クリスの葛藤
クリスは、フフンと鼻で笑った。
「仲間だ友達だ心だと、そんなものはその場だけの、お互いを繋ぐごまかしのセリフですよ! そんな蜘蛛の糸のような繋がりでは、すぐに切れる。 そして裏切り、時には牙を剥く。 私が求めているのは、もっと強い絆。 逆らい様のない強靱なもの!」
「だからといって、騙すのはよくないわね」
「!」
驚いたシーノの目に、カリンの姿が見えた。
「カリン! 生きてたのか!」
「勝手に殺さないで!」
嬉しそうに言うシーノに、カリンが怒った。 その後ろから、セツナが姿を現した。 クリスはフンッと笑った。 そして
「! カリン!」
と再度驚くシーノに、カリンは言った。
「大丈夫。 セツナさんは分かってくれた」
ニッコリと微笑むカリンに、セツナは俯いて不安げな表情をしていた。
「セツナさん、今の話を聞いていたでしょう? 全て、クリスの本音」
カリンはクリスを見た。
「そうでしょう?」
セツナの心変わりを察したクリスは、あきらめたように肩をすくめた。
「お嬢さんもまた、語りが巧かったということでしょうか。 ですがセツナさん、あなたは大きな事を忘れています」
セツナは小さく顔を上げた。 クリスの言葉を待っていた。
「親にも誰からも捨てられたあなたをここまで育てたのは、一体誰ですか? その命を消さずに済んだのは、誰のおかげですか?」
セツナはきっと顔を上げた。 赤い髪がふわっと広がり、真っ白に変色している瞳に、シーノも気付いた。
「分からなくなりました。 クリス様は私を助けてくださった。 そして、世界を渡り歩くすべを授けてくださった。今まで私は、クリス様の為にこの身を捧げてきました。 それが私に出来る限りのことでしたから。 ですが……」
セツナは哀しげな表情をした。
「私たちが歩いてきた道は、本当に正しかったのでしょうか?」
クリスの頬がピクッと痙攣した。 セツナは続けた。
「この目が使えない私は、感じることに敏感になりました。 人のわずかな動きで、その場所が分かります。 そして、その人の気持ちや心を感じることが出来ます。 今までクリス様と共に旅をし、出会った人々は皆、クリス様に感じていた感情が同じだった。 それは、『恐怖』」
カリンは見守るようにセツナを見つめていた。
「クリス様の周りには、いつもどこか怯えた空気が取り巻いていた。 そして、クリス様。 あなたはいつも、お一人でした」
「うるさいっ!」
クリスは叫んだ。 セツナはビクッと怯え、後退りをした。 だがすぐに顔を上げた。 彼女の中で何かが固まっていた。 毅然とした表情となったセツナに、クリスは顔色を変えて怒鳴った。
「一人で何が悪い? いや、私を独りにしたのは、お前たちじゃないか! 散々頭が良いと褒めたあげく、自分たちより優秀だと気が付くと、今度は奇人を見るような目をした。 そして愛想笑いをして遠ざかっていった!」
さっきまでの落ち着き払った姿とは別人のように、クリスは胸の内を溢れさせた。
「私は一人で生きるすべを考えた。 誰からも相手をされないのならば、誰もを凌駕する力を手に入れよう、そうすることで、人々は私に注目し、また私を敬愛する。 そして後悔するのだ。 私を変人扱いしたことを!」
「狂ってる……」
シーノは呟いた。 クリスの暗く辛かった時期を共感することはできないが、その気持ちはなんとなく理解できた。 クリスは、注目を浴びたいがために力と知識を手に入れた。 世界の頂点に立つために。
「クリス……」
カリンもまたシーノと同じだった。
「あなたは素晴らしい能力を持っているのは分かったわ。 そのために、人は敬遠し遠ざかった。 皆、あなたが怖かったのね。 だけどあなたは、その力の使い方を間違えた」
「お前たちには分からん。 私を見る目が、空気さえ凍るような冷たいものだということを! 私は歩み寄ろうとした。 だが、見えない壁が私の全てを拒否していた」
「分かります!」
セツナが声を上げた。
「誰からも相手をされず、一人で日々を過ごすつらさ。 だからクリス様は、私を助けてくださった」
「助けた……だと?」
クリスの目が驚いたように見開かれた。
「クリス様は、感じたのです。 私も自分と同じだということを。 だからこの命を救った。 本当は、クリス様はお優しい方なんです。 本当は、人の命を大切に思うことが出来るのです」
セツナは懇願するように言った。 カリンもクリスを見守っている。 クリスは体を震わせた。
「私が人を助けただと? 私が優しい人間だと?」
クリスは混乱していた。
不意に、セツナと初めて出会った時のことを思い出した。