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第11話 その頃、王都では……。

 その日、世界はまばゆい光に包まれた。


 天使が純白の羽を広げるように。女神が両腕を広げるように。

 真っ白い光は世界を包み込んで抱きしめた。そして、この世界に生きるすべてのものを何十年も苦しめてきた瘴気をきれいさっぱり消し去った。

 空をおおっていた灰色の瘴気が消え、老人たちは生きて見ることは二度とないだろうと思っていた青空に涙を流した。大人たちは話に聞いたことしかない光景に呆然と空を見上げ、子供たちは青空の下で飛び跳ねた。

 人々は街を飾り付け、踊り歌い、瘴気を浄化した異世界からやってきた伝説の少女を――浄化の神子みこたたえた。浄化の神子とともに瘴気と戦った第一王子や聖女を含む浄化の神子一行を讃えた。


 それが四か月ほど前のこと。

 浄化の神子が現れて一年が経った頃のことだ。


 しかし、一か月もしないうちに瘴気は再び発生し、青空は灰色の雲におおわれてしまった。浄化の神子一行が原因究明の旅に出るのを見送りながら、しかし、ほとんどの者が悲嘆することはなかった。


 ――すぐにまた、浄化の神子であるチヒロさまが浄化してくださる。


 ――聖女のレティーシャさまもいらっしゃるんだ。

 ――浄化の神子さまから教わったおかげで神子さまと同じか、それ以上の浄化の魔法を使えるようになったレティーシャさまも。


 ――それに第一王子のサミュエルさまもいっしょだ。

 ――お優しいあの方は私ら国民のことを決して見捨てたりしない。


 実際、それから一か月ほど経って瘴気は再び、きれいさっぱり消え去り、それからさらに一か月が経っても瘴気は少しも発生しなかった。浄化の神子一行が瘴気を完全に浄化することに成功したに違いない。

 街の人々はそううわさした。

 だから、前回よりもさらに盛大に祝おうと準備を進め、浄化の神子一行の帰りを今か今かと待ちわびた。

 そして――。


「帰ってきた、帰ってきたよ!」


「浄化の神子さまたちが帰ってきたよー!」


 その日はやってきた。

 北門をくぐって王都に帰ってきた浄化の神子一行に子供たちが最初に気が付いた。その声を聞いて人々は歓声をあげ、カゴを手に通りへと飛び出した。色とりどりの花びらや紙ふぶきで救世主たちの帰還を祝おうと準備していたのだ。

 でも、馬にまたがり、王城へと続く大通りを進んでいく一行の表情が暗いのを見て人々は口をつぐんだ。いつも穏やかな微笑みを絶やさない第一王子が人の目があることにも気が付かずにうなだれている。いつも弾けるような笑顔の浄化の神子が泣きはらした真っ赤な目をしている。

 そして――。


「ねえ、レティーシャさまは?」


 真っ白な馬にまたがっているはずの人物の姿がないのだ。


「あの白い馬って聖女さまが乗ってた馬だよな」


「どうして馬だけなんだい。どうして……聖女さまがいらっしゃらないんだい」


 浄化の神子一行の帰還を祝おうとずらりと大通りに並んだ人たちは、しかし、祝福の言葉ではなく戸惑いの言葉を口にした。あたりのざわめきにうなだれていた第一王子も――サミュエルもさすがに気が付いてハッと目を見開いた。

 馬上から大通りに集まった人々の表情を見まわし、唇をかんでうつむいたあと、深呼吸を一つ。


「瘴気の発生源に結界を張った。聖女・レティーシャが瘴気の浄化を続けているし、結界が解けることも決してない。この世界に瘴気が広がることは二度とない。だから、どうか安心してほしい」


 背筋を伸ばすとにこりと、少しぎこちないけれど努めて穏やかな微笑みを浮かべてみせた。


「でも、それじゃあ……レティーシャさまは?」


「聖女さまは結界の中で今も瘴気を浄化し続けてるってことか? ……この先ずっと、瘴気を浄化し続けるってことか?」


「レティーシャは〝万能〟の称号を得た歴代で最も力が強く、最も多くの種類の魔法を使える聖女だ。何も心配は……」


「この先ずっと一人きりでも聖女さまなら大丈夫? さみしくなぁい?」


 サミュエルの言葉をさえぎって尋ねたのはぬいぐるみを抱きしめた五才くらいの女の子だ。ただただ疑問を口にしただけなのだろう。何の含みもない丸い目が真っ直ぐにサミュエルを見つめる。


「こ、こら……!」


「なあに、ママ」


 母親があわてて止めても少女はきょとんとした表情で首をかしげるだけだ。


 さみしくない。心配ない。大丈夫だ。


 そう答えるべきなのかもしれない。そう思いながらもサミュエルは言葉をつまらせた。不安げだった人々の表情が今度は悲し気なものに変わっていく。それに気が付いたサミュエルは唇を噛み、拳をにぎりしめてうつむいた。

 と――。


「大丈夫だよ!」


 サミュエルの代わりに浄化の神子が――チヒロが女の子に答えた。


「だって、私がレティーシャお姉さまを助け出すもの。お姉さまを自由にするための方法を見つけ出してみせるもの」


 いつも通りの、まぶしいほどの笑顔でそう答えた。


「自分が死ぬまでには完全に浄化してみせる。それが無理でも結界は絶対に解けない。だから、大丈夫。安心してってレティーシャお姉さまはそう言ってた。……全然、大丈夫じゃないよ! 安心できないよ! だって、死ぬまで暗闇の中で一人きりなんて、そんなの、さみし過ぎる! 悲し過ぎるよ!」


 泣きはらして真っ赤になった目で真っ直ぐに青空を見上げて――。


「だから、私がレティーシャお姉さまを助け出す! 絶対に!」


 チヒロは力強く宣言した。


「結界の中に誰かが残らなくてもいい方法とか、誰もいなくても自動的に浄化できる方法とか……絶対に何か方法があるはずだもの! その方法を見つけて、考えて、私がお姉さまを助け出す! ……だから」


 青空を見上げていたチヒロは人々に視線を移すと慈愛に満ちた微笑みで両腕を広げた。


「みんなは笑ってレティーシャお姉さまの帰りを待っていて。だって、お姉さまが最後の最後まで願っていたのはみんなの幸せだったから。この世界のことをよろしく、って。瘴気の傷がまだ癒えないこの世界と、みんなのために力を尽くしてほしい、って。この世界に生きるすべてのものの幸せを祈っている、って……そう言っていたから」


「聖女さま……!」


「レティーシャさま……!」


 チヒロの言葉に涙を流しながら、それでも人々は必死に笑顔を浮かべようとした。聖女・レティーシャのために。

 チヒロはと言えば人々にもう一度、笑いかけたあと――。


「みんなも……協力してくれる?」


 サミュエルとアラン、ティムとジャイルズを振り返ると不安げな表情で尋ねた。街の人たちの前で大見得を切ったけれど、何か案が思い浮かんでいるわけではないのだろう。

 チヒロの表情に四人は顔を見合わせたあと、ほほをゆるめた。


「もちろんだ」


 騎士団団長の息子のアランがうなずく。


「しかたないなー。協力してあげるよ」


 魔法使いのティムは照れ隠しにそっぽを向きながら言う。


「チヒロのアイディアは僕の想像力を刺激する! いくらだって協力するさ!」


 錬金術師のジャイルズは芝居がかった仕草で両腕を広げた。

 そして――。


「むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。レティーシャを助け出すために協力してほしい、チヒロ」


 第一王子のサミュエルは真剣なまなざしでチヒロを見つめた。

 肯定するように、はげますように、微笑み、深くうなずく四人を見て――。


「ご飯はみんなで食べた方がおいしいし、つらいことがあっても誰かに話したら気持ちが軽くなる。楽しいことはみんなでいっしょにやった方がもっと楽しくなるし、つらいことはみんなでいっしょにやれば楽になる」


 チヒロはキラキラと目を輝かせた。


「人間は一人じゃ生きていけない。みんなで手を取り合って生きていくことこそが……大好きな人たちといっしょに笑って、泣いて、辛いことがあっても乗り越えて……そうして生きていくことこそが幸せ。……だから!」


 四人の顔を見まわし、深くうなずくと、チヒロは青空に向かって拳を振り上げた。


「レティーシャお姉さまを一日も早く助け出して、まぶしくて幸せな青空の下に連れ戻してみせるぞぉぉぉーーー!」


 浄化の神子の雄たけびにその場にいた人々は目を丸くしたあと、喝さいをあげ、ますます笑顔になり――。


『ぴち、ぴちちっ』


 木々の枝にとまった小鳥たちは右に左にと首をかしげたあと、王城へと急ぎ帰る浄化の神子一行を追いかけるように飛び立ち――。


「ぬ、ぬぉぉぉーーー! 一気見してるのにコイツ、誰だ状態になる! 登場人物が多すぎて覚えられないぃぃぃーーー!」


 同じ頃、レティーシャお姉さまで聖女さまな私はと言えば、神殿の神官や私のことを慕ってくれている聖女候補たち、チヒロやサミュエルが見たら青ざめて、うろたえて、正気を疑われて、本人であるかも疑われることまちがいなしな聖女にあるまじき頭のかきむしりっぷりを見せながらソファの上でころころころころ転がり、ジッタンバッタンしていたのだった。

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