カリンとの出会い
ある日、二人はいつものように森へと遊びに行き、コディとたわいもない話をしていると、ガサガサッと枝が揺れた。
明らかに風ではない。 獣かと思い見上げると、突然人影が飛び降りてきた。
「!」
身構える二人。 コディも思わずシーノの服の裾を掴んだ。
「その子がコダマ?」
鈴のような可愛らしい声だ。
降りてきたその人影は、まだ若い少女だった。 茶色い髪の毛は肩下まで伸びたストレート。 クリッとした瞳がキラキラとしている。 いかにもおもちゃを見つけた子供のような。
「誰だ?」
威嚇するシーノを押し退けるように、少女はコディを覗こうとする。 シーノは少女相手に手も出せず、ひたすらコディをかくまおうとする。 ついにロックスが女の肩をむんずと掴んだ。
「いい加減にしろよ!」
彼もたまらなかったのだろう。 だが少女は驚くことも怖がることもなく、おとなしく少し離れた。 そして、あっという表情をすると、改めて襟を正した。
「自己紹介がまだだったわね。 あたしはカリン・スタクス。 あなたがシーノさんね。 お婆ちゃんが、あの人はいい人だって。」
「お婆ちゃんが……じゃあ君は……」
シーノとロックスは顔を見合わせた。
なんと目の前の少女は、コディの事を教えてくれた老婆の孫だったのだ。
隣の国へ嫁いだ娘の子供で、今ちょうど帰省しているらしい。 そして、シーノの話を聞き、森に行けばどちらかに会えると思ったらしい。
「良かった。 両方に会えて。」
やっと納得したシーノはカリンに尋ねた。
「それで、何か用でもあったのか?」
シーノの言葉を無視するように、カリンはコディに近づくと腰をかがめて目線を合わせた。 そして満面の笑顔で嬉しそうに言った。
「可愛い~!」
怯えるコディの後ろで、ロックスもあきれてその様子を見下ろしている。 ロックスからしたら、まるで除け者扱いされている事に面白いわけが無い。
カリンはまるでそんな事は気づかないかのようにシーノを見た。
「用なんてないわ。 ただ会ってみたかっただけ。 森の精ってどんなものなのか、確かめてみたかったの」
珍しそうに見つめるカリンの視線に耐えられなくなったように、コディはロックスの後ろに隠れた。 少し淋しそうな顔をしたカリンにシーノが尋ねた。
「しかし、普通の人にしては身体能力が高いな」
まだ信じ切れていないところがある。
カリンはニコッとして、また頭上の枝へと飛び乗った。 周りの葉がハラハラと落ちた。 枝に座り三人を見下ろすと
「あたしが生まれた町はね、兵士を育てるのが盛んなの。 あたしも見習い。 こんなの軽いものよ」
と言うと、またクルクルっと前転しながら舞い降りた。
「へぇ、たいしたもんだ」
ロックスの言葉に、カリンは自慢気に胸を張ってみせた。それを見たシーノは、あきれたように一息つくと、コディの方ををむいた。
「じゃ、またな」
《え、もう帰るのか?》
淋しそうに言うコディをなだめるようにロックスが声をかける。
「もうすぐ日が暮れるからな。 また来るから」
いつものパターンだ。 コディは二人を見上げた。
《うん。 また遊ぼう》
ニッコリと微笑むコディに軽く手を振って、シーノたちは家路に着いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
カリンが慌ててシーノを追った。 コディはすでに消えている。
「今無視したでしょ? ねえ、コダマの声って、頭のなかに直接入ってくるのね。 あたしビックリしちゃった。」
気にしないように歩く二人を縫うように歩き、カリンはしゃべり続けている。ロックスがたまらず言った。
「あぁ~もう、うるさいっ! いいかっ? コディの事は他言厳禁! わかったなっ?」
突っ掛かるロックスを面白そうに見上げ、カリンはさらりと言った。
「あの子コディって言うんだ? 可愛い名前じゃない。 ね、あたしも仲間に入れてよ?」
「!」
絶句して立ち止まる二人の前で、カリンは満面の笑顔で次の言葉を待っている。
シーノははぁっとため息をつき、腰に手をあてるとあきれたように言った。
「俺たちは仲間なんかじゃない。 ただの友達だ。 それに君は、俺たちのような兵士じゃないし、何かあっても責任は持てない」
「いいわよ」
軽く言うカリン。 コダマがいつ狙われてもいいような危ない立場だという事がわかっていないらしい。 そもそもシーノたちがたびたびコディに会うのも、その身が心配だからだ。
「君は事の大きさを分かっていない」
「ババの木、カカの木」
カリンは歌うように言った。 そのことは、シーノ達しか知らないはずだ。
「何故それを?」
カリンは微笑んだ。
「あたしを誰だと思ってるの? コダマと共に過ごした人の孫よ」
「一緒に過ごしただって?」
シーノ達は驚いた。 その顔を見て、カリンはクスクスっと笑った。
「やっぱり全部を聞いたわけじゃないのね。 あたしのお婆ちゃんは、昔まだ若かった頃に迷った森のなかでコダマと会って、しばらく一緒に過ごしたんだって。 だから、この森のことはよく知ってる。 どこにババの木やカカの木があるか。 コダマの伝説の事も」
シーノたちは言葉を失っていた。
目の前の少女はコディの事をよく知っているようだ。 シーノがまだ知らないことも。 あの老婆が自分の孫に嘘をつくようには見えないし。 カリンは微笑んだ。
「あたし、結構使えるわよ」
シーノは少し考えると言った。
「君の言っていることは嘘じゃないと思うけど、まだ信用することはできない。 変なことをするようなら、ただではおかないから、そのつもりで」
カリンは呟くように言った。
「よっぽどコディの事が大好きなのね」
その言葉にシーノは
「大切な存在なんだ」
と返し、きびすを返すと城へと向かった。 その途中、ロックスが耳打ちした。
「いいのか、放っておいても?」
シーノは後頭部で両手を組み軽い口調で答えた。
「所詮、素人の女だしな。 いいんじゃない?」
そう重く考えることもないか、とロックスも納得したようにフッと笑った。