第14話 聖女さま、旅行に行く。(3)
ピッカーーーン!
魔法都市・ホサ=ヌンキッピーからシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋に戻り、シンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋から今度は前世の某観光地に一瞬で移動し――。
「……なんか違う」
到着するなり首をゆるゆると横に振るともう一度、雑にバンザイ。
「目的地に一瞬で移動できるのって便利だけど旅の醍醐味と言えばあれ……あれですよ、あれ……あれがなきゃ始まりませんよ、ぶひゃ、ぶひゃーーーひゃっひゃ!」
ピッカーーーン!
まばゆい光に包まれ、次の瞬間には駅のホームに移動していた。
正確に言うと駅のホームではなく――。
「新幹線で駅弁! これぞ旅の醍醐味ーーー!」
新幹線の駅のホーム、そこにある駅弁を売っている店の目の前に、だ。
せまい店の中をのぞいてみるとホームと同じように人っ子ひとりいない。店員さんもいなくてセルフレジが置いてあるだけだ。
ほっと息をついて店内へ。左右に陳列された駅弁を眺める。ずらりと並んだ駅弁は眺めてるだけでもうきうきわくわくしてくる。これから非日常体験しに行くんだなーという気持ちが高まる。
でも、買う駅弁はとっくの昔に決まってる。
――え、それ? せっかくの旅行なのに? せっかくの駅弁なのに?
――幕の内弁当とか深川めしとか、沿線地域のご当地グルメがいろいろ入った駅弁とかさ。
――あと崎陽軒! 崎陽軒のシウマイ弁当とか!
――そういうのもあるのにそれでいいの?
小さい頃に親にそんなこと言われて〝そうだよねー〟と言いながら別の駅弁を選んでしまったけれども! 社会人になってから付き合った恋人にもそんなこと言われて〝そうだよねー〟と言いながら別の駅弁を選んでしまったけれども!
「私は! これが! ずっと食べてみたかったんだよ! これがぁぁぁーーーっはっはっはぁーーー!」
高らかに掲げ持ったのは某チキンな弁当。ニワトリのイラストが描かれたかわいらしいパッケージのロングセラーなお弁当だ。中身は鶏のからあげとトマト風味ライスに卵がちょこんと乗っているオムライスっぽいやつ。ほぼほぼ、それだけと言っていい内容。
子供心をくすぐられるパッケージと中身でずーーーっと食べてみたかったのだけれども――。
「結局、まわりの人たちのせっかくの旅行なのに? 駅弁なのに? 的空気に負けて食べられずじまいだったんだよねー」
というわけなのである。
あと――。
「崎陽軒のお弁当は私にとって駅弁じゃない。買って帰って家で食べるものだ、あれは。新幹線の中で食べないんだよ。崎陽軒の駅弁じゃなくて崎陽軒のお弁当なんだよいっとぉー」
なのである。
某チキンな弁当を手に、セルフレジを思いついてくれた人に心より感謝しつつ、さくっと購入。人っ子ひとりいないのに次から次にホームに滑り込んでくる新幹線のテキトーな車両に飛び乗った。いつもなら指定席を取っておくところだけど人っ子ひとりいないのだ。がら空きなのだ。
そんなわけで自由席車両に向かう。
「いつもならお手洗いの心配があるからできるだけ通路側を選ぶんだけど……」
がらーんとした新幹線の車両を見まわしてにんまりと笑う。
「景色が見たいから今日は圧倒的に窓側! 車両のど真ん中の席! しかも二列じゃなくて三列の方! A・B・CのA席にどどーーーん! 遠慮なくリクライニング、ずどどーーーん!」
とか言いながら背もたれをちょっとだけ倒す。駅弁を食べるのであって寝るわけじゃない。背もたれをそこまで倒す必要なんてないのだ。
「それにちょっと背もたれを倒すだけでもなーんか気持ちよく寝れちゃうんだよね、新幹線の座席って」
なんて言いながら前の座席についてる簡易テーブルを出して早速、某チキンな弁当を開ける。まずは鶏のからあげを一つ。しっかりめの食感。
「……んむ」
続いて、トマト風味ライスに卵がちょこんと乗っているオムライスっぽいやつ。卵が全体にかかってるわけじゃないので一口目はトマト風味ライスオンリー。二口目は卵といっしょにオムライスっぽく。
「んむ……んむ、んむ……」
洋食屋さんのオムライスやご当地名物からあげとは違う。幕の内弁当や沿線地域のご当地グルメ弁当のようにいろんな物が入っているわけでもない。特別、おいしいかと聞かれたら言葉に迷ってしまうかもしれない。
でも、だけれども――。
「なんだろうなー、これ……」
なんて言うのだろう。
なんて言うか――。
「懐かしい、味……?」
そう、時々、無性に食べたくなるような懐かしい味。うきうきわくわくしてくる味なのだ。
「んむ、んむ、んむ♪」
窓の外をびゅんびゅんと景色が流れていく。トマト風味ライス、からあげ、トマト風味ライス、からあげ、トマト風味ライス……と、こういうのでいいんだよ、こういうのでと心の中で静かにうなずきながら食べ進め――。
「最後の一口はからあーげ、っと♪」
最後の一口を食べ終えて、ほーーーっと息をつくと座席に深々と腰かけた。
「新幹線の座席ってどうしてこうも座り心地がいいのかぁー」
なんて言いながら目を閉じかけた私は――。
『まもなくー名古屋にゃー名古屋にゃーーー』
どう考えても白タイツ姿のネコ型ロボットがやってるなーって感じのアナウンスを聞いてぎょっとする。
「え、うそ、名古屋!? 静岡は!? あ、これ、のぞみか! え、じゃあ、富士山は!? 富士山は!!?」
富士山見たさに窓側に座ったのに某チキンな弁当に気を取られ過ぎて少っっっしも見ないうちに通過してしまっていたらしい。もしかしたら反対の窓側の席に座るべきだったのかもしれない。なんにせよ、すーーーっかり目的の富士山は見損ねてしまった。
「やり直す!? 新横浜からもう一回、やり直す!? いや、いやいやいやいや! 新幹線の旅は駅弁食べて過ごしてなんぼだから! 駅弁食べ終わっちゃったから! ていうか、目的地は某でっかいどーなのにどうして東海道新幹線に乗ってしまったのか! 富士山見たさに乗ってしまったのかぁーーー!」
『名古屋にゃー名古屋にゃー。お出口は右側ですにゃー』
「うわぁっ、名古屋ぁぁぁーーー!」
雑に魔法を発動すればどうとでもなることをすっかり忘れて大あわてで駅弁の空箱を袋に突っ込み、リクライニングを起こして車両の出口に向かう。向かいながらも迷う。新横浜からもう一回、やり直そうか。富士山を見るためにやり直そうか。
「……決めた!」
新幹線の旅は駅弁を食べて過ごしてなんぼだ。なんだか懐かしい味のする某チキンな弁当をまた食べたくなったときに富士山はリベンジすることにしよう。
だから――。
「腹ごしらえも完了したし、今! 再び、巻き起こるマルマル体験熱! 夢だったあれをやりに行っちゃうぞ! ぶひゃーひゃっひゃっひゃーーー!」
『名古屋にゃー名古屋にゃーーー』
聖女にあるまじき笑い声をあげているとなめらかーな動きで止まった新幹線のドアが開いた。ホームに向かってジャンプしながら思い切りバンザイ。
「行くぞ、あの街、この街、前世の観光地! 今度こそ本来の目的地!」
ピッカーーーン!
雑に魔法を発動して着地するとそこは駅のホームではなくて――。
「やってきたぞ、某でっかいどーの小樽!」
なのである。
その中でもガラス細工やオルゴールのマルマル体験ができる店が集まっている、たぶん、きっと、小樽運河エリアと呼ばれるあたりだ。
ノスタルジックでレトロな街並みがおしゃれ――……。
「などと眺めてにっこりするほど今日の私は大人じゃない! ぶひゃ、ぶひゃひゃ! マルマル体験をやりたい放題! やりたい放題やっちゃうんだからーーー!」




