『コダマ』との遭遇
「なんだ、こいつ?」
そいつを捕まえていたのはロックスだった。
猫のように首根っこを捕まれたソイツは、足に鎖を絡ませたままジタバタしている。
≪は、離せ~っ!≫
「「?」」
二人は同じ事を感じたようだ。
「直接頭に響きやがる」
代弁するようにロックスが言い、空いている方の手で耳を塞ぐ。
シーノはソイツに顔を近づけると聞いた。
「お前がコダマか?」
フンッと顔を背けると、口を開いた。
≪そんなのオマエらにカンケイないだろ? モリから出ていけ!≫
そして、今にも噛み付きそうな形相で睨んだ。
大きな目に尖った耳。 身長も低く、体つきはやせた子供のようだが、緑色掛かった皮膚や髪の毛。 あきらかに人間じゃない。
探しているコダマに違いなさそうだ。
シーノは腰に手をあてた。
「俺たちはコダマを探している。 もしお前がそうなら、ここに姿を現すな。 分かったな?」
言い聞かせるように言うと、足に絡み付いている鎖を解いてやった。
「いいのか?」
ロックスは不思議そうに聞いたが、特に答えようとしないシーノを察して、それ以上何も言わずに手を離した。
コダマは離された瞬間にはもう近くの木の枝に逃げていた。
そして、数秒二人を見下ろしたあと、消えるように居なくなった。
「速いな」
「俺でも追いつけなかった。 多分さっきの波も、姿が見えないくらい速かったんで波だけ立ってたんだ」
シーノはもう誰も居ない木の枝を見上げていた。
「しかしよかったのか? 連れて行けば、たんまり褒美がもらえるじゃないか」
「そうだけど、見たところ子供みたいだったしな。 見逃してやった」
シーノは見上げたまま少し微笑んだ。
「ま、いっか」
ロックスも納得したようだった。
翌日も、コダマの捜索は続けられた。 その翌日も、その翌々日も……
ジュニア王が飽きるまで、兵士たちは従うしかない。
しかし森の中をくまなく探したところで、まるで得体の知れない妖精を捕らえるなど、雲を掴んで来いと言われたようなもの。
いち早くそのコダマと接触し、その身を逃したシーノとロックスは、もう再び現れることはないと分かっていたので、毎日を遊んで暮らしているのだった。
ただ森の中へ行ったフリをしては、木々を相手に剣術の訓練をしたり、泉や木の枝に身を預けて時間を潰したり。
そんな数日が過ぎる頃……
いつものようにシーノは森の中をひとしきり走り回った後、湖のほとりに寝転がっていた。
相棒ロックスは森の中で剣術の訓練をしている。
太く長い剣を振り回して、落ちてくる木の葉を相手に、大胆かつ繊細な攻撃もできるように訓練をしている。
振り回すなら誰でも出来る。
ロックスはいつも、もっと自分の秘めた力を引き出せるように訓練に余念がない。
シーノは、お互いが足して1以上になれる相手はロックス以外いないと自負している。
だからこそ、このコンビは切っても切れない存在なのだ。
汗がにじんだカラダを冷やすように、ひとり風に当たるシーノ。
見上げれば、透き通った青空が気持ち良い。
その時、頭上の木の葉が一枚、フワリと舞い降りてきた。
「!」
こんな時、考えるより先に体が動く。 シーノは素早くその場を離れた。
今シーノが居た場所に、コダマが立っていた。
「踏んづける気かよ?」
驚くよりも焦るシーノに、コダマは詰め寄った。
≪モリから出て行け!≫
相変わらず頭に直接響く声だ。
「そんな事言われても、ジュニアが飽きるまでは続けられるよ。 俺たちが決めることじゃない」
困ったように、シーノはあぐらをかいた。
「それより、こんなとこに来たら他の奴らに見つかるぞ」
≪オマエらがなかなか出て行かないからだ!≫
コダマは小さな体で必死に叫んでいる。
「う~~ん……」
頭をかくシーノ。 彼もコダマの言いたい事は痛いほど分かるのだが……
「あ、こいつ、また来たのか?」
草むらをかき分けて、ロックスが現れた。 というより、シーノの元に戻ってきた。
その巨体に驚きながらも、コダマは頭上の枝に飛び乗った。
≪はっ……早く出ていけ! 出て行かないと、どうなっても知らないからなっ!≫
そう言い残して、コダマは再び姿を消してしまった。
「何しに来たんだ?」
キョトンとして尋ねるロックスに、シーノはあぐらをかいた姿勢のまま彼を見上げた。
「出てけって言いに来た」
「あら、ご丁寧に」
そして森の中からは、相変わらず草むらを分け入る兵士たちの物音が聞こえてくる。
風が通り過ぎたように居なくなったコダマの後には、また変わらぬ光景が何事も無かったかのように流れている。
それから、次の日も、その翌日も、コダマはシーノたちの前に姿を現し、森から出て行くように警告しに来た。
「もう少ししたら、ジュニアも飽きるから我慢しておけ」
というシーノたちの声も聞かず、懲りずに毎日姿を現すので、次第に彼らも愛着を持つようになった。
なにしろ、コダマは何をするわけでもなく、シーノたちの周りでギャーギャーわめきながら帰っていくのだ。
やがてシーノたちは、逆にコダマに会うために森へと通うようになっていた。
やがて2人は、コダマの事を勝手に『コディ』と名付けた。