第6話 聖女さま、ドラゴンの背に乗る。(2)
『ぷぷーい♪』
真っ白ふわふわもこもこの背によじ登っているあいだ、某ファルコンさん似のホワイトドラゴンはかわいい声で鳴き続ける。ウェルカムな感じのぷいぷい声にほっとするし、うきうきしてくる。
『ぷっぷーーーい♪』
私の体勢が落ち着くのを待って某ファルコンさん似のホワイトドラゴンはひと鳴き。立ち上がると短い四つ足で長い胴体を持ち上げて体をくねらせ、ふわりと浮かびあがり――。
「うひゃ……うひゃ……うっひゃひゃーーーいっ!」
ばびゅーーーん! と加速。一気に雲を突き抜けて空高く舞い上がった。
ひんやりとした風に目を白黒させていた私だけど速度のわりに頬をなでる風が優しいことに気が付いて首をかしげた。
と――。
『ぷーーーい♪』
某ファルコンさん似のホワイトドラゴンのかわいらしい鳴き声と優し気な目配せにハッと目を見開き、口元を手で押さえる。
「も、もしかして……風をあやつって私を守ってくれて……」
『ぷいっ♪』
「ぷ……ぷぷい、ぷいぷぷーーーい!!!」
『ぷーーーいっ♪』
そんなんほれてまうやろぉぉぉーーー!!! という気持ちで超テキトーえせホワイトドラゴン語で絶叫する。言葉はテキトーでも気持ちは十分に伝わったらしい。某ファルコンさん似のホワイトドラゴンは上機嫌でのどをごろごろ鳴らすと雲の上をすすいのすーーーいと飛んでいく。
王城にいたときには昼の青空だったけど某ファルコンさん似のホワイトドラゴンの背に乗って雲の上をすいすすーーーいと飛び始めたら夜の星空に変わっている。これも万能聖女さまの万能魔法が雑な感じに、テキトーに作用しているからだろう。
そんでもって某ファルコンさん似のホワイトドラゴンの背に乗って雲の上をすいのすいのすーーーいと飛んでるときの空が夜の星空なのはあの、ネバーな名作エンディングなストーリーの影響だ。
「まあ、見ていないんだけどね! こんだけ某ファルコンさん、某ファルコンさんって連呼しておきながら実は私、あの、ネバーな名作エンディングなストーリー、見たことないんだけどね!」
あまりにも有名すぎて見たことないのに見たような気がして、これ、前に見たからって見るのスルーしてたけど、あれ、実はやっぱり見てなかったなってパターンだ。
「気がすむまで飛び回ったらシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋に戻って今度こそ見るぞぉーい!」
『ぷぷぅーい♪』
だから、こんなようなシーンがあった気がするだけで実はないのかもしれないけれど、それはさておき――。
「ふ~んふふーーーん♪ ふふふふふーん、ふふふん、ふふふん、ふふん♪」
私の中では某ファルコンさんで飛びまわると言えば星空をバックに雲の上を飛びまわるシーンなわけで。
「ふ~んふふーーーん♪ ふふふふふーん、ふふふん、ふふふん、ふふん♪」
そりゃあ、もう、テンションがあがってくるわけで。もりもりテンションがあがってきちゃうわけで。
「ふん、ふふんふん、ふんふんふーん♪ ふんふふんふんふーーーん♪ ふふーん、ふふんふーん♪ ふんふんふんふん、ふんふんふんふん、すとぉりぃぃぃーーー♪」
あの、ネバーな名作エンディングなストーリーのあの、ネバーな名曲エンディングなストーリーを鼻歌で歌い始め――。
「ふにゃにゃーへにゃにゃーほにゃにゃーふにゃーーーすとぉおりぃぃぃーーーーー♪ ふにゃにゃーへにゃにゃーほにゃーーー♪」
爆速でテンション振り切って全力で歌い出す。歌詞がテキトーなのはご愛嬌。ちゃんと歌詞を覚えていないってのもあるし英語も赤点ギリギリだったのだ。
でも、ここは空の上。聞いているのは某ファルコンさん似のホワイトドラゴンだけ。友達や同僚とカラオケに来てるわけじゃないし、〝歌詞、テキトー!〟と笑う人もいない。
「ふにゃにゃーへにゃにゃーほにゃにゃーふにゃーーーすとぉおりぃぃぃーーーーー♪」
好きなところをテキトーに繰り返し歌ったって――。
「ふにゃにゃーへにゃにゃーほにゃーーーーーー♪」
大声で歌いすぎて声が裏返ったって、かすれたって、誰も何にも言わないし、笑わないし、ストレスたまってる? なんて聞かれることもない。
「ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃ……」
なんて言うか――。
「うひゃ、ぶひゃひゃひゃひゃーーー!!!」
楽しい! 楽しい、楽しい、楽しい!!!
『ぷぷーい♪ ぷぷぅーーーい♪』
某ファルコンさん似のホワイトドラゴンは雲の上を飛びまわり、ときには雲を突き抜け、山々のあいだをすり抜け、草原に咲いていた綿毛を舞い上げ、海の上を足に水がふれるかふれないかの高さで飛んでみせた。
そんでもって、私はといえば――。
「ふにゃにゃーへにゃにゃーほにゃにゃーふにゃーーーすとぉおりぃぃぃーーーーー♪」
ご機嫌で歌を歌い続けたのだった。
***
「はぁぁぁあああーーー! 楽しかったぁぁぁあああーーー!!!」
某ファルコンさん似のホワイトドラゴンの背から人っ子ひとりいない王城の芝生の上に着地した私は思い切り伸びをした。
シンプル・イズ・ベストな部屋に引きこもり続けた結果の閉塞感とはさよなら。食っちゃ寝、食っちゃ寝、ごろごろ映画ライフで凝り固まった体もほぐれた気がする。
「最後にもうひともふり!」
『ぷーい♪』
長い口というか鼻というかにしがみついて頬ずりをしたあと、私は某ファルコンさん似のホワイトドラゴンに手を振った。
「ありがとー。またよろしくね」
『ぷぷぅーい♪』
ふさり。
真っ白なしっぽを振って、優し気な目をますます優し気に細めて、某ファルコンさん似のホワイトドラゴンはひと鳴き。ホワイトドラゴンを含めたすべてのものがノイズがかり、まばたきを一つ。視界にうつるのはシンプル・イズ・ベストな部屋になっていた。
「はぁー、楽しかったぁーーー」
改めてしみじみとつぶやいてソファに背中からダイブする。ひと眠りしようか。それとも、映画を……せっかくだから早速、あまりにも有名すぎて見たことないのに見たような気がして、これ、前に見たからって見るのスルーしてたけど、あれ、実はやっぱり見てなかったなってなってるあの、ネバーな名作エンディングなストーリーを見ようか。
「……いや」
のそりと起き上がった私は目を爛々と輝かせ、鼻息荒く、よだれが垂れているわけじゃないけど気持ち的には今にも垂れそうな口元を手の甲でぬぐった。
あの日、王城でサミュエルが紹介してくれたのは竜騎士団に所属する騎士とパートナーのドラゴンたち。
そして、さらには――。
「生まれたてほやほやのホワイトドラゴンの赤ちゃんもいたーーー!」
ピッカーーーン!
私がバンザイするのと同時に雑な感じで魔法が発動。まばゆい光があたりを包み、次の瞬間には――。
『ぷぅーい?』
シンプル・イズ・ベストな部屋にゴールデンレトリーバーサイズのホワイトドラゴンの赤ちゃんが出現していた。ゴールデンレトリーバーの赤ちゃんサイズ、ではない。ゴールデンレトリーバーの成犬サイズの、ホワイトドラゴンの赤ちゃんだ。
私を背に乗せて飛んだ某ファルコンさん似のホワイトドラゴンよりずっとずっと幼い顔立ちをしている。毛も真っ白というよりは薄いベージュがかっているし、ふわふわもこもこに加えてぱやぱや感もある。
なんて言うか――。
「はぁうわぁぁぁーーーーーーぷぅぅぅーーーいっ」
言葉が出てこなくなるくらいかわいい。あまりのかわいさになでたいのになでられない。ふれたいのにふれられない。はぁぁぁーーーどうしましょーーーの気持ちで手をわきゃわきゃさせているこちらのことなんてお構いなしで赤ちゃんホワイトドラゴンはちょこちょこと歩み寄ってくると――。
『ぷぅーいっ』
私の腹に頭突きを繰り返し、わきゃわきゃしている手をがじがじとかじった。
『ぷぅーいっ、ぷぅーいっ』
じゃれてるだけ、甘えてるだけ。がじがじも甘噛みだとわかる噛み方なのだけど子犬や子猫同様に赤ちゃんホワイトドラゴンの爪も歯も、大人よりずっとずっと鋭い。ちょっと当たっただけで大惨事。
「ぐふっ、がふっ……ひ、ヒール……ヒール、ヒール!」
かわいさとうれしさと痛さににやにやにまにま笑いながらうめき声あげ、癒しの魔法を連呼する。
あの日、王城で赤ちゃんホワイトドラゴンを見せてもらったとき。あまりの可愛さに鼻息が荒くなるのを必死に堪え、聖女らしく背筋を伸ばして〝あの……さわってもいいですか?〟と控えめに尋ねる私にサミュエルも、赤ちゃんホワイトドラゴン担当の騎士たちも慌てて首を横に振った。
――このホワイトドラゴンの赤ん坊はまだ訓練前です。
――力加減というものを知りません。
――聖女さまに何かあっては大変ですから。
サミュエルや騎士たちが止めたのも当然だ。
竜騎士団のドラゴンが騎士以外にケガを負わせたとあっては大問題。それが聖女であり第一王子の婚約者でもある私であればさらに大問題。
私が何を言おうとも赤ちゃんホワイトドラゴン担当の騎士にも、場合によっては赤ちゃんホワイトドラゴン自身にも何かしらの処分がくだる可能性が高い。
でも、だけれども――である。
「ヒール、オートモード、オン」
『ヒール、オートモード、開始します。……ヒール……ヒール……ヒール』
ここには誰もいない。私がケガをしたとして処分される騎士も。処分するお偉いさんも。なんなら私がケガしたところを見ている人も。
私が――。
「……リザレクション、オートモード、オン」
『……ヒール……ヒール。……リザレクション、オートモード、開始します。ヒール……ヒール……』
死んでいるところを見ている人も、誰も――!
ケガや疲労が一定のラインを超えると自動的に癒しの魔法が発動するのを確認した上で、死者蘇生の魔法も自動的に発動するよう設定。
深呼吸を一つ。
「101匹赤ちゃんホワイトドラゴンちゃん、大! 発! 動ぉーーー!!!」
ピッカーーーン!
大真面目な顔で両腕を振り上げ、万能聖女さまの万能魔法による私利私欲まみれの奇跡を発動した。
シンプル・イズ・ベストな部屋に101匹のゴールデンレトリーバーを召喚したら狭いに決まってる。当然、ゴールデンレトリーバーサイズの101匹の赤ちゃんホワイトドラゴンちゃんを召喚しても狭い。
だから、一瞬で王城の広い敷地の中にある騎士団関連の施設が集まる一角に場所を移し――。
『ぷぅーいっ』
『ぷぅーいっ、ぷぅーいっ』
『ぷぷぅーいっ』
青々とした芝生を、地響きを立てて淡いベージュ色のふわふわもこもこぱやぱやなゴールデンレトリーバーサイズのホワイトドラゴンの赤ちゃんが駆けてくるのを見守る。
101匹の、ホワイトドラゴンの赤ちゃんが駆けてくるのを、だ。
「ぶひっ……ぶひひひっ……」
突進してくるホワイトドラゴンの赤ちゃんたちに向かって両腕を広げた私は聖女にあるまじき表情でぶひぶひと笑った。
そして――。
『ぷぷぅーいっ♪』
『ヒール、ヒール、ヒール、リザレクション、ヒール、ヒール、リザレクション、ヒール、リザレクション、リザレクション、リザレクション、リザレ……』
かわいさの暴力を全身で受け止めた私は百万回死んで、百万回生き返って、そりゃーもーーーいろんな意味で天国を散々に味わった。
味わい尽くしたのだった。




