3.苦い治世
壇上のベルモンドの隣には勝ち誇った顔のバネッサ。
事前工作により会場は万雷の拍手に包まれた。
クロエはただ悲し気に目を伏せるばかりだった。
「何か言うことはあるか、クロエ」
「……いいえ。バネッサ、あなたは本当にこれでいいのね?」
「もちろんよ、お義姉様」
バネッサがベルモンドに寄りかかり、愛想を振りまく。
「私はベルモンド殿下を愛しているわ。お義姉様よりもね」
クロエは何も言わなかった。
彼女もわかっているのだ。そこがベルモンドと溝を生んだ原因だと。
もちろん婚約破棄に反対する貴族もいたが、それはペドローサ公爵に近い少数のみだった。
(――勝った)
ベルモンドは得意の絶頂にいた。
年老いた父も小うるさい官僚もねじ伏せて我が意を通す。
これこそが王の力だとベルモンドは思った。
クロエは病気療養ということでエスカリーナ王国の王都から去った。
ベルモンドは心の中で笑いながら、クロエを見送った。胸がすく思いだった。
トルカーナ四世ももはやベルモンドを止めることはできなかった。
ベルモンドは父を隠居に追い込み、譲位させた。
ほどなく、ベルモンドは国王になるとともにバネッサと結婚した。
過去数十年、国内ではなかった盛大な結婚式が営まれる。
国民だけでなく諸外国からも祝福された。これぞ王にふさわしい物語だと。
(あとは良き国王となり、国を差配するだけだ)
愛しいバネッサの腕を絡ませ、ベルモンドは笑う。
その時のベルモンドにはそれは簡単に思えたのだ。
――しかし今のベルモンドは理解している。
クロエとの別れから三年が過ぎた。
現実は残酷であり、夢物語のように上手くはいかない。
あれから時が流れてエスカリーナ王国は惨状の様相を呈していた。
クロエの行っていた公務はバネッサが、あるいは臣下が担えると思っていた。
だが、それは間違いであったのだ。
ベルモンドより圧倒的に早く政務に携わっていた彼女の仕事量は驚異的なものだった。
どこが病弱であったのか……いや、これだけの仕事量をこなせば病弱にもなるだろう。
次期王妃として約束されていたクロエは外交から諸団体の引見、財務まであらゆる分野を精力的にこなしていた。
(……それだけなら、まだしも)
単純な仕事量だけなら人海戦術で同程度に処理することも可能だ。
問題は公平さだった。クロエはあらゆる派閥に目を配り、王家の求心力を損なわずに派閥争いを抑制していた。
さらに登用する官僚も有能で汚職とは無縁の者ばかり。
そうした人材もクロエが去ってから、後を追うようにこの三年間で目減りしてしまった。
「くそっ……」
まだ夜明けも間もないが、執務室に積み重なった書類の束を見てベルモンドは憂鬱になる。
近年、鉱物資源に頼りきりのエスカリーナ王国では水問題が頻発していた。
山を切り拓いて掘ると水量が狂い出して、時に水不足になるのだ。
必要なのは数学や地質学の分野で、この方面でもクロエは才能を発揮していた。
『クロエ様がおられた頃は、このようなことはありませんでした』
『彼女は必要な数学者や地質学者や掘削業者を万全に、適切に配置されます』
見たことを忘れないクロエにならそれもできるだろう。
しかしベルモンドは凡人だった。どうやっても彼女のように思考できない。
さらに採掘や治水は国内の利権も複雑に絡んでいる。
(それだけならまだしも……)
頭の痛い問題が持ち上がっては対処しなければならないが、学者の言うことを聞きすぎると貴族はすぐに不満を持つ。
逆に貴族の言うことを鵜吞みにすると……山も水も思い通りにいかない。
この両者を取り持つバランス感覚はクロエだからこそ可能な芸当であったのだ。
今も大問題を抱えて、ベルモンドは途方に暮れていた。
この大問題に対しては今のところ、極少数で秘す以外の手が思いつかない。
「……父上がおられたなら」
まだ今よりもマシだったに違いない。
しかしベルモンドの父であるトルカーナ四世も半年前に世を去った。
居なくなった今なら骨身に染みる。父の持つ政治感覚はやはり、優れたものであったのだ。
今はバラバラな貴族も父だけは心から敬っていたと思う。
(父は死ぬのが早すぎた)
クロエが去ってから、父はすっかり消沈して政治の表舞台から消えたのだが。
亡くなるまでそれでいいと考えていたが、それはやはり早計だったかもしれなかった。
(いいや、振り返るな! 詮無きことだ。もう後戻りなんてできやしないんだから)
真に相談できる者がいなくなり、ベルモンドは追い詰められていた。
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