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第1話 聖女さま、人柱的なのになる。

「レティーシャお姉さま、やっぱり私も残ります!」


「いいえ、チヒロ。これは私が……この世界で生まれ育った聖女である私がやるべきことです」


「でも……!」


 食い下がろうとする少女の頬をそっとなでて私は目を細めて微笑んだ。


「見知らぬ世界に突然、迷い込んで。浄化の神子みこだ、瘴気を浄化しろだ、そんな無茶を言われて。ずいぶんと不安で心細かったでしょうにあなたはここまで腐りもせず、自分の運命を呪うこともなく、自分のやれることを精一杯にやってきた。そんなあなたのことを尊敬し、共に戦えたことを誇りに思っているわ。私の……私たちの世界のためにがんばってくれてありがとう、チヒロ」


「お姉、さま……っ!」


「あなたを元の世界に帰してあげることはできないけれど、どうかこの世界で幸せになってね」


「お姉さま……お姉さまぁ~~~っ!」


「……もう。そんな風に子供みたいに泣いて」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃな少女の――チヒロの顔をくすくすと笑いながらハンカチでぬぐう。

 と――。


「……レティーシャ」


 チヒロの隣でうつむいていた青年がキッ! と顔をあげた。


「せめて私だけでも……婚約者である私だけでもここにのこっ……!」


「サミュエル、あなたはこの国の数少ない王族の一人で、第一王子で、次期国王なのよ。他にやるべきことが山ほどあるでしょう?」


 青年の言葉をさえぎって淡々と、しかし、きっぱりと言う。聡明で責任感も強い人だ。山ほどある〝やるべきこと〟をすぐさま思い浮かべ、青年は――サミュエルは唇を噛んで再びうつむいた。


「二人ともありがとう。でも、その気持ちだけで充分。大丈夫よ、私のことは心配しなくて。私は〝万能〟の称号を得た聖女。たいていのことはどうにかできるわ」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたチヒロと握りしめた拳を震わせているサミュエルをを見つめてくしゃりと笑う。

 そして――。


「私の命が尽きるまでにきっと瘴気を枯らしてみせる。それが叶わなくても絶対に結界の外にはもらさない。私が死んでも結界が解けることはないから安心して。……だから、どうかこの世界のことをよろしく。瘴気の傷がまだ癒えないこの世界と、この世界に生きるすべてのもののために。どうかチヒロの、サミュエルの、皆さんの力を尽くして」


 一歩下がり、洞窟の入り口からさらに奥へ――洞窟の中へと入った。


「お姉さま……!」


「レティーシャ……!」


 私の名前を叫んで追いかけようとする二人と、そんな二人を止めようと駆け寄るアランとティム、ジャイルズを前に背筋を伸ばし、凛と微笑んで私は胸の前で手を組んだ。


「この世界中に生きるすべてのものの幸福と安寧を祈っています。この地より、いつまでも」


 目を閉じるとあたりはまばゆい光に包まれた。世界中の瘴気が浄化され、瘴気の発生源である洞窟の入り口を結界がふさいでいく。


「お姉さま! レティーシャお姉さまぁぁぁーーー!」


「ダメだよ、チヒロ!」


 幼くして天才的な才能を発揮してるけど性格に難ありと周囲からは言われていた魔法使いのティム・リー・ブラックウェルがチヒロの腕にしがみついて必死に止める。


「レティーシャ……っ」


「サミュエル、やめろ!」


 騎士団団長の息子でサミュエルとは幼なじみで親友でもあるアラン・グリフィン・バーデット=クーツが、その親友を後ろから羽交い絞めにする。


「二人とも、こらえるんだ! レティーシャさまの想いをムダにしてはいけない!」


 優秀だけど変人と周囲からは言われていた錬金術師のジャイルズ・リー・ホール=セイも両腕を広げてチヒロとサミュエルの前に立ちふさがった。


 窓ガラスが曇っていくように無色透明だった結界はどんどんと白くなっていく。チヒロやサミュエル、二人を必死に止めるアランとティム、ジャイルズの姿がどんどん見えなくなっていき、声もどんどんと小さく、聞こえなくなっていく。

 施した結界が厚さを増している証拠、完成に近づいている証拠だ。


 そして――。


「お姉さ……!」


「レティ……!」


 微かに聞こえていた声がぷつりと聞こえなくなった。洞窟の入り口からわずかに射し込んでいた陽の光も入らなくなった。結界が完成し、洞窟の入り口が完全に閉じられたのだ。


 発光する苔やキノコが暗闇の中で緑や白の淡い光を放っている。足元だけでなく頭上にも生えているそれらの光のおかげで歩くのには困らない。幻想的で美しい景色を眺めながら私は洞窟の入り口に背を向けるとゆっくりと洞窟の奥へ、瘴気の発生源となっている穴がある広々とした空間へと足を向けた。


「……さっき浄化したばかりなのに」


 階段状の岩場の途中で足を止め、広い空間を見下ろす。火事でも起こって黒い煙が充満しているようかのように視界が悪い。息も苦しい。


 異世界からやってきた伝説の少女、浄化の神子であるチヒロと共に一度は瘴気すべてを浄化し、この世界に青空を取り戻した。それがひと月ほど前のこと。

 しかし、瘴気は再び発生し、青空は灰色の雲におおわれた。

 一度はすべての瘴気を浄化したことでわかったことがあった。瘴気はたった一か所の発生源から発生してこの世界全体に広がっていたのだ。


 瘴気の発生源をどうにかしなければならない。この洞窟にある瘴気の発生源を。

 誰もがそう思い、〝どうにか〟する方法も思い付いていながら、だけれども、〝やろう〟とは言えずにいた。


 〝どうにか〟する方法――。

 それは瘴気の発生源があるこの洞窟の入り口に結界を張って瘴気が漏れ出ないようにした上で、洞窟の中に――結界の中にとどまって発生する瘴気を浄化し続けるというもの。


 強力で複雑な結界だ。

 一度、完成したら二度と出ることも入ることもできない。結界の中に残るということは未来永劫、死ぬまで結界の外に出られないということ。結界の外にいる人たちに二度と会えないということ。

 瘴気の発生源を浄化できるだけの力を持っているのは浄化の神子であるチヒロと、歴代の聖女の中で最も力が強く、使える魔法の種類も多い私の二人だけ。


 まるで人柱を立てるような方法を誰もが〝やろう〟とは言えずにいる中、チヒロが顔をあげ、口を開こうとするよりも早く、遮るように、私は静かに、しかし、凛と響く声で言った。


 ――それは私の役目でしょうね。

 ――この世界の聖女たる、私の役目。


 そうして今、結界は完成し、私はたった一人、瘴気が発生し続けるこの洞窟に残された。


「ここが、私のつい棲家すみか。私、ひとりきり……の……」


 つぶやいた瞬間、思わずうつむき、両手で顔をおおう。


「……っ」


 今まで必死に堪えてきたものがこみ上げてきた。


「……っ、ふ……っ」


 誰もいない。誰も見ていない。

 それを実感した瞬間に堪えてきた感情が、見せまいと思ってきた表情が――。


「う、……ふ……っ、ひとり……ひとり、きり……っ」


 あふれ出す。


「うふ、うふふふ……だ、だれも……うふ、ぶふふっ……ぶふっ、ぶひゃ……だ、だだだ誰もいっなぁぁぁーーーいっっっ!!!」


 爆発する。


「誰もいない! 誰も見てない! 誰も何も言わない! なぁんにも言っわなぁーーーい! ぶひっ、ぶひゃひゃひゃひゃーーー!!!」


 その時代に一人きりしか選ばれず、空席であることも多い聖女の座。そんな聖女には二つ名が国王と神殿から与えられる。火炎魔法が得意だった先々代は〝紅蓮〟の二つ名を、治癒魔法が得意だった先代は〝廻天〟の二つ名を与えられた。

 特別、得意な魔法があるわけではない私は紫がかった銀髪に紫水晶アメジスト色の瞳に白い肌、雪魄氷姿せっぱくひょうしと評されるさまから〝雪花せっか〟の二つ名を与えられた。のちに〝万能〟の聖女とも呼ばれることになるのだけれど、これはもろもろの事情があって〝万能〟の称号を得たからだ。


 なにはともあれ――。

 そんな〝雪花〟で〝万能〟な聖女さまにあるまじき笑い声をあげながら私は思い切りバンザイをした。


 ピッカーーーン!


 雑な魔法発動ポーズに合わせてまばゆい光があたりを包み、一瞬後には洞窟内の瘴気がきれいさっぱり浄化されている。さらには広々とした空間にこじんまりとした家というか部屋というか四角が出現していた。


「ばん、ばん、ばんばばーーーん♪ 万能聖女さまの万能魔法をご照覧あっれぇーーー♪」


 腰を振り振り、頭を振り振り、腕をタコかイカかクラゲのごとく、ふにょんふにょんさせながら小躍り、ツーステップからのターンで部屋のドアをババーン! と開け――。


「完っっっ璧!!!」


 決勝ゴールを決めたサッカー選手のゴールパフォーマンスさながら、高らかに拳を突き上げた。

 テレビとソファとお菓子を置くためのちょっと広めのテーブルが置かれた部屋! 完璧!! シンプル・イズ・ベスト!!!

 

「手の届く範囲にすべてのものがある、そんなこじんまり空間! 最の高っっっ!!!」


 そんでもってもう一回、雑な魔法発動バンザイポーズでピッカーーーン!


「うひ、うひひひっ……ポップコーンを……ポップコーンをゴハン代わりに食べちゃうんだから! うすしお味、キャラメル味、バターしょうゆ味! さらには期間限定、今は亡き、しおとごま油味にのりしお味まで……出し……ぶひゅっ……出しちゃうもんね! 食べちゃうもんねぇーーー! ぶひゃーーーひゃっひゃっひゃっ!!!」


 ピッカーーーン!


「んでもって、炭酸飲料! 甘くてシュワシュワ、炭酸飲料! 体に悪そうな炭酸飲料! ぶひゃ、ぶひゃひゃーーー!」


 ピッカーーーン!


「ポップコーンに炭酸飲料と言えば映画! ソファに寝転がって見る映画! コメディ……アクション……いいや、ここはパニックモノ! 動物パニックモノ! 動物B級ちゃちいCGなパニックモノ!」


 ピッカーーーン!


「そして、そして! 部屋着! だるだるするのに最適な部屋着!」


 聖女がまとう純白の、一見するとゆったりしているけれど肌をできるだけ見せないようにと長めに作られてるし、何枚も布が折り重なっててわずらわしいしって感じの聖衣から一瞬でふわふわもこもこ着心地抜群の部屋着に変身。ソファにダイブすると――。


「始まっちゃうぜ、動物B級ちゃちいCGなパニックモノ! そして、待ってろ、まだまだあるとウワサの動物B級ちゃちいCGなパニックモノ! サメ、アナコンダ、ワニ……ぶひゃ、ぶひゃひゃ……いま、会いにゆきます! いま! 会いに! ゆきまっっっす! ぶひゃーひゃひゃひゃ!」


 テレビに向けてリモコンをぽちっとするとグビッ! と炭酸飲料を飲み干し、ガシッ! とポップコーンをつかんで口の中に放り込んだ。


 今世も、前世も(・・・)、ずっとずっとこうしたかったのだ。誰とも会わず、誰の目も気にせず、自分の好きなことを好きなときに好きなだけする生活。

 そう――。


「そして、ここから始まる誰の目も気にしないおひとりさまやりたい放題わがまま生かぁぁぁーーーつっっっ! ぶひゃーひゃひゃひゃっはーーーい!!!」


 神殿の神官たちや私のことを慕ってくれている聖女候補たち、チヒロやサミュエルが見たら青ざめて、うろたえて、正気を疑われて、本人であるかも疑われることまちがいなしな聖女にあるまじき笑い声をあげながら私は思い切りソファの上でころころころころ転がり、始まった映画とやりたい放題わがまま生活にぶひゃひゃひゃしたのだった。

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