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第27話 聖女さま、死守する。(1)

「…………っ」


 息を呑み、食い入るようにテレビを見つめる。テレビの中のテレビからは今まさに海を渡り、ハリウッドでリメイクされた日本ホラー映画界の絶対的センター、圧倒的ヒロインが這い出ようとしているところだった。

 もう少し、あと少し、たぶん、きっと、そろそろ――。


「……っ」


『誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活をおびやかす可能性を検知しました! 王都の状況を確認してください! 浄化の神子の状況を確認してください!』


「ぶっひゃぁぁぁあああーーーーー!!!」


 突然、ビービーと大音量で鳴り出したアラート音に腹の底から悲鳴をあげた。

 聖女候補だった頃には相部屋、聖女になってからは個室をもらったけど並びには女性神官たちの部屋があった。前世では社会人になってから一人暮らしをしたけど壁薄めのアパートだった。

 あの部屋どの部屋その部屋に暮らしていたときにこんな悲鳴をあげていたら同室どころか周辺の部屋の子たちからも舌打ちされ、女性神官からはお小言をもらい、隣人からは壁ドンを食らっていたことだろう。


「そ、それにしても……最悪のタイミングで……!」


『誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活をおびやかす可能性を検知しました!』


「あぁーもーーー! ホラー映画の一番の山場で邪魔してくるなんて最悪ぅー!」


『王都の状況を確認してください! 浄化の神子の状況を確認してください!』


「はーいはいはいはーーーい! あぁーもう! あぁーもーーー!」


 人の目がないのをいいことにソファの上で大人げなくジタバタして、ため息を一つ。


「……なんだって?」


『誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活をおびやかす可能性を検知しました! 王都の状況を確認してください! 浄化の神子の状況を確認してください!』


「なんだってぇーーー!?」


 ようやくアラートの内容を認識して青ざめた。

 まだ可能性ではある。でも、もし本当にチヒロがどうにかする方法を考え付いたのだとしら、洞窟に張った結界の中に閉じこもって瘴気を浄化し続けるという大義名分がなくなってしまう。

 そんなことになったら――。


「この洞窟を出ないといけないことになるじゃん……サミュエルの――第一王子で次期国王の婚約者はチヒロに変わってるだろうからいいとして……聖女のお仕事はきっと続けなきゃじゃん……聖女のお仕事を辞めたとしても政略結婚しなきゃじゃん……」


 なのである。


「この洞窟から出たあとも私は人間でありまして……人間は人間同士のつながりの中で生きておりまして……人間社会の中で生きておりまして……つまるところ、人間社会の中で生きていくからには人と関わらないで生きていくことも、人の目を気にしないで生きていくこともできないわけでありまして……」


 なのである。

 心を落ち着かせるためにバンザイして、ピッカーーーン! ポップコーン うすしお味を出すとガシリとつかんで口の中に放り込んだ私は――。


「こ、これもアウトなのか……もっぐもっぐ……聖女らしくない、貴族令嬢らしくないって言われてアウトなのか……もっぐもっぐ……アウトなのか……もっぐもっぐっっっ!」


 もぐもぐしながら頭を抱え込んだ。 

 今さら、聖女的建前なんて思い付く気がしない。全力全開で本音を言ってしまうくらい今の生活にずっぽり肩までどころか頭のてっぺんまでかってしまっているのだ。今さら、聖女らしくふるまうなんて不可能だ。この生活を手放すなんて不可能だ。

 誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を手放すなんて不可能だ!


「この生活は絶対に手放さない……死守する……殺し以外はなんでもやってやる……ぐふ、ぐふふふ……っ」


 とかなんとか言って聖女にあるまじき、ぐふぐふ笑いを浮かべている時点で聖女どころか人間社会シャバへの復帰も不可能だ。不可だ。


「とにかく……! とにかくまずは状況を確認しないと! 王都の映像を出して! 検知の理由になった会話なりなんなりの映像を出して!」


『かしこまりました。監視員(小鳥)たちの記憶を再生します』


「……え、小鳥? ファンタジー?」


 あ、いや、ファンタジーか。乙女ゲー〝アオクラ〟もジャンルはファンタジーものだし、万能聖女さまの万能魔法で誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活をやってるのも完全ファンタジーだしファンタジーか!

 なんて思いながらテレビ画面に映し出されたチヒロとサミュエル、アランを見た瞬間――。


「……うっぷ、げろげろぱぁーーー」


 床に四つんいになるとさっきもぐもぐしたばかりのポップコーンを盛大にリバースした。何か月にも渡って誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を堪能した結果、人間に対する耐性が皆無になってしまったらしい。


「知り合いを見るだけでげろげろぱぁしてしまうとは……ふ、ふふ……これは本気で負けられない戦いだぜ……!」


 とかなんとか言い方だけは格好をつけてるけど人間コミュニケーション能力雑魚オブ雑魚なセリフを吐きながら、げろげろぱぁで汚れた口元を手の甲でぬぐう。


『お父上から……国王陛下から婚約破棄合意書にサインしろと再三の催促が届いてるぞ、サミュエル』


『だがしかし、レティーシャはまだ……』


 勝手にダメージを食らってる私をよそにテレビ画面に映し出された映像は進んでいく。


『生きてはいる。でも、レティーシャさまを助け出すための案すらまだない状況なんだ。助け出せたとしてもいつのことになるか』


『だが、しかし……!』


『まさか、サミュエル……第一王子で次期国王のお前がいつまでも婚約者不在、結婚もしない、で貫き通せるなんて思ってないだろ』


『……それは』


『レティーシャさまがお前に望んでるのは瘴気のせいで荒れたこの国を建てなおすことだ。サミュエルとチヒロの婚約は第一王子、次期国王という立場を盤石なものにする。ひいてはこの国の安定にもつながるんだ』


『そんなことはわかっている! わかっては、いる……が……!』


「えー、私が誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を始めて何か月も経つのにまだ婚約破棄合意書にサインしてないの? チヒロと婚約してないの? えーーー?」


 サミュエルとアランの会話を聞きながらお昼のワイドショーを見ているオバチャンのようにため息をつく。

 と――。


『サミュエル!』


『……チヒロ』


『私、レティーシャお姉さまを助ける方法を思いついたかもしれない!』


「検知の理由だろうレッド発言、キタコレ!」


 チヒロがバーーーンッ! と扉を開けて執務室に飛び込んできた。


『本当なのか、チヒロ!』


「本当なの、チヒロ!? うそだと言って、チヒロ!」


 チヒロの言葉にクワッ! と目を見開いた私は画面の中のサミュエルとともに身を乗り出した。

 そして――。


『本当だよ、サミュエル!』


「本当なのかぁぁぁーーー!」


『すごい……すごいよ、チヒロ!』


「ひどい……ひどいよ、チヒロぉぉぉーーー!」


 絶望から床に崩れ落ちた。


「誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活終了をそんなイイ笑顔で宣言しなくても! 悪魔なの? 魔王なの!? ラスボスなの!!? 乙女ゲーのヒロインじゃなかったの、チヒロちゃーーーん!」


 なんて泣き叫びながら握りしめた拳で床をドンドコドコドコする。

 そのあいだにもチヒロとサミュエル、アランの三人は聞くだけでもわかるニッコニコ笑顔な声で話を続ける。


『ご飯はみんなで食べた方がおいしいし、つらいことがあっても誰かに話したら気持ちが軽くなる』


『チヒロの言う通りだ』


「一人で食べた方が味に集中できるって説もあるし! 誰かと話すだけで気力体力精神力削られる人間にとってはつらいときに誰かと話すのは追い討ちだし! なんならトドメだし!」


『楽しいことはみんなでいっしょにやった方がもっと楽しくなるし、つらいこともみんなでいっしょにやれば楽になる』


『私もそう思うよ、チヒロ』


「誰かといっしょに何かをするだけでガンガンガリガリ気力体力精神力削られて! ベッドに倒れこんだら立ち上がれないし、そのくせ眠れないしになる人間もいるわけですし!」


『人間は一人じゃ生きていけない! みんなで手を取り合って、助け合って生きていくことが幸せなんだよ!』


「一人じゃ生きていけないは全肯定する! 全肯定する、けれども……!」


『家族や友達、恋人……自分のことを大好きでいてくれる、自分の大好きで大切な人たちといっしょに生きていくことこそが幸せなんだよ!』


『チヒロ……!』


『チヒロ……!』


「大好きでいてもらうのにも大好きでいるのにもそれなりの努力と気遣いとストレスと気疲れが必要な人間もいるんだよ! 誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活、最っっっ高! な人間もいるんだよぉぉぉーーーっっっ!」


 なんて泣き叫びながら握りしめた拳で床をドンドコドコドコ、ドコドコドンする。

 チヒロやサミュエルたちの気持ちはありがたい。……ありがたいのだ、けれども! 本当に遠慮したいのだ。心の底から遠慮したいのだ。あの日常に戻りたくないのだ。

 この――。


「誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を手放したくない! 失って気付く大切なものもあるけれど失うまでもなく気付いている大切なものもあるんだぁーーー!」


 なんて泣き叫びながら握りしめた拳で床をドンドコドコドコ。

 でも――。


『だから、レティーシャお姉さまを助けるためにみんなの力と知恵を貸してほしい! 私一人じゃ実現できない……お姉さまを助けられないから……!』


「……なんですと?」


 チヒロの言葉にガバッと顔をあげた。つまり助ける方法を思いついただけでまだ実用段階には入っていない、ということか。

 なぁーんだ、それならひと安心――。


『サミュエルにアラン、それにティムにジャイルズにも手伝ってほしい……!』


 とはならない。

 サミュエルとアランには金銭力と人脈があるし、ティムとジャイルズには魔法やら錬金術やらの知識、技術がある。そして、何より異世界からやってきた伝説の少女――チヒロの異世界知識。

 チヒロがひとたび〝私のいた世界ではこうだったんだよー〟と言おうものならサミュエルやアラン、ティムやジャイルズたちが〝そんな方法があるなんて!〟〝さすがは異世界からやってきた伝説の少女!〟〝さすがは浄化の神子!〟となって――。


「あれよあれよという間に実現しちゃうんだよね……」


 さすがは異世界からやってきた伝説の少女……というよりは乙女ゲーのヒロイン、と言ったところだろうか。


『もちろんだ、チヒロ』


『レティーシャさまを助け出すためならいくらでも協力するさ。ティムとジャイルズも絶対に同じ気持ちだ』


 真剣な表情でうなずきあうチヒロとサミュエル、アランの三人を見つめて私は眉間のしわを深くする。


「まだ実用段階には入ってないし、サミュエルとアランの二人にしか話してないってことだよね。それならここにいる三人の口と記憶を封じてしまえば……」


『なお、この記憶は七時間二十九分前に監視員(小鳥)たちが見た映像になります』


「……なんだって?」


『よし、早速、ティムとジャイルズを呼ぼう!』


『二人とも王城内の研究室にいるんだ。私たちが会いに行った方が早いよ』


『よーし、それじゃあ、ティムとジャイルズに会いに行こー!』


「なんだってーーー!?」


 昔懐かしいRPGゲームよろしくチヒロを先頭に縦一列になって執務室を出て行く三人を見て悲鳴をあげる。

 なら、今は? 今はどうなっちゃってんの!? もう、ティムとジャイルズに話しちゃった!? 〝そんな方法があるなんて!〟〝さすがは異世界からやってきた伝説の少女!〟〝さすがは浄化の神子!〟ってなくだりが終わって、それどころかあれよあれよという間に実現しちゃってる!!?


「なんなら早速、レティーシャお姉さまを助けに行くぞー! とかなんとか言って出発しちゃってる!? こっちに向かってきちゃってる!? 待って……待って待って待って! 怖い怖い怖い! 迫り来る日本ホラー映画界の絶対的センター、圧倒的ヒロインより遥かに怖い! 今の状況を! リアルタイム映像を出して!」


『かしこまりました。現在の浄化の神子の映像を映します』


 昔懐かしいRPGゲームよろしく縦一列で廊下を歩いていた三人の姿から――。


『試作品一号の実験はほぼ成功だよ、チヒロ!』


 錬金術師のジャイルズの実験室で額を突き合わせている五人の姿――サミュエルとアラン、ティムとジャイルズ、そしてチヒロの五人の姿が映し出された。


『改良するべき点はいくつかあるけどレティーシャさまを洞窟から助け出したあとでもいいんじゃないかな』


『それって、つまり……!』


「それって、つまり……!?」


 魔法使いのティムの言葉にチヒロとサミュエルは目を輝かせ、私はと言えば真っ青になった。


『早速、レティーシャを助けに行こう、チヒロ!』


『うん、サミュエル! レティーシャお姉さまを一人きりの暗闇の中から助け出そう!』


「いい! いい、いい、いい、いい! 来なくていい! 助け出さなくていい! 暗闇に一人きりだけど満喫してるから大丈夫だから! 助け出そうとか考えなくて大丈夫だからぁぁぁーーー!」


 もちろん、シンプル・イズ・ベストな部屋で絶叫する私の声が届くはずもなく。テレビ画面の中の五人はハイタッチで喜び合っているのだった。

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