第21話 聖女さま、酔っ払う。(4)
凛として楚々とした聖女さまスマイルを浮かべたまま酔っぱらいな私は職場に向かうための、次の路線の通勤電車に乗るための、ホームにあがるための、階段に向かう通路を歩いていく。
「何をする気なの……今度は何をする気なの、酔っぱらいーーー! ……ていうか」
社会人だった前世の横山美姫が悲鳴をあげる見慣れた通路を通勤中の社会人やら通学中の学生やら旅行やら山登りやらに行くつもりの観光客やらおじいちゃんおばあちゃんやらの役になりきったネコ型ロボットたちが歩いている。白タイツに黒タイツ、肌色タイツ……一匹、二匹、三匹ではない。数十匹、もしかしたら数百匹のネコ型ロボットたちが歩いているかもしれない。
すたすたと、と言うよりは――。
「歩きスマホ率高くないか? ……ていうか、百パーセント?」
ちんたらと。
スマホを指でちょちょいのちょい、ながら歩きをしているせいでちんたらちんたら歩いているネコ型ロボットたちのあいだを酔っぱらいな私は凛として楚々とした聖女さまスマイルのまますり抜けて行く。
「ぶつかりオバサンにでもなるつもりか……?」
人通りの多い通勤時間帯にスマホをちょちょいのちょいと操作しながらちんたらちんたら歩いて道をふさいでいる人にイラッとした経験はいくらでもある。でも、だからといってわざとぶつかるのはよくない。お願いだからそんなチンピラやヤンキーみたいなことはやらないでくれと祈るように画面を見つめていたのだけれども――。
「……あれ?」
酔っぱらいな私は凛として楚々とした聖女さまスマイルのまま、何をするでもなく、何か問題行動を起こすわけでもなく、ちんたら歩くネコ型ロボットたちの歩調に合わせ、すたすたからちんたら歩きに切り替え、長い通路を歩いて行く。
もしかしたら、ただただ電車に乗るのが目的なのかもしれない。
ほっと息をつこうとした私だったけど――。
「……おい、なんで足を止めた」
職場に向かうための、次の路線の通勤電車に乗るための、ホームにあがるための階段の、一番下に立った瞬間、ピタリと足を止めて階段を見あげる酔っぱらいを見て顔を引きつらせた。
スマホをちょちょいのちょいと操作しながらちんたらちんたら、ながら歩きで階段をのぼっていくネコ型ロボットたちの背中を見あげた酔っぱらいは凛として楚々とした聖女さまスマイルでうっふふー♪ と微笑む。
「おい……おい、おいおいおいおい……!」
そして――。
『ながらスマホ歩きドミノぉー、はっじまーるよぉーーー』
『ぶにゃっ!?』
『つーん☆』
「おいーーーっ!!!」
階段の一番下にいたネコ型ロボットの背中をつーん☆ と押したのである。
『ぶにゃ!?』
『ぶにゃっ!』
『ぶにゃにゃ!?』
『ぶにゃにゃにゃにゃーーーっ!』
「ドミノぉー、とかかわいこぶって言ってんなよ、そこの酔っぱらいがぁぁぁーーー! 大惨事じゃん! 大惨事じゃーーーん!」
ドミノと言うだけあって階段をちんたらのぼっていたネコ型ロボットがパタパタパタパタと次から次に倒れていく。横一列に十人は並べそうな、数十段はある広い階段をちんたら歩いていた数十匹、百数十匹のネコ型ロボットたちがパタパタと。
青ざめる私をよそに画面の中の酔っぱらいな私はふわりと宙に浮くと倒れたネコ型ロボットたちの頭上をすいすいーっと飛んでいく。
「……って、私、飛べたんかい! 万能聖女さまの万能魔法、飛行魔法もばっちり完備してたんかい!」
万能聖女さまの万能魔法なんだから考えてみればやれてあたり前、飛べてあたり前なのだけれども。今まで飛んでみようなんて考えなかったのだ。
「さすがは酔っぱらい。発想が自由だ」
ドン引きが一周まわって感心に変わる。
そして――。
「ドミノの進み具合をはるか頭上から高みの見物とか、ホント……発想が自由過ぎるし怖すぎるんだけど」
パタパタパタパタと絶賛進行中のネコ型ロボットたちによる〝ながらスマホ歩きドミノ〟は現在、ホームをパタパタしているところである。んでもって酔っぱらいの私はすいすいーっと空を飛びながらパタパタと倒れていくネコ型ロボットたちを凛として楚々とした聖女さまスマイルのまま追いかけていくのである。
『ドミノ、ドミノ、ドンドンドォーミノ♪ ドミノ、ドミノ、ドンドンドォーミノォーーー♪』
「うっきうきな感じでテキトーに作詞作曲した歌を歌うな! バタ足よろしく足をバタバタさせるなぁーーー!」
なんて言っているあいだにもドミノはホームにすべり込んできた電車内に入り、酔っぱらいの私も飛んだまま電車内に乗り込み、電車は走り出し、ドミノは一両目から十両目までをパタパタパタパタと進んでいく。
そのあいだにも――。
『お行儀の悪い足はー、はい、スッパーーーン、からの、ポーーーイッ』
『ぶにゃにゃ!?』
「足を組んでる人やら足を広げて座ってる人やらの足を容赦なく! 片っ端から! 切り落とすな! 謎の穴に投げ捨てるなぁーーー!」
革靴にスニーカーに厚底ブーツにローファーにパンプスにといろんな靴を履いたネコ型ロボットのおみ足たちがスッパーーーン、からの、ポーーーイッされていく。
ついにドミノは十両目の一番後ろまで着てしまった。これ以上、倒れるドミノ――というか、ながら見してる人役のネコ型ロボットはいない。
「ようやく……ようやく終わるのか! この地獄のドミノが……!」
なんて思ってみたけど人生そんなに甘くはない。
電車は次の駅のホームへ。
『ぶにゃっ!』
十両目、一番後ろのドアの目の前に立っていたネコ型ロボットがドンドンドミノされ――。
『ぶにゃ!?』
『ぶにゃっ!』
『ぶにゃにゃ!?』
『ぶにゃにゃにゃにゃーーーっ!』
「あ……あぁー……」
無事につながったドミノはそのままホームをドンドンドミノ、改札がある二階へと向かうべく階段をあがっていくし、私は絶望にうめき声をあげながらテーブルをバンバンする。
んでもって――。
『うっし!』
「……うっし、じゃない。うっし、じゃなぁーーーい!」
空を飛んでる酔っぱらいな私はといえば、あまりにも完璧なタイミングで開いたドアと倒れこんだネコ型ロボットにガッツポーズをしている。あまりにも力いっぱいなガッツポーズに絶叫していた私だったけど、近づく元職場に冷や汗をかいた。
『ここからは障害物多め、仕掛け多めのコースとなっておりますー』
「誰に向けて解説してんだ。素面の私に向けてか。よけいなお世話だ、この酔っぱらいが……!」
『まずは改札を出てバスロータリーを見くだせる歩道橋の上を進んでいきます。ドミノ、ドミノ、ドンドンドォーミノ♪ ドミノ、ドミノ、ドンドンドォーミノォーーー♪』
「見くだせるじゃなくて見おろすな! あと、その浮かれたテキトードミノソングをやめろ! あと、あと! 急にネコ型ロボットたちのタイツがカラフルになってきたな! 赤青黄色とカラフルになってきたな!」
『カラフルなドミノが次々と倒れていくようすを見ているとうきうきしてきますねー』
「そうだね、カラフルなドミノが次々と倒れていくようすを見ているのはうきうきするね! でも、実際に次々と倒れてるのはカラフルなタイツ姿のネコ型ロボットたちなんだよ! 何の罪もないカラフルなタイツを着せられたネコ型ロボットたちなんだよぉーーー!」
なんてツッコんでいるあいだにも〝ながらスマホ歩きドミノ〟はどんどんと進んでいくし、分岐していくのだった。




