ピエロの話
さぁさぁ。
今日も楽しいお話が始まるよ。
今日お話しするのは、とあるサーカスのピエロのお話。
いつもはみんなを笑わせてくれるピエロの、
悲しい、
或いは嬉しい、
或いは恐ろしい、
そんなお話。
さぁさぁ。
早速、楽しいお話の始まりだ。
とあるサーカス団が、とある街へやってきた。
なんてことのない、小さなサーカス団。
団員は少なく、団長を含めて五人だけ。
それでも連日のようにお客は押し寄せて、無口なピエロの芸、その他の団員たちのパフォーマンスに心躍らせた。
ピエロは微笑みのメイクを浮かべて、ただ物言わずに芸をする。
そんなピエロを、客は笑った。
だからピエロは、もっと芸をする。
ただひたすら、芸をする。
ある日、この街で最も美しいとされる女性がサーカスを訪れた。
サーカス上がりで疲れた団員達も、疲れを忘れたかのように女性を囲んだ。
笑う彼女。
笑う団員達。
メイクで笑うピエロ。
本当に笑っているのか、それともメイクだけが笑っているのか。
解らないが、ピエロは彼女を見つめていた。
団員達に囲まれて微笑む彼女を、
遠くからそっと、
見つめていた。
今日も彼女はサーカスを訪れた。
我先に、と団員達が駆け寄る。
その中で今日は、一人の団員が彼女と街へ出かけて行った。
それを、ピエロは見つめていた。
遠くからそっと、
見つめていた――――
ピエロは今日も芸をする。
ナイフを両手に、ジャグリング。
誰もいない会場の中で、誰にも見られずジャグリング。
彼女を待っているわけではない。
彼女が来ないのも解っている。
笑うピエロ。
笑うメイク。
実際笑っているかは解らない。
それでも、
ピエロはひたすらジャグリング。
舞うナイフ。
微笑むピエロ。
夜が更ける。
ピエロは団員を追いかける。
両手にナイフを舞わせながら、
徐々に、徐々に、
確実に団員を追いかける。
踊るピエロ。
舞うナイフ。
微笑むメイク。
ピエロは高々と、月明かりに映えるナイフを掲げ―――――
ナイフは朱に染まる。
団員が一人減った。
それでも今日も、彼女はやって来る。
団員達は団員が減ったことも忘れて彼女に駆け寄る。
笑う彼女。
見つめるピエロ。
今日も彼女は、一人の団員と街へ消えた。
見ていた。
ピエロはちゃんと、
そっと、遠くから。
ピエロは今日もジャグリング。
鉄球を両手にジャグリング。
誰もいない会場で、いつものようにジャグリング。
微笑むピエロに、
舞う鉄球。
そして今日も、夜は更ける―――――
今日もピエロは、団員を追いかける。
逃げる団員を、鉄球を舞わせながら追いかける。
笑うメイク。
今ピエロは、笑ってない。
ただ、メイクがひたすら微笑むことしか許さない。
だから今日も、ピエロは笑う。
鉄球を、月の光に輝かせながら掲げ―――――
鉄球が、朱に染まる。
今日も団員が一人減った。残り一人の団員。
それでも今日も、彼女はやって来る。
一人の団員はもはや歩いて彼女の元へ。
ピエロは、勿論見ていた。
微笑を絶やすことなく、遠くからそっと。
そして今日も、彼女は団員と街へと消えた。
ピエロはひたすら玉に乗る。
バランスをとって、一生懸命玉に乗る。
誰もいない会場で、当然のように玉に乗る。
微笑むピエロに、
転がる玉。
微笑むメイクを浮かべて、今日もまた、夜が更ける―――――
いつものようにピエロは、団員を追いかける。
逃げる団員を、微笑みながら追いかける。
バランスをとって、玉に乗りながら。
もはや笑うことを決定されたメイクを浮かべて、
しかしその目は、漆黒の闇によく映えた。
微塵も微笑を浮かべていない目。
それでも笑うメイク。
玉は鈍く月の光を反射して―――――
玉は、朱に染まる。
団長はどこかに逃げて、サーカス団は姿を消した。
彼女ももう来なくなった。
それでも、ピエロはひたすらジャグリング。
ナイフで、鉄球で、
誰も入らなくなった会場で、ただひたすらに玉に乗ってジャグリング。
朱に染まったナイフと鉄球と玉。それらはひたすら舞い、または転がる。
彼女は来ない。
待っているのに、来ない。
今度は自分の番じゃないのか?
ピエロは微笑みを称えたメイクを被り、
ただ沈黙の下、夜は更ける――――――
ピエロの中に、ある曲が流れる。
リスト作曲の、“ラ・カンパネラ”。
悲しい、そんな感じがする曲。
玉に乗り、ナイフと鉄球でジャグリングしながら、ピエロはその曲を思い出す。
ピエロが、静かにパフォーマンスをしている。
ピエロの頭の中では、そんなイメージが映し出される。
悲しみの中で、
芸をするピエロ。
なぜ彼女は来ない?
何故、自分は一人だ?
ピエロはひたすら、追いかけた。
「来ないで」
何故否定する?
今度は、僕の番だろう?
逃げる彼女を、ピエロは追った。
叫ぶ彼女。
追い詰めるピエロ。
微笑むメイクに、
微笑む目。
ああ、と、ピエロは息を漏らす。
朱に染まった“それ等”を掲げて――――
さらに、“それ等”は朱に染まった。
ピエロはひたすら玉に乗ってジャグリング。
誰も来ない、一人ぼっちの場所で、ひたすら一人で芸をする。
一人?
ああ、違った。
彼女がいる。
僕は一人じゃない。
ピエロは微笑を称えたメイクを被り、
そして、やはりピエロ自身も笑顔だった。
何故なら、彼女がいるから。
一人じゃない。
彼女は、ここにいるよ。
カノジョハ、ココニイルヨ―――――――
ピエロはひたすらジャグリング。
玉を操作し、ナイフを宙に舞わせ、鉄球を手でキャッチする。
いつまでも、ピエロは芸をする。
彼女のために、芸をする。
悲しくない。
彼女の血で染まった服が、そう告げる。
ああ、悲しくない。
だって、
カノジョハ、ココニイルヨ―――――
夜は更ける――――――
さぁさぁ。
楽しかっただろう?
ピエロのお話。
悲しい、
或いは嬉しい、
ピエロのお話。
いつかサーカスがあなたの街へ訪れたとき、
その時は―――――
自分で書いてて意味が解らなくなりました。
作中に書いてありますが、ラ・カンパネラというピアノの曲を聴いてて思いついたネタです。
楽しんでいただければ、幸いです。