シーノたちの攻防
「あなたは、コダマの事をよく知っているようですねぇ。 あなたが傷つけば、コダマも心配で出てくるんじゃないでしょうか?」
憎たらしく微笑むクリスの後ろで、セツナが銃を向けていた。 その銃口からは煙が一筋上がっている。 クリスは優しく言った。
「大丈夫。 あなたを死なせる事はしませんから。 あくまでも、コダマをおびき寄せるためのちょっとした罠ですから」
「こっんなことで、コダマは現れないわよ!」
痛みに耐えながら、カリンは自身の腕を診た。
『かすっただけね。 アイツ、わざと…』
額に汗がにじみ出した。 どう動けばいいのか……セツナは真っすぐにこちらを狙っているし、何故かクリスからは隙が見えない。
『アイツ、一体何者なの?』
カリン自身、兵にはなれないとはいえ、それなりに訓練も積み実力を備えてきたと自負している。 その目からも、今までたいした動きを見せたわけでもないクリスからは隙が見られないのだ。 カリンは、ただ腕を押さえて立ちすくむしかなかった。 お互いが微動だにしない、緊迫した空気が漂っていた。 その空気に穴を開けたのは、またしてもクリスだった。
「私たちは急ぎませんよ。 いずれコダマを手に入れるのは私たちなんですから。 この張り詰めた空気に押しつぶされる前に、楽になったほうがいいと思いますがねえ」
勝ちを確信したかのようにニヤリと微笑むクリスの後ろで、セツナがしっかりと銃口をカリンに向けていた。
「……」
「「?」」
その時、クリスとセツナが何かを察した。 背後をチラッと一瞥したクリスは、にっと口元を上げた。
「やっと追い付いたようですね」
カリンは即座にシーノとロックスの事を案じた。 それに気づいたクリスは、確信したかのように言った。
「やはりあなたは、あの兵士たちの仲間でしたか。 彼らも整理された今、あなた1人でコダマを守るなど無理だと思いますよ。 どうですか? 私たちに協力するというなら、ひどい扱いはしませんよ」
「協力なんてまっぴらだぜ!」
「!」
クリスたちの前に現れたのは、彼の仲間ではなく、シーノだった。
「シーノ!」
喜びの声を上げたカリンに、シーノは明るく返した。
「お待たせ! 途中何人か兵士がうろついてたから、掃除してきた。 大丈夫か?……! ケガしてるじゃないか!」
腕を押さえるカリンを見てシーノは驚き、そしてクリスたちをにらんだ。
「お前ら、どこまでも非情だな!」
今にも飛び掛かろうとするシーノに、クリスは冷静に返した。
「もう一人、お友達が居ないようですが」
シーノはくっと息を詰めた。
「ロックスもすぐに追い付く! お前らはもう二人だけだ! 観念するんだな!」
シーノは腰に装備していた剣を抜いた。 すると、セツナが音もなくカリンの背後に回って羽交い締めにすると、そのこめかみに銃口を当てた。 動けずにいるカリンの後ろで、セツナは変わらず無表情だった。
「セツナさん、そのまま人質にしましょう」
にっこりと微笑むクリス。
「卑怯な!」
唸るシーノに振り向くと、眼鏡をクイッと上げた。
「使えるものは使う。これは常識ですよ。 あなたも覚えておくことです。 さて、どうしますか? 今すぐコダマをここに呼べば、お嬢さんはお返しします。 出来ないのでしたら……分かりますよね?」
また、にっと微笑んだ。 息を呑むシーノに、カリンが声を掛けた。
「シーノ! コディを呼んではダメ! あたしの事はいいから、こいつらをやっつけて!」
強く押しつけられた銃口が、こめかみに食い込んだ。
「カリン!」
クリスはその様子を楽しそうに見つめている。
「可愛らしい事を言いますね。 コダマを守るためには、自分の命も厭わないとは。 そんなに大切ですか? 自分の命よりも」
カリンは振り払うように叫んだ。
「勿論、命は惜しいわ! だけど、あなたたちの餌になるくらいなら死んだほうがマシだわ!」
クリスは大げさに目を丸くしてみせると、鼻で笑った。
「はん。 まぁいいでしょう。 その強がりも長くは続かないでしょうから。 さて……」
クリスはシーノを見やり、ご機嫌を伺った。
「どうしますか? このお嬢さんは命を捨てようとしています。 あなたも同じなんでしょうか? ま、そんなことはどうでもいいんですよ。 コダマを手に入れる為に、私も苦労を積んできましたから」
シーノは、緊張感のない緩いクリスの口調に、いい加減に気分が悪くなっていた。 今ここで暴れても良かったが、カリンを人質に捕られている以上、下手に動けない。 シーノは一策を画した。
「……分かった。 コダマを呼ぶ。 ただここでは場所が悪い。 少し離れた所に泉がある。 そこでコダマを呼ぶ。」
クリスはさも嬉しそうに顔を歪めた。
「やっと話が通じましたね。 ではついていきましょう」
と言って歩きだそうとするクリスについてカリンを従えて動こうとしたセツナを、シーノが制した。
「待て。 人数が多いと恐がって出てこないかもしれない。 女は残ってもらおう。」
それを聞いたクリスは少し考えたあと、眼鏡を上げた。
「そうですか、分かりました。 ではセツナさんはお嬢さんと一緒に、ここで待っていてください。ただ……」
レンズの向こうで、瞳がギラッと光った。
「三十分です。 三十分経っても私がここに戻らなければ、お嬢さんの命は頂きます。 それで、いいですね? 私が自ら足を運ぶのですから、それくらいのリスクは、あなたがたも背負って頂かなくては、平等ではありません」
半ば命令口調に少しイラついたシーノだったが、カリンたちと離れるのが狙いだったこともあり、なんとか平静を装った。
「分かった。 その条件を飲もう。」
すると、カリンは心配そうにシーノを見つめた。 察したシーノは、にっと微笑んで見せた。
「大丈夫だ。 すぐに帰ってくる」
そして、シーノとクリスは森の中へと消えて行った。