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婚約破棄されたので辺境伯に拾われましたが、元婚約者と浮気女が今さら泣きついてきてももう遅いです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/14

 ――は?


 エレノア・フォン・ルーベルトは、目の前の男を見て、本気でそう思った。


 王城の舞踏会。

 貴族達が見守る中で、第一王子アルフレッドが高らかに言い放つ。


「エレノア!! お前との婚約を破棄する!!」


 ザワッ、と会場が揺れる。


 いや、うるっさ。


 突然なに言ってんの、この男。


「理由をお聞きしても?」


 エレノアが静かに問うと、アルフレッドは鼻で笑った。


「お前は冷酷だ。女らしさも可愛げもない。私は真実の愛を見つけた」


 その隣にいたのは、淡い桃色のドレスを着た女。


 リリアーナ・シェルティ。

 最近やたら王子にベタベタしていた伯爵令嬢だ。


「エレノア様ぁ……アル様を責めないでくださいぃ……?」


 ぶん殴ろうかな。


 エレノアは一瞬だけ本気で考えた。


 だが周囲の視線を感じて、無表情を貫く。


「なるほど。では、その真実の愛とやらは、婚約者がいる男性と寝室で抱き合うことを指すのですね」


 空気が凍った。


 アルフレッドの顔が引き攣る。


「な、何を言っている!!」


「証拠ならありますけれど」


 エレノアが視線を向ける。


 すると背後に控えていた侍女が、一冊の手帳を差し出した。


「王子殿下がリリアーナ様の部屋へ通われた日時、全て記録しております」


「っ……!?」


「夜会を抜け出した回数、二十七回。宿泊、十四回。中庭での抱擁、数知れず」


「や、やめ……」


「あと“エレノアは堅物でつまらない”と仰っていたのも記録済みです」


「貴様ァ!!」


 アルフレッドが怒鳴る。


 だがもう遅い。


 周囲の貴族達は完全にドン引きしていた。


「王太子が不貞を……」

「しかも婚約破棄を正当化するために……?」


 ヒソヒソ声が広がる。


 リリアーナは青ざめながらアルフレッドの袖を掴いた。


「ア、アル様ぁ……」


「黙れ!! 全部お前が!!」


「えぇっ!?」


 最低だな、コイツ。


 エレノアは心底呆れた。


 するとその時。


「――面白いものを見た」


 低い声が響いた。


 振り返る。


 そこにいたのは、漆黒の軍服を纏った男。


 銀灰色の瞳。

 鋭い目付き。

 異様な威圧感。


 辺境伯レオンハルト・ヴァイス。


 “氷狼”と恐れられる王国最強の騎士だった。


「レオンハルト卿……」


 場の空気が一変する。


 彼はエレノアを見て、静かに言った。


「君、うちへ来ないか」


「……はい?」


「こんな馬鹿共のいる場所にいる必要はない」


 唐突過ぎる。


 だがレオンハルトは真顔だった。


「ちょうど辺境伯家には優秀な人材が必要でな」


「求婚ですか?」


「半分は」


 半分なんだ。


「残り半分は?」


「本気だ」


 周囲がどよめく。


 アルフレッドが顔を真っ赤にした。


「ま、待て!! エレノアは私の婚約者だぞ!!」


「今、破棄しただろう」


「そ、それは……!!」


「それとも何か? 浮気はするが他の男に渡すのは嫌なのか?」


「ぐっ……!!」


 完全論破である。


 レオンハルトはエレノアへ手を差し出した。


「来るか?」


 エレノアは数秒だけ迷った。


 だが。


 この王城に残る理由なんて、もう無い。


「……お受けします」


 その瞬間。


 レオンハルトがほんの少しだけ笑った。


 氷狼が笑った。


 周囲の貴族が息を呑む。


 え、そんなレア顔だったの?


 エレノアも普通に驚いた。


 そのまま彼にエスコートされ、会場を後にする。


 背後ではアルフレッドの叫び声が響いていた。


「エレノアァァァ!!」


 知らん。


 ◇◇◇


 辺境伯領。


 そこは驚くほど穏やかな土地だった。


「寒い場所かと思っていました」


「昔はな。今はかなり整備した」


 レオンハルトはそう言いながら、当然のようにエレノアの荷物を持つ。


 いや、辺境伯が荷物持つの?


「重いですよ」


「問題ない」


「使用人に任せれば……」


「嫌だ」


「嫌?」


「君のことは俺がやる」


 何を言ってるんだこの人。


 だがレオンハルトは真顔だった。


 しかもその後も。


「寒くないか」

「食事は口に合うか」

「夜は怖くないか」


 めちゃくちゃ気にしてくる。


 怖いくらい優しい。


 しかも使用人達がニコニコしている。


「あの旦那様が……」

「ついに春が……」


 どういう扱いされてたんだ、この人。


 そして一ヶ月後。


 王都から報せが届く。


 アルフレッドの失脚だった。


 不貞の噂は王国中へ広がり、国王の逆鱗に触れたらしい。


 さらにリリアーナは他の貴族子息とも関係を持っていたことが発覚。


 社交界から完全追放。


 終わったな。


 エレノアは紅茶を飲みながら思った。


 するとレオンハルトが隣へ座る。


「嬉しそうだな」


「少しだけ」


「なら良かった」


「復讐なんて、もっと虚しいものかと思っていました」


「違う」


 彼は静かに言った。


「大事なのは、その後だ」


「その後?」


「君が笑えるようになることだ」


 エレノアは目を見開いた。


 真っ直ぐ過ぎる視線。


 逃げ場のない優しさ。


「俺は君を泣かせた奴らが許せなかった」


「……どうして、そこまで」


「好きだからだ」


「っ……」


 さらっと言うな!!


 心臓に悪い!!


 レオンハルトは耳まで赤いエレノアを見て、少しだけ笑った。


「結婚してくれ」


「急ですね!?」


「待てない」


「待ってください!!」


「無理だ」


 即答だった。


 しかもその夜。


 屋敷中に結婚準備命令が飛んだ。


 行動が早い。


 怖い。


 だが不思議と嫌じゃなかった。


 こんなにも真っ直ぐ愛されるなんて、知らなかったから。


 窓の外では雪が降っている。


 冷たいはずなのに、不思議と温かかった。


 エレノアはそっと笑う。


「……仕方ありませんね」


「?」


「結婚、してあげます」


 その瞬間。


 辺境伯レオンハルト・ヴァイスは、人生で一番幸せそうな顔で笑った。



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