戦闘開始!
森の中では、やっと兵士達を振り払ったロックスが息を荒げていた。 近くの木にもたれかかり、剣をドンッと地面に突き刺した。
「やばいな…… 大変なことになった……」
東の空が明るくなっている。 鳥がさえずり始めた。 朝露を含んだ涼しい風が、汗ばむロックスの体を気持ちよく撫でた。
だが、彼の心の中は穏やかではない。
『城がのっとられた』
そのうち町にもその手は伸びるだろう。 そうなれば、国をのっとられたも同じだ。
「あのクリスってやつ、何とかしないと……」
その時、ザザッと木の枝が揺れ、ロックスの目の前に人影が下りてきた。
「ロックス! 大丈夫か?」
心配して駆けつけたシーノだった。
「! キズはもういいのか?」
「心配するな! それより、城はどうだった?」
ロックスの疲れた姿を見て、シーノはただならぬ予感がした。 彼はおもむろにシーノへ剣を差し出した。
「適当に手に取ってきたが……」
「充分だ! ありがとう」
シーノは剣を手にすると、手馴れた様子で素振りをした。 空気が裂ける音がした。 そして周りに誰も居ないのを確かめると、シーノはロックスを促した。
「とにかく行こう! カカの木で、カリン達が待ってる」
二人は周りを気にしながら森の中を進んだ。
歩きながら、ロックスは城の様子を伝えた。 それを聞いて、シーノの心もざわついた。
「クリスのやつ、ジュニアを……」
横暴なところがあったとはいえ、自分の主だった人物だ。 そして、突然現れた奴に殺され、城をのっとられた。
「世の中は弱肉強食なんだと。 そんなこと、分かってる。 だが、やり方が悪い。 あいつきっと、頭はキレると思うぜ」
「あぁ、生半可な学習はしてないみたいだったから。 全て計算づくなのかもしれない。 あいつにとっては……」
『手の中で踊らされているのかも……』
悔しそうに唇を噛んで、シーノたちはカカの木へと向かった。
陽もだいぶ昇って、明るい日差しが木々の間を降ってくる。 近くを小川が流れているのか、水の流れる音が聞こえてくる。
「ロックス、もう少しだ。 この先にカカの木がある」
そう言って、だいぶ息の上がっているロックスを励ました。
不意に、二人の周りに不穏な空気が漂った。
「「!」」
身構えた二人の周りに、四つの人影が現れた。
「付けられてたのか!」
ロックスの悔しそうな口調に呼応して、シーノも唇を噛んだ。
「こいつら、クリスについていた奴らだ!」
シーノが初対面した時に囲んだ男達だった。
黒っぽい服にフードを被り、にやけた口元だけが見えている。 その中の一人が口を開いた。
「コダマの場所が分かれば、お前らに用は無い」
楽しそうにもれる笑い声が、二人の気分を害した。
「ふざけるな! お前らにコダマは渡さん!」
言うが早いか、シーノの姿が消えた。
得意のスピードで翻弄させようと、シーノは木々を走り巡った。
男達は一瞬何が起こったのか分からず、オロオロと周りを見回していたが、すぐに、木にもたれて息を整えているロックスを見定めた。
「!」
『やばっ!』という表情をしたロックスは、急いで剣を構えた。 土が大胆に散った。
ロックスに向かう2人の男達の背後から、石つぶてが飛んだ。 後頭部を攻撃され、足元がふらついた男達の横っ面を、
ブーンッ!
と大ぶりの剣がなぎ払った。
「うわあっ!」
二人はあっけなく吹き飛ばされた。
その頭上にシーノの足が揃った。
「「!」」
驚く二人の顔面を思い切り踏みつけ、シーノはロックスの方に親指を立てた。
当のロックスは、他の二人の相手に忙しそうだったので、シーノは懐から鎖鎌を取り出した。
狙いを定めると、ロックスに向けて投げた。
投げられた鎖ガマは器用に一人の男の足に絡まり、バランスを崩して倒れた上から、ロックスの剣が振り下ろされた。
「残りは一人か!」
後退りをしながら、男はそれでも口元に笑みを浮かべている。
「仲間はクリスさんを呼びに行った! あんたらも観念したほうが良いぜ!」
そういうが早いか、男はロックスに立ち向かって行った。 もはや特攻に近い状況だったが、男は冷静にロックスの剣裁きを見極めながら次第に追い詰めている。 シーノは少し離れたところから二人の様子を見ていた。
こんなとき、手助けをしようとすればロックスはかなり怒る。 逆もそうで、気持ちが分かっているシーノはただ見守っていた。 同時に、またうずきだしている肩の傷を癒すために、そっと懐に手を伸ばすと、カリンに貰った小袋から一粒の塊を取り出した。 錠剤とは呼べないほど雑な形をしているが、無いよりはましだ。
『気絶しませんように』
と祈りながら、ごくんと飲み込んだ。 そして、刀がぶつかりあう音を聞いていた。 シーノは今すぐにでも飛び出して行きたかったが、必死で抑えていた。 ロックスはすでに息が上がっている。
相手の男も相当のてだれのようだ。 中肉中背の体型に似合わず、力が強い。 と言うより、相手の力をうまく使いながら流していく戦い方は、ロックスの体力を吸い取るようだ。 そして、訓練を欠かさないロックスでさえも圧倒するようなスタミナを持っているのが、剣を通じて感じられた。 追い詰められていくロックスを、シーノは汗ばむ額を拭きもせずに見守っている。 薬が効き始めたのか、または戦いの空気に興奮しているからか、傷の痛みは感じられなくなっていた。 もはや、そんなことはどうでもよくなっていたのだ。 木を背にして、とうとうロックスは追い詰められてしまった。 シーノは思わず飛び出した。 それに気付いたロックスは叫んだ。
「来るな!」
「くっ……!」
踏みとどまったシーノを男は横目で見ながら、またニヤッと微笑んだ。
「男の戦いだから、手助けは無用だと? 俺も舐められたもんだ」
剣を合わせたままで、男は首をひねった。
「来いよ。 二人まとめて相手してやるぜ」
「!」
その挑発にシーノは思わず剣を抜いた。 ロックスは叫んだ。
「シーノ落ち着け! ここは俺に任せろ! お前はカリンの所へ急げ! あいつらが向かってるかもしれない!」
力任せに振り払うと、男は弾かれたように離れた。
「ロックス……!」
シーノは胸を切り裂かれるような思いだったが、ロックスを信じることにした。 自分が居たところで、気になって動けないかもしれない。 シーノは悔しそうに剣を収めた。
「カカの木で、待ってるからな!」
そしてきびすを返した時、男は声をかけた。
「行っちゃうの?」
にらみ返したシーノに、ニヤッと笑うともう一言付け加えた。
「殺しちゃうよ?」
「行け! シーノ!」
ロックスは男に剣を振った。 器用に避ける男を尻目に、シーノは振り払うようにその場を離れた。
『ロックス、必ず来いよ!』
心のなかで叫びながら、シーノはカカの木へと急いだ。