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第19話 聖女さま、酔っ払う。(2)

『……つまみが欲しい』


『ここからは通常速度で再生します』


 二倍速でぎゅんぎゅん動いていた映像が通常速度になる。酔っぱらいな私が万能魔法で出現させた白タイツ姿のネコ型ロボットの首からはなぜかふだがぶら下がっている。〝トレーシー神官〟と書かれた札を首からぶら下げている。


 ちなみにトレーシー神官は五十代前半の女性神官だ。

 聖女になれなかった聖女候補たちは二十五才になると神殿を出て実家に戻り、多くが結婚する。聖女候補だったというだけで引く手あまた。ちょっとくらい行き遅れ気味な年令でも引く手あまたなのだ。

 でも、優秀な聖女候補、適性のある聖女候補は神殿に残って神官になることがある。神殿の運営や聖女候補たちの教育にたずさわるのだ。

 トレーシー神官はいわば管理職。神殿の運営担当という立場から聖女候補たちを管理している。そんな感じの人。


 で、〝トレーシー神官〟と書かれた札を首からぶら下げている白タイツ姿のネコ型ロボットが言った。


『レティーシャさん、この手紙はこの封筒に入れて送るんですにゃ。こんな風にタテに長く折って入るわけがないじゃないですかにゃー。まちがいに気が付いて知らせてくれたジョイス神官も笑ってましたにゃ。ずいぶんと斬新な折り方だって』


 くすくすとにこやかに笑いながら〝トレーシー神官〟役の白タイツ姿のネコ型ロボットが言う。ちなみにジョイス神官というのは六十代前半の女性神官。神殿の運営にたずさわっていて……前世で言うところの総務部のお局さま的ポジションかつ性格の人だ。

 で、折り方が違うと指摘され、斬新な折り方だと笑われた、当時、聖女候補に成りたてほやほや十才だった私の代わりに肌色タイツ姿で首から〝私〟という札をかけたネコ型ロボットがこう言った。


『そちらの手紙を折ったのは私ではありませんにゃ』


 覚えのあるやりとりに私はテレビ画面をにらみつけながら眉間にしわを寄せた。一体、酔っ払いの私は万能聖女さまの万能魔法を使って何をやろうとしているのだろう。


『またまたぁーですにゃ。こんな斬新な折り方をするのは新人のレティーシャさんくらいしかいないですにゃ。すぐにやり直すですにゃ』


『いえ、でも、私では……』


「そうそう、こんなやりとりしたわー。んで……」


『あらー、トレーシー神官にレティーシャさん。どうしたですにゃー?』


「救世主というか元凶というかの登場ですよ」


 黒タイツ姿で首から〝ヤミレ神官〟という札をかけたネコ型ロボットの登場に私はあごをなでなでつぶやいた。

 ヤミレ神官は五十代後半の女性神官。聖女候補たちの教育担当だ。そんなわけでトレーシー神官はヤミレ神官に私のことを言い付けるつもりでこう言った。


『ヤミレ神官、この手紙を見てくださいにゃ。この封筒に入れて送るのにこんな風にタテに長く折ってるんですにゃ。ジョイス神官がまちがいに気が付いたからいいようなものの、困ったものですにゃー』


 でも――。


『それでレティーシャさんに話をしたら……』


『あらー、うっかりしてたにゃー! 私ったらどうしてそんな折り方をしちゃったにゃー! いやだにゃー、年だにゃー! ジョイス神官にもあやまってくるにゃー!』


 トレーシー神官が話しているのをさえぎって、ヤミレ神官はけらっけらと笑いながらオバチャン全開で手をひらっひらと振った。んで、ジョイス神官にあやまりに行くべく小走りにその場を離れていったのだ。

 んで――。


『ヤミレ神官ったらうっかりですにゃー』


『……』


 ヤミレ神官の背中を見送ったあと、まだその場に残っている私に気が付いてトレーシー神官が言ったのがこの一言。


『どうしたんですにゃ。問題は解決しましたにゃ。やることは山ほどあるんですから次の作業をやってくださいだにゃ』


 濡れ衣着せといてあやまらないんかーい! とは思ったけれどあのときの私は人間社会の中でうまーーく生きていくつもりだった。だから、自制心を馬車馬のように働かせて――。


 ――はい、わかりました。

 ――失礼いたします。


 という言葉だけをしぼり出したのだ。

 今、思い出してもちょっとイラッとするけれども――。


『濡れ衣着せといてあやまらないんかーーーいっ!!!』


『ぶっふ、にゃっっっ!』


「だからと言って巨大ハリセンで顔面殴打するのはダメだと思うんだ! そこの酔っ払いぃぃぃーーー!」


 画面の中の私が〝トレーシー神官〟と書かれた札を首からぶら下げている白タイツ姿のネコ型ロボットの顔面を巨大ハリセンで、フルスイングで、ぶっ叩くのを見て絶叫する。


『どうしたんですにゃ、じゃねーよ! ごめんなさいだろ! 濡れ衣着せてごめんなさいだろ! 疑ってごめんなさいだろ! あやまらんかぁーーーいっっっ!!!』


『ぶっふ、にゃーーーっ!』


「こんなにも大声でブチギレてるのに凛として楚々とした聖女さまスマイルなのが怖い! 怖すぎる!」


 それと――。


「全然、記憶にない! 一ミリも記憶にない! それもまた怖い! 怖すぎる!」


 なのである。

 これから先、二十七時間強の映像を見るのが不安すぎるし怖すぎる。


 頬に手を当てて青ざめているあいだにも画面の中の酔っ払いはパンパン! と手を叩いているし、酔っ払いの無言の指示に従ってネコ型ロボットたちはテキパキと首にかけていた札を変えていく。

 今度は何をやるつもりなのか。震えながら画面を見つめる。


『聖女候補五年目な十五才の皆さんには毎週末行われる礼拝の準備と片付けをお願いしていますにゃ。この地区の担当は……アビーさんとモーラさんですね、だにゃ』


 聖女候補になって六年目の十六才な私の代わりに肌色タイツ姿で首から〝私〟という札をかけたネコ型ロボットが白タイツ姿のネコ型ロボットと黒タイツ姿のネコ型ロボットに向かって言った。白タイツ姿のネコ型ロボットの首には〝アビー〟の札が、黒タイツ姿のネコ型ロボットの首には〝モーラ〟の札がかかっている。

 一年後輩の彼女と――アビーと何があったかはよーく覚えている。震えながら画面を見つめているのは酔っぱらいな私が何をやらかすのかが不安でしかたないからだ。


『礼拝の準備と片付けのやり方はこちらにまとめてありますにゃ。読んで……』


 読んでわからないところがあったら聞きに来てくださいね、と言うよりも早く。やり方をまとめた紙を受け取ると一瞥いちべつもしないうちに。アビーはこう言った。


『やりやすいやり方でやっていいんですよね、だにゃ』


 やり方をまとめた二枚つづりの紙の最後にこれは一例でやりやすいやり方でやって構わない、ただし、これとこれとこれは必ずやってほしいと書いておいた。だけど、一枚目をチラ見することもなくアビーはそう言った。

 無邪気な笑顔で尋ねるアビーを見ていれば含みがあるわけでもなんでもないことはわかる。せっかちな性格なのも年の近い後輩ということもあって知っている。

 ただ、こちらもパッと見て伝わるように、最後まで読んでもらえるようにといろいろと考えて作ったのだ。イラストを多く、説明文は少なく。

 なので――。


「とりあえず読んでほしい! とりあえず一回、読んでほしい! 読んでから聞いてほしい! やりやすいやり方でいいですか、と!」


 とは思ったけれどあのときの私は人間社会の中でうまーーく生きていくつもりだった。だから、自制心に容赦なく鞭打って――。


 ――ええ、構いませんよ。

 ――でも、一度、このやり方の紙を読んでみてもらえますか。

 ――他の地区の方たちにも配る予定なのでおかしなところや説明がわかりにくいところがあったら教えてほしいんです。

 ――よろしくお願いしますね。


 という言葉をしぼり出したのだ。

 今、思い出しても脱力感に襲われるけれども、それはさておき、酔っぱらいな私はと言えば――。


『とりあえず読め! とりあえず一回、読め!』』


『ぶっふ、にゃっっっ!』


『読んでから聞け!』


『ぶっふ、にゃっっっ!』


『やりやすいやり方でいいですか、と!』


『ぶっふ、にゃーーーんっ!』


「だから! 巨大ハリセンで顔面殴打するのはダメだって! そこの酔っ払いぃぃぃーーー!」


 予想通り、〝アビー〟と書かれた札を首からぶら下げている白タイツ姿のネコ型ロボットの顔面を巨大ハリセンで、フルスイングで、ぶっ叩くのを見て悲鳴をあげる。

 凛として楚々とした聖女さまスマイルでぶっ叩くのも怖いし、後頭部じゃなく顔面を狙うところも怖いし、札をぶら下げているだけのネコ型ロボットをちゅうちょなくフルスイングするところも怖い。


 その後も――。


『孫娘がかわい過ぎて服を山ほど作らせたんだが、ほぼほぼ着ないうちに体が大きくなちゃって捨てたにゃー』


『もったいないですにゃー』


『その程度、我が家にとってははした金にゃー』


『てめえんちの財布の心配なんざ、ミリもしてねえよ! 布が! 糸が! 材料が! 資源が! もったいないっつってんだよ! うぬぼれんな、この成金貴族が!』


『ぶっふ、にゃっっっ!』


 とか。


『あーんな仕事できなくて性格が悪いヤツ、恋人にも結婚相手にもしたくないんじゃないかにゃー?』


『そういうこと言ってるてめえこそ恋人にも結婚相手にもしてくねえわ! くそったれが!』


『ぶっふ、にゃーーーんっ!』


 とかとか。


『朝、お風呂に入ってこない人とか信じられないにゃー。においで一発でわかるにゃー。わきがの人も加齢臭の人もなんで気付かないにゃー。柔軟剤や香水のにおいが強い人とかも信じられないにゃー。なんで気が付かないにゃー』


『同じにおいを嗅いでいるとそのにおいに慣れてしまうらしいにゃ。だから、自分のにおいは気が付きにくいらしいにゃ』


『あんなにくさいのに気付かないもんかにゃー。教えてくれる友達もいないんかにゃー』


『とか言ってるてめえ自身からタンスに入れてる防虫剤のにおいがしてるんだが!? 強烈なにおいがしてるんだが!?』


『ぶっふ、にゃっっっ!』


『そのにおいにてめえ自身、気が付いてないだろ! そんなてめえが!』


『ぶっふ、にゃっっっ!』


『どの口で!』


『ぶっふ、にゃっっっ!』


『言ってやがんだよ!』


『ぶっふ、にゃーーーんっ!』


 とかとかとか。

 前世の横山美姫わたしだったり、今世の|レティーシャ・スーザン・オベット《わたし》だったり。なにせ、かつて心の中で叫びはしたものの人間社会の中でうまーーく生きていくため、あるいは社会人として働き続けるため、あるいは立派な聖女になるため、あるいは立派な聖女であり続けるためにのみこんだ言葉を酔っぱらいな私はハリセンフルスイングとともにネコ型ロボットにぶつけていく。


「自覚なく悪臭ふりまいてたらどうしようって怖くて、この会話以来、人に近寄るのが怖くなったんだよねー……満員電車とかビクビクだったんだよねー……とかって話はさておいて」


 なんていうか――。


「ネコ型ロボットよ、サンドバッグにしてごめんなさい……酔っぱらって記憶がないとはいえ、ごめんなさい……質の悪い酔い方してごめんなさい……本当に、なんていうか……ごめんなさい……!」


 ハエのように両手をすりすりして画面の中で悲鳴をあげているネコ型ロボットたちにあやまり倒すしかない。今まさに起こっていることならあやまってる場合じゃない、どうにかしなければってなもんだけれども。テレビに映し出されている光景はすでに起こってしまった出来事。起こってしまったことはなかったことにはできない。ただただ、あやまることしかできない。


「やらなくて後悔するよりやって後悔した方がいいとか言うけど、あれ、絶対、うそだ……少なくとも私の人生においてはうそだ……やらなかった後悔の被害者は私一人だけだけど、やった後悔の被害者は私以外にもいるのだから……!」


 某酔っぱらいが世界を救う、世界の終わりな映画を見てぶちあがったテンションのままに飲んだことのないお酒を飲んだことを今は後悔している。ものすごく後悔している。酔っぱらいな私にハリセンフルスイングを食らいまくっている被害者なネコ型ロボットたちにものすごーーーくもうしわけない気持ちになりながら――。


「この時点で経過時間は十二時間ちょっと。パブからシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋に戻ってくるまでに二十七時間強あるという話なのに! まだ! 十二時間ちょっと! 半分も終わってない……終わって! ない!」


 という事実にガタガタ震え、ハエのように両手をすりすりすりすりすりすりして天に祈る。


「残り時間、酔いつぶれて眠っててくれますように! 酔いつぶれて眠っててくれますよーーーに!」


 だがしかし、私の願いは当然のごとく、当たり前のように打ち砕かれるのだけれど、その前に――。


『追加のビール』


『ビール、どうぞにゃー!』


「ひえ……っ!」


『ビール、おかわり』


『おかわりのビール、どうぞにゃー!』


『しばらくビール一気飲みとおかわりをくり返していますので二倍速で再生します』


『おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわ……』


「ひえ……」


 アルコールを盛大に、凛として楚々とした聖女さまスマイルで、わんこそばのノリで補給していく酔っぱらいな自分にドン引きすることになるのだった。

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