第7話 魔法技術革新
ホルシィー商会に足を踏み入れた俺を迎え入れたのは巨大な階段? のようなものとその周りにショーケースで展示された華美な服飾類の数々だった。
「これは……壮観ですね」
俺の反応を待つかのように何かを期待する表情のイシス嬢に向けて、月並みな感想を口にする。
「でしょう? でも、驚くのはこの後ですわ!」
イシス嬢は表情だけは冷静さを取り繕ったまま、俺だけに聞こえる程度の声だけでそのはしゃぎようを伝えてくる。
……貴族というのは、外聞に本当に気を遣うのだと改めて思い知らされる。
そのまま俺たちを先導するようにイシス嬢は巨大な階段に向かって歩いて行く。
「このホルシィー商会の何と言ってもな凄さはこの魔導式昇降階段ですわ!」
その階段は不思議な構造をしていた。
同じ場所へ向かう階段のはずなのに、なぜか中央で区切られており、せっかくの大きなスペースがそれぞれ半分ずつしか使えない状態になっている。
まるで昇りと降りで分けられているかのようだ。
と、俺がそんなことを思っているとイシス嬢がその階段に一歩踏み出した。
すると――
若干の駆動音とともにイシス嬢を乗せた階段が上へ向かって動き出した。
「なっ!?」
思わず、驚愕の声を漏らしてしまう。
だが、俺以外の侍従たちはイシス嬢に続いて次々と動く階段に乗って行く。
……これがイシス嬢の言っていた最新鋭の設備というやつなのか。
平民の俺には魔法なんてものは縁遠いと思って今まで生きて来たが、こうも人の生活に定着しているとは。
俺はイシス嬢に遅れないように駆け足気味に魔導何とか階段に駆け寄り、恐る恐るその上へ足を乗せた。
「お、おおぉっ!」
再び思わず声が漏れてしまった。
だが、これは仕方のないことだろう。
床が勝手に動いているなんて、考えたこともなかった。
そもそも足を動かさずに床を動かそうという発想がいったいどこから出てきたものなのか?
いやはや、世の中には賢い人もいるもんだ。
そう思って感心していると先に上階へついて俺を待っていたイシス嬢が何かを期待するようなんでこちらを見ていた。
「どうでしたでしょうか? これが最新鋭の設備ですわ」
耳元でささやくイシス嬢の声はなんだか楽し気で少しくすぐったかった。
「ええ、驚かされました。まさか床の方を動かそうと考えるとは……」
「でしょう? こちらの設備程ではありませんが商品も珍しい物が多くありますわ! 見に行きましょう!」
「はい、お供させていただきます。お嬢様」
早足気味に、それでも一切姿勢を崩さず歩いて行くイシス嬢の後を二歩分ほど遅れてついていく。
この距離なら、何が相手でもイシス嬢を守ることが出来る。
それでも警戒心を緩めずに周囲を確認していく。
動く階段を上った先は、下の階のように開けた場所に商品が陳列されているのではなく、色々な店が集合住宅のように集まってそれぞれの空間を形成していた。
「いらっしゃいませ。レティシア侯爵令嬢様。本日はどのようなご用向きでしょう」
イシス嬢が一歩、店の敷居を跨いだかと思えば、中で従業員と思われる全員が列をなして彼女を出迎えた。
「ええ、お出迎えありがとう。特に希望はないわ。珍しい物を見せてくださる?」
「かしこまりました」
俺たち侍従の最後の一人が店の敷居を跨いだところで入口の扉が閉められる。
一瞬、監禁を警戒したが、どうやらこの手の店は客一人に対してしか営業しないというスタイルのようだ……。
益々格差という物を実感させられる光景だ。
経営などしたこともなければ教養もない俺だが、客一人のために店をいちいち閉めるというのはあまりに非効率的なのではないだろうか?
いや、これこそが貴族特権と言うやつなのだろう。
店内も店と言うよりは俺の知る高級宿よりもさらに上等な部屋からベッドを外したような、もはや住居の一部屋のような造りになっている。
これでどうやって商売をするんだ?
なんて考えていると、イシス嬢が一瞬こちらを見てアイコンタクトをして来た。
俺は即座にイシス嬢の元まで移動すると、ちょうど奥の扉から出て来た店員がイシス嬢の座るソファの前のテーブルに商品を置いて説明を始めた。
「珍しい物をご所望という事でしたので、まずはこちら。魔法収納になります」
魔法収納、俺でも知っているようなメジャーな魔道具だ。
この魔道具は俺の手のひらに収まる程度のキューブ型の箱で、その上部に収納したいものをかざせば収容範囲内ならばほとんどの物が収納できるという優れもの。
しかし、重さはそのまま反映されてしまうため、大して物を詰められないという点で便利止まりな評価を下されることが多い。
大きくて軽い物やかさばる物なんかを運ぶときには重宝される、例えば家畜に与える飼料とかその辺りだ。
この店員が差し出して来た魔法収納も見た目はシンプルなキューブ型で、確かに何となく格式の高さを感じさせるような気もするが、どちらかと言えばありふれている装丁だった。
珍しい物とは無縁な気がするが……。
なんて、俺の杞憂は見透かしていたとでも言うかのように、店員は続ける。
「こちらの魔法収納なのですが、いくら物を収納しようと重さが変わりません!」
「――!?」
……なっ!?
驚きのあまり先びそうになった声を何とか胸の内でこらえる。
重さが変わらないだと?
そんなもの戦場に持ち込めば、西部戦線なんて簡単に押し戻せるぞ?
砲弾の運搬に馬を割かなくて良い分、騎馬隊を増やせて機動力は上がるし、そもそも砲弾を簡単に連発できるようになるのだから、俺のような傭兵に足止めをさせて、後ろから爆撃するだけでもう終わりだ。
「まあ! 本当かしら?」
「はい。よろしければお持ちになられますか?」
おそらく俺とは違うところでだろうが、興味を持った様子のイシス嬢が店員から魔法収納を受け取る。
「まあ!! 本当に軽いわ! あなたも持ってみなさい!」
少しはしゃいだ様子のイシス嬢がそれを俺の方へ差し出した。
俺は一瞬店員の方に視線を向けたが、特に嫌がられている様子もなさそうなため、俺は胸ポケットの手袋を着けてイシス嬢からその戦略兵器にもなり得る魔法収納を受け取った。
「これは……」
イシス嬢から手渡されたそれは本当に軽すぎて、空なんじゃないかと疑うほどだった。
しかし、やはりここでも俺の考えを見透かしていたかのように店員が口を開く。
「中身が入っていないのでは、とお考えですか?」
「いえ……まあ、そうですね。こんなに軽い魔法収納は見たことがありませんので……」
したり顔の店員はそう返した俺の反応を待っていたとでもいうかのように、俺の手から魔法収納を回収するとそれを再び机の上において、上部に手をかざした。
「当店ではこのように見本のために鉄のインゴットを数本あらかじめ入れているのです!」
そう言うと本当に魔法収納の隣に純度の高そうな銀白色の鉄のインゴットが現れた。
おそらく一キロであろうそれは続けて三本まで並んだ。
「そちらのインゴットに触っても?」
イシス嬢はさらに興味を惹かれた様子でインゴットの重さも確かめようとする。
「ええ、構いませんよ」
許可を得たイシス嬢はそのインゴットに手を伸ばし、そして掴み上げた。
「まあ! こちらはしっかりと重いですわね」
イシス嬢はそう言いながらもう片方の手でもインゴットを掴み、重さを確かめている。
……この辺りはあの親父さん、ディアン様に似ているのかもな。
イシス嬢が気にしている様子はないが、目の前で貴族のご令嬢が鉄のインゴットを片手で掴み、その重さを確認しているという光景を見せられた店員は若干引いている様子だった。
こうして、この魔法収納を酷く気に入った様子のイシス嬢はこれとあと数点、新しいと言われる魔道具を購入し、この店を後にした。




