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コディの泉  作者: 天猫紅楼
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コディとサクラ

 一方、麻酔草で眠らされているシーノの前で、カリンは焚き火をし、採ってきた魚を焼いていた。

 だいぶ日が暮れた森の中。 辺りは香ばしい香りに包まれ、静かに流れる小川の音にパチパチという薪が弾ける音が重なって、ゆったりとした空気が流れている。 少し離れて、コディがたまに風を起こしては、煙を吹き流していた。 火を怖がるコディは、それでもシーノのために何か手伝いをしたがった。

 

「コディ」

 カリンは火に薪をくべながら静かに言った。

「これからどうなるんだろう、あたしたち……」

 コディは首をかしげた。 それを見て、

「そうね、あなたにはちっぽけな事だもんね」

 と、ふっと笑った。

 そして、少し真顔になった。

「でもあたしは、コディを守りたいと思うのよ。 だけど不思議なくらい心が穏やかなの。 何故かしらね」

 独り言のように呟くカリンをじっと見ていたコディがそっと尋ねた。

 

 《サクラと言う名前か?》

「?」

 コディは、にっと笑った。

 

 《カリンの横顔を見て、思い出した。カリンはサクラによく似てる≫

 彼女は驚いた顔をした。

「サクラは、おばあちゃんの名前よ。 コディ、やっぱりおばあちゃんに会っていたのね?」

 嬉しそうに言うカリンに、コディはにっこりと微笑んだ。

 《性格は似てないけど》

「一言余計だわ!」

 カリンは一瞬頬を膨らませて見せたが、すぐに笑顔に戻った。

「ね、覚えてる? 若いときのおばあちゃん。一体何があったの?」

 コディは少しずつ思い出すように話し始めた。

 

 

 

 《サクラと初めて会ったのは、今からずっとずっと昔。 サクラは泣きながら森の中をさ迷っていた。 しばらく見ていたけど、町からは離れて行くし、疲れ切っていて今にも倒れそうだったから、果物を差し出したんだ。 本当は人の前に姿を見せちゃダメだってカカの木に言われてたんだけど、なんか自然と体が動いてた》

 

 

 

 サクラは目の前に立つ、自分より少し小さいくらいの背丈をした、緑色の瞳の子供に驚いた様子で泣き止んだ。 コディの持つ果物に気付き、それを凝視している。 コディがそっと差し出すと、サクラは恐る恐る手を伸ばした。

「ありがとう」

 小さな鈴のような声で言うと、近くの木の根に腰掛け、裾で果物を少し雑に拭くと、一気にがぶっとかぶりついた。

 コディは近くに同じように座ると、その様子を眺めていた。

 

 ひたすら果物をむさぼり食べていたサクラは、一息ついて やっと笑顔になった。

「ありがとう。 お腹すいてたの。 おうちが分からなくなっちゃって……あなたはこの近くに住んでるの?」

 コディはにっこりと微笑んだ。

「そう、あたしが住む町は遠くなのかなあ? あなた、分からない?」

 不安そうに言うサクラに、コディは手を挙げて指差した。 その方は、サクラが歩いてきた方角だった。

「あっち?あたしったら、反対の方に来ちゃったんだ。どうしよう……もう疲れちゃった……眠いし……」

 空腹が落ち着いたので、疲れが一気に吹き出したのだろう。 サクラの瞳はすでに半分ほどしか開いていない。 コディは立ち上がってサクラの裾を引っ張った。

「? ついてこいって?」

 コディは大きく一つうなずくと、サクラを誘った。

 

 

 辺りはだいぶ日が暮れて、たくさんの木の葉が余計に暗くしている。 ふらふらと歩くサクラを、コディは何度も振り返りながら誘導した。

 しばらく歩くと、目の前には目を見張るような大木が現れた。 一回息を呑んで、サクラは目の前の大木を見上げた。

「大きい……」

 それだけしか出てこなかった。 月明かりに照らされた木の葉が緩い風になびき、静かにゆれている。 我を忘れたように見上げたままのサクラをコディが促した。

「あ……ああ」

 手を引かれるがままに、サクラは大木に近づいた。

「どこに……行くの?」

 太く横たわった根を乗り越えて裏に回ると、大きくくぼんだところがあった。 中に入ると、子供二人がちょうど納まる位の広さだった。 暗がりの中でそっと座ると、落ち葉が敷き詰められていて、ふんわりと受け止められた。 壁にもたれると、小さな音が聞こえた。

「…何の音?」

 《カカの木の吐息》

「?」

  サクラは頭に入り込んだ、声に似た音に驚いて、周りを見回した。 隣には小さく体操座りしたコダマがいる。 サクラは少し考えて、そして言った。

「……もしかして……あなた?」

  コダマはにっこりと微笑んだ。

「あなた、話せるのね?」

  話相手が出来たことで、サクラの心がさっきまでよりも落ち着いた。

「あたし、サクラよ。 あなたは?」

 《みんなは、コダマと言う》

「コダマ……コダマ、よろしくね」

  ホッと一息付いて、サクラはまた壁にもたれた。

「なんだかいい気持ち……小さな音が聞こえるの」

 《カカの木の息だ》

「この大きな木、カカの木というのね? この音は、生きてるっていう音なんだ? 気持ちいい……」

 言いながら、サクラはスーッと眠りについていった。

 

 

 

 その横顔を見ながら、コディは目の前のカリンとサクラを重ねていた。

 カリンは嬉しそうに話した。

「おばあちゃん、ホントに子供だったのね? それで、どうやって町まで帰ったの?」

 コディは緑色の瞳をくるくると回した。

 《遊んだ》

「え……遊んだ?」

 

 

 

 サクラは新しい友達にすっかり嬉しくなり、それからしばらくの間、コダマと過ごした。 森の中は、コダマがいれば迷うことはない。 カカの木とババの木に自己紹介したサクラは、コダマとともにそこらじゅうを走り回り、お腹が空けばもぎれる果物はたくさんあった。 そして眠くなればカカの木に帰り、眠る……。 そんな生活が何日か続いた。

 一方町では、森に遊びに行ったまま帰ってこないサクラを心配して、両親を筆頭に何十人という人が森を捜索していた。 そしてサクラは、小さな泉の畔で花を摘んでいる時、皆に発見された。

 涙で崩れた表情の両親の腕の中で、見回したどこにも、コダマの姿は無かった。 数日間果物ばかりだったこともあって体重も落ちていたし、サクラがいなくなったのも『神隠し』だと信じ込まれていたので、サクラの言う『コダマ』も、必然的に悪者だと考えられた。

 サクラがどんなに、助けてくれたのはコダマだと言っても、両親も町の人たちも信じることはなかった。 だから次第にサクラもコダマと過ごした日のことは心に秘め、静かに過ごすことにした。 それがコダマの為だと考えたのだ。 それから何度か森へ行ったことがあるが、コダマがあらわれることはなかった。 サクラもまた、無理に探すこともしなかった。

 大切な思い出。

 サクラは森とともに生きるコダマの事を、ずっと案じることにした。 誰にも無理強いすることなく、自分の心のなかだけで。 そう、カリンが生まれるまでは……

 


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