俺は裏切り者でいい!
城ではサージヤ ジュニア王が広間にいた。 その御前には、クリスがセツナだけを連れて来ている。 面白い情報を持ってきたと言われたら、疑いもせずに城内へ招いてしまう。 サージヤ ジュニア王の悪いくせだ。 側近が危険だと警告しても、聞く耳は持ち合わせていない。 サージヤ ジュニア王は、今度はどんな暇潰しが出来るのかとワクワクしている。 そんな表情が、パンパンに膨れ上がっている顔からにじみ出ている。
クリスはうやうやしく一礼した。
「この度は、このような学者崩れを招き入れていただき、大変恐縮しております。 本日は、是非サージヤ王の耳に入れておきたい情報がありまして、遠い国から参りました」
「クリスと申したな。 あまり焦らすな。 早く用件だけを言え」
苛々がつのっているサージヤ ジュニア王の顔を見て、クリスの口元がニヤッと吊りあがった。
「コダマの事でございます」
するとサージヤ ジュニア王は一気に興味を失った顔をした。
「なんじゃ。 コダマならもう捕らえたわ。 じゃが、歌いもせずつまらんかった。 すぐに逃げたしな」
つまらなさそうに杖をもてあそびながらそう言うと、
「それだけなら、帰るがよい」
と、杖で扉を指し示した。
クリスはきょとんとした顔をした。
「逃がしてしまわれた? それはもったいのうございました」
その言葉に、サージヤ ジュニア王は耳を傾けた。
「何がもったいなかったのじゃ?」
クリスはまた口元を歪ませた。
「王は、コダマの言い伝えを知らないとみえますね」
クリスは眼鏡をくいっと上げて続けた。
「『歌えば癒し、泣けば水晶……』」
「水晶とな!」
王が立ち上がった。
「そなた、今、水晶と申したな? この世で一番高価な鉱石ではないか? それをコダマが持っているというのか?」
「持っているのではなく……これは私の調べた成果なだけで、全く信憑性はないのですが、どうやら涙を流すことで水晶が作られるようでございます。 それを確かめるためにここへ訪れたのですが……無駄足だったようですねぇ……」
大げさにがっかりするクリスに、サージヤ ジュニア王は同じように残念そうに言った。
「そうじゃなあ。 今ここにコダマはおらん。 そなたら、残念だったな」
「では、しばらくの間、森のなかで研究を続けてもよろしいでしょうか?」
というクリスに、サージヤ ジュニア王はあっさりと快諾した。 深々と一礼し退城するクリスの後ろ姿が消えた途端、サージヤ ジュニア王は杖を振り回した。
「今すぐコダマを捕らえてこい! それと、さっきのクリスとやらを監視しておけ! あやつらが先にコダマを捕らえた時には、横取りしてやるのだ!」
そして、前回コダマを捕らえてきたシーノとロックスを呼び出した。 だがシーノはまだ城に戻ってきていない。 ロックスだけが王の前に行き、この捕獲計画の指揮を取るように命ぜられた。 シーノの事が心配で仕方ない上に、再びコダマ捕獲命令とは踏んだり蹴ったりである。
仕方なく部屋に戻って森へ行く支度をしていると、室内に一陣の風が吹いた。
「まさか?」
そのまさかだった。 目の前に、コディが現れていた。
「おっっ……お前、なんでここに? シーノは!」
コディは驚くロックスの腕をグイッと引っ張った。
《すぐ来て! シーノが……シーノが……》
今にも涙が溢れそうな瞳は、事の重大さを物語っていた。
「シーノに何かあったのか! だが……」
今のロックスは勝手に動けない身。 だが、シーノの事が心配だ。
『あいつみたいに頭がよけりゃぁなぁ……』
等と考えている場合じゃない。 身軽なシーノのように窓から飛び降りることも出来ない。
《ロックス、早く!》
急かすコディに、ロックスは半ば焦りながら言った。
「わ、わかった。 すぐ行ってやりたいが、今は動けないんだ。 またお前を捕まえる命令が出たんだ!」
その途端、コディは驚いてロックスの腕から手を離した。
《そんな……》
あの鉄籠を思い出したのだろう。 その顔がこわばっている。
「俺はお前の味方だ。 信じろ」
ロックスはコディの肩を優しく抱いた。 その体が恐怖で小刻みに震えている。
「とにかく、お前は逃げろ。 シーノの居場所は、説明できるか?」
コディが口を開こうとしたその時、ロックスの後ろで
「あっ!」
と声がした。
「!」
驚いて振り向くと、開け放された扉の向こうに、一人の兵士が立っていた。
「ロックスさん、それ……」
その後ろから、また別の兵士が顔を覗かせた。
「どうした? あっ! コダマだ!」
部屋に分け入り、コディを捕まえようとする兵士の手をすり抜け、コディは窓から下へと舞い降りた。 すぐに兵士は下にいる仲間たちに大声で知らせた。
「コダマが行ったぞー!」
「まっ! 待て!」
と言うロックスの言葉も届かず、兵士たちはわらわらと外へ駆け出していく。
皆、ロックスたちが貰った報酬のことしか頭にないのだろう。 ロックスたち自身、いまだに中身を確かめたわけではないが、重さから察するに、低給料の兵士たちには十分すぎるほどのものには違いない。
「くそっ!」
ロックスもまた、急いで外へと飛び出した。
城の前の広場には次々と兵士たちが集まり、屋根や壁をぴょんぴょん飛び回るコディを我先にと追い掛けている。 コディも動揺して混乱している。 やがて誰かが放った矢が、コディをかすめた。
《ひやぁっ!》
声にならない声を上げてコディはバランスを崩して地面に転落した。 幸い高くない場所からだったので怪我はなかったが、コディはあっという間に兵士たちに囲まれてしまった。
《うう……》
壁を背に、恐怖でおののいているコディに兵士たちの手が襲い掛かった。 その時、バシッという音と共に、兵士たちが後退りした。 覆いかぶさっている影の下、恐る恐る見上げたコディは、目を見開いた。
《シーノ!》
コディを守るようにかぶさっていたのは、銃弾に意識を失っていたはずのシーノだった。
「これは、一体どういうことだ?」
コディを背に兵士の方を振り向いて言うその肩には、まだ血がにじむ布が結ばれている。
「またコダマ捕獲命令が出たんだ」
声の方を見ると、ロックスがみんなより頭一つ分大きな体を揺らして兵士たちを分け入ってきた。
「ロックス……?」
驚いた顔をしたシーノに、ロックスは刺激しないように冷静な顔をして言った。
「俺はその指揮を取るように命ぜられた。 シーノ、お前もだ」
あごをひいて見据えたシーノの言葉はもちろん『ノー』だった。
「俺が受け入れると思うか?」
少しにらんで言うと、ロックスは少し息を吐いた。
「……だろうな」
すると周りの兵士たちが声をあげた。
「逃がす気なのか?」
「いや、手柄を独り占めする気だ!」
「なんだと!最初に見つけたのは俺だ!」
「俺だ!」
「俺だ!」
声に押しつぶされそうに、コディは耳を押さえて小さくなっている。
「ロックス、俺は裏切り者でいい!」
「シーノ……」
つらそうな顔をするロックスの目の前でコディを抱き抱えると、シーノは後ろの塀のうえに飛び乗った。
「逃がすな!」
「許すかぁっ!」
兵士たちが逃げるシーノを追い掛けるのを、ロックスはただ見つめるしかなかった。
「なんの騒ぎよ、これは?」
「?」
聞き覚えのある声に振り向いたロックスの前に、カリンが塀から飛び降りてきた。
「俺も混乱しているんだ。 シーノは怪我を負っていたようだし、コディは兵士に追われるし。 お前は何しに来たんだ?」
兵士たちはいっせいにシーノを追って城の外に出ている。 誰も部外者のカリンをとがめる者はいない。 カリンは息が上がっている。
「シーノを追ってきたのよ!」
汗のにじんだ額をグイッと腕でぬぐった。
「シーノはどこ? 城に向かっていたはずなの!」
「シーノはコディを連れて逃げて行った。 お前はシーノに何があったのか知ってるのか?」
カリンは半ば怒り呆れながら言った。
「知ってるわよ! 銃で撃たれたの! あんな怪我してまだ走るなんてどうかしてる!」
ロックスは目を見開いてカリンの肩をつかんだ。
「撃たれたって! 誰に!」
「そこまでは知らないわ。 森にいたら、シーノが誰かに追われてて、撃たれたのを見ただけ……あ、撃ったのは、赤い髪の女だったわ!」
カリンは逃れるようにロックスの手を離すと、
「急がないとシーノが貧血起こして倒れるわよ!」
と、ロックスをキッと睨んだ。
ロックスはあまりに色々なことがあった為に、まだ頭の中が混乱している。 見かねたカリンは声を荒げた。
「あなたは、何が一番大事なの?」
その言葉が、ロックスの心を貫いた。