コディ、捕獲される
その日もまた、待ち合わせたかのようにシーノたちの前に姿を現したコディ。
珍しくシーノの腕をつかむと、グイッと引っ張った。
「何だよ?」
≪いいから、来いっ!≫
仕方なくシーノは、
「ちょっと行ってくるわ……」
と、ロックスを残してコディと共に森の中へ消えていった。
彼は楽しそうに手を振って送り出しながら呟いた。
「まるで兄弟だな」
森に入ると、コディはシーノの腕から手を離し、睨むように見上げた。
≪ついてこいよ?≫
念を押すように言うと、枝伝いに移動し始めたので、シーノも後をついて行った。
『断る理由も無いしな。 それにしてもコイツ、身軽だな。 リスか何かみたいに、無駄が無い』
コディの後ろをピッタリとくっついて、シーノもまた同じように木の間を縫って行く。
やがてコディはその足を止めると、一本の木を指差した。
その木……というより樹木という名が似合うような巨木は、周りの普通の木々に比べると数倍の太さをしている。
何百年という年月、ここで根を張っているのだろう。 重圧さえ感じる。 今まで気にしたことはなかったが、広い森の中には知らないことがたくさんあるようだ。
その根元には、今の季節には似つかわしくない程の落ち葉が積もっている。
この瞬間にも、巨木の枝からはハラハラと止め処も無く葉が舞い落ちている。 まだ綺麗な緑色の葉ばかりだ。
兵士たちは、そんな葉の雨の中をうろうろしている。
≪ババの木が泣いてる≫
「ババの木?」
≪そうだ! オマエたちがモリを荒らすから、ババの木がクルしんでいるんだ!≫
言いながらコディも、悔しそうな顔をしている。
ババの木の心情が流れてくるのだろうか……
グッと唇を噛むと、踵を返した。 何も言わず、シーノも後を追った。
ロックスの元に戻ると、コディは2人に言った。
≪分かっただろ? このままじゃモリが死んでしまう! テオクレになる前に、早く出ていけ!≫
「お前は何もしないのか?」
ロックスがおもむろに言った。 彼はシーノとコディがどこへ何をしに行ったのかは分からないが、コディが言いたいことは大体分かっている。
シーノもハッとして言った。
「そうさ。 お前は言うばかりで何もしていないじゃないか」
するとコディは地団太を踏んだ。
その姿はなんとも可愛らしい。
≪やれるもんならしたいさ! けど、何も出来ないんだ! シゼンは、自分のイシでダレかを傷つけることは出来ないんだ!≫
悔しそうに言うコディ。
コダマは森の精。 自然から産まれた。
悔しいとか怒りと言う意思があったとしても何ものにも危害を加えることは出来ず、見守ることしか出来ないのだ。
ならば何故コダマは存在するのか……?
それはこれからきっと、分かることなのだろう。
「不憫な奴だな。」
ロックスは、可哀相に、とコディの頭を撫でた。
≪!≫
ビックリして目を丸くするコディ。
≪な、なっ……!≫
動揺する姿を見て、ロックスは笑っている。
所詮、目の前のコディは小さな子供にしか見えないのだ。
しばらく黙って考えていたシーノ。
ポンと手を打った。
「な、コディ、捕まってみないか?」
「≪?≫」
ロックスとコディはシーノを見た。
「俺たちはお前を探してる。 一度捕まれば、ジュニアも気が済むだろう。 そうすれば森の中にも兵士は来なくなる」
「だが、コディはどうなる?」
心配そうに言うロックスに、シーノはニッと笑った。
「それだけ素早さがあれば、何かの折に兵士の手をすり抜けて逃げることだって出来るハズだ。 速すぎて姿が見えず、水面に波だけ残ったくらいだからな」
シーノは初めてコディの存在に気づいたときの事を思い出していた。 水面に波だけが立ち、自分はその空気で何かの異変を感じた。
あれだけの素早さがあるなら、一兵士の手など簡単にすり抜けられると考えたのだ。
≪……≫
コディは黙っている。 だが、一生懸命に聞き、考えている。 本当に森の為になりたいのだろう。
「コディ、出来そうか?」
≪……≫
シーノの目をジッと見つめるコディ。
心の奥まで見透かされそうなほど、その瞳に輝きが揺らいでいる。
そして、決心したように大きくうなづいた。
≪分かった。 やる!≫
かくして、コディは城へと入ることになった。
石造りの城は、絨毯やタペストリーなど装飾品に囲まれようとも、どこか冷たい感触が付きまとう。
サージヤ ジュニア王の前に、コディを引き連れたシーノとロックス。 コディはおとなしくついてきている。
サージヤ ジュニア王は嬉々として目の前に居るコディを舐めるように見つめた。 それを気味悪がって視線をそらすコディ。
「よし、檻に入れておけ。 後でゆっくりと可愛がってやろう」
サージヤ ジュニア王の言葉に、家来たちがコディの横に付き、シーノたちから引き離した。
コディは不安そうにシーノを見たが、王の手前で大きな仕草をする訳にもいかずに、ただ心の中で
『何とか無事に逃げろよ』
と願うばかりだった。
連れて行かれるコディの背を見ながらフフンッと鼻で笑ったサージヤ ジュニア王は、シーノとロックスを見やった。
「ごくろうであったな。 褒美を取らすぞ」
そう言うと、後ろに控えていた家来が二つの革袋をそれぞれに1つずつ渡した。
ジャリンという重い響きを鳴らし、革袋は二人の手にずっしりと乗った。
きっと大量の金貨が入っているのだろう。
本来なら喜ぶべきその報酬に、シーノは何故か心が重く感じた。
隣を見ると、ロックスもまた苦い表情をしていた。
二人は重々しく一礼すると、その場を離れた。