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第13話 聖女さま、旅行に行く。(2)

 目的の工房のドアをババーン! と開けた私は――。


「たぁのもぉーーー!!!」


 誰も出てこないし、返事もないとわかったうえで大声で叫んだ。

 なのに――。


『いらっしゃいませですにゃー』


「ぴゃーーーっ!」


『ご希望の体験コースは何ですにゃー。ご注文をお願いしますだにゃー』


「い、いやだー! 人に会いたくない! 引きこも、もこもこ、引きこもりたい! ひ、ひひひひひとに会いたくないぃぃぃーーー!」」


『ご希望の体験コースは何ですにゃー。ご注文をお願いしますだにゃー』


 返事があったもんだからひぃんひぃん泣きながら床に突っ伏すと避難訓練よろしく全力で頭を抱えた。

 でも――。


「ひ、ひき、ひきひきひききき……!」


『ご希望の体験コースは何ですにゃー。ご注文をお願いしますだにゃー』


「……ん? ……あれ?」


 同じセリフをくりかえすばかりの声に恐る恐る顔をあげるとそこには前世のファミレスなんかで見かけたネコ型配膳ロボットらしきものがいた。全身白タイツ着用な人間の体をしてはいるけれども、顔部分はネコ型配膳ロボットなそれであれでどれなのがいた。


「……」


『ご希望の体験コースは何ですにゃー。ご注文をお願いしますだにゃー』


「人じゃ……ない……」


 いつだったか、カフェで配膳をしてくれたネコ型配膳ロボットの顔をじっと見つめたあと、私はへにゃりと笑うと立ち上がった。

 そして――。


「ネコ型配膳ロボットさん、キャンバスのあれが体験したいです……。キャンバス……にゃんぱーす……」


 ひしっ! と、全身白タイツ姿のネコ型配膳ロボットに抱きついた。


『かしこまりましたにゃー。こちらの席で少々、お待ちくださいにゃー。……こちらの席で少々、お待ちくださいにゃー。…………こちらの席で少々、お待ちくださいにゃー』


 散々に同じセリフをくりかえさせてから解放するとネコ型配膳ロボットはモデル歩きで工房の奥へと向かい――。


『お待たせしましたにゃー』


 真っ白なキャンバスを手にあっという間に戻ってきた。キャンバスのサイズはあのときと同じ。B6サイズくらいの小さなものだ。

 んで――。


『魔法道具体験〝心を映し出すキャンバス〟コースにようこそにゃ。このキャンバスは我がジャコラツァ工房が誇る発明品にゃ』


 語尾が〝にゃ〟なことをのぞいて、これまたあのときと同じ説明をネコ型配膳ロボットがする。

 いや――。


「配膳してるわけじゃないからネコ型配膳ロボットじゃなくてネコ型ロボットかな。……青くて丸い、たぬきじゃないあのロボットの顔がちらつくな」


 とかなんとか小声でつぶやきながら白タイツ姿のネコ型ロボットの説明に引き続き、耳をかたむける。


『やり方は簡単にゃ。キャンバスのふちを右の角からぐるりと一周、指でなぞるだけにゃ。うきうきした気持ちのままでも、しょんぼりした気持ちのままでも構わないにゃ。そのときの気持ちではなくて、あなたの揺るがない心を映し出すのがこのキャンバスなんだにゃー』


 だから、あのときはメッキがはがれるのが怖くてやれなかったのだ。人の目があるからやれなかったのだ

 でも、だけれども――。


『それでは、どうぞだにゃー』


「今日は誰の目もないんだから何が映し出されようとも困らなぁーーーい! ぶひゃ、ぶひゃーひゃひゃひゃーーー! カモン! 私の揺るがない心!」


 聖女にあるまじき笑い声をあげてキャンバスのふちを右の角からぐるり。指で一周、なぞり終えると――。


『出てきたにゃ!』


「出てきたにゃーーー!」


 キャンバスに薄っすら色がついた。ブロマイド写真のようにゆっくりゆっくりと色が濃くなっていく。

 そして――。


『完成だにゃ!』


「完成だにゃーーー……って、うひゃ……うひゃひゃっ、ぽ、ぽぽぽ……!」


 完成した絵を掲げ持って私は足をジタバタさせて笑い出した。


「私の心、ポップコーンじゃん! めっちゃオシャレな感じのポップコーンじゃーーーん! ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃ!」


 そう、キャンバスに現れたのはポップコーン。

 パステルイエローの背景に映画館の売店で売ってそうな赤白縦じまのカップに入ったポップコーン。某ドーナッツ屋さんの箱にはるか昔に描かれていたような、パステル画材で描かれたオシャレな感じのポップコーンのイラストに私は腹を抱えてげらげらと笑った。

 シンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋の壁に白くてシンプルな額縁に入れて飾っておきたい一品だけれども、それはさておき、やっぱりあのとき。人の目がある、あのときにキャンバス体験しなくてよかったと思う。本当によかった。


「なんだ、これーってめっちゃ問い質されちゃう……ぐふ、ぐふふっ……あ、でも、チヒロはポップコーンだってわかるか。心を映した絵がポップコーンってどういうこと!? ってなるか。……っふ、ぶははっ! 本当にどういうことだよ、どんだけ心の底から好きなんだよ、ポップコーン! ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃ!」


『楽しんでいただけたようで何よりですにゃ。魔法道具体験〝心を映し出すキャンバス〟コースはこれでおしまいですにゃ。我がジャコラツァ工房では他にもいろいろな魔法道具体験があるので、ぜひまたお越しくださいですにゃ』


「……他にも?」


 ぶひゃぶひゃと笑っていた私だったがピタリと笑うのをやめて真顔で聞き返した。あのとき、チヒロやサミュエル、アランがやったのはこの魔法道具体験〝心を映し出すキャンバス〟コースだけだった。

 でも、この工房には他にも魔法道具体験が、もっと言うと〝心を映し出すマルマル〟系の魔法道具体験があるのだ。いろいろあるのをあのとき、しっかり、ばっちり、私はチェックしていたのだ。

 なんて言うか――。


「人の目がないなら、あれもそれもどれもこれもやりたい! やり! たい!」


 というわけなのである。

 〝シェフを呼んでくれたまえ!〟のノリでパンパン! と手を叩き、白タイツ姿のネコ型ロボットに向かって私は言った。


「へい、ネコ型ロボーッツ! この工房でやれる〝心を映し出すマルマル〟系の魔法道具体験を端から端まで全部、お願い!」


 そして、そこから始まる怒涛の〝心を映し出すマルマル〟系の魔法道具体験――。


『魔法道具体験〝心を映し出す水晶花〟コースにようこそにゃ。一見すると何の変哲もない無色透明な水晶。その水晶に手をかざしてみるにゃ。あなたの心を映し出して水晶の中に花が咲くにゃー』


「うひゃー、うっひゃひゃーーーいっ!」


『魔法道具体験〝心を映し出す銀細工のアクセサリー〟コースにようこそにゃ。溶かした銀を入れた小皿に触れてみるにゃ。我がジャコラツァ工房ご自慢の素焼きの小皿があなたの心を映し出し、あなたにぴったりの銀細工のアクセサリーを作ってくれるにゃ。髪飾りや耳飾り、首飾りや指輪……どんなデザインの、何ができあがるかは完成してからのお楽しみにゃー』


「うひゅー、うっひゅひゅーーーいっ!」


『魔法道具体験〝心を映し出す機織り〟コースにようこそにゃ。この鶴をなでなでするにゃ。あなたの心を映し出した色、模様のショールを作ってくれるにゃー』


「うひょー、うっひょひょーーーいっ! 急に鶴の恩返しっぽいの来たぜぇー! ヨーロッパ風の世界観に日本昔話、ねじ込んできたぜぇー! うっひょひょーーーいっ!」


『魔法道具体験〝心を映し出す……』


 以下略。

 白タイツ姿のネコ型ロボットが持ってくる魔法道具に手をかざし、あるいはなでなでし、出来上がったキャンバスやら水晶花やら銀細工のアクセサリーやらショールやらなんやらかんやらを抱え、すべての魔法道具体験を終えた私はニッコニコのホックホクの笑顔になった。

 楽しい! 楽し過ぎる! 楽し過ぎて――。


「夢だったあれも! あれもやってみたい! やりに行っちゃおうかな? やりに行っちゃおうかな!? やりに行っちゃうぞ! ぶひゃーひゃっひゃっひゃーーー!」


『ぜひまたお越しくださいですにゃー』


「また来ますにゃーーー! ってなわけで……!」


 ピッカーーーン!


 バンザイして雑に魔法を発動するとまずはシンプル・イズ・ベストな引きこもり部屋に戻ってきて、ソファにぽーんと魔法都市・ホサ=ヌンキッピーの魔法道具体験みやげを放り出し――。


「行くぞ、あの街、この街、前世の観光地!」


 再び、バンザイして雑に魔法を発動したのだった。

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