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コディの泉  作者: 天猫紅楼
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セツナの葛藤とシーノの説得

 残されたカリンの腕は相変わらずセツナに掴まれていたので、迷惑そうに言った。

「ね、そろそろ腕を離してくれない? 痛いわ」

 だがセツナは黙ったまま答えようともしない。

「ねぇ、聞いてるの? 今腕を離した所で、逃げたりしないし、あなたの腕前なら、走り去る背中を射ぬくのだって簡単でしょう?」

 すると、セツナは何も言わずに掴んでいた手を緩めた。 だが、銃口はカリンに向けられたままだ。 カリンは腕をさすり、傷の様子を見た。 痛みはまだ若干残っているが、出血が止まっていたので少し安心した。

「セツナさん……って言う名前だっけ?」

 カリンは、自分の腕の手当てをしながらカリンに話し掛けた。

「あたしはカリンよ。 ね、聞かせて。 あなたたちの目的は何? 何故コダマがそんなに欲しいの?」

 セツナは呟くように言った。

「願いを叶える」

「願い?」

「クリス様は数々の研究をしていらっしゃる。 あの方に間違いは無い」

 片言のように呟くセツナ。 まるで自分に言っているようだ。 カリンは怪訝な顔をして尋ねた。

「セツナさん、あなたの願いは何?」

 答えるように、セツナは首を大きく振った。 今まで表情を隠していた赤く長い髪の毛が広がった。

 

「!」

 

 カリンは思わず息を飲んだ。 セツナの開かれた瞳は、本来何色かをたたえるソレとは全く違っていた。

「あなた、目が……?」

 その瞳は、真っ白に輝いていた。 セツナはまた顔を傾け、赤いカーテンを掛けた。

「生まれつき見えない。 だから親にも捨てられた。 助けてくださったのがクリス様。 あの方の傍にずっと居させてもらったから分かる。 あの方に間違いなどない。 コダマに触れれば、この死んだ目が再び光を受けることができると、そう教えてくださった」

「セツナさん、それは……」

 カリンは言葉を失った

 セツナの境遇は、思うより深いものだ。 真っ白な瞳で、真っ暗な世界を生き抜いてきたのだから。 だが、医療に携わってきたカリンの知識をもってしても、生まれつきの視力障害を治すすべは思い当たらず、ましてや、コディにそんな治癒力があるとも信じがたい。 カリンは、とにかくセツナを説得しなくてはいけないと思った。 きっと口先三寸のクリスにだまされているのだ。

「あなたの気持ちはすごくよく分かるわ。 でも、……よく聞いて。 正直、あたしはコダマと会ったことがある。 でも、コダマは自然が形を作って見せてるだけなの。 誰かに傷つけられることがあっても、傷つけることはしないのよ。 コダマは見守るだけ。 『そこに存在するだけ』なの」

 セツナはじっと聞いていた。 カリンはゆっくりと聞かせるように話した。

「だから、……セツナ、残念だけど、あなたの目が治るとは考えられない」

 セツナはしばらく黙っていた。風の音が緑の香りと共に二人の間を通り過ぎた。 カリンはじっとセツナを見守っていた。 やがて、セツナは呟いた。

「嘘」

 その手が上がり、銃口がカリンを捉えた。

「セツナ……」

 カリンは切なさに胸が痛かった。 何もしてあげられない自分が悔しかった。 兵としても、医者としても中途半端な自分が、小さく思えた。 だけど、これだけははっきりしているのだ。

「嘘じゃないわ。 もしコダマに治癒力があるなら、今だってシーノの傷を治しているはずよ」

 セツナは小さく震えていた。 まるでそれは自分と戦っているように……自分と向かい合うように。

「嘘。 クリス様は絶対……」

「混乱してるでしょうね…… あなたはその命をクリスに助けられた。 その恩返しをしたいと。 その気持ちはよく分かるわ。 だけど、そのために道を外れたら、何もかも台無しになってしまう。 しっかりと真実を見るの。 人一倍勘が鋭いあなたなら、それが出来るはずよ!」

 セツナはグッと俯いた。 そして、振り払うように顔を上げると、引き金を引いたーーー。

 

 

 パーーーン!

 

 

「!」

 シーノは驚いて振り向いた。 そして、余裕顔でにやけているクリスに言った。

「まだ時間じゃないぞ! どういうことだ?」

 クリスは肩をクイッと上げ、さぁ?という表情をした。

「何かあったんじゃないでしょうか? 随分と勝ち気なお嬢さんのようでしたから」

 ククッと含み笑いをして、まわりを見回した。

「ところで泉が見えてきませんが、まだですか? あれからずっと歩き続けていますが」

「あんたは、仲間のことが心配じゃないのか?」

「仲間?」

 クリスはその言葉に笑った。

「仲間とは何ですか? 私に仲間などいませんよ。 全て『道具』です。 世の中は、是弱肉強食。 弱ければ強いものに跪き、その全てを捧げることで、命を永らえることが出来るのです」

 シーノは胸の内が極端に熱くなるのを感じた。 抑え様のない怒りは、油を注がれた炎のように燃え上がった。

 

「お前は、人をなんだと思っているんだ。」

 声は不思議と落ち着いたものだった。 だが、湧きだしてくる怒りは言葉の数ほどに増幅してくる。 クリスはそれをなおも楽しむように、せせら笑った。

「あなたもじきに私の前にひれ伏すのでしょうねぇ。 さあ、コダマはどこにいるんですか? 答えなさい」

 その瞬間、シーノは我を失った。

 

「お前に会わせるコダマはいねえ!」

 

 シーノの拳がクリスの頬をとらえた……はずだった。 その拳は空を切っていた。

「? なにっ?」

 同時に、目の前に居たはずのクリスが消えた。

 あわてて顔を上げると、背後に気配を感じた。

「!」

 動きが止まったシーノの耳元で、クリスがささやいた。

「あなたに勝算はないのですよ」

 次に、シーノの脇腹に鈍痛が走った。 そしてその体が横殴りに吹き飛ばされた。

「がっ!」

 木の幹に叩きつけられたシーノの体は力なく座り込んだ。

「肋骨……逝ったかな……」

 呟くと、なんとか顔を上げた。 目の前には、ニッコリと微笑むクリス。

「お前……何者だ?」

「私は、この世の中を変えるために生まれてきました。」

「なんだと?」

「世界を一つにするためには、一つの巨大な力が必要なのです。 私はありとあらゆる知識を手に入れてきました。 体術も、必要なものだけ会得してきました。 頭脳と強さがあれば、誰でも負けを認め、強いものに従う。」

「何言ってるのか、全然わかんねえ」

 シーノはフラフラと立ち上がった。 それを気にもせず、クリスは話し続けた。

「私に従えば、人生の安泰を約束しましょう。 コダマはそのささやかな土台です。 私の研究によれば、コダマは……」

「歌えば癒し、泣けば水晶…」

 シーノが続けた。

「だがな、そんな便利なものなんてこの世には無いんだよ」

 クリスは脇腹を押さえて立つシーノを冷ややかに見た。

「でしたら、何故あなたがたはコダマを守ろうとしているのですか? 私たちと同じように、富や権力が欲しいからでしょう?」

「違う!」

 シーノはキッとクリスをにらんだ。

「友達だからだ」

「友達?」

「利益や権力なんて関係ない。 俺たちは、なんにも無くても幸せなんだよ。 そこに居てくれるなら、幸せなんだよ。 大事なのは、心だ!」


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