婚約破棄されたので辺境伯に拾われましたが、元婚約者と浮気女が今さら泣きついてきてももう遅いです
――は?
エレノア・フォン・ルーベルトは、目の前の男を見て、本気でそう思った。
王城の舞踏会。
貴族達が見守る中で、第一王子アルフレッドが高らかに言い放つ。
「エレノア!! お前との婚約を破棄する!!」
ザワッ、と会場が揺れる。
いや、うるっさ。
突然なに言ってんの、この男。
「理由をお聞きしても?」
エレノアが静かに問うと、アルフレッドは鼻で笑った。
「お前は冷酷だ。女らしさも可愛げもない。私は真実の愛を見つけた」
その隣にいたのは、淡い桃色のドレスを着た女。
リリアーナ・シェルティ。
最近やたら王子にベタベタしていた伯爵令嬢だ。
「エレノア様ぁ……アル様を責めないでくださいぃ……?」
ぶん殴ろうかな。
エレノアは一瞬だけ本気で考えた。
だが周囲の視線を感じて、無表情を貫く。
「なるほど。では、その真実の愛とやらは、婚約者がいる男性と寝室で抱き合うことを指すのですね」
空気が凍った。
アルフレッドの顔が引き攣る。
「な、何を言っている!!」
「証拠ならありますけれど」
エレノアが視線を向ける。
すると背後に控えていた侍女が、一冊の手帳を差し出した。
「王子殿下がリリアーナ様の部屋へ通われた日時、全て記録しております」
「っ……!?」
「夜会を抜け出した回数、二十七回。宿泊、十四回。中庭での抱擁、数知れず」
「や、やめ……」
「あと“エレノアは堅物でつまらない”と仰っていたのも記録済みです」
「貴様ァ!!」
アルフレッドが怒鳴る。
だがもう遅い。
周囲の貴族達は完全にドン引きしていた。
「王太子が不貞を……」
「しかも婚約破棄を正当化するために……?」
ヒソヒソ声が広がる。
リリアーナは青ざめながらアルフレッドの袖を掴いた。
「ア、アル様ぁ……」
「黙れ!! 全部お前が!!」
「えぇっ!?」
最低だな、コイツ。
エレノアは心底呆れた。
するとその時。
「――面白いものを見た」
低い声が響いた。
振り返る。
そこにいたのは、漆黒の軍服を纏った男。
銀灰色の瞳。
鋭い目付き。
異様な威圧感。
辺境伯レオンハルト・ヴァイス。
“氷狼”と恐れられる王国最強の騎士だった。
「レオンハルト卿……」
場の空気が一変する。
彼はエレノアを見て、静かに言った。
「君、うちへ来ないか」
「……はい?」
「こんな馬鹿共のいる場所にいる必要はない」
唐突過ぎる。
だがレオンハルトは真顔だった。
「ちょうど辺境伯家には優秀な人材が必要でな」
「求婚ですか?」
「半分は」
半分なんだ。
「残り半分は?」
「本気だ」
周囲がどよめく。
アルフレッドが顔を真っ赤にした。
「ま、待て!! エレノアは私の婚約者だぞ!!」
「今、破棄しただろう」
「そ、それは……!!」
「それとも何か? 浮気はするが他の男に渡すのは嫌なのか?」
「ぐっ……!!」
完全論破である。
レオンハルトはエレノアへ手を差し出した。
「来るか?」
エレノアは数秒だけ迷った。
だが。
この王城に残る理由なんて、もう無い。
「……お受けします」
その瞬間。
レオンハルトがほんの少しだけ笑った。
氷狼が笑った。
周囲の貴族が息を呑む。
え、そんなレア顔だったの?
エレノアも普通に驚いた。
そのまま彼にエスコートされ、会場を後にする。
背後ではアルフレッドの叫び声が響いていた。
「エレノアァァァ!!」
知らん。
◇◇◇
辺境伯領。
そこは驚くほど穏やかな土地だった。
「寒い場所かと思っていました」
「昔はな。今はかなり整備した」
レオンハルトはそう言いながら、当然のようにエレノアの荷物を持つ。
いや、辺境伯が荷物持つの?
「重いですよ」
「問題ない」
「使用人に任せれば……」
「嫌だ」
「嫌?」
「君のことは俺がやる」
何を言ってるんだこの人。
だがレオンハルトは真顔だった。
しかもその後も。
「寒くないか」
「食事は口に合うか」
「夜は怖くないか」
めちゃくちゃ気にしてくる。
怖いくらい優しい。
しかも使用人達がニコニコしている。
「あの旦那様が……」
「ついに春が……」
どういう扱いされてたんだ、この人。
そして一ヶ月後。
王都から報せが届く。
アルフレッドの失脚だった。
不貞の噂は王国中へ広がり、国王の逆鱗に触れたらしい。
さらにリリアーナは他の貴族子息とも関係を持っていたことが発覚。
社交界から完全追放。
終わったな。
エレノアは紅茶を飲みながら思った。
するとレオンハルトが隣へ座る。
「嬉しそうだな」
「少しだけ」
「なら良かった」
「復讐なんて、もっと虚しいものかと思っていました」
「違う」
彼は静かに言った。
「大事なのは、その後だ」
「その後?」
「君が笑えるようになることだ」
エレノアは目を見開いた。
真っ直ぐ過ぎる視線。
逃げ場のない優しさ。
「俺は君を泣かせた奴らが許せなかった」
「……どうして、そこまで」
「好きだからだ」
「っ……」
さらっと言うな!!
心臓に悪い!!
レオンハルトは耳まで赤いエレノアを見て、少しだけ笑った。
「結婚してくれ」
「急ですね!?」
「待てない」
「待ってください!!」
「無理だ」
即答だった。
しかもその夜。
屋敷中に結婚準備命令が飛んだ。
行動が早い。
怖い。
だが不思議と嫌じゃなかった。
こんなにも真っ直ぐ愛されるなんて、知らなかったから。
窓の外では雪が降っている。
冷たいはずなのに、不思議と温かかった。
エレノアはそっと笑う。
「……仕方ありませんね」
「?」
「結婚、してあげます」
その瞬間。
辺境伯レオンハルト・ヴァイスは、人生で一番幸せそうな顔で笑った。




