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第15話 聖女さま、旅行に行く。(4)

 かつて、某でっかいどーの小樽の、たぶん、きっと、小樽運河エリアに旅行に行ったことがある。大学時代の友人たちといっしょに行ったのだ。

 その、北海道旅行の計画を立てていたときのこと――。


 ――とんぼ玉制作体験にオルゴール制作体験……!


 旅行雑誌を広げてうっきうきのわっくわくになっている私の手元をのぞきこんで友人たちは口々に言った。


 ――オルゴール制作体験は……三十分から九十分!?

 ――その日は小樽以外も行くんだからそんなにのんびりしてらんないよー。


 ――とんぼ玉制作体験は……ああ、これは十分とか十五分とかか。


 ――でも、冷ますのに三十分から四十分かかるって。

 ――受け取れるのはそのあと。


 ――じゃあ、小樽についたら真っ先に、ちゃっちゃととんぼ玉制作体験やって、観光して、受け取る感じかな。


 そんな感じのことを口々に言った。

 んでもって、いざ旅行に行ったら――。


 ――私たちはやらなくてもいいかなって思ってたから二人でやってきなよー。

 ――この店とか隣の店とか見てるから。

 ――ごゆっくりー。


 五人で旅行したのだけれどもとんぼ玉体験用のバーナーが二台しかなく、一度に体験できる人数が二人までだったのだ。友人三人にそう言われて私ともう一人の友人の二人でとんぼ玉制作体験をやったのだけれども――。


「最初からちゃっちゃとやってーとか言われてるし、人を待たせてるし、全っ然、落ち着かなくて何を選んで何をやったのか、全っっっ然、覚えてないんですよね、これがまた!」


 というわけなのである。


『とんぼ玉製作体験にようこそにゃー。まずは作りたい模様を選んでくださいにゃー』


「……そんなん選んだっけ?」


 当たり前のようにいる白タイツ姿のネコ型ロボットを当たり前のように受け入れて、私はそんなことよりもと目を丸くする。


『水玉模様、マーブル模様、泡玉、お花が入ったとんぼ玉も作れるにゃ』


「そんなん選んだっけ!?」


『模様を選んだらベースの色とさし色を決めるにゃ。あそこに置いてあるガラス棒を溶かしてとんぼ玉を作るから好きな色を二色選ぶにゃ』


「寒色、暖色、淡いの、濃いの、透けてるの、透けてないの! 色とりどりのガラス棒がグラデーションで置いてある! こんなにテンションあがる並びなのに本当に全然、覚えてないんだけど!?」


『完成したとんぼ玉はストラップやネックレス、ピアスやブレスレットやかんざしにできるにゃー。どれがいいか選ぶにゃ』


「あの日、あのとき、まちがいなく選んだはずなのに本当にまったく、全然、少しも覚えてないって何事!?」


 頭を抱え込んでみたけれど、いくら考えてもあの日、あの旅行で作ったとんぼ玉のことは少しも思い出せない。思い出せないのだからしかたがない。


「初めて気分で楽しむぞ! 楽しんじゃうぞ! うひーっひっひっ!」


『ごゆっくり選んでくださいにゃー』


 魔女味のある笑い声をあげながら壁にかけてあるサンプルのとんぼ玉をじっと見つめる。まずは模様を決めなくては。


「水玉模様、マーブル模様、泡玉、花が入ったやつ……迷う……全然、決まらない……水玉模様もマーブル模様も泡玉も花が入ったやつもほしい!」


 ついでに言うと寒色系のとんぼ玉も暖色のとんぼ玉も、淡い色のとんぼ玉も濃い色のとんぼ玉も、透けてるとんぼ玉も透けてないとんぼ玉もほしい!


「うぐ……ベースの色だけじゃなくさし色も決めなくちゃいけないなんて……うぐ、うぐぐ……ストラップかネックレスかピアスかブレスレットかかんざしかも決めなくちゃいけないなんて……うぐぐぐぐ……そんな……一つに決めることなんて……私には……」


 頭を抱えてうめき声をあげていた私だったが――。


「いや、別に一つに決めなくていいのか」


 ガバッと顔をあげると真顔でつぶやいた。

 そう、別に一つに決める必要なんてない。なにせ今日は誰も待たせていない。友人たちも、次のお客さんも、店員さんも、誰も待たせてるわけじゃない。滞在時間も閉店時間も一切合切お構いなしの、誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま旅。

 つまり――。


「やりたいことを! 作りたいやつを! 片っ端から作ればいいんじゃないんですかぁぁぁぁーーーっ! ぶひゃーひゃひゃひゃっはーーーい!!!」


 というわけなのである。

 〝シェフを呼んでくれたまえ!〟のノリでパンパン! と手を叩き、やってきた白タイツ姿のネコ型ロボットに向かって私は言った。


「へい、ネコ型ロボーッツ! とりあえず水玉模様、ベースの色は乳白色、さし色はこのパステルブルーっぽのでお願いしまっす! ストラップかネックレスかピアスかブレスレットかかんざしかは……ぐふ、ぐふふっ……とんぼ玉を作りたいだけ作ってから判断で! お願いしまっっっす!」


『わかりましたにゃー。では、こちらにどうぞですにゃー』


 そこからは怒涛のとんぼ玉制作である。

 バーナーでベースの色のガラス棒を溶かしてステンレス棒に巻きつけて。さし色のガラス棒を溶かしてステンレス棒に巻きつけておいたベースに模様をつけて。くるくるくるくるまわしながらバーナーで熱して模様を馴染ませて形も整えて――。


『冷やして完成にゃー!』


「完成にゃーーー! はい! それじゃあ、次はマーブル模様、ベースの色は……!」


『わかりましたにゃー』


 二人羽織よろしく白タイツ姿のネコ型ロボットに手取り足取り教わりながら次から次にとんぼ玉を作っていき――。


「……小腹が空いた。ちょっくら食べ歩いてくるにゃーーー!」


『四十分後に受け取り可能ですにゃ。観光を楽しんだらとんぼ玉を受け取りに来てくださいにゃー』


 無限にとんぼ玉制作体験に付き合ってくれるうえに小腹満たしたら戻ってきて再び、怒涛のとんぼ玉制作をする気満々なことを察しているのかいないのか。ニコニコ顔で見送ってくれる白タイツ姿のネコ型ロボットにニコニコ顔になりながら街へとくり出す。

 通りに出て、右見て、左見て――。


「目的のものは……こっちにありそうなにおいがするような気がしないこともなくもない!」


 鼻をくんくんさせながらテキトーに歩き出す。友人と旅行中だったら目的地を決めてから歩き出す! 地図を確認してから歩き出す! と言われているところだけど今はおひとりさまやりたい放題わがまま旅の真っ最中。時間も何も気にする必要はない。目的のものが見つかるまでほっつき歩けばいい。道に迷ったって何をしたって困るのは私だけ。怒って文句を言うのも私だけなのだ。

 人っ子ひとりいないのにどこのお店も工房も空いているというのは不思議な感じだけど非現実感があって楽しい。


「食べたらとんぼ玉制作体験に戻る前にオルゴール制作体験に寄り道するのもありだなー。……はうあっ、万華鏡制作体験! ……うっひょ、吹きガラス体験! グラス作れちゃうの!? やる! やるやる! くるくるしちゃう! 作ったグラスで炭酸飲料、飲んじゃう!」


 なんて言ってるうちに――。


「ふわーーーっ!」


 いいにおいがただよってきたし、目的のものが売ってそうなお店が見えてきた。

 そう――。


『へい、らっしゃいだにゃー』


牡蠣かき焼き、ホタテ焼き、ほっき貝焼き一個ずつ!」


『牡蠣焼き、ホタテ焼き、ほっき貝焼き一個ずつ! 少々、お待ちくださいですにゃー!』


 海鮮焼きである。店先で網焼きしてる海鮮焼きである。焼き上がった牡蠣にホタテにほっき貝を発泡スチロール皿にひょいひょいと乗せて――。


『へい、お待ちーだにゃー』


 白タイツ姿にねじり鉢巻き、手には軍手をつけたネコ型ロボットが差し出した。受け取って目の前のベンチに腰掛ける。新鮮な海鮮を網焼きしてるだけでもおいしそうなのに、ほんのちょっとだけ垂らしたしょうゆのにおいがこれまた大変。


「いただきまっっっす!」


 そんでもって――。


「んーーーーーっ!」


 口の中に入れてもこれまた大変なのである。あまりのおいしさに牡蠣もホタテもほっき貝もあっという間に食べ終わってしまった。


「もう一個……いや、今はまだガマン……!」


『またおいでーだにゃー』


 ものすごーくものすごーーーく後ろ髪を引かれつつ、店をあとにする。おひとりさまやりたい放題わがまま旅の真っ最中だ。

 もちろん――。


「また来ますともぉー。……ふふっ、うひゃひゃ」


 というわけである。

 小腹を満たしたら次のわがままを満たしにいかなければだし、実際、わがまま放題やりまくった。所要時間三十分から九十分と書かれていたオルゴール制作体験を悩みに悩んで、こだわりにこだわって、四時間かけてがっつり満喫。四時間も経てば再び小腹も空いてくる。


『へい、らっしゃいだにゃー』


「牡蠣焼き、ホタテ焼き、つぶ貝の串焼き一個ずつ!」


『牡蠣焼き、ホタテ焼き、つぶ貝の串焼き一個ずつ! へい、お待ちーだにゃー』


 小腹を満たしたら次のわがままを満たしにいかなければ以下略。

 万華鏡制作体験のあとにとんぼ玉制作体験に戻って――。


『へい、らっしゃいだにゃー』


「牡蠣焼き、ホタテ焼き、カニの甲羅焼き一個ずつ!」


『牡蠣焼き、ホタテ焼き、カニの甲羅焼き一個ずつ! へい、お待ちーだにゃー』


 小腹を満たして以下略。

 吹きガラス体験のあとにとんぼ玉制作体験に戻って今まで作った模様や色の組み合わせの中でこれぞと思う組み合わせを最後に一つ、二つと作って――。


『へい、らっしゃいだにゃー』


「牡蠣焼き、ホタテ焼き、ほっき貝焼き、つぶ貝の串焼き、カニの甲羅焼き一個ずつ! ……いいや、牡蠣焼き、ホタテ焼きはもう一個ずつ!」


『ほっき貝焼き、つぶ貝の串焼き、カニの甲羅焼き一個ずつ! 牡蠣焼き、ホタテ焼き二個ずつ! へい、お待ちーだにゃー』


 今回は小腹というよりがっつり腹を満たすために注文する。食べ納めにとやりたい放題、わがまま放題に頼んだ海鮮焼きを店の前のベンチにずらりと並べて、眺めて、見まわして、にーーーんまりと笑った。


「誰かといっしょじゃあ、何度も同じ店に来て、何度も同じ物を頼むなんてできないもんねー。うひ……うひひひっ! 店員さんにまた来たよ、何度目だよ、何個目だよって思われんのもやだしー。うひゃ……うひゃひゃっ!」


 ――さっき食べたじゃん。

 ――いろんな店に行って、いろんなものを食べようよ。

 ――そんなに食べたら他のものが入らなくなるよ。


 友人たちと旅行したときにそう言われた。


 ――閉館時間、移動時間ってものがあるのよ。

 ――見たいものが見れなくなっちゃうから急いで。

 ――旅館でおいしい夕飯が食べられるんだから今は我慢しなさい。

 ――お腹をすかせておかないともったいないじゃない。


 小さい頃、両親と旅行したときにそう言われた。


 何を食べたいか。何を見たいか。どんな風にまわりたいか。それは人それぞれ。優先順位も人それぞれ。

 私は海鮮焼きをたんまり、何度も、しつこいくらいに食べたかった。でも、友人はいろんな店に行っていろんなものを食べたかったし、両親は旅館のおいしいご飯をお腹を空かせて食べたかった。

 それは人それぞれ。優先順位も人それぞれ。


 だから――。


「誰かと旅行するときには誰かのプラン、誰かの優先順位に合わせるのが無難」


 それが一番、かどが立たないし、悪目立ちしないですむし、私自身もストレス少な目ですむ。

 そんな風に遠慮するなんて本当の家族じゃない。やりたいことをやりたいと言えないなんて本当の友人じゃない。そんな風に言う人もいるかもしれない。

 でも、だけど、私にとっては大切な家族で、大切な友人のつもりだ。

 親しき中にも礼儀あり。良好な関係を築いて、維持するためには必要なことだと思っている。昔も、今も、思っている。


 でも、だけど、私も少しだけ今の状況に罪悪感を感じている。

 だって――。


「想像以上に楽しいしおいしいし楽しいしテンション爆上がるんだけどー! ぶひゃ、ぶひゃーひゃひゃっ!」


 というわけなのである。

 ずらりと並んだ海鮮焼きにテンションがあがる。思う存分、やりにやりまくり、作りに作りまくった制作体験の成果が袋いっぱいに詰まっているのを見るとテンションがあがる。せっっっまいエリアを何時間も何日もかけてじっくりたっぷりねっとり満喫しまくったという事実にテンションがあがる。


「テンションが! あがってしまう! ZAI☆AKU☆KAN!!!」


 とか言いながら牡蠣うっま! カニの甲羅焼きをひとなめ、うっま! ホタテうっま! カニの甲羅焼きをひとなめ、うっま! ほっき貝うっま! カニの甲羅焼きをひっとなめ、うっま! つぶ貝うっま! カニの甲羅焼きをべろりーーーんとうっま! 最後のしめに牡蠣! ホタテーーー! と食べに食べて――。


「ごちそうさまでした! あーーーんど、ありがとうございましたーーー!」


 パン! と手を打ち合わせるとバンザイ。


「今度は! 所要時間九十分くらいと書いてあったのに二時間超えても終わらなくて未完成のまま両親に連行された、あの! 下絵入りプレートに色塗りするあれを! 絵付け体験をリベンジしたい!」


 ピッカーーーン!


「そのときこそは食べてみたかったのに両親にひつまぶしにしましょうって言われて結局、食べられなかった某スガキヤなラーメンも! 食べてみたい! 食べて! みたーーーい!」


 なんて言いながらシンプル・イズ・ベストな部屋に戻ってきた私はソファにそっと制作体験の成果が詰まった袋を置いて――。


「うひ……うひひひっ」


 うきうきわくわく気分のまま、開封の儀を始めた。云十個と作ったとんぼ玉を真っ白なソファの上に広げれば、これまた盛大にうっきうきのわっくわくのテンションだだあがることまちがいなし。

 おうちに帰るまでが旅行だけど――。


「おうちに帰ってきてからも誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま旅のうっきうきのわっくわくは終わ……ぶひゃ……終わらない! ぶひゃーひゃひゃ!」


 なのである。

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