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8.財務官

 王宮の財務省の部屋にて。

 書類が立ち並ぶフロアの奥で、王妃付きの財政官シズは嘆息した。


「やれやれ、ね。王妃様は一体いつになったらマトモになってくれるのかしら?」


 シズは同僚の文官にも遠慮せず言い放つ。

 とはいえ窘める雰囲気は欠片もない。この数年で王家の権威は低下し続けているのだから。


 シズは短く切り揃えた青髪とそこそこに整った顔立ちに、エスカリーナ王国では珍しい眼鏡を常用していた。

 眼鏡の奥から手渡された書類を眺める――今夜もバネッサは国内の貴族を招いての夜会だ。その予算カットがシズの仕事である。


「ワインは三ランク落として。食器類もこんなにいらないわ。参加者に比べて多すぎる。減らして」


 ベルモンドの口利きにより、シズは一旦外された役目に復帰していた。

 そして猛スピードで予算カットに取り組む。


 シズはとある中級貴族の生まれであった。

 七代遡っても学者の家柄で、シズも子どもの頃から計算が得意ではあった。

 しかし高級官僚を輩出できる家柄ではない。


 正直、シズも諦めていた。

 どんなに努力しても当時のエスカリーナ王国における門閥貴族の壁は厚い。

 だが、そんなシズに目をかけてくれる人がいた。


 その人と初めて会見したのは今から十年ほど前――その時、シズは十八歳で、官学校の卒業を間近に控えた頃である。

 王宮のテラスで彼女は貴族の子弟と勉強会を行っていた。


 話には聞いていたが、目にすると驚くしかない。このような催し物を未来の王妃が主催するとは信じられない光景だった。


 白いドレスに、わずかな赤の衣装。イチゴの花を模した髪飾り。

 初めてその人と会見した時、シズは月の女神を目にしているのかと思ったほどである。


「クロエ様、ご客人がいらしたようです」

「じゃあ、今日の勉強会はここまで。シューファ、皆をお願いね」


 紫髪の青年に後を頼み、クロエがシズを近くへと招いた。

 近寄ればさらに、クロエのカリスマ性が際立って感じた。


 シズが接してきたどの貴族よりも遥かに輝かしい。


「あなたがシズ? 話は聞いているわ。とっても勉強熱心なんですってね」


 それがまだ十一歳のクロエであった。だが、彼女はとても聡明であった。

 知識面はさておいても、思考力と計算力はシズを上回っていた。


 官学校で首席であったシズもここまで賢い子は初めてであった。


(将来の王妃様がこんな子だなんて……!)


 驚くと同時にシズは安堵もした。妬みさえも起こらなかった。

 このような方が将来、ベルモンド王子の妃になってくれるのなら――。


 そこでクロエは唇に指を当てる。


「……王家あっての私ですよ」

「これは、失礼いたしましたっ!」


 シズはすっかりクロエに心酔した。

 ふたりは公私においても相性が良かった。


 クロエの構想や仕事振りについていけるのはシズだけだったからだ。

 シズはクロエ付きの文官筆頭となり、財務省の出世頭にまでなれた。


 これも全てクロエのおかげであるとシズは認識している。

 だからこそ三年前の婚約破棄はシズにとっても大いにショックであった。


(クロエ様は何も悪くないのに……!)


 クロエは自分の身を犠牲にしてベルモンドと国に尽くしてきたとシズは知っていた。

 それなのにベルモンドは一時の熱情で全てを台無しにしてしまったのだ。


 クロエが王都を去る時、シズもクロエと一緒に王都を去ろうとした。

 しかし、クロエはシズの想いに対して首を横に振った。


「ごめんなさい。酷なことだとは思うけれど、あなたには王都に残って欲しいの」

「……ここにですか?」


 シズは自嘲気味に王都を見渡した。

 エスカリーナ王国の王都はその時、ちょうどベルモンドとバネッサの婚約祝いに浮かれきっていた。きらびやかな布で作られた風船が所狭しと飾られ、紙吹雪が舞う。


 祝福に来た友好国を出迎えるため、国内のいたるところで新しい道を作っている。

 シズにとって全てが虚栄であり無駄にしか思えない所業であった。


(クロエ様が必死になって国庫に貯めたお金で……!)


 彼らが湯水のように使う金がどこから生まれたか、少しでも考えたことがあるのだろうか?

 しかしクロエはこれまでになく強硬でシズがついていくのを許さなかった。


「あなたが必要なの、この国にはね」

「必要とされているとは思えません」

「いいえ――きっとすぐ、あなたが必要とされるわ」

「だとしても……私の主はクロエ様だけです」


 クロエはあの婚約破棄に対して恨み言のひとつも口にしなかった。

 自分ならきっと正気ではいられない。耐えられないのに。


「あなた様のいない王都で、ずっと働くなんて考えられません!」

「……ずっとじゃないわ」

「えっ?」

「多分、そうはならない。それだけは約束できる。だから、私を信じてくれる?」


 クロエは朗らかに笑った。シズはその顔を見てかすかに頷く。

 クロエが約束してきたことは必ず果たされてきたのだから。

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