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第4話 藍の求道者たち(幻の「HALF」と未完の青)

※本作は実在の人物・ブランド名が登場しますが、描写は創作を含むフィクションです。



 染屋は、アパレル会社の倉庫に眠っていた古い資料の束を捲った。

 そこには、林氏や塩谷氏、小林氏といった名だたる巨星たちの記録と並び、彼が個人的に書き留めていた「一筋の光」があった。


「……HALF。結局、誰もこの答えに辿り着けなかった」


 それは、かつて松田優作がプライベートで履き潰していたと言われる幻のブランドだ。


 現在ではその足跡を辿ることは不可能に等しい。大手ブランドのような華やかな歴史も、大量のアーカイブも残っていない。だが、当時の写真に刻まれたそのデニムの風合いは、リーバイスの501XXとも、Lee 101とも違う、どこか「孤高」で「危険な」香りを放っていた。

 林氏がヴィンテージの風合いを狂気的に再現し、塩谷兄弟がデッドストックを解体して縫製を暴き、小林氏が55モデルの空気感そのものを現代に呼び戻した。

 日本の職人たちは、アメリカが捨て去った黄金時代を、この東洋の島国で完璧に「再生」させてみせた。それは紛れもない奇跡だ。

 だが、染屋の胸には、それだけでは埋まらない渇きがあった。

 彼が追い求めているのは、単なる過去の再現ではない。

 松田優作という一人の男が、誰に見せるためでもなく、ただ自分の皮膚として選んだ「HALF」。そこに込められていたはずの、既存の価値観を拒絶するような、剥き出しの「個」としてのジーンズ。


「……再現じゃない。俺が作りたいのは、あの男が履いても見劣りしない、究極の『次』なんだ」


 ドゥニームやウエアハウスが築き上げた金字塔。そのクオリティは世界一だと断言できる。

 しかし、そのいただきに立った先に見えるのは、まだ誰も踏み込んでいない空白の領域だ。

 

 ジェームス・ディーンが変えた価値観。

 ビートルズが背負わされた不良のレッテル。

 ヒッピーたちが叫んだ自由。


 ジーンズは常に、時代という名の荒野を走るための道具だった。

 ならば、現代という混迷の時代において、人の魂を震わせる「青」とは一体何なのか。

 染屋がアパレル会社を辞めた本当の理由は、そこにある。

 会社の利益のために「ヴィンテージ風」を量産することに、何の意味があるのか。

 彼は、先人たちが命を懸けて再現した「過去」をリスペクトしつつ、その先にある、松田優作が愛した「HALF」のような、名もなき、しかし圧倒的な「実存」としてのジーンズを、自分の手で生み出したいと願ったのだ。


「……55モデルも、101も、すべてはこの一歩のためにあったのかもしれないな」


 染屋は、暗い工房の中で、自分自身の脚を包む名もなき試作のデニムを撫でた。

 

 ドゥニーム林さんの狂気。

 ウエアハウス塩谷兄弟の執念。

 フラットヘッド小林さんの情熱。

 

 それらすべてのバトンを受け取りながら、染屋はまだ見ぬ「HALFの先」を、針の一刺し一刺しの中に探し続けている。

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