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9.夜会での騒動

 彼女には才覚があり、計画がある。それはこれまでで散々見てきた。

 こうしてシズは王都に残り、奇妙にもさらに出世した。


 クロエが去ってから他の人間もどんどん去ってゆき、残った有力官僚はシズだけであった。

 しかもバネッサに年齢が近い貴族女性出身の官僚となると、シズしか残っていない。だからシズまで辞めさせることができなかったのだ。


「これでお願い。急いで!」


 夜会の予算カットの指示を飛ばした彼女はそのまま会場へ向かう。

 しっかりと予算カットが実行されるか見届けるためだ。


 その後、夜会の準備が終わってからもシズの仕事は終わらない。

 バネッサの気まぐれはいつ炸裂するか分からず、監視を続けなければ。


「……貴族であるのも役に立つものね」


 ドレスを着たシズは違和感なく会場に溶け込み、予算が削られているかを見て回る。

 ワイン、料理、楽団、食器類もちゃんと命じた通りになっていた。


(そもそも本当はこんな催し、必要ないと思うのだけれど)


 クロエは忙しい中でも勉強会や読書会を開いて、人材の育成に努めていた。

 国内だけでなく国外の専門家も丁重に出迎えて知識の獲得に努めていたのだ。


 それに比べると今の王国は嘆かわしいほどに享楽的だ。


 貴族も自分の領地に帰れず、この夜遊びに付き合うしかない。

 慣れてしまうとますます抑制が効かなくなり、弛緩していく。


 夜会が始まり、バネッサが華やかな音楽を伴って場に現れる。


「おや……?」


 しかしバネッサの顔色は暗い。笑みを作ろうとしてできていない。


 予算カットがあまりにショックだったか。だとしても自業自得だ。

 これらの予算は本来、もっと国を富ませるために使うべきもののはず。


 シズも当たり障りなく夜会を見て回る。

 会場には敵対する派閥も関係なく席が組まれ、所によってはピリついている。


 特に最近羽振りが良いガノーラ辺境伯の派閥を中心に据えるとは。


(もうちょっと考えればいいのに)


 これもバネッサが見栄で様々な貴族を呼び寄せているからだ。

 夜会は貴族外交の一環ではあるが、これでは逆効果になってしまう。


 ふと、年老いた貴族同士の会話がシズの耳に入ってきた。


「このワインは……ううむ、どう思う」

「質を落としているのか。王妃様も懐事情は良くないらしい」

「当然だ。こんなに夜会を催してはな」


 それでも彼らはワインを飲む手を止めない。

 ランクを落としてもこの夜会に出るワインは、小さなエスカリーナ王国でそうそう飲めるものではないからだ。


 ベルモンドとバネッサはこの国をたった数年で変えてしまった。

 上に立つ者が贅沢を覚えれば、下はそれに習う。


 結局のところ、ベルモンドも夜会そのものを止めようとはしない……。


 バネッサが取り巻きの女性に囲まれチヤホヤされ、機嫌を持ち直している。


 気が大きくなって何か言い出すかもしれない。シズはそれとなくバネッサの近くへと移動した。

 取り巻きの夫人たちは誰もが才覚なく、血統だけで豊かさを享受する手合いだ。


「本当に王妃様は賢明な御方ですわ。こうやって華やかな会をいつも催しておられて」

「ええ、あのクロエ様はしっかり屋で……貴族の楽しみを解さない方でしたから」


 見え透いたお世辞にバネッサは気を良くする。


「でしょうね。姉様は鉄のような人でしたもの。陛下の御心さえも繋ぎ止められない有様でしたし……」


 得意げなバネッサにシズの血が燃え上がりそうになる。

 誰が、どの口で。しかしギリギリのところでシズは踏み止まった。


 ここで会をぶち壊せば、バネッサは嬉々としてシズを役目から外すだろう。


「本当にお羨ましいわ。陛下と王妃様は三年経っても仲睦まじくて」

「……ふふ、コツがあるのよ。いつも美しく、華麗にしていないと女は映えないわ」


 バネッサが豊かな赤髪をかき上げる。

 シズは目線に敵意が出ないように、少し首をそらした。


(ん? あそこで何を――)


 シズが目を向けたのは夜会の中央。

 何やら若い青年貴族同士が言い争いをしているようにも見えた。


「レイデフォンの手先め、一体どれだけ儲けたんだ!」

「お前こそ! リンゼット帝国に親戚がいるからって……!」


 リンゼット帝国はレイデフォン王国に並ぶ、エスカリーナ王国に隣接する大国だ。

 両国の規模はほぼ同じ。ゆえに長年の宿敵として他国にも知られていた。


「はっ……リンゼットが怖いのか?」

「なんだと、貴様! 成り上がり者が偉そうにっ!」


 口論がさらにヒートアップしていく。

 アルコールが入っているにしてもやりすぎだ。


 仮にも王家の夜会だというのに、騒々しいことこの上ない。

 まぁ、すぐに会場からつまみ出されるだろうが。


 シズはやり取りをじっと見て――ついに片方の貴族が口論相手の襟を掴んだ。


(ちょ、ちょっと……! それはマズいでしょう!?)


 エスカリーナ王国では承諾なしに相手へ触れるのは非常に失礼な行為である。

 それこそ裁判になりかねないほどに。


「触るな! 田舎者が!!」


 襟を掴まれた貴族が、掴んだほうを思い切り突き飛ばす。

 それはエスカリーナの貴族としては当然の反応かも知れない。


 だが、双方ともにアルコールが入った状態で揉みあうのは危険である。

 最初に服を掴んだほうも力をさほど入れていなかったのだ。


「――あっ」


 間抜けな声を出して、掴んだ貴族がふらつく。

 思った以上に酒が入った彼はそのままテーブルへと突っ込んでしまった。


 グラスが重なるグラスの山へと。誰かが止める間もなく。


 けたたましい音を鳴らし、グラスが崩れる。

 グラスの山に突っ込んだ青年は床に倒れ、血を流した。


「きゃあああっ!!」


 近くにいた女性貴族が叫んだ。

 あっという間に起きた惨状に、突き飛ばしたほうも呆然としていた。


「な、なんだよ……! お、おい! お前のほうから突っかかってきたんだろ!?」

「駄目よ! 迂闊に動かさないで!」


 シズはすぐに会場の人間へ指示を飛ばした。


「医者を呼んで! 早く!」


(とんでもないことになったわね、こんな……!)


 エスカリーナ王国の内部対立は深刻だ。

 些細な口論からこんなことになってしまうだなんて。


(トルカーナ四世も亡くなられて、どうにもならなくなってる)


 シズは祈るしかない。クロエが約束を守ってくれると。

 ちらりとシズはバネッサの顔を伺う。


 そこでバネッサは夜会を台無しにした貴族たちへ壮絶な、鬼の形相を浮かべていた。

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