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第18話 聖女さま、酔っ払う。(1)

「うへ、うへへへ……やば……バ、バカ……バカバカしい……うひ、うひひひっ」


 完全にツボに入ってしまった私は両手で顔をおおって、額をテーブルに押し付けた。お腹が痛いし息も苦しいから笑いみたいのだけど全然、止まらない。


「酔っ払いとの話し合いに疲れて帰ってくなよ、〝何者か〟さん……うひゃ、うひゃひゃひゃ……あきらめるなって、〝何者か〟さん……根性出せよ、〝何者か〟さん……ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃ……!」


 現実逃避上等で見始めた某酔っぱらいが世界を救う、世界の終わりな映画。

 これが想像以上に最初から最後までバカバカしいストーリーで。そのくせ、想像以上におっさんたちのアクションがかっこよくて。だけどやっぱり真相もクライマックスもオチもなんもかんもがバカバカしくて。

 いい感じに現実逃避できた私はエンドロールを聞きながら笑い死にかけているわけである。


「……っぶふ、……ぶひゃひゃ……っ、うひ、うひひ……っ」


 ハマる人はハマるけど、ハマらない人はまーーーったくハマらない映画だろう。んでもって、ハマらない人が笑い死にかけている今の私を見たら、そりゃーもー白い目で見ることだろう。


「ふふ、うふふふ……っ、人の目がなくて……うひ、うひゃひゃ……よかったぜ!」


 サブタイトルが〝酔っぱらいが世界を救う!〟なだけあって若干、酔っ払いのノリに引っ張られながら私はどうにかこうにか、ぜーはーぜーはー言いながら顔をあげ、笑いすぎてよだれが垂れている口元を手の甲でぬぐった。

 あまりのバカバカしさにテンションがぶちあがっている。なんだか酒が飲みたい。飲んでみたい!


「前世の私はあぶら汗かいてぶっ倒れるタイプの下戸だったし、今世の私は聖女って立場上、飲むわけにはいかなかった……けれども!」


 ここには誰もいない。誰の目もない。誰も何も言わない。聖女な私が何をやったところで――。


「酒を飲んだところでーーー!」


 ピッカーーーン!


 ソファの上に立ってバンザイ。雑に魔法を発動するとまばゆい光に包まれた。シンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋のソファの上で仁王立ちしていた私は次の瞬間、どっかの酒場のテーブルの上で仁王立ちしていた。某酔っぱらいが世界を救う、世界の終わりな映画で主人公たちがハシゴしていたパブの中にありそうなたたずまいの店。ただし、映画のパブと違って人っ子ひとりいないし、もちろん、人のフリした〝何者か〟さんもいない。毎度おなじみ、白タイツ姿のネコ型ロボットがカウンターにいて注文を待っているだけだ。


 テーブルからひょいと飛び降りてカウンターへと向かう。

 もちろん注文するのは――。


「とりあえず、ビール!」


 某酔っ払いたちが飲んでいたのと同じビールだ。


『ビール、どうぞにゃー!』


 想像していたよりも大きなグラスが出てきて一瞬、ひるんだけれども――。


「前世はあぶら汗かいてぶっ倒れるタイプの下戸だったけど今世もそうかはわからないし、万能聖女さまの万能魔法には癒しの魔法(ヒール)死者蘇生の魔法(リザレクション)もあるんだからここは一つ! グイッ、と!」


 グラスを高く高く掲げ持って叫ぶ。


「かんぱーーーいっ! ~~~っ♪」


 グラスをかたむけ、きゅーっと目をつむって、ぐいぃぃぃーーーっとビールを一気にのどに流し込んだ私は――。


「……ん?」


 次に目を開け、見た光景に凍り付いた。


「ん? んんんん? んーーー!!?」


 バンザイして雑に魔法を発動した覚えなんて少しもないのに小汚いパブからシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋に戻ってきている。でも、それは正直、大した問題じゃない。

 だって――。


「なにこれ……なにこれ……なにこれ……っ! なんで靴下屋みたいになってんの!? いやいや、靴下屋でもこんなに大量の足だけマネキン、置かないでしょ! なんなの……なんなの……なんなの……っ! ストッキングの新作発表でもするつもりなの!? なんなの!?」


 なのである。

 太ももからつま先までの片足マネキンがシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋にずらりと、ところせましと並んでいるのだ。色も白、黒、肌色と取り揃えられている。


「この一瞬で何が起こったの!? 万能聖女さまの万能魔法が暴走したとか!?」


 もし、本当にそうならパッシブモードで発動している浄化魔法ピュリファイにも影響があるかもしれない。結界が破れて再び、瘴気がもれ出すなんてこともあるかもしれない。それに気が付いたチヒロやサミュエルたち浄化の神子一行が駆けつけてしまうかもしれない。

 そんなことになったら――。


「誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活が終わってしまう……!」


 瘴気の傷がまだ癒えないこの世界と、この世界に生きるすべてのものが再び、瘴気で苦しむことになってしまう! なんていう聖女的建前なんてチラリとも、影すらも見せずに全力全開で本音を言ってしまうくらい今の生活にずっぽり肩どころか頭のてっぺんまでかってしまっているのだ。今さら、聖女らしくふるまうなんて不可能だ。この生活を手放すなんて不可能だ。


「原因を……あば、あばばばっ……原因を探らなきゃ! 対策しなきゃ! 解決しなきゃ! この一瞬で何があったか見せて! スローモーションで見せて!」


わたわたしながらバンザイ。雑に魔法を発動する。万能聖女な私の万能魔法なり魔力なりが暴走してるなら魔法で原因究明をしようってのは無理があるかもしれないけどとりあえず叫んでみる。

 と――。


『〝この一瞬〟がどの一瞬を指すのか不明です。もう少し、具体的に指示をお願いします』


 返事はあった。ちょっとだけほっとしながら答える。


「この一瞬はこの一瞬だよ! 小汚いパブからシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋に変わる、この一瞬!」


『二十七時間三十九分四十三秒を一瞬と表現するのが適切かという点について疑問はありますが、かしこまりました。再生します』


「……なんだって?」


『パブからこちらの部屋に戻ってくるまでの聖女さまの行動を再生します。二十七時間三十九分四十三秒ありますが本当にスローモーションでの再生でよろしいですか』


「二十な……え、なんだって???」


『二十七時間三十九分四十三秒です。スローモーションでの再生でよろしいですか』


「よろ、よろしくない……スローモーションでよろしくないし、ちょ……ちょっと再生も待って」


 額を押さえて手をぶんぶん振ってから本格的に頭を抱え込む。状況が……全然、状況がのみこめない。

 とりあえず――。


「出だしをちょびっと再生してみてくれる? スローモーションじゃなくて通常速度で」


 恐る恐る顔をあげながらそう言ってみる。


『かしこまりました、通常速度で再生します』


 そんな言葉が返ってきたかと思うとこれまでに何度となく、何作もの映画を流してきたテレビが勝手に起動。


『かんぱーーーいっ! ~~~っ♪』


 グラスを高く高く掲げ持って叫んだかと思うときゅーっと目をつむって、ぐいぃぃぃーーーっとビールを一気にのどに流し込む私の姿が映し出された。

 かと思うと――。


『ビール、おかわり』


『おかわりのビール、どうぞにゃー!』


「おーっと、早速、記憶にない展開」


 なぜか私は聖女にあるまじきぶひゃひゃひゃ的満面の笑顔を引っ込めると凛として楚々《そそ》とした聖女さまスマイルを浮かべておかわりを注文した。出てきたグラスをかたむけて、またもやぐいっと飲み干す。


『おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわ……』


「ストップ。ストップストップストップ……!」


『再生を一時停止します』


 頭を抱えて黙り込む。腕のすきまからちらっとテレビを見るとそこにはグラスを盛大にかたむけてビールを一気飲みしている私が――万能聖女な今世のレティーシャ(わたし)が映し出されている。

 なんて言うか――。


「全然、記憶にない。一ミリも記憶にない」


 なのである。

 一杯目をグイッとやったところまでは記憶にあるけど飲みきったところから記憶がないし、二杯目、三杯目を飲みきり、四杯目を注文した記憶なんてもっとない。

 だがしかし、私には前世の記憶がある。私は人生二周目の女。


「酒を飲んで記憶をなくす人に会った経験は! ある! そういう人がいるということを! 私は! 知っている! だから! この状況ものみこめる! はい、続きを再生!」


 若干、やけっぱちでパン、パパーン! と手を叩く。


『かしこまりました。しばらくビール一気飲みとおかわりをくり返していますので二倍速で再生します』


「……なんだって?」


『おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわり。……っ。おかわ……』


「ひえ……っ!」


『駆けつけ三十四杯のビールを飲み干します』


「ひえ……」


 駆けつけ一杯じゃなく? 三十四杯??? とツッコミを入れる余裕も質問する余裕もない。驚くのを通り越してドン引きだ。記憶がないにしても自分事なのに、それでも全力でドン引きだ。


「ビール三十四杯って……お腹がぼがぼにならないのかな」


『聖女さまの万能魔法により食道と胃のあいだで不要な水分を宇宙のかなたに廃棄』


「……宇宙のかなた」


『アルコール分84.5パーセントで胃にお届けしています』


「なにそれ、怖い。チョコレートみたいなノリで言わないで。カカオ84.5パーセントみたいなノリで言わないで」


 なんて言っているうちに映像の中の私に動きがあった。


『……つまみがほしい』


 ぼそりとつぶやいたかと思うとバンザイ、からの、ピッカーーーン!

 雑な魔法発動で現れたのは白タイツ姿のネコ型ロボットだったし、酔っ払いの私が言うところの〝つまみ〟は実に恐ろしいものだった。

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