事の発端
緑の中にポツンとそびえる城がひとつ。
その外壁に寄り添うように、小さな町が広がっている。
人口三千人ほどのサージヤ国。
近郊の町村とも交流が熱く、ここ最近は戦も無く、皆穏やかに過ごしていた日々は、城主の世代交代によって脆くも崩れ去った。
先代の城主、サージヤ王の死により、主は息子のサージヤ ジュニアが受け継いだのだ。
このサージヤ ジュニア、かなりの強欲。
幼くして母を病で失くし、家来や召使は大勢いたものの、肉親は父ひとり。
あまりに過保護に育て、家臣たちもそれに習っていたため、とてもワガママに育ってしまったのだった。
「手に入れたい」と思ったものは、全て思い通りになると思っていた。
好奇心というより、興味だけで手元に置きたいだけ。
飽きたら見向きもしない。
「モノは大切にするのだぞ」
という父の言葉にも空返事。
だが政治に強いサージヤ王とて、育児というものに全く無知だった彼は、黙認するほかになかったのだった。
そんな折、サージヤ王は妻と同じ不治の病にかかり、倒れてしまった。
近郊からも医師を呼び、あらゆる処置を施したが、その努力もむなしく永い眠りについてしまった。
「ジュニアを、頼む」
という言葉を残して……
国葬をするほど、サージヤ王は人々に慕われていた。
豊かで平和な日々を送ることが出来たのは、サージヤ王の努力のおかげである。
人々は皆、サージヤ王を敬い、その死をひどく悲しんだ。
そして、後に残されたサージヤ ジュニア王の行く末と、この国の行く末を案じた。
人々の思惑通り、サージヤ ジュニアが国の王になったことで国の政治力は大きく傾いた。
国交は、先代の残した『信用』という貯金のおかげでしばらくは安泰に過ごせそうだが、今以上に栄えることは皆無だろう。
サージヤ ジュニア本人、政治には無関心。 国に関わる仕事は、家臣たちにまる投げしている状態。 むしろ、口うるさい父が居なくなった事で気が軽くなったようで、ますます貪欲に輪をかけた。
困ったことに、最近の趣向は『珍品』。
珍しいモノがあると聞くと、すぐに
「持ってこい!」
と命じた。
その為、家来達は遠方まではるばるとその品を求めに走ることもしばしばだった。
存在する物ならばそれで事は治まるのだが、なかにはただの噂でしかない時もある。
そうなると、サージヤ ジュニア王の機嫌は三日三晩の荒れ模様。
口は利かないわ、手当たり次第に八つ当たりをする…… 全く、はた迷惑な話である。
誰も彼に忠告をする者は居ない。
そんななか、城に兵士が集められた。
その前で、サージヤ ジュニア王がにやけた顔をしている。
偏食の恩恵を受けてブクブクに膨れ上がった身体は、軽く突けばどこまでも転がるかのよう。
兵士の一人、シーノ・ソラーオは、その風貌にはぁっとため息をついた。
「また、太ったんじゃね?」
すると隣のロックス・ダガーリンがスンッと鼻で笑った。
「また、じゃねーよ。 休み無く膨れてんだよ」
「ったく、勘弁して欲しいよな。 今度は何だよ?」
シーノはふくれっ面で呟いた。
兵士はそんなにヒマじゃない。
サージヤ ジュニア王(通称ジュニア)が兵を集める時は、何か面白いことを思いついた時だけだ。
戦の飛び火すらも受けない平和な国なので、ジュニアは戦の経験が無い。
平和かぶれをしているのだ。
ジュニアはゴンッと杖を床に打ちつけた。
当然のように運動などしないので、もう杖無しでは歩けない体。 まだ三十歳前だと言うのに、だ。
「諸君! よく聞きたまえ! 我は面白い話を聞いたぞ」
『まぁた始まった……』
シーノは心の中であきれている。
それに気づくこともなく、ジュニアは悠々と続けた。
「森には『コダマ』という妖精が居るそうじゃ。 もちろん、この城の周りの森! ここにも必ず居ると確信しておる! 聞けば、その声は人を導くと言う。 是非その声を聞いてみたいのじゃ。 と言うより、絶対に聞きたい! だから、我の言いたいことは分かるな?」
無駄に大きな声量が、広間に響く。
兵士達は皆、『またか』という抜けた表情をしている。
「そうじゃ、頼んだぞ!」
満足げに言うと、杖と家来の助けを借りながら、部屋へと戻っていった。
残された兵士達は、各々にため息をつきながら開放されていく。
シーノもまた、呆れ顔で腰に手を当てた。
その様子を見て、ロックスはクスッと笑った。
「ま、しょーがないじゃん」
最近のロックスは、こんな状況を楽しんでいるようだ。
実際、平和に飽きてきている兵の中には、動ける場所がないという欲求不満から、退屈しのぎに考えている者もチラホラ出ている。
もともと動くことが仕事である。 城でボーッとしているより、外に出ていた方がいい。
軽く鎧をつけながら準備をしているロックスにならって、シーノも仕方なくといった風に剣に手を掛けた。
シーノは細身の体とその足を生かして、動きの担当である。
依頼があれば、スパイとして敵の領地に忍び込んで情報を仕入れたり、偵察をしたりもする。
だから長い剣は滅多に使わない。
動きを妨げない程度の軽い衣装と短剣、そして、少しばかりの投げ武器を持つ。
相棒ロックスはというと、シーノが追い込んできた獲物を迎え撃つ担当。
戦闘に出向く時は、何十キロにもなる鎧を身につけ、身の丈ほどの分厚い剣を持つ。
そのため、ロックスの体にはこれ以上ない位に筋肉が付いてガッシリしている。
もちろん、毎日の鍛錬は怠らない。
彼の剣を持たせてもらったシーノが、一瞬よろめくほどだ。
そんな彼を見て豪快に笑うロックス。
シーノの一.五倍の体重。
身長も、彼をグワンと見下ろせるほどだ。
だからこそ、シーノは安心してロックスの前に敵を誘い出せるのだった。