴッッッ!!!! と、派手な音を響かせ、爆風、爆炎、飛ばされたビルの残骸が進藤に襲いかかる。

「クソッ!!」

 進藤は慌てて近くの路地に飛び込み逃げるが、強烈な爆風が進藤の身体を吹き飛ばし、ビルの壁に叩き付けられる。

「ぐァああああああああァァァァァッッッッ!!!!!!」

 激痛にのた打ち回る進藤を更にアスタの仕掛けた罠は追撃する。

 仰向けになった進藤が目を開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは、



 刃先が全て真下を向いた数十本の軍刀だった。



「あああぁぁッッ!!」

 進藤は顔を真っ青にしながら転がり凶器の雨を回避するが、避けきれなかった軍刀の鋭利な刃が進藤の身体を切り裂く。

 焼ける様な痛みが進藤の身体を走り回り、動きを鈍らせる。

「ッ……!! くそったれ……いきなり使いたくは無かったが……!!」

 進藤は歯噛みすると、上着の内ポケットを探り、ある物を取り出した。

 それは近くの薬局でも買えるような見た目の白い錠剤だった。

 通称『痛覚遮断(ペインアウト)』。軍が開発した麻薬すら用いて作られた危険薬物である。

 コレを飲んだ者は一瞬で身体の痛覚を遮断され、およそ十分の間痛みを感じなくなる。

 しかし、その分副作用が酷く、後日四十度を超えるような高熱が数日間も続く。当然、好き好んで使うような物では無い。

 進藤はそんな薬を同時に三錠も口に放り込むと、乱暴に噛み砕いた。

 直後、身体を支配していた激痛が収まり、力が戻ってくる。

「よしッ!!」

 進藤はウエストポーチから暗視機能と爆弾探知機能の両方が備え付けられたゴーグルを取り出し、装着する。

 視界が鮮明になり、周囲に仕掛けられた爆弾の位置が明らかになる。

 進藤は爆弾の仕掛けられていない場所を慎重に進む。

 先程の軍刀のトラップなど爆弾以外の罠も恐らく大量に張り巡らされている。

 一瞬でも気を抜けば、待っているのは凄惨な死だけだ。

 進藤は壁に張り付き移動しながら、警戒は怠る事なく、思考する。

「(アスタは一体どうやって俺の位置を知った? 俺が最初に立っていた場所は他の場所からは見えない死角だった……周囲に監視カメラのような物は確認出来ない……なら、どんな手を使った……?)」

 進藤が考えていると、突然、数百メートル先から耳をつんざくような爆音が鳴り響いた。

「ッ!?」

 直後、バガバガバガバガッッッッ!!!!!! と、進藤の隠れていたビルの壁が『銃撃』によって粉々に砕け散った。

 進藤は咄嗟に身を伏せ、崩れてきた瓦礫から身を守る。

 進藤の目の前には瓦礫と一緒に巨大な銃弾がいくつも転がっていた。

「(この威力と銃弾の形……!! アメリカ軍開発の『ブッシュマスター』かッ……!!)」

 進藤は落ちていた銃弾を一つ拾い上げ、すぐに逃げる為、駆け出す。

「(50mmテレスコープ弾……、となると使われてんのは『ブッシュマスターⅢ50mm機関砲』で間違い無い……!! ゼロ距離で被弾させれば自動鎧の装甲にすらヒビを入れられる程の代物……!!)」

 通常は戦車や戦闘機に搭載する物だが、アスタは通常の運用方法と異なった使い方で使用している。

 恐らく、手動でも細かい狙いをつけやすくしたり、小回りが効くようにする為、所々に改造が施されているだろう。

 進藤は考えながら顔から冷や汗を流す。

 先程飲んだ『痛覚遮断』の効果で痛みこそ感じなくなっているが、それでも『巨大な銃弾に身体を吹き飛ばされる』凄惨なイメージが頭に原始的な恐怖を与えてくる。

 足がすくむ。身体が震える。喉が干上がる。

「クソッ!! 怖じ気付いてんじゃねぇぞ俺!!」

 進藤は歯を食いしばり、自分に言い聞かせる。

 進藤が必死に走り回っている間にも正確に銃撃は続いていた。

 どうやってこちらの位置を掴んでいるのかは分からないが、このままではいつか粉々の肉片になってしまうのは目に見えている。

 進藤はとにかくこの銃撃の届かない場所に逃げようと、路地裏に回り込む。

 しかし、またしてもそこでアスタの罠が進藤を襲う。

 ガガガガガガッッッ!!!! と、壁に固定された機関銃が次々に発砲された。

 すぐに身を翻し、逃走を謀るが大量の銃弾は進藤の左腕を貫いた。

「ッッ!!!!」

 痺れるような奇妙な感覚が神経を走り抜ける。

 だが、気にしている場合では無かった。

 なぜなら、



 機関銃が発砲された瞬間、ジュガッ!! と、音を立て、進藤のすぐ目の前の空中で銃弾が『何か』を撃ち抜いたからだ。



 進藤はその『何か』が地面に崩れ落ちていくのを確認する。

 それは小さな黒い二、三センチ程の残骸だった。その残骸にはひしゃげた小さなプロペラのような物が取り付いていた。

 小型の無人偵察機。進藤は推測をつけると、耳を澄ます。

 先程までは全く気にも留めていなかったので気付かなかったが、かすかにモーターの作動音が聞こえてくる。

 間違い無い、進藤の居場所がアスタに筒抜けだったのは彼女が進藤の周りにこの無人偵察機を何機も放っていたからだ。この偵察機に取り付けられたカメラで撮影した映像がそのまま狙撃手、アスタに送られているのだろう。

「(そうと分かれば話は早い!!)」

 進藤はウエストポーチからジュースの缶の様な物を取り出し、真上に放り投げるとそれを拳銃で撃ち抜いた。

 パアンッ!! と、缶が破裂し、その中から大量の銀色の薄い紙の様な物が当たり一面に撒き散らされた。

 銀色の膜は地面に落ちる事なく、器用に空中で静止している。

 進藤が撒き散らしたのは電波攪乱装置のチャフだ。あの銀色の金属泊が空中にばらまかれる事によって、電波が乱反射され電波障害を起こし、電子機器が正常に作動しなくなるのだ。

 これでアスタの無人偵察機は全て使えなくなった。映像は彼女まで届かないし、偵察機に撤退命令を送る事も出来ない。

 進藤はリュックサックからプラスチック爆弾――C4を取り出すと、電気信管を突き刺し、チャフと同じく真上に放り投げる。

 C4が地面に落ちる前に爆発圏から逃げ出し、無線機で電気信管に命令を送る。

 ボゴッ!!!! と、C4が炸裂し、空中にばらまかれた金属泊ごと偵察機が粉砕された。

 アスタはもう進藤の居場所を特定する事は出来ない。

 事実、ブッシュマスターによる銃撃は一時的に止んでいる。

 進藤はその隙に近くの建物に飛び込む。

 元々オフィスビルであったらしい建物の中はボロボロになった机だけが山積していた。

 金目の物は既に盗難された後だろう。

 クモの巣が張った室内からはカサカサとゴキブリが移動するような音が聞こえてくる。

 進藤は荒い息を吐きながら割れた窓を覗き込み、数百メートル先のビルを見据える。

 屋上に何か大きな物体が見える。アスタの使っているブッシュマスターで間違い無い。

「(どうにかしてあのビルまでたどり着き、ブッシュマスターを破壊する……!!)」

 進藤は階段を駆け上がり、建物の屋上に出る。

 アスタに気付かれないように匍匐前進で端まで進むと、進藤はリュックサックから太いベルトにロープが取り付いた物を取り出す。ロープの先端には鉤爪が取り付いている。

 進藤はベルトを腰に巻き付けると、僅かに顔を出し、周囲の様子を確認する。

「(また、新たな偵察機を送り込まれたら厄介だ……、その前に決める!!)」

 進藤はロープを握り締め、立ち上がると、大きくロープを回して遠心力を高めると、それを数百メートル先のアスタがいるビルに投げつけた。

 鉤爪に仕込まれた小さな推進機関が飛距離を伸ばし、ガッと、ビルの屋上の端に引っ掛かる。

 あの角度ではブッシュマスターで鉤爪を狙う事は出来ない。

 進藤はそのまま建物の屋上から空中に飛び出し、ターザンの様に大きく弧を描いてビルとビルの間を渡る。

 直後、進藤に向けて銃撃が飛ぶが当たらない。

 ビルはおよそ二十階建てだ。落ちれば命は無い。

 進藤は落下と銃撃の恐怖を無理矢理押し殺し、前を見据える。

 目の前にビルの壁が迫ってくる。

 進藤はその瞬間、ベルトに取り付けられたボタンを押した。

 直後、キュガッ!! と、ベルトに内蔵されたモーターが回り、それと同時にロープを巻き取り、進藤をビルの屋上まで運ぶ。

 進藤はビルの角に掴まり、屋上に這い上がる。

 すぐにライフルを構えるが辺りにアスタの姿は無い。

 近くには固定されたブッシュマスターが転がっているだけ。

「(建物の中に逃げ込んだか……?)」 

 進藤は電気信管を刺したC4を取り出し、ブッシュマスターに貼り付ける。

 少し離れた場所で無線機のボタンを押し、爆破。ブッシュマスターを破壊する。

 進藤はライフルを構え、慎重に内部へ侵入する。

 辺りに爆弾は仕掛けられていない事を確認し、足音を立てないように、尚且つ早足で階段を降りる。

 このビルの中もさっきいたオフィスビルと大して変わらない。廃材が転がっているだけだ。

 進藤が室内を移動していると、階下に向かうための階段付近で突然カラン、という音がした。

 進藤がその方向に振り向いた直後、彼をさらなる悲劇が襲った。


   ◆


 進藤のいる階に投げ込まれたのは、強烈な音と光を発するスタングレネード。

 カッ!! と炸裂したスタングレネードは進藤の視覚と聴覚を破壊した。

「かあッ……!!」

 進藤が目を押さえた直後、強烈な拳が彼の腹にめり込んだ。

 進藤の身体が弾き飛ばされ、壁に激突する。

 しかし、進藤はすぐに体勢を立て直し辺り一面にライフルを乱射する。

 視覚と聴覚が回復するまで少しでも時間を稼ぐためだ。

 弾が切れるまで銃を撃ち続け、視界が開けてきた所で進藤は目を見開いた。



 すぐ目の前にナイフを振りかざしたアスタがいたからだ。



「ッッッ……!!!!」

 進藤は咄嗟にライフルを真上に振り上げ、アスタの一撃をガードする。

 重い衝撃がライフルを伝わって進藤の腕を震わせる。

「はあああぁぁッッ!!!!」

 アスタが叫び、そのまま渾身の力でナイフを振り抜く。

 直後、ギィンッ!! と、進藤の手にしていたライフルが真っ二つに切断された。

「なッ……!!」

 進藤が驚愕の表情を見せるが、アスタは構わず刃こぼれしたナイフを進藤の心臓目掛けて突き立てようとする。

 進藤は歯噛みし、身体を振ってナイフを避けると、ホルスターから抜いた拳銃をアスタに向けて発砲した。

 ガンガンガンッッ!!!! と、大きな発砲音が鳴り響くが、アスタは軽く回避し、強烈な鞭の様な蹴りを進藤の脇腹に叩き込んだ。

 進藤の身体が何回も回転しながら廃材の山に激突する。

「くッ!!」

 進藤は口から多量の血を流しながらも、すぐに片手で拳銃を構え、アスタを銃撃。

 蹴りの直後、体勢を崩していたアスタは回避が間に合わず、肩を撃ち抜かれる。

「うッ!!」

 アスタが苦悶の表情を浮かべ、それを見た進藤は僅かに胸が締め付けられる。

 だが、ここで感情的になっている場合では無い。

 進藤は転がっていた太い鉄パイプを拾い上げると、それを持ってアスタに突撃。彼女の頭に凶器を振り下ろす。

 ガンッッ!!!! と、頭蓋骨を叩く音が響き、アスタがよろける。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!」



 進藤はひたすら何も考えずアスタに向け、鉄パイプを振り下ろす。

 が、突如伸びてきたアスタの手が鉄パイプを掴み取り、そのままゴキンッ!! と、軽くへし折った。

 アスタは曲がった鉄パイプを進藤から奪い取ると、お返しとばかりに進藤のこめかみを殴りつけた。

 地面に叩き伏せられた進藤はアスタの拳銃の銃撃に為す術も無く撃ち抜かれた。

 進藤はそれでも立ち上がろうとするが、そこで、



痛覚遮断(ペインアウト)』の効果が切れた。



「がぁああああアアアあああああァァァぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!」

 突如として身体に戻ってきた激痛に耐えきれず進藤が絶叫する。

「やはり、先程飲んでいた錠剤があなたの痛覚を遮断していたようですね」

 アスタがのた打ち回る進藤を一瞥して言う。

「安心してください。その苦痛もすぐに無くなりますから……」

 アスタは進藤の額に銃口を突き付ける。

 ―――強すぎる。あれだけメッタ打ちにして、まるで堪えてない。

 アーマードの―――アスタの力は本物だ。

 進藤のようなただの人間がいくら策を巡らした所でこれっぽちも歯が立たない。

「(クソッ……死ぬのか……俺……、凪紗……狭山……皆……)」

 徐々に意識が遠くなっていく。多量の出血で身体が動かせない。

「さようなら……勝真さん……」

 アスタが悲しそうに呟いた直後、無慈悲な銃声が炸裂した。


   ◆


 凪紗は本部の医療施設の中の広い部屋に置かれたベッドに横たわっていた。

 凪紗の周囲には彼女と細いチューブで連結された医療機器が大量に設置され部屋を埋め尽くしている。

 全身麻酔を打たれ、指一本動かせない、意識も無い状態で確かに彼女は自らの口を動かし、呟いた。



「負けないで……勝真……」



 彼女の声が聞こえた者は『ここ』には一人もいなかった。


   ◆


 アスタは驚愕していた。

 銃は進藤に向けて確かに撃たれた。

 だが、銃弾はコンクリートの床に突き刺さっているだけだ。

 弾道が逸らされていた。

 アスタの手に銃は握られていなかった。

 なぜなら、



 発射の直前、進藤勝真がアスタの拳銃のスライド部分に噛み付き、強引に弾道をねじ曲げると同時にアスタの手から拳銃を引き剥がしたからだ。



「ッッッッ!!!!」

 アスタは咄嗟にバックステップで飛び退く。

 ゆらりと立ち上がった進藤はくわえていた拳銃を吐き捨てる。

 前歯はボロボロに砕けていた。

 歯の破片が突き刺さったのか、歯茎からも大量に出血している。

「何がッ……!! あなたをそこまでッ……!!」

 アスタは苦虫を噛み潰すように言う。

 進藤はもう指一本動かせない程だった。

 その彼が、人間としての限界の許容量を超えてまで、アスタの前に立ち塞がる。

 一体何がこの少年をここまで突き動かすのか。

 絶対的力を持つアーマードに蹂躙されながらもなぜまだ、そんな目を向けられるのか。

「凪紗の声が……聞こえたんだ……聞こえた気がしたんじゃない……確かに聞こえたんだッ……!!」

 進藤は全身から大量の血を流し、いつ倒れてもおかしく無いほど身体を痙攣させ、それでも、たった一人の少女を守るため、目の前の絶対的な恐怖に立ち向かう。

「俺は……負けねぇ……勝つのは俺だッ!!!!」

 進藤は懐から更に大量の『痛覚遮断』を取り出すと、一気に咀嚼した。

 薬特有の苦い味が口の中に広がる。その味が逆に進藤の意識を鮮明にさせ、繋ぎとめる。

 痛みが退いていく。

 だが、それも一時的なものだ。一回目程の効果時間は無い。

 ――短期決戦だ。

 進藤は自分の拳銃を握り締める。

 凪紗を守る。

 自分の命に代えても。

 進藤は自分の倒すべき相手を見据える。

 ――必ずターゲットは始末しなければならない。

 それこそが、自分に課せられた義務、使命。

 こうする事でしか自分の存在価値を証明出来ないのだから。

 アスタはターゲット、進藤勝真を見据える。



「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!!!」」



 二人の叫びが重なる。

 互いが互いの目的を果たすため粉砕するべき敵に向かって突撃する。

 アスタのナイフが進藤の喉許を掻き斬る為、常軌を逸した速度で薙ぎ払われる。

 しかし、彼女の斬撃は進藤が伸ばした掌によって受け止められた。

 刃こぼれしていた刃が骨を砕けない。

 進藤の手の肉に挟まったナイフはそのまま制止した。

 進藤はナイフを力強く握り締める。

 相手に武器を渡す気は無い。

「――――――ッ!!」

 アスタの喉が干上がる。

 しかし、もう遅い。

 進藤は必殺の領域に踏み込んでいた。

 直後、右手に握られた拳銃がアスタの腹に突き立てられ、火を噴いた。


   ◆


 進藤は自分の足許に視線を傾ける。

 そこには腹から大量の血を流し、横たわるアスタの姿があった。

「……電話で話してた時……お前はずっと心の中で俺に叫び掛けていた……、『自分を止めてくれ』ってな……」

 だからこそ、彼女は自分の居場所を進藤にあっさりと教えた。

 勝つ自信があったからでは無く、負ける為。

 殺人に走るしかない自らを止めてほしくて、アスタは進藤に戦いを挑んだ。

「あまり……外に出していたつもりは無かったんですけど……」

 アスタが弱々しい声で言う。

「短い付き合いだけどさ……分かっちまったよ……お前の苦悩が……」

「勝真さん……ありがとう……、最後に……一つだけお願いを聞いて頂けませんか……」

 アスタは微かに笑って、

「私を……殺してください……、あなたに敗北した私には……もう帰る場所が無いんです……だから……」

 彼女はすがりつくように進藤に頼む。

 それを聞いた進藤は黙って拳銃をアスタに突き付け、引き金を引いた。



 しかし、鳴ったのは銃声では無く、カチッという弾が切れた音だけだった。



「お断りだ」

 進藤は拳銃を放り捨て、吐き捨てた。

 そのまま血まみれのアスタの身体を抱え、歩き出した。

「何を……しているんですか……?」

「お前は死んだ。凪紗はもう狙われる事は無い。これで充分だ……すぐに東京を出て逃げろ」

「ここまでした私を見逃すつもりですか……?」

「俺は皆にお前を殺すって言った訳じゃ無い。お前を止めるって言ったんだ。ならこれで目的は達成できた。何の問題も無いだろ」

「ふふっ……やっぱりあなたは優しい人です……優し過ぎるくらいに……」

 アスタは僅かに口許に笑みを浮かべ、進藤の背中にもたれかかる。

「自分の居場所はこれから自分で作ればいい。お前の人生はその主とやらの物じゃない。お前だけの物だ」

 進藤は力強く言う。

 もうすぐ廃ビル街の外だ。

 もうこれでアスタとはお別れだ。

 考え、進藤が僅かに悲しそうな表情になった時だった。



 パァンッ!! と、真後ろから何者かがアスタの背中を撃ち抜いた。



「えっ……」

 アスタが目を見開き、後ろに振り向く前に進藤の背中から落ちて地面に投げ出された。

「アス……タ……? アスタぁああああアアアああぁぁぁぁッッッ!!!!」

 力無く横たわるアスタを目にした進藤が取り乱し、叫ぶ。



「カハハハハハッッ!!!! ご苦労さん!! 進藤勝真ぁ!!」



 ゲスな笑い声を響かせながらビルの陰から出てきたのは、スーツを着た悪人面の中年の男。



「郷田ッ……!! 何で……ここに……!?」



 進藤が歯噛みする。

 なぜ、今この刑事がここに現れたのか。

「ククッ……偶然お前を脅迫する為のネタでも探そうとツケてたらよぉ、まさか本物の犯人半殺しにして持ってきてくれるとはなぁ!! 感謝するぜぇ!! 『久々』に確証のあるヤツ捕まえられるんだからなぁ!!」

「テメェッ!!」

「さぁ、その女をさっさと渡してもらおうか? お前にとっても悪い話じゃねぇだろ? もう俺から拷問受けなくて済むんだからよぉ!! ぎゃははははははッッ!!」

 郷田は間違い無く、進藤とアスタのやり取りを聞いていた。

 その上で、この男は自らが楽しむ為に、その為だけに、アスタに手をかけた。

「ふざけんなぁッ!!」

 進藤が叫び、郷田に飛びかかろうとする。

 が、その時、



「――――――ッ!!!?」



 身体中を強烈な目眩と吐き気が襲った。

 大量に摂取した『痛覚遮断』の効果が切れ、副作用が一気に襲い掛かってきたのだ。

 進藤は前のめりに地面に崩れ落ちる。

 身体中が痛いのに叫び声すら出ない。

 目の前の景色が歪んで見える。

「(このままじゃ……アスタが……!!)」

「何だ何だ? 怪我で動けなくなっちまったか? そうだ!! ちょうどいい!! ここでそこの女共々、俺がぶっ殺してやるよ!! まずはテメェからだ!!」

 郷田が高笑いしながら進藤に拳銃を向ける。

「すぐにあの女も後追わせてやるからよ、安心して死ねや」

 郷田が拳銃の引き金に指を掛ける。



「そこまでだ。郷田」



 突如、横合いから話って入った声に郷田が顔をしかめる。

 進藤もゆっくりと、声のした方向を向く。

「狭山……三島少佐……みんな……!!」

 そこには進藤の部隊の人間数十人が銃を構えて佇んでいた。

「クソッ!!」

 郷田が泡を食ったように吐き捨て、咄嗟に逃げようとした。

「逃がさん!!」

 三島少佐はホルスターから拳銃を抜き、郷田の脚に鉛弾を叩き込んだ。

「ぐああああああああッッッ!!!!!? ……ッテメェッ、何しやがる!! 職務執行妨害でとっ捕まえんぞコラァ!!」

「吠えるな、貴様はもう刑事などでは無い。ただの犯罪者だ」

 三島少佐は突き放すような冷徹な声で言う。

「一部始終は全て撮影させてもらった。これを使えば貴様はもう言い逃れ出来ん、……まさかこんな所で友の仇を討てるとは思わなかったがな」

 三島少佐は部下に「捕獲しろ」と告げると、進藤の許に歩み寄る。

「多少は貴様達の会話を聞いた。その上で言わせてもらおう。道影アスタをこちらに渡せ」

「…………、」

「たとえ、彼女がどんな境遇にあったとしても、彼女が美園凪紗を暗殺しようとした事は事実、罪は罪だ。」

「……アスタは……どうなるん……ですか……?」

 進藤は朦朧とする意識の中で質問する。

「……死罪も充分ありうる……、だが、ここで見逃す訳にはいかない……と言いたい所だが……彼女は……もう……」

「えッ……?」

 進藤が疑問の声を発した直後、



「しょ……うま……さん……」



「!!」

 横合いから自分を呼ぶ微かな声がした。

「アスタッ!!」

 進藤はアスタの許へ這いずるようにして向かう。

 彼は今にも命の灯火が消えてしまいそうなアスタの身体を抱きかかえる。

「いつか……こうなる事は……なんとなく分かって……いました……。私は自分の……自己満足の……為だけに……今までいろんな人を……殺してきたん……ですから……、私みたいな……悪人には……こんな最期が……お似合いなんですよ……」

「そんな事言うんじゃねぇよッ……!! お前は悪人なんかじゃねぇッ!! アスタは怪我した俺を心配してくれた……傷の手当てだってしてくれた……一緒にいる時、お前は自然に、無邪気に笑ってた……、お前は心優しい普通の人間だッ……!!」

「……そう言ってもらえただけで……救われたような感じがします……」

 アスタは微笑むと、そのままゆっくりと目を閉じた。

「アスタ……目開けろよ……オイ……アスタ……アスタぁぁああああああああああッッッ!!!!」

 進藤は顔中を涙で濡らしながら絶叫する。

 しかし、彼女はもう目覚めない。

 顔には安らかな微笑みだけが浮かんでいた。

 進藤は自分が気絶するまで彼女の名を叫び続けていた。




終章 私の新たな『居場所』


   ◆


 雨の降る音がする。

 そして、その音は随分久々に聞いたような、懐かしい感じさえした。

 腹に何か重い物がのしかかっているような感じがする。

 そこで自分が横たわっているのだという事に今更ながら気付く。

 ゆっくりと、目を開ける。

 辺りに広がった景色は真っ白な病室。

 壁にもたれかかって居眠りしているのは茶髪でツンツン頭の友人。

 目の下には真っ黒なクマが出来ていた。

 視線を腹の方に向ける。

 そこには、少女が寄りかかっていた。

 頭を伏せ、こちらもスースーと寝息をたてている。

 ふわふわした茶髪の少女。

「凪紗……」

 進藤はその名を呼ぶ。

 彼女は生きていた。あの状態から生き長らえたのだ。

「んっ……」

 進藤の声が聞こえたのか凪紗が目覚めた。

 彼女はポカンとした表情で進藤の顔を見つめた。

「おはよう、凪紗」

 そう言って進藤が微笑むと、凪紗は目許に涙を浮かべ、



「勝真ああぁぁぁッッッ!!!!」



 次の瞬間、勢い良く抱き掛かってきた。

「このまま死んじゃうかと思ったよぅ……!!」

「安心しろよ、俺は生きてる」

 進藤は優しく返すと、凪紗を抱き締める。

「おっ!! やっとお目覚めか? ナイト様?」

 いつの間にか起きたらしい狭山がニヤニヤ笑いながら近付いてくる。

「おかげさまでピンピンしてるよ」

「へっ、言ってくれるぜ!! 一週間も生死の境さまよっていたヤツがよ!!」

 ―――一週間、あれからそれだけの間、気を失っていたのか。

「まっ、良かったじゃねぇか!! ちょうど今日は東京を出る日だ!! 目覚めなきゃ置いてくとこだったぜ!?」

「勘弁してくれ、こんな所で一人で残されるなんて考えたくない」

 そう、一人。

 部隊の人間が出て行ってしまえば、ここに友人はもういない。



 道影アスタはもういない。



 彼女の見せた最期の表情が脳裏をよぎった。

 あの表情が進藤の胸の内にあるモノを強く締め付ける。

 自分は凪紗を守る為、アスタを切り捨てた。

 彼女を助ける事が出来なかった。

 しかし、同時にこれは絶対に忘れてはならない感情だと思う。

 進藤は何があっても、アスタの事を忘れないようにしようと心に誓う。


   ◆


 身体はまだ少し痛むが行かない訳にはいかない。

 次の戦場に向かう為の巨大な船のある港に皆と向かう。

 新しくこの部隊に入隊したであろう進藤よりも若い兵士達が礼儀正しく整列していた。

 進藤達は友人と合流すると、列に紛れる。

 列の正面には三島少佐が指揮官らしく佇んでいた。

「これより、日本軍第七部隊は新たな仲間を加え、次の戦場へ向かう!! そして、今日よりもう一人、この部隊に入隊する者が決まった!!」

 三島少佐が言うと、物陰から一人、正面に向かって歩いてくる。

「んん?」

 進藤は眉をひそめた。

 正面に歩いてきたのは、小柄な、軍の制服の中にグレーのパーカーを着て、フードを深く被った、金髪で、白人の様に色白で、ハーフの、



「今日から第七部隊に入隊する事になりました、道影アスタです!!」



「ちょっと待てええええええええぇぇぇぇぇぇッッッッッ!!!!!!」

 進藤が新兵達が身をこわばらせるのも構わず、馬鹿でかい声で叫ぶ。

 進藤は人ごみをかき分け、アスタの方へ向かう。

「あ、勝真さん。目が覚めたんですね。良かったですっ」

「な・ん・で・い・る!? お前ッ……死んだハズだろ!? それに今、何つった!? オイ!!」

「あはは……実はまだあの時生きてたみたいで……それで……」

「私が入隊するように掛け合ったんだよ!!」

 凪紗が得意顔で割り込んできた。

「『罪』には『罰』を、私がアスタに与えた罰は私の為にこの部隊で働く事。まっ、そんなの建前だけどね〜♪」

 凪紗が無邪気な笑みを見せながら言う。

 対して進藤は、

「いや……ってかアスタは警察に引き渡されないとおかしいハズだし……、それにいいのかよ!? アスタは凪紗を……」



「だって勝真の大切な友達なんでしょ? その子」



 凪紗が遮るように言った。

「友達の友達は私の友達!! 助ける事に理由なんていらないよ!!」

「凪紗……!!」

「警察の方も気にする必要は無い」

 三島少佐が珍しくニヤつきながら言う。

「郷田の件を使ってほんの少し警察を脅してやった。もちろん、軍絡みでな。警察の方も郷田の所業を内密にしておきたいらしくてな、心良く道影アスタの身柄引き渡し拒否を聞き入れてくれたという訳だ」

「っつーわけでだ!! 今日からアスタちゃんは正真正銘、正規の軍人!! 大和の旦那の許可も既に取ってあるしな!!」

 狭山も馬鹿笑いしながら会話に割って入ってくる。

「ていうか、もしかして狭山も凪紗もこの事、最初から知ってたのか……?」

 進藤がわなわなしながら尋ねる。

「おぅ、もしかしなくても如何にも最初から知ってたぜ!? つーか直前まで黙っとく事、提案したの俺だしな〜!! お前あれだろ!? アスタちゃん死んだと勘違いして『これは絶対に忘れてはならない感情だ』とか『何があってもアスタの事を忘れないようにしよう』とか、的外れな恥ずかしい事考えてたんだろ!?」



「何で一字一句正確に分かんだテメェぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」



 顔を真っ赤にした進藤が鬼の形相で狭山に迫り、いつも通り左腕を(以下略)。

 のた打ち回る馬鹿を蹴り飛ばすとアスタに向き直った。

「……もう、殺し合う必要は無いんだな……」

「はい!! 今日からは仲間ですから!! ここがあなたと出逢って手に入れた私の新しい『居場所』です!!」

「そっか……良かった……!!」

 進藤の心の底から安堵の気持ちが湧き上がってきた。

「これからよろしくお願いしますね、勝真さんっ!!」

「こっちこそ!!」

 進藤とアスタは固く握手を交わした。

 かつて、宿敵同士だった二人は晴れ晴れとした気持ちで空を見上げる。

 ずっと降り続けていた雨はいつの間にか止んでいた。






      (終わり)

 最後まで読んでいただきありがとうございます!!

 約一カ月ぶりの投稿です。

 いきなりですが誠に申し訳ありません!!

 ARMOR BREAKERとかタイトルつけてるクセして二話目にしていきなり鎧出て来ません。

 メインヒロインであるはずの凪紗もほとんど出番ありません。



 ――――今回の話は『才能』が足りずにアーマードになる事が出来なかった者、『選ばれなかった者』がストーリーの縦軸になっております。

 この歪んだ世界の犠牲者の一人が今回のヒロイン、道影アスタです。

 最後まで読めば分かると思いますが、序章で話しているのはアスタで、『あの人』というのは進藤の事です。

 途中まで『あの人』をアスタの主だと勘違いしてもらえていれば、うまいことギミックに嵌ってもらえたかな〜? と、思うのですがどうでしたでしょう?

 普段は一つの段落につき一人の視点で書く、というのを意識してかいているのですが、第五章の進藤とアスタの決着の段落だけはあえてそれを取っ払って書きました。

 これは、進藤とアスタ、それぞれの思いが交錯するというのを現したかったからです。

 ちなみに、作中で出てきた『IED』と『ブッシュマスター』ですが、実際に存在します。


 これからもっと本格的な戦争物にしていこうと思うと、規定数の都合で二、三話に分ける事もあるかもしれませんがご了承ください。


 それでは今回はここで切り上げさせてもらいます。

 また次回、お会いしましょう。



 ……どうでもいいけどアスタのファッションは120パーセント筆者の趣味です。

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