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五文と五円 人の仕事と冥府のサボり

作者: 密雲不雨
掲載日:2026/05/11

初投稿です。

お手柔らかに。

 私はどうなったのだろううか。

記憶は有る。だがあるひと時よりまるで溺れているような、落ち続けているような、そんな感じて現実味が無くなっている。

あの時、仕事の過労で倒れた時からだ。嫌な思い出だ、救急車に載せられて余計に医療費が重なってしまった。あの時のお金が有れば成長期の弟も誕生日くらい腹いっぱいにしてやれただろうに。術後が異常なまでに良好とは本当だろうか。

そんなことを考えながら駅を歩いていたら変な爺さんに絡まれてしまった。それも話しかけられたら十人に二人は逃げ出しそうなボサ髪だ。

「じっとしな。お前さん変な縁に憑かれているね」

そんなことを言いながらこちらをのぞき込んでくる爺さんにへきへきしながら押し付けられる駅員を探していると爺さんが妙に心に残る一言を放ってきた。

「ウーン、ふむふむ。せっかく溺れさせてやったんだ。良く生きろよ。だとよ」

「待ってくれそれは、それは何なんだ」

どこかで聞いたことがある気がするそれはしかし記憶になかった。

「わしゃ書いてある事を読んだだけだ。それじゃあな」

言いたいことだけ言って老人は去っていく。追いかけても何故か追い付かない。あと一歩で藁を逃した気がした。


 家に帰って歯を磨く、晩飯を抜くのはもう慣れた。擦り切れた毛布一枚羽織って眠りにつく。疲れからか一分とかからず入眠する。

 またやってしまった。49日で25の善行を積むこと。それが五円玉一枚で買えた甦りのチャンス。だというのに今日も一善しか積めなかった。善行の自分の数え方とあの地獄の獄卒の数え方が番う可能性もあるのだから積めるだけ積みたいがここの記憶も決意も現世に持ってゆけないのが難点だ。

そんな一日の総括と後悔をしていると釣り針が落ちてくる。サメでも釣るのかと思ってしまう大針につかまるとあれよあれよと吊り上げられる。

舌のない死神との対面だ。過労死した時に三途の川の前で五文しか持たずに嘆いていた江戸の亡霊に五円玉をあげたら何故か川のど真ん中で獄卒に渡し舟から蹴り落されたのだ。三途の川で溺れると蘇ると言うのは本当だったらしい。

ただ、本来やってはならないことらしく蘇っても良い人間か善行のチェックを受けるはめになった。

それから日々日々善行チェックを受けている。しかしこいつはどこで声を出しているのだろう。

「今日の善行は?」

「残念ながらカウントならずだね」

「期日まであと5日、間に合うか怪しくなってきたな」

「頑張ってくれたまえ、地獄もパンク寸前なのだよ」

「だから俺みたいなろくでなしにもチャンスが来るわけか。」

「そう卑下しないでくれたまえ君の性根は間違いなく善だよ。ただ環境が君から余裕をうばいとったのさ。さあ朝日が差し込んだよ、目覚めの時だ」

「また憂鬱な仕事の時間か、行ってくる。   ……今生命保険入ったら丸儲けだな」


「あんな事言って悪ぶっているけど、君がもう善行を25回分達成していると言ったらどんな顔するかな、笑顔?怒る?感激?こんな性格だから獄卒なんてやらされているんだろうね、わかっていてもやめられない」

「さて息抜きも終わりだ。今日の担当死者は4972人、普段よりも少ないし当たりだね。とは言えやっぱり先輩が抜けた穴は大きいなあ。魔女の家に忍び込んで腰に一撃くらったとか何をやっているんだか。早く帰って来てくださいよ」


また忙しい朝が来る。




 朝四時、相変わらずのひどい目覚めだ。ここ最近どれだけ寝ても徹夜明けの朝のような気だるさが抜けない。寝起きくらいはサッパリとしたいものだ。

食事を流し込んで出社する。しばしの仕事の後に朝の挨拶、朝礼、何時もの仕事場ではなくオフィスに行く。過労で倒れたとはいえ仕事場まで変えられるとは思わなかった。

少し楽をしろとの事だが外回りの仕事も同じぐらい辛いと思うのだが。

資料も取引相手も自分で創れとは上も無茶苦茶だ。

見つからない資料を資料管理課の人に捜索依頼を出して、外回りにでる。


我が社を知らない人に我が社を教えて良さを語り、出来る事を語り相手の欲しがる物を探す。今の所は達成率ゼロパーセントだ。

やはり物作り一本の人間にとって営業は無茶だ。専門業にも程が有る。

また上に掛け直そう。


会社に戻り今日のレポートを書く。今日はこれで退社だが金曜なので飲み会がある。

皆で議論をしながら同じ飯を食う。今日の議題は「是とするべき徳について」だそうだ。これを選んだ社長は変人である。喜んで付き従っている重役達も同じであろう。


最初はまともに徳について語り合っていたが、酒が入るともうだめいだあ。、

よおっつて酔って話にならん。カントとデカルトとととスミスと鍛冶屋を同レベルに議論するとわあ、何にゴンとだあ。鍛冶屋が一番偉い徳人に~決まってええるううだっろう。第一にい現実も信頼も存在の後にあるものだあた。

物作りとわ。価っ値の想像であり。発明いがいおの哲文は価値の創造性が低すぎるう、

祈つた手も握られずに死を思うしか出来ない。我貧民なり~

それときたらおとうとときたら~らっらっらっらら。よいこ~

「あのコンプレックスなければいい人なんだけどね」の声は聞こえない~

「今日は特に酷いね」の声はとくにい聞こえない~


 恥をかいた後の夜は最悪だ。特にここでは酒のほろ酔い気分も冷水で搔き消える。息ができるだけの水底では余計にだ。

誰もが隠したがっている本音というものが容易く表に出てしまう。

おまけに朝に起きたら忘れてるのも最悪だ。やけに毎週月曜日の朝は皆が会話に乗ってこないと思っていたが、ああ恥ずかしい。

本日は朝まで水底に居ようと思ったが釣り上げられた。ああ恥ずかしい。

アイツはこれまで見てきた中で最も最高の笑みを浮かべて待っていた。

「こんばんわ~読んだ事も無い本の作者を訳知り顔で批判していた人はこちらかな?」

「いっそ殺してくれ」

「そしたらせっかく生き返らした意味がないじゃないか。さて今日の善行はっと」

「どうせゼロだろう。どうせ」

「実は一点入っているね、昼にお巡りに落とし物を届けたのがよかったらしい」

「あんな事でかよ、二十分も使ってないぜ」

「結局善行の定義は凡人なんぞには測れないのさ。故に出来る限り一生を生き抜くしかない、自分で決めた一生位は頑張ろうぜ」

「なら何なら善行を定義できるんだよ。仙人か、聖人か、哲学者か。誰の言う事も聞く気はないぜ」

「祖先だよ。祖先に顔向け出来るのかが、そして祖先が喜んだかが唯一の善行の定義だ。」

今日のこいつは何だか様子が可笑しい。だが問い詰める前に時間が来た。

「さあ喜ぶべき朝が来たよ。人間が生きる時間だ。二日酔いには漢方薬が良く効くよってもう聞こえて無いか。サヨウナラ、シソン」


また美しい朝が来る。




 朝、二日酔い、二度寝。午前は終わってしまった。

昼に遅い朝食を食べて生き始める。

今日は本屋にでも行こうか、それとも家で過ごそうか。そういえばやけにスッキリした気がする。まるで胸一杯に綺麗な冷たい空気を吸ったようだ。まあいいか。健康な分には。

 外に出て通りかかった家電屋のテレビからは盆が始まるとの声、

市では活気ある物売り達の呼び声が通りを走り抜けていて騒がしい。

郊外に抜けると彼岸花が咲いていた。秋の始まりだ。

よく考えると最近は天井が高い。兆候はそこら中にあった様だ。

この爽快さは涼しくなったからだろう。命が越冬の準備をするこの季節はエアコンの電気代も隙間風も気にしなくてよくてどうにも生きやすい。

木々も色付き実を付ける。獣達も今頃は山を駆け巡っているのだろう。

見かけたカフェに入って珈琲を頼む。ここ最近読めてなかった本を開く。

夜は弟と遊ぼうかな。




 それから夢は見なかった。


五円玉と一文銭って似てませんか?

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