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第29話 聖女さま、死守する。(3)

「なぜ、チヒロはトイレという言葉に反応してハッ! としてしまうのか。それは元いた世界の知識にトイレに置いとく消臭剤があるからである」


 大真面目な顔で私は言った。誰に聞かせるためでもない。自分の考えを整理するために大真面目な顔で言った。


「そして、〝レティーシャお姉さまを助け出すために何かいい方法はないか〟と、いつ、いかなるときでも考えているからである」


 その救出計画を阻止しようとしている当の本人な私が言うのもなんだけど――。


「本当にいい子……さすがは乙女ゲーのヒロイン……本当にいい子……!」


 なのである。

 何かいい方法はないかなー、トイレトイレー……トイレ! トイレに置いとく消臭剤! トイレに置いとく消臭剤的なのがあればレティーシャお姉さまを助け出せるかも! ってな連想ゲームを何度、やり直しても瞬時に同じ答えにたどりつくくらい常に私の救出方法について考えてくれているのだ。本当にいい子。

 でも、だけれども――。


「私は……私は暗闇に一人きりで困ってない! なんなら満喫してる! 大満喫してる! 助けようとか考えなくて大丈夫なんだよ! むしろ、考えなくていいんだよ! 助け出されたくないんだよ! この生活を……誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を死守したいんだよぉぉぉーーー!」


 なのである。

 そんな私からすると天使か女神か乙女ゲーのヒロインかって言うより悪魔か魔王か乙女ゲーのラスボスかって感じなのだ。


「そんなわけでまずはトイレに置いとく消臭剤の記憶について消去を!」


『わかったにゃー』


 シンプル・イズ・ベストな部屋を出て行く二匹の某メンでインでブラックなネコ型ロボットの背中を見送りつつ、あごを引いて腕組みをする。


「でも、これはただの時間稼ぎ。一番重要なのは私を助ける必要はない、助けるための方法を考える必要はないとチヒロに思わせること」


 いや――。


「チヒロだけじゃ足りない。サミュエルとアラン、ティムとジャイルズだけでも足りない。私が暗闇の中で一人、さみしく、孤独に耐えながら瘴気を浄化し続けていると思っている人たちすべてに助ける必要はない、助けるための方法を考える必要はないと思わせないと……!」


 そうでなければ浄化の神子も第一王子も聖女を見捨てたと言い出す者が出てきかねない。浄化の神子一行は薄情だと責める者が出てきかねない。その言葉にチヒロやサミュエルたちがやっぱり助けるべきだ、助け出そうと再び思い始めてしまうかもしれない。

 それでは誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活をおびやかす可能性を根絶することにはならない。根本的な解決にはならない。


「私に関する記憶をこの世界の人たちから全消去ってのが一番、手っ取り早いっちゃー手っ取り早いんだけど……」


 腕組みをしてうなり声をあげる。

 〝暗闇エンド〟に入るための条件である〝万能〟の称号を得るためにチヒロやサミュエルたちに隠れてレベル上げのためのバトルを繰り返してきた。前世でのプレイ知識とお助けアイテムも駆使して暗躍してきたのだけど――。


「そのお助けアイテムを手に入れるために本来はチヒロが元いた世界の知識を駆使して解決するはずだったイベントを、私が前世の記憶を駆使して解決しちゃったんだよなー」


 その上、万能聖女さまの万能魔法やら万能知識やらはさまざまなところで功績やら生活に欠かせないなんやらかんやらとして活用されている。

 私に関する記憶を消した結果、それらの功績やら生活に欠かせないなんやらかんやらも記憶から消去されてしまったら。つぎはぎだらけの穴だらけでいびつでちぐはぐな感じに記憶が残ってしまったら。


「例えば、食べたくて食べたくて、うっかり作り方を教えてしまったチュロス! 絞り袋の口金は必ず星型を使うようにって念を押したけど……念を押した、けれども! 私に関する記憶とともにそこの部分だけ記憶が消えちゃって……丸型を使っちゃって……揚げてる最中にチュロス大爆発事件が起こってしまったりしたら……!」


 弾け飛ぶ熱々の油とチュロス生地。顔面に食らって床を転げまわる厨房の人々。泣き叫ぶ子供たち。生涯消えない火傷痕やけどあとが残り、あるいは失明し、仕事を失い、食うに困り、病気の家族に薬を買ってあげることもできず、腹を空かせた子供たちは泣き叫び――。


「阿鼻叫喚……! なんたる悲劇……!」


 両頬を押さえてゆるゆると首を横に振る。なんて怖ろしい……チュロス食べたさに作り方を教えてしまったばっかりに……私利私欲食欲に負けて教えてしまったばっかりに……!


「ダメだ! そんなことになったら大変だ! そんなことにはならないかもしれないけれど、なるかもしれないからダメだ! 誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を死守するために最終手段として使わなければならないときが来るかもしれないけれども! 今はまだ、私に関する記憶全消去はやらない方向でいこう、そうしよう!」


 と、なればどうするか。


「やっぱり、助けなくて大丈夫ですよアピールをして助ける必要はないなーって納得してもらうのが一番だよなぁ。いつでも会いに行けるからさみしくないよ、心配しないで、そんなことより瘴気で傷付いた世界をどうにかしやがれアピール。あと、さっさと婚約破棄合意書にサインしてくれ、サミュエルアピール。生の声でアピール! 生中継アピーーール!」


 バンザイ、からの、ピッカーーーン!


 ポップコーンやら二匹の某メンでインでブラックなネコ型ロボットが銀色ピカピカで丸みを帯びたフォルムの小型銃で木っ端みじんのこなごなに吹き飛ばした試作品一号やらが散らばったぐっちゃぐちゃのテーブルがきれいさっぱり片付けられて紙とペンが現れる。

 さらさらさら~っと走り書きで要点をまとめたら、いざ――。


「全世界生中継! 万能聖女さまは暗闇に一人きりで全然だいじょーーーぶアピール放送を開始しちゃいまっす! はい、やっちゃって!」


 バンザイ、からの、ピッカーーーン!


『かしこまりました。全世界生中継、開始五秒前。五、四、三、……、……』


 ***


 その日、世界はまばゆい光に包まれた。


 天使が純白の羽を広げるように。女神が両腕を広げるように。

 真っ白い光は世界を包み込んで抱きしめた。そして、この世界に生きるすべてのものを何十年も苦しめてきた瘴気をきれいさっぱり消し去った。

 空をおおっていた灰色の瘴気が消え、美しい青空が顔をのぞかせた。


 それが数か月前のこと。


 その青空に人影らしきものの姿が浮かび上がるのを見つけた街の人たちも、騒ぎに気が付いて王城の窓から顔を出したチヒロやサミュエルたち浄化の神子一行も、最初は困惑や警戒の表情を浮かべていた。

 でも――。


「ねえ、あれって……」


 その人影が紫がかった銀髪に紫水晶アメジスト色の瞳に白い肌――雪魄氷姿せっぱくひょうしと評されるさまから〝雪花せっか〟の二つ名を冠した聖女の姿になるのを見て――。


「レティーシャ!?」


「レティーシャお姉さま……!」


「聖女さまだ……聖女さまだよ!」


 〝万能〟の二つ名を冠した聖女の姿になるのを見て、歓声をあげた。

 でも――。


「……いや、でも、あれ……本当に聖女さまか?」


「なんか見たことのないふわふわもこもこな服を着てるけど……本当にレティーシャさまなの?」


 街の人たちがざわざわし始めると青空に浮かび上がった聖女らしき人影は無言ですーーーっと色も存在感も薄くなり、消えていき、次に浮かび上がったのは黒サングラスに黒スーツ姿のネコ型ロボットで――。


『はい、ここを見てくださいにゃー』


 ペカーッ!


「……あれ、何してたんだっけか」


「ほら、ぼさっと空を見上げてないでさっさと仕事に行くんだよ、アンタ!」


 世界はあっという間に日常を取り戻し――。


「着替え忘れた……だるだるするのに最適なふわふわもこもこ着心地抜群の部屋着から聖女がまとう純白の、一見するとゆったりしてるけど肌をできるだけ見せないようにって長めに作られてるし、何枚も布が折り重なっててわずらわしいしって感じの聖衣に着替えるのをすっかり忘れて……全世界生中継なのに……部屋着で……」


 シンプル・イズ・ベストな部屋は絶望感に満たされた。


「恥ずか死ぬ……ていうか、聖女として社会的に死ぬ……」


『記憶の消去が完了しました』


「ありがとぅぉおあぁーげろげろぱぁーーー」


 久々に人前に立ったという事実と全世界に向けて失態をさらしたという事実にげろげろぱぁした私だったが汚れた口元を手の甲でグイッ! とぬぐって顔をあげる。


「まあ、しかたがない! 誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を数か月にも渡って全力全開で満喫しまくったあとだもの! ちょーーーっと聖女のつらの皮を忘れちゃっただけだから! 人間に擬態する方法を忘れちゃっただけだから! 大丈夫、大丈夫! 次こそはいけるから!」


 なんて早口でまくしたてながらバンザイ、からの、ピッカーーーン!

 ふわふわもこもこ着心地抜群の部屋着から聖女がまとう純白の、一見するとゆったりしているけれど肌をできるだけ見せないようにと長めに作られてるし、何枚も布が折り重なっててわずらわしいしって感じの聖衣に着替えた。


「よし、おっけー。今度こそ……! いざ、放送開始!」


『かしこまりました。全世界生中継、開始五秒前。五、四、三、……、……』

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