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最強の傭兵、ハメられて侯爵令嬢の護衛になる  作者: 嵐山田


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第10話 騎士崩れと傭兵 下

 ゆっくりと街中を進む馬車に揺られながら、ユミアは話の続きを語りだした。


「東の戦場を逃げ出した私は、まるで死に場所を求めるかのようにこの国で最も危険と名高い西部戦線の傭兵を募るキャンプの掲示板に辿り着きました」


 西部戦線。

 我らがイシス嬢のレティシア侯爵領と隣接しているザウス帝国領の間にある戦場で、両国ともに費やした額が多すぎて引くに引けず、ずるずると、だが、激しいぶつかり合いを繰り返している戦場だ。

 つい先日まで、俺もそこで戦っていた。


「傭兵の経験こそない私でしたが、騎士としての登用経験や人手不足な状況もあり、すぐに参戦することになりました」


 長期的な争いはかなり金を食う。

 よって、砲弾や銃器などコストの高い装備は段々と用いられにくくなっていく。

 その代わりに投入されるのが傭兵だ。

 逃走のリスクこそあれど、管理の必要はなく、相手が敵国である以上裏切りも考えにくい。

 管理や保存の費用を考えれば、一時的に大金を払う傭兵の方が国としても安上がりなのだ。


 そう言った理由もあって、西部戦線には当時のユミアのようなほぼ子供のような騎士崩れがやってくることも偶にあった。


「ですが、すぐと言っても即座にという訳ではありません。追加の傭兵は補給部隊の馬車に乗って戦場まで向かうため、少なくともその馬車が来るまではそのキャンプで過ごさなければなりませんでした。着の身着のまま逃げていた私は大した額も持っておらず、宿に泊まることなど逆立ちをしても不可能。適当に雨風をしのげる場所を確保して睡眠を取ろうとした、その時でした」


 ユミアが俺の顔をジッと見つめてくる。

 そうだった、そうだった。

 懐かしいな。


「人相が悪く、私より一回りも大きい男が私に声を掛けて来たのです。「そんなところで寝るな。見た所、主を無くした騎士様ってとこか? ま、何でもいいが。ついて来いよ」と、そう言われ、私は男が止まっている宿へ連れ込まれました」


 ……連れ込まれたって。

 いや、確かにはた目から見ればそう見えたかもしれないが……。

 当時のことを思いだしながら俺が苦い顔をして見せれば、その反応を見たイシス嬢が何かを察したように目をパッと見開いた。


「もしかしてそれが――!」


「はい。その男はセルセト、という名の傭兵でした」


 イシス嬢は楽しそうに「まぁ!」なんて言って口元に手を当てている。

 そんな、大した出会いでもないと思うのだが……。


「正直、部屋についてから私は後悔しました。確かに死に場所を求めていたことに間違いはありませんが、行きずりの男に身体を売るほど落ちぶれたつもりもありませんでした。しかし、視線の先には到底敵いそうにない大男。戦場とはまた違った恐怖を覚えました」


 ……あの時、こいつそんなこと思ってたのかよ。

 いくら俺とは言え、死にかけみたいに暗い表情で、何日もまともに飯を食ってなさそうな女を抱こうとは思わねぇよ。

 と、思うものの純粋なイシス嬢にはあまり聞かせたくない類の話なので、遺憾ながらツッコミは我慢しておく。


「ですが、あろうことかセルセトなる傭兵は私に食事を与え、戦場での生き方を説いてきたのです!」


「……? 良いことではないのですか?」


 急に怒り立った様子で捲し立てるユミアにイシス嬢が尤もな質問をしてくれる。


「……ンンッ、そ、そうですね。良いことです。ですが、そのセルセトなる傭兵はこの後にありえない裏切り行為を働いたのです」


 ユミアのもったいぶるような語り口に俺は思わず頭を押さえ、興味を惹かれたイシス嬢はごくりと生唾を飲み込んだ。


「次の補給部隊が来るのは二日後だから今日はゆっくり寝ておけと私を寝かせた後で、枕元に今の一か月分に相当する金額と「子供は帰って別の仕事をしろ」という汚い字の置手紙を置いて、さっさとどこかへ去ってしまったのです!」


「へ……?」


 イシス嬢の頭上に? が浮かぶ。

 だが、ユミアは止まらない。


「あとで確認してみれば、補給部隊はその日の早朝には出発してしまっていて、次まではまだ一週間はかかるだろうと……どうです? お嬢様。これが私がセルセトを裏切り者と呼ぶ顛末です」


 鼻息荒く語り終えたユミアは熱くなった頭を冷やすようにパタパタと手で顔を扇ぐ。


「ふふっ……そうですね。セルセトはとても優しい裏切り者と言う訳ですね」


 様々な言葉を飲み込んだイシス嬢は生暖かい視線に微笑みを携えて、それだけを優しく口にした。

 そしてユミアからは視線を外し、俺の方へと向き直る。


「セルセトの対応、聞いた限りですが手慣れているように感じました。もしかして、ユミアのような対応をした経験が以前にもあったのでは?」 

 

「いや、そんなことはないさ。ただ、家のないきつさと当時のユミアの目に見覚えがあったってだけだ」


 幼い日。

 水たまりに映った自分の顔……あの顔は忘れられない。

 

「なるほど。対応の経験はなくとも知識はあったという訳ですか」


 穏やかな笑みを浮かべて深くは聞いてこないイシス嬢。

 到着前は俺の話を聞きたがっていたと言うのに、この辺りの引き際と言うか、我の弁え方は本当に流石の一言に尽きる。


 しばらく全員の無言の時間が続く。

 段々と道の人通りが少なくなってきた。

 しかし、暗くて治安の悪い道と言う訳ではなく、建物の品が良い高級な通りである。


「あ、お嬢様。見えてまいりましたアラゴン領での宿泊先バスティー宿です」


 すると、窓から少し先の方を指さしてユミアが告げる。

 言われた方へ目を向けてみれば何やら綺麗に列を成した人たちがこちらを待っている様子だ。


 ……もしかして、宿側の出迎えか?

 俺がそう考えれば、こちらの思考を見透かしたかのようにユミアが言う。


「今日からお嬢様の滞在期間中常に宿は貸し切りです。当然接待も通常とは異なる特別扱いになります」


 ……マジかよ。

 貴族って半端ないな。

 

 高級宿と言ってもその感覚の違いは人に寄るだろう。

 例えば俺なら、一泊に大銀貨五枚以上取られれば高級宿の認識だ。

 新人傭兵御用達の格安宿なら銅貨八枚から大銅貨二枚程度で泊まれるのだからその百倍以上の大銀貨五枚はかなりの高額。

 

 しかし、ここはレベルが違う。

 そもそも従業員がこうして同じ制服を、まるで今の俺のような貴族家の侍従のような恰好をしている時点で察せることだが、ここはおそらく大金貨クラスなんじゃないだろうか?

 大金貨なんて普通に生きていればそうそうお目にかかることのない代物だ。

 銅貨や銀貨は十枚で大貨幣一枚分だが、大金貨だけは違う。

 金貨が百枚で大金貨となる。

 理由は知らないが、大金貨は貨幣と言うよりもはや一種の記念品のようなサイズをしている。


 おそらくこの宿を貸し切るには……俺の違約金程度は普通にかかっていてもおかしくない。


 そう考えれば、従業員全員でイシス嬢を迎える状況も頷ける。


「少しは安心できそうな環境で良かったな」


 俺はそんなことを呟きながら視線を正面のイシス嬢へと戻した。

 だが、


「……はい、そうですね」


 当のイシス嬢は珍しく緊張の面持ちを隠しきれていなかった。

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