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第22話 聖女さま、酔っ払う。(5)

 階段をくだってバスターミナル横の歩道を進んでいくドミノ。歩道橋から突き落とされてタイミングよく通りかかったバスの屋根に落下、そのまま走り去っていくドミノ。コンビニに入ったかと思ったらコーヒー片手に出てきたかと思ったら倒れこんでコーヒーをぶちまけるドミノ。そのコーヒーによって押し流されたボールをうっかり踏んづけて盛大にすっ転んだところからつながるドミノ――。


「って、ピタゴラスイッチかぁぁぁーーー!」


『障害物多め、仕掛け多めのコースとなっておりますー』


「黙れ、酔っ払い!」


 と叫んだ瞬間、どこでなんのスイッチが入ったのか。


『ぶにゃ!?』


『ぶにゃっ!』


『ぶにゃにゃ!?』


『ぶにゃにゃにゃにゃーーーっ!』


 車道で玉突き事故が発生。バスが盛大に一回転した拍子にバスの屋根で気絶していた赤いタイツ姿のネコ型ロボットドミノがぴょーーーんと宙を舞い――。


『ぶにゃっ!』


『ぶにゃにゃ!?』


 パン、パパーンでぺらぺらうすっぺらな一反木綿にされてしまったネコ型ロボットがたまたま風に流されてふよふよと空を飛んでいたところを通りかかった。ぴょーーーんな赤いタイツ姿のネコ型ロボットドミノはぺらぺらーな一反木綿姿のネコ型ロボットにしがみつく。一反木綿姿のネコ型ロボットは突然のことに大暴れし――。


『ぶにゃにゃ!?』


『ぶにゃにゃにゃにゃーーーっ!』


 きりもみ状態でくるくるくるくると、とあるビルへと落下。そのビルの一階には喫煙所があって〝部長〟〝課長〟〝同僚〟〝部下〟と書かれた札を首からぶら下げた各色タイツ姿のネコ型ロボットたちが五匹並んでスパスパやっていた。タバコをスパスパやっていた。

 ネコ型ロボット似の部長も課長も同僚も後輩もいなかったけれども。たぶん、あの部長、この課長、その同僚、どの後輩なのだろう。

 なにせ――。


「やっぱりたどり着いちゃったよ、職場ーーー」


 なのである。

 このビルこそが前世の横山美姫わたしが働いていた職場が入っているビルなのだ。まあ、客先にいることが多かったからこのビルに通っていた時間はそんなに長くはないのだけれども。


「それはさておき、なんでこんな不愉快で精神にも胃にも心臓にもその他もろもろにも負荷のかかる場所なんかに! 爆発か! やっぱりバスガス爆発させるためか!」


 とか言ってるあいだにもきりもみ状態で落っこちてきた赤いタイツ姿のネコ型ロボットドミノが各色タイツ姿のネコ型ロボット喫煙者たちの群れのど真ん中に墜落。


『ぶにゃ!?』


『ぶにゃっ!』


『ぶにゃにゃ!?』


『ぶにゃにゃにゃにゃーーーっ!』


 喫煙者たちも吹っ飛んだし、手に持っていたタバコも吹っ飛んだ。火がついたままのタバコが、だ。

 んでもって、ぺらぺらうすっぺらな一反木綿のネコ型ロボットはといえば――。


『ぶにゃーーーっ!』


『ぶにゃにゃにゃにゃ!?』


 走っているトラックのフロントガラスに張り付いて運転手の視界を完全に奪っている。

 それにしても――。


「ずいぶんと派手なペイントの荷台を積んだトラックだなー」


『花火なんて夏っぽいー』


「この酔っぱらいが……のんきにうふふーとか笑ってんじゃねえ、よ……ん?」


 酔っぱらいな私は何杯目かわからないビールのおかわりとイカの串焼きを手に車道のど真ん中に青いレジャーシートを広げて座り込んでいる。ちなみに透明なプラスチックパックに入った焼きそばにたこ焼き、チョコバナナにつぶ貝の串焼きも並んでいる。

 そういえばトラックの荷台のペイントは夏にぴったりな花火。酔っぱらいが言う通り、夏にぴったりな花火。んでもって、その夏らしい花火柄のトラックはハンドルを右に左に切ってビルに突っ込み――。


「……あー」


 突っ込んだ拍子にひしゃげてできた荷台のすきまに吹っ飛んだタバコがすぽんとホールインワン。火がついたままのタバコが、である。このあとの展開がなんとなく読めて脱力気味にため息をもらすとシンプル・イズ・ベストな部屋の天井を仰ぎ見た。

 んでもって――。


『たーまやぁー! かーぎやぁーーー!』


 酔っぱらいもこのあとの展開を読んでいち早く声をあげた。

 んでもって――。


『ぶにゃ!?』


『ぶにゃっ!』


『ぶにゃにゃ!?』


『ぶにゃにゃにゃにゃーーーっ!』


 ひゅーーー!

 どんぱらぱらぱら、ずぱぱぱぱーーーん!


『ぶにゃ!?』


『ぶにゃっ!』


『ぶにゃにゃ!?』


『ぶにゃにゃにゃにゃーーーっ!』


 トラックの荷台につまれていた花火にタバコの火が引火、からの――。


『フィナーレにふさわしい見事なスターマインですぅー』


「だから、誰に向けて解説してんだよ! 素面しらふの私に向けてか! よけいなお世話だ、この酔っぱらいが! ……ていうか、ようやくフィナーレなのか!? フィナーレなのか! やった! よかった! やっと終わる! たまやぁーーー! かぎやぁぁぁーーーっっっ!」


 次々とぶちあがる数百発の花火と、花火の爆発に巻き込まれてぶちあがる喫煙者やらトラックの運転手やら〝ながらスマホ歩きドミノ〟のドミノな各色タイツ姿のネコ型ロボットと、花火の爆発に巻き込まれてぶちあがる元職場なビルの映像を見ながら私は涙をぼろぼろ流して拍手した。

 よかった。ようやく悪夢のような二十七時間強におよぶ映像が終わる。日本ホラー映画界の絶対的センター、圧倒的ヒロインが出てくるビデオよりもよっぽど恐ろしい映像が終わるのだ。

 実際、酔っぱらいな私はたまやーかぎやーと叫びながら花火と、何杯目かわからないおかわりビールと、屋台メシを堪能してバターーーンと後ろにひっくり返ったかと思うと――。


『約五時間後に目を覚ますまで眠っているだけですので二倍速で再生します』


 シンプル・イズ・ベストな部屋のソファに戻ってきてぐーすかと眠り始めた。五時間のあいだにあっちにごろごろ、こっちにごろごろ、枕に正拳突きをし、壁に跳び蹴りを食らわせ……と、とんでも寝相を披露しているけれど、ここまでに披露した珍行悪行の数々を考えればたいしたことじゃない。


「二度とお酒は飲まないぞ。人の目があるとかないとか関係ない。誰も見てなくても関係ない。私の私による私のための誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を死守するためにも二度と飲まないぞ! ……あと単純に自分のたちの悪さにへこむから二度と飲まないぞぉーーー!」


 なんて言いながら涙を流し、ハエのように手をすりすりとし、断酒を神に誓った私ははたと気がついた。最初の問題が解決していない。


「結局、この靴下屋もびっくりなずらりと並んだ足だけマネキンはなんなの? 酔っぱらいな私が見もせずに放置したピタゴラスイッチ的ドミノのどこかでストッキングの新作発表会でも発注したの!?」


 シンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋にずらりと、ところせましと並べられた太ももからつま先までの片足マネキンを見まわして青ざめた。わからない。わからないから怖い。

 でも――。


『足を返してくださいにゃー』


『もうボックス席で足を組んだりしないですにゃー』


『混んでる電車で足を組んだりしないですにゃー』


『うんち踏んでるかもしれない足の裏を人に向けたりしないですにゃー』


『だから、足を返してくださいにゃー』


『返してくださいにゃー』


「ぎゃーーー! 万能聖女さまの万能魔法によって一切のためらいなくスッパーーーンと太ももから切り落とされて、軽々しくポーーーイッと空中に開いた謎の穴に投げ入れられてたネコ型ロボットたちのおみ足かぁぁぁーーー!」


 わかったところで結局は怖い。覚えていないとはいえ、覚えていないからこそ、そら恐ろしい。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさーーーい! スッパーーーンしてポーーーイッした足を返すから許して! 二度とお酒を飲んだりしないから許して! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさーーーいっっっ!」


『あれが俺の足にゃー』


『これが僕の足にゃー』


『それが私の足にゃー』


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁぁーーーいっっっ!」


 ギャン泣きしつつ、大絶叫で謝罪しつつ、よく見れば革靴にスニーカーに厚底ブーツにローファーにパンプスにといろんな靴を履いているネコ型ロボットのおみ足たちを元の持ち主であるネコ型ロボットたちに返却したのだった。

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