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第16話 聖女さま、振り袖を着る。(1)

 ――美姫はきっと、美人に育つわ。


 幼い私の頭をなでながら母がそう言ったのは幼い私が特別に美人だったから、ではない。


 ――だから、目立たないように、大人しく、人の目を気にして、いい子でいるの。

 ――いつでも特別、いい子でいるの。


 母自身が特別に美人だったから。


 ――いつでも特別、いい子でいて、ようやく人は普通、常識的とみなすもの。

 ――目立たないためには……多くの人たちにとっての〝透明人間〟でいるためには、いつでも特別、いい子でいなくてはいけないの。


 幼い子供相手に大真面目な顔でそんなことを言って聞かせたのは、母自身が特別に美人で否が応でも人の目を集めてしまう人だったから。だから、いつでも人の目を気にして、できるだけ目立たないように、悪目立ちしないようにと気をつかっていたのだろう。


 残念ながら美姫わたしは母のように美人には育たなかった。父に似たぼんやりとした顔に育ち、名前負けしてるだとか、母親はあんなに美人なのにだとか言われるような顔に育った。

 それでも、と言うべきか。だからこそ、と言うべきか。


 ――目立たないように、大人しく、人の目を気にして、いい子でいるのよ。


 母のその言葉は前世の私の人生で大きな割り合いをめた。

 例えば――。


 ――美姫、ママがワンピースを作ってあげる。

 ――どの色、どのがらの布がいい?

 ――この中から好きなのを選んでね。


 ――えっとね、えーーーっとね、ミキね、この水色に白いお花の……。


 ――水色? 女の子なのにピンクや黄色じゃなくていいの?

 ――ほら、こっちのピンクに白い花の柄の方がかわいいわよ。


 とか――。


 ――来年には小学校一年生ね。

 ――ランドセルは何色がいい?


 ――えっとね、えーーーっとね、ミキね、この……!


 ――……パステルパープル?


 ――うん!

 ――……これ、女の子のでしょ?


 ――んー、でもね、この色のランドセルを持ってる子は少ないと思うの。

 ――もしかしたら美姫だけかもしれない。目立ってしまうかもしれない。そうしたらいじめられてしまうかも……。

 ――ねえ、美姫。こっちの赤いランドセルにしたら?

 ――こっちの赤いのなら持ってる子がたくさんいるわよ。

 ――一人っきりでさみしい思いをすることも、恥ずかしい思いをすることもないわよ。


 とかとか――。

 そういうことが一つ、二つと積み重なって、絵の具バッグも習字バッグも裁縫セットも、技術家庭科で使う教材のエプロンも木製のラックも、クラスの女の子たちに何を選ぶかを聞いてまわって、一番選ぶ子が多そうなものを選ぶようになった。


 ――私、これにする!

 ――美咲ちゃんも明日香ちゃんもさくらちゃんもこれにするって言ってたから!


 そんな風に母に報告するようになっていた。

 でも、そうやって聞いてまわっているうちに〝美姫ちゃんは真似っ子ばっかする〟と言われるようになった。目立たないように、大人しく、多くの人たちにとって〝透明人間〟でいた方がいい。いるべきだ。

 だから、直接、聞き出すのではなく会話やクラスの空気、雰囲気から選ぶ子が多そうなものを察するスキルをみがいていった。

 結果――。


「どんな色が好きとか、どのデザインがいいとか、どれがほしいとか。そんなこと、あんまり考えてこなかったんだよなー」


 というわけなのである。

 先日のおひとりさまやりたい放題わがまま旅で巻き起こったマルマル体験熱が派生して小学校で作ったエプロンやら木製のラックやらを思い出し、思い立ってバンザーイして魔法で取り寄せたちらしを眺めていたのだけれども――。


「今更のようにこっちがよかった、これもいいな、うっひゃードラゴン! ドラゴーーーン! とかなって地味に心にダメージを負うなぁ」


 ぐでーっとテーブルにあごを乗っけてポップコーンをひとつかみ。もっしゃもっしゃと食べ、グラスに入った炭酸飲料をグイッと飲む。先日のおひとりさまやりたい放題わがまま旅の吹きガラス体験で作ったグラスだ。

 白から淡い青色へとグラデーションしていて、気泡がたくさん入っていて、光にあてるとキラキラする。大好きな色合い、眺めているだけでテンションがぐんぐんあがっちゃう色合いのグラスだ。

 でも――。


「思い出しちゃうんだよねぇー、この色」


 シンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋で使い始めてから気が付いた。似ているのだ。あのときの振り袖の色に。かつては成人式で、今はハタチの市民を祝うつどいで、私の頃にはまだ成人式だった某イベントに着ていくための振り袖を決めるべく行った振り袖レンタル店でひとめぼれした振り袖に。


 上の白色から足元に向かって雪を思わせる淡い青色へ。ブルーグラデーションに大輪の、白や黒、濃紺の牡丹が描かれていた。

 引き寄せられるようにその着物を手に取り、他の着物を見てまわっているあいだにも視線はその着物へと向いてしまう。そんな私のとなりで母は店員さんにこう尋ねていた。


 ――やっぱり振り袖の定番は赤色ですよね。


 苦い思い出にテーブルにあごを乗っけて眉間のしわやら顔やらをくっちゃくちゃにしていた私だけど――。


「いやいやいやいや、くっちゃくっちゃしてないであのとき着れなかったあの青い振り袖を着ちゃえばいいんですよ」


 にんまりと笑って立ち上がった。お行儀悪くもソファの上に。


「誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生活を満喫中なんですもの……うひ、うひひっ……年甲斐とか一切、関係ナッシング! 着ちゃうぞ、着ちゃうぞーーー! 三十二才にもなって振り袖なんて着ちゃうぞぉぉぉーーー! ……ん?」


 首をかしげたあと、いやいや、と横に振る。

 横山美姫は死んだときに三十二才だったけど、それは前世の話。今の私はレティーシャ・スーザン・オベットで、ちょうどいい具合に二十才なのである。ハタチなのである。


「なおのこと、問題ナッシング! 着ちゃうぞ、うっひょひょーーーい!」


 ピッカーーーン!


 ソファの上でバンザイして雑に魔法を発動。まばゆい光に包まれたと思ったら次の瞬間、ふわふわもこもこ着心地抜群だけど着過ぎてちょっとよれよれし始めてた部屋着があの振り袖に変わっていた。

 ただ、シンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋のソファの上ではどうにも雰囲気が出ない。


「んー、成人式の会場ってのもなんか違うしなー」


 腕を組んで考え込んだあと、ポンと手を叩く。


「前撮り! スタジオ撮影……いやいや、ここはロケ撮影に行っちゃおう! 日本庭園的な……んーーー、いや、でも、洋館……いやいや! ここは海のすぐそばの某ホテルにしよう!」


 ピッカーーーン!


 バンザイするとシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋からクラシカルな雰囲気の某ホテル内部に。濃い青色の美しい絨毯が敷かれた、ホテルのシンボルである大階段に変わっていた。

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