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第26話 聖女さま、ソロウェディングする。(4)

『お口直しのオレンジサンギーヌのシャーベットですにゃー』


「うんまー、口の中がさっぱりする、うんまーーー!」


 肉料理とデザートを前に出された口直しのオレンジ色のシャーベットは小さなグラスに入っていた。それをスプーンでちびちびと食べていた私はハッと目を見開いた。


「結婚式ってプロフィールムービーとか流すじゃん。あのノリでさっき撮ったウェディングドレスの写真とか映像とか、大スクリーンで見れちゃったりしちゃうんじゃない!? 見ちゃうしかないんじゃなーーーい!」


 とか言いながらバンザイ、からの、ピッカーーーン!

 スクリーンがおりてきて照明が暗くなった。かと思うと、パッと映し出されたのは白のウェディングドレスを着たレティーシャ・スーザン・オ(わたし)ベットの写真。


「やっぱり、さすがは乙女ゲーの主要キャラだわー。自分で言うのもなんだけど何を着ても似合う……むふっ、むふむふっ。そして、どのドレスも大変好み……ぐふっ、ぐふぐふっ。自分で選んだんだから当然なんだけど大変好み……ぶひゅっ、ぶひゅぶひゅ」


 ハンガーにかかったずらりと並んだウェディングドレスを見ているだけでもテンションだだあがりだったけど好き勝手に、いくらでも、どれでも着られるとなればもっとテンションだだあがり。さらにプランナーもヘアメイクもカメラマンも、人間が誰一人としていないのをいいことに恥も外聞もへったくれもなくポーズを決めまくった結果、大成功な写真やら映像やらが撮れてしまったのだ。


「うひょ、うひゃ、むひょーーー! 背景色が! 闇堕ち黒色ドレスのときだけ背景色が暗めの色合いになってるぅーーー!」


『闇堕ち前の紫色ちゃんの背景色をそのままトーン暗めにしてますにゃー」


「いいお仕事です! いいお仕事ですっ!!!」


 テンションだだあがりを通り越して爆あがりしてしまう。

 完璧に好みどおりに仕上がっている変身ヒロインアニメ、あるいは特撮ものの変身シーン的なアレな映像にひとしきり手を叩いて大興奮したあと――。


「……ふぅ、結構なお手前で」


『いたみいりますにゃ』


 クールダウンのためにオレンジ色のシャーベットを完食。


『続きまして、肉料理をお持ちしましたにゃ。国産牛フィレ肉とフォアグラのロースト、黒トリュフのソース、ポテトピュレ、蒸し野菜とともに、ですにゃー』


 すぐさま黒タイツ姿のネコ型ロボットが次の料理を運んできた。ナイフで切って、はしで一口。じっくり、しっかり、ゆっくりと肉の味、ソースの味、野菜の味を堪能しながら二周目に突入した映像を見あげる。闇堕ち黒色ドレスにぶわっさぁ……! と変身しているところがちょうど流れている。

 私のまわりがそうだっただけなのか、たいていの女児の皆々さまはそういうものなのか、それはわからない。

 でも、なんとなーく――。


「闇堕ちしそうなキャラを好きって言ったり、闇堕ち展開が好きって言ったり、闇堕ちしそうだなってキャラが闇堕ちしてガッツポーーーズ! とか、言いにくいし、やりにくい雰囲気だったんだよねー」


 なのである。

 苦笑いして、メインヒロインが好きだとうそを言い、闇堕ち展開にショックだ、でも、きっと元通りの関係に戻れるよね的なことを言って、なんとかかんとか友人と話を合わせていた幼稚園、小学校低学年の頃の自分を思い返す。


 ――美姫ちゃん、自分の好きなものを好きって言っていいんだよ。


「演技がへたくそで幼稚園の先生には見破られてたけど……」


 好きなものを好きだと言えないことよりも、好きなものを好きだと言って――。


 ――え、そうなの? なんで?


 と、聞かれたり――。


 ――みきちゃんって変わってるね。


 と、言われる方が面倒くさかったしストレスだった。なんでもそうだ。多数派でいれば〝なんで?〟と聞かれることも、あれこれ言われることもない。


『最後にデザートですにゃ。ウェディングケーキとフルーツたっぷりクレームブリュレのタルト、ラムレーズンアイスクリームですにゃー』


 〝幸せのおすそわけ〟ってなことでケーキ入刀で使ったケーキがデザートに出てくるのはよくあることだ。皿に乗っているケーキの一つがそれ。元は立派なサイズ感だっただろうウェディングケーキのかけらを小さなフォークでさらに切って口に運ぶ。


「……だから、結婚も出産もするつもりだったんだけどなー」


 実際のところ、友人や父から〝なんで結婚しないの?〟とか〝さっさと結婚しなよ〟とかしつこく言われることはなかった。


 ――今時、結婚しない人なんていくらでもいるって。

 ――結婚したいと思える人が現れたそのときには結婚したらいいんだよ。


 仕事関係の人たちには飲み会なんかで〝なんで結婚しないの?〟とか〝早く結婚して、早く子供を産まないと〟とか言われることもあったけど、それだって多くはなかったし、強く言われることもなかった。


 ――そういうこと言うとセクハラだって言われちゃうんでしょ、最近は。


 なんて言われて若干の面倒くささを感じはしたけれど、何はともあれ、強く言われることはなかった。

 でも、だけど――。


 ――あなたと同級生の萌ちゃん、もう結婚して子供も二人目よ。

 ――美姫ちゃんは? って聞かれてお母さん、すごく恥ずかしかったんだから。

 ――三十過ぎて結婚もまだだなんて……。


 母だけは会うたびにそんなことを言ってきた。会わなくてもそんなメッセージを送ってきた。

 それに――。


 ――子供を産んで、育てて一人前。

 ――いい年して結婚してないとか子供がいないとか、何かしら問題があるんだろ。


 ――孫の顔を見せないとか親不孝もいいとこ。


 ――独身子なしなんて老後がみじめだぞー。

 ――私たちが育てた子供に介護してもらおうとか、年金もらって養ってもらおうとか思わないでほしいんだけど。


 SNSにはそんな言葉があふれていた。

 みんな、いい年した大人だ。面と向かって言ったりはしないけれど友人たちも職場の人たちも心の中ではそんな風に思っていたのかもしれない。そんな風に思うこともあったのかもしれない。

 面と向かって聞くこともできないから実際のところはわからない。でも、だからこそ、できるなら結婚して、子供を産んで、大多数と同じ人生を歩みたいと思っていた。


「……ところがどっこい、同棲生活を想像しただけで奇声あげて発狂しちゃうんだもんなぁー」


 だから、どうやら死んだらしいと。三十二才で、病気で、どうやら死んだらしいとわかったときにはちょっとだけほっとした。誰かが育てた子に介護してもらうようなことにも、年金をもらって養ってもらうようなことにもならないで済んだ、と。ほっとしてしまったのだ。


「月曜になれば出社してこないって職場の人が実家に連絡してくれただろうし、冬だったし……大惨事な事故物件にはならないで済んだだろうし……」


 母親にとってもよかったのかもしれない。三十過ぎても孫の顔を見せない、結婚すらしない娘の話をするより、病気で死んでしまった娘の話をする方が恥ずかしい思いをしないですむ。


「……そんなことを言ったらお母さんはきっと怒るんだろうけど」


 苦笑いしながら元は立派なサイズ感だっただろうウェディングケーキのかけらの、最後の一口をほおばる。

 恋愛結婚をしたなら幸せな結婚生活を維持しようとするのが〝普通〟だ。でも、それはとても気をつかうこと。友人関係も恋人関係も、家族関係もそう。好意的な感情によって成り立つ関係はやるべきことをやっていればギリギリ成り立つ仕事の関係よりもずっと維持するのが難しい。


「週に一度くらいならどうにかなるけど……気をつかうというか……平日も休日もなく毎日となると……疲れるというか……」


 仕事から帰って家に誰かがいるのを想像するだけで〝これ以上、人間としゃべりたくない、関わりたくない〟と泣き叫んで発狂するような人間にはとても難しいことだ。とてつもなーーーく難しいことだ。


 気をつかわずに付き合えるのが友達。恋人。家族。結婚相手。

 そんな風に言う人もいるけれど――。


「親しき中にも礼儀ありって言葉も空気読めって言葉もあるし、ねぇ……」


 乾いた声で笑ってラムレーズンアイスクリームをスプーンですくってちびるとなめる。

 前世の経験から結婚をして、子供を産んで、子供を育てていた方が人間社会で生きていくには都合が良さそうだと考えるようになった。

 良さそうだなと思うようになった経緯や思考が――。


「必死に人間の皮をかぶって人間の言葉をしゃべってる人外味じんがいみがあって悲しくなってくるけれども……!」


 とにかく!

 どうやらこの世界は前世よりもさらに結婚して、子供を産んで、子供を育てる人生が大多数の世界のようだから。手に職をつけ、独身で働き続ける神殿の女神官たちは表立っては尊敬されても裏では変人扱いされていたから。今世は結婚して、子供を産んで、子供を育てる人生でいこうと決めたのだ。

 せめてもの救いはこの世界の、特に貴族令嬢は政略結婚が当たり前だということ。政略結婚ならやるべきことをやっていればギリギリ成り立つ仕事の関係に近いし、ギリギリどうにかなるかもしれない――。


「……なんて思ってたんだけど」


 実際、そういうビジネスライクな対応でも婚約者と――サミュエルと良好な関係を築くことはできただろう。自分の第一王子としての立場も、私の聖女としての立場も、サミュエルはきちんと理解していた。

 でも――。


「絶対に〝ただいま〟と言えば〝おかえり〟って返ってくることを幸せだって感じるタイプだったよなぁ、サミュエルは」


 政略的、政治的事情で婚約者になった私に対しても誠実に接してくれたのはやるべきことをやっていればギリギリ成り立つ仕事の関係じゃなくて、好意的な感情によって成り立つ関係に、できることならなりたいと思っていたから。

 第一王子として、次期国王として、騎士の一員として、忙しい中でも時間を作って神殿に会いに来たり、自ら王城内を案内したり、竜騎士団のドラゴンを見せてくれたりしたのは好意的な感情によって成り立つ関係に、できることならなりたいと思っていたからだ。


「時間があるなら一人になりたい、引きこもらせてくれ、なぁーんて思うようなギリギリ人間の形を保ってるようなのが婚約者で本っっっ当にもうしわけなかった! ……けれども!」


 瘴気を浄化し続けるという大義名分を得て私はこの洞窟に閉じこもることになったし、サミュエルとの婚約も破棄した。破棄してすぐに別の人と婚約、という話には国民感情を考えてもならないだろうけど――。


「でも、きっと、いずれはチヒロと婚約して、結婚することになるはず。そうしたらサミュエルが望む幸せな婚約生活、幸せな結婚生活、幸せな家庭生活が手に入るはず」


 なにせ、チヒロは乙女ゲー〝アオクラ〟のヒロインでサミュエルは攻略キャラ。チヒロは浄化の神子みこでサミュエルは第一王子。チヒロは人が大好きで、サミュエルも人が好きなのだから。


「なんだか怖いくらい丸ぅーーーく収まった感じだなぁ」


 にんまりと笑いながら私はデザート皿に残っていた最後の一口を――クレームブリュレのタルトを口に入れた。ねっとりとした甘さとサクサクのタルトにうっとりと目を細める。


「誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活は絶対に死守するけど、それはさておき……」


 料理を作った人やら食材を作ったりとったりした人やら食材そのものやらへの感謝の気持ちをこめて。それとウェディングドレスやらなんやらをデザインしたり作ったりなんやかんやしてくれた人たちへの感謝の気持ちをこめて。


「ごちそうさまでした……!」


 私は手をあわせてそう言った。

 それから――。


「サミュエルとチヒロが末永く幸せに暮らせますよーに」


 ひな壇と言うのだろうか。新郎新婦が座るはずの、誰も座っていない席を見つめて私がそんなことを思っていた頃――。


「お父上から……国王陛下から婚約破棄合意書にサインしろと再三の催促が届いてるぞ、サミュエル」


 王都の王城の執務室では騎士団団長の息子で親友でもあるアランにそう言われて第一王子であるサミュエルが表情をくもらせていた。


「だがしかし、レティーシャはまだ……」


「生きてはいる。でも、レティーシャさまを助け出すための案すらまだない状況なんだ。助け出せたとしてもいつのことになるか」


「だが、しかし……!」


「まさか、サミュエル……第一王子で次期国王のお前がいつまでも婚約者不在、結婚もしない、で貫き通せるなんて思ってないだろ」


「……それは」


 唇を噛んでうつむくサミュエルを見てアランはため息をついた。


「レティーシャさまがお前に望んでるのは瘴気のせいで荒れたこの国を建てなおすことだ。サミュエルとチヒロの婚約は第一王子、次期国王という立場を盤石なものにする。ひいてはこの国の安定にもつながるんだ」


「そんなことはわかっている! わかっては、いる……が……!」


 ますます強く唇を噛むサミュエルを見てアランは再び、ため息をつくと親友をなぐさめるために肩に腕を伸ばした。

 と――。


「サミュエル!」


 バタバタと駆けてくる足音が近づいてきたかと思うと執務室の扉がいきおいよく開いた。


「……チヒロ」


 扉を開けるときはまずノックをして返事を待ってから、なんてお小言をアランが苦笑いで言う前に執務室に飛び込んできた人物は――伝説の少女にして浄化の神子にして乙女ゲー〝アオクラ〟のヒロインであるチヒロは目を輝かせて叫んだ。


「私、レティーシャお姉さまを助ける方法を思いついたかもしれない!」


 と――。


 そして――。


『ぴち、ぴちちっ』


 木々の枝から執務室をのぞいていた小鳥たちは右に左にと首をかしげ、愛らしい声で伝言ゲームを始めた。その伝言ゲームが洞窟の入り口付近の枝にとまる小鳥たちに伝わるのは数時間後のこと。


「ぐふ、ぐふふ……やっぱり闇落ち黒色ドレス、最高……ぐふ、ぐふふ……っ」


 シンプル・イズ・ベストな部屋のテレビで何周目かわからない変身ヒロインアニメ、あるいは特撮ものの変身シーン的なアレな映像を見ている私に伝わるのも数時間後のことだ。

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